第21話 怪物
最近、めっきり涼しくなって秋の訪れを感じる。
魔術院での生活にも慣れ始めた今日このごろ、一泊二日の遠足のお誘いがあった。
克技館からである。
そのお誘い、正式名を秋季獣害対策訓練という。
王都の郊外、南西部と北東部には森が広がっている。
この時期、郊外の農場では収穫真っ盛りなのだが、この森に住む魔物の類が活性化して農作物に対する獣害が多発するのだという。
運の悪いことに森の中では冬眠前の大型の魔物がうろうろしており、農家で対応するのも難しい。
そこで例年、国策として騎士団が訓練を兼ねて狩りを行うのだが、国内の各道場もそれに参加しているそうだ。
実戦訓練と宣伝を兼ねたボランティアといったところか。
克技館は対魔物戦闘も視野に入れているのでぴったりのイベントと言えた。
農家は一匹でも魔物を狩って欲しいし参加者は獲物が取れたりもするので結構うまくいっているらしい。
とはいっても危険な訓練なので本来俺たちの年齢でお呼ばれするものではないのだが、レア師匠の意見で参加が認められることとなった。
ルイズの属性魔術を見たことが関係しているのかもしれない。
また、俺たちは魔術を使うことができる点、野営の経験がある点等も評価されたようだ。
戦闘はともかく水や火に困らないのは便利なはずだ。
魔術院についてはちょうど休日と重なったので一日だけ追加で休んでいる。
念のため教師に許可をとってはみたが、特に何も言われなかった。
久しぶりの野外活動にわくわくして寝付けず、少し寝不足で当日を迎えることとなった。
まさに遠足である。
道場で参加者と合流する。
師匠はちょっと変わった形の弓を背負っていた。
なんか立ち振る舞いと合わさって日本の姫武者って感じだな。
背負ってるのは洋弓っぽいものだが。
ともあれ参加者は俺たちを入れて十人、目的地は南西の森だ。
市街地を抜けて郊外へとみんなで歩く。
王都の外延部には城壁がないので歩いているうちに住宅がまばらになっていき、農場の多い区域へと入っていく。
最近は学院と道場と橘花香の間を往復する感じだったので気分転換になるな。
このまま農場がなくなったあたりまで行けば森は目の前だ。
最も外側の農場で師匠が挨拶を交わし、準備は万全だ。
ここで師匠は参加者を二つの組にわけた。
最年長のヘイリーさんがとりまとめる四人の組と師匠と俺たちが居る六人の組だ。
バランスが悪いようだが、俺たちがいるのでこんなものだろう。
ヘイリーさんたちが先行して露払いをし、師匠が進むという安全策をとるようだ。
俺たち完全に守られる側だな。
「いいですか。これから私たちの入る森は魔物との戦場です。武器は木刀ではなく真剣ですし、ルイズ、あなた達は魔術を温存する必要はありません。必要なときは持ちうるすべての力を使って戦い、生き残りなさい。戦局が悪いようなら撤退する方法を考えること。生還することが今回の最大目標です」
「では行きましょう」という師匠の声で、ヘイリーさんたちが森に入っていく。
森の中を歩くのは初めてだ。
一応人がヤブ払いをした道を進んでいるのだがさすがにめちゃくちゃ進みにくい。
ただ、今回はオド循環を常時使用しているのでそこまで負担は多くなかった。
マナ感知も全開である。
森の中は人が居る場所と比較して随分マナが濃い様に思う。
ちょっと勝手が違うが慣れれば魔術も使いやすいかもしれない。
足元や木に注意して魔物の痕跡を探しながら小一時間ほど歩いたころ、師匠が視線を足元から進行方向に向けて何かを睨む様に注視する。
遅れて俺もマナ感知に何かかるのを感じた。
人とは違う気配は三、四……全部で七つ。
師匠はなんであんなに早く気が付いたんだ……。
「敵だ!」
そう短く叫んだ時には先行するヘイリーさんたちがそのうち三つとぶつかっていた。
思いのほか足が速い!
残りの四つがこちらに向かってくる。
対応するために剣を構えてオドを練りはじめる。
そうしている間に師匠は弓をつがえて矢を放っていた。
先行する一つに当たった手ごたえ。
まだ生きているがもう走れないようだ。
その間に残りの敵に落とし穴をつくる。
二つの足止めに成功するがひとつ避けた!?
視界に入った敵と対峙することを考えて視線を向けた時には風のようにルイズが飛び出していた。
「ハッッッ!」
裂帛の気合とともに放たれたルイズの一太刀で敵が縦に真っ二つになる。
マジで? なにその切れ味。
そのとき俺はやっと相手がどんな姿をしているか知った。
これは狼か? 事前に聞いていた話からするとフォレストウルフだろうか。
集団での狩りが得意な魔物だったはずだ。
しかし、ルイズが魔術を使ったのは横にいた俺にも分かったが、これは火魔術だったようだ。
ちゃんと実践でも使えてるな……。
緊張感を保ったまま、落とし穴でもがいている敵と矢の当たった敵に師匠が淡々ととどめを指していく。
新手を警戒しているとヘイリーさんたちが最初の二匹を片付けて戻って来た。
「ご苦労様でした。ルイズ、迷いの無い良い一刀でしたが前に出るのが早すぎます。あの場面で他方からの攻撃があった場合手が回らなくなる可能性がありました。立ち位置を考えて動くと良いでしょう」
ひとりひとりコメントを貰っていく。
俺は早期に敵に気が付いた点を評価されたが、自分ではうまくそれを活かせなかったように思う。
魔術戦の弱点が露呈した気がする。要改善だ。
「師匠、最初に敵に気が付いた時点ではまだ距離があったはずです。どうやって気が付いたんですか?」
カイルが聞く。
「生き物が他者を殺すつもりで動くとき、必ず殺気が放たれます。特にこの森のような場所では気配が届きやすい。それを掴んだのです。逆に隠れて相手と戦う時は打って出る直前まで殺気を押さえるようにして下さい。気付かれれば優位を失うことになります」
不意打ちの極意というものだろうか。
前にも気になったことだが、師匠は無意識に魔術を使っているような気がする。
この森のマナの濃さを認識しているようだし。
武術と魔術の関連性については継続して研究していこう。
やはり、今回の魔物はフォレストウルフだった。
農作物を荒らしたりはしないのだが群れて人を襲うので出会えば戦わざるを得ない敵だ。
この魔物は毛皮が売れるということで近くの小川まで移動して毛皮を剥ぐことになった。
後は討伐部位の牙以外、他に使える部位はないので魔術で穴を掘って埋めた。
これで血の匂いに惹かれて他の魔物が集まって来ることもないだろう。
ここで昼食を取り、またしばらくは狩りを続ける。
その後は角の生えたエトや大きなネズミの様な生き物、名前もそのままジャイアントラットを何匹か狩って夕方になった。
今度は野営の準備だ。
俺とカイルは張り切っていた。
フォレストウルフ以降、索敵以外であんまり出番がなかったからだ。
殺気がどうとか言っていたが、師匠はなぜか草食動物でも異様に早く気が付いてしまうため、索敵もそこまで役にたっていたかは怪しい。
ともあれ、キャンプなら魔術師の出番だ。
天幕なんて必要のないように、土をこねて居住性の良い建屋をつくる。
寝台も柔らかくすることはできないが、寝心地のいいように体に合わせた形にする。
土を固めて綺麗にし、虫等が出てこないように気を遣う。
これはもうちょっとした山小屋だ。
みんなで食事ができるテーブルとイス等も作った。
その間にカイルは中空から水を生み出し湯を沸かす。
調理用以外にも湯をためた場所をつくり、汗を拭けるように場を整えていた。
「なあ、アイン。お前たちはここに何日住むつもりだ……?」
俺たちと同じ後続グループのバンさんが話しかけてくる。
「野営は魔術師の腕の見せ所ですからね、日中の汚名をここで雪ぎますよ」
「汚名って、お前ら頑張ってたじゃねぇか。その年でここまでついてきてるだけでも大したもんだよ。俺たちにしたって、師範代が本気を出したら出番なんてないよ」
たしかに、師匠はみんなそれぞれが動くところを確認するように指示をしていた。
訓練なのでそれで正解かもしれないが、言葉で言うほど簡単なことではない。
「師匠って何者なんですかね? あんなに若いのにめちゃくちゃ強いし、剣だけじゃなくて弓も使えるし……」
「師範、ランドさんっていうんだが、この人が師範代のお父さんでな、以前は一緒に冒険者をやっていたそうだ。噂だがダンジョンの攻略で師範が怪我をして王都にやってきたらしい」
ダンジョン。
ゲーム用語のような存在がこの世界にはある。
この世界の歴史では、幾度となく知性ある魔物の王、魔王が生まれ軍を率いて人と敵対してきたのだと言う。
魔王に世界が脅かされるとき、女神は一人の人間を選んで力を授ける。
彼らはその時代の英傑と力をあわせ、魔王を討って来たのだという。
女神に力を与えられたものは勇者と呼ばれる。
そして勇者に討たれた魔王の居城、時によっては地下の洞窟や塔、島そのものであることもある、は今もなお、魔王の配下が跋扈する人知の及ばない地として残っているらしい。
これをダンジョンと呼ぶ。
俺も物語の中でしか知らないが、現実に存在するものとされ、ここに挑む実力のある冒険者は一流と言われている。
師匠の実力であればあるいはダンジョンに挑戦できるのかもしれないな。
「一流の冒険者ってすごいんですね……」
「俺にもわからんが、師範代はその中でも特別って感じがするな。王都の騎士団にだってあの人より凄い人は居ねぇよ」
そういう人に物を習うのは誇らしい話だな。
機会は大切にせねばなるまい。
俺たちの作った野営場はみんなに満足してもらえたと思う。
師匠も目を丸くしていたので非常に満足だ。
心地よい達成感と共に、野営らしからぬ快適な睡眠をとったのだった。
今度はハンモックとか作ってみようかな。
翌日早朝、予定通りに起き出してみんなで朝食をとる。
鳴子なんかも設置していたのだがとくに反応することもなかったな。
師匠の選んだ野営地が良かったのかもしれない。
しっかりご飯を食べたら出発だ。
勿体ないが作った小屋とかは全部潰すことになった。
他の人が見たらびっくりするからね。
午前中は昨日と同様に獣害の原因となる草食の魔物を中心に狩った。
昼前まで、何匹か狩って肉が持ち帰れないという贅沢な悩みが頭をよぎったころ事件が起きた。
最初に気が付いたのは俺だった。
「師匠、人が二人、左前方、移動はしていません」
「わかりました」
短く答えると師匠はするどく指笛を吹いた。
ヘイリーさんに「警戒しながら合流」の合図だ。
相手には指笛が気付かれたのではないかと思うが特に動きは無いようだった。
無事合流すると作戦会議を始める。
「まだ動きはありません」
細かい方向と距離を教えるとヘンリーさんたちが先行して確認することになった。
師匠はすでに弓を構えているし、俺も魔術を使える体制でゆっくりと近づく。
息を止めてヘイリーさんの様子をうかがう。
するとヘイリーさんはゆっくりと左手を挙げた。
危険はないようだ。
しゃがみこんで何事かを話しかけている。
後続組が近づいた頃には事態が少しつかめてきた。
そこには怪我をした騎士が二人、若い男性と女性が木に背中を預けて倒れて居た。
意識はあるようだが顔色はあまりよくないように見える、特に男性が酷い。
出血は止まっているように見えるが失血量が多いのかもしれない。
止血ができているならここでできる処置はもうないか……、いや、一つだけ試してみよう。
男性の肩に触れてオドの循環を確認する。
ほとんどオドが流れていない。
俺からほんの少しだけオドを流してゆっくりと循環させていく。
澱んだ場所があれば丁寧に正しながら。
苦しそうだった表情が緩み、顔色が少し良くなった。成功だ。
その間に師匠が女性から簡単な事情を確認していた。
二人の名前はライルとケイト、予想通り、ともに王都の騎士団所属らしい。
俺たちと同じように獣害対策に乗り出していた彼らの小隊は大型の魔物、アロガ・ベアと出会い、戦闘になったそうだ。
この個体は異常な大きさだったという。
小隊はアロガ・ベアに大敗。
若手だった二人は連絡役としてその場を離れるように命令を受けた。
先輩の決死の足止めもあり、なんとかその場を逃げ切った二人だったが運悪く流れる血の匂いに集まって来た数匹のフォレストウルフに囲まれてしまった。
流石騎士というだけあって、これも撃退して移動したものの、怪我と疲労で動けなくなっていたという。
師匠が「よく頑張りました、あとは任せて下さい」と二人を励ましている。
ここに長居はよくないということになり、二人に少量の水を飲ませた後に移動になった。
バンさんともう一人、俺たちのチームで二人を背負って移動を開始する。
鎧は脱がせて俺たちが運んで居る。
少しでも全体の疲労を軽減するためだ。
ヘイリーさん達はこれまで通り先行して警戒している。
ここはそこまで森の奥深い位置ではないが、大人を背負って森を出るとなると三時間はかかるだろう。
本来、アロガ・ベアは強いといっても、騎士四人で戦ってなすすべもなくやられるほどではないという。
そんな強大な個体が人の居住地域の近くまで来ていることも心配だった。
しばらく移動した頃、俺のマナ感知に反応があった。
方向は後方、数は一だ。
俺がそれを知らせようとしたとき、師匠が叫んだ。
「ヘイリーと合流して下さい!」
そのまま弓に矢をつがえて放つと、矢が相手に届くより早く弓を手放して剣を抜き走り出した。
目にもとまらぬ早業だった。
持っていた鎧を捨て、剣を抜いてオドの循環速度を挙げながら魔術を使う準備に入る。
まずはヘイリーさんに気付いてもらわないと。
「大きな音がします、耳をふさいでいてください」
上空に水素と酸素を合成して電気で着火する。
ボンという間抜けな爆発音と衝撃波が発生した。
これでヘイリーさん達に異常が伝わったはず。
そこで林道の先に冗談みたいな大きさの熊が見えた。
大人の軽く倍ほどの大きさがある。
アロガ・ベアか?
師匠は今、あれと戦っているのか……。
このまま逃げるべきだろうか。
さっきの指示はそういう意味だったと思う。
しかし、師匠は状況を打開できるだろうか。
もし仮に援護しようにも、敵の動きが早すぎる。
万が一にも師匠を巻き込めば取り返しの付かないことになる……。
落とし穴はだめだ。
かといって近づくのはもっとだめだ。
どうにかここから敵だけを攻撃する方法はないか?
師匠と熊の違い、大きさ……。
そうか、あいつの上半身のみを狙って攻撃できれば!
「カイル、ルイズ、俺は魔術に集中する。しばらく警戒を頼む!」
今まで練習していたもので条件に合いそうなものは一つだけだ。
ぶっつけ本番だがやるしかない。
騎士の二人には悪いが足元の鎧を原料にさせてもらう。
土魔術で鉄を単離して小さな球体にして並べる。
ここからがポイントだ。
古典物理において、そして魔術においても『熱は運動』、このルールは変わらない。
ここまでは実験で検証済みだ。
ざっくり鉄球の質量を計る、カロリーをジュールに変換して鉄の比熱から運動量のあたりをつける。
鉄球の形状を空気中での高速移動に適したロケット型に成形、回転して運動が安定するように尾翼の代わりの溝を掘る。
準備はOKだ。
これを計算通り魔力を加えて分子の運動方向を揃える。
魔力の消費量はそんなに多くない、必要なのは揃える精度だ。
揃い方が弱ければ上手く飛ばない。
揃えすぎると速くなりすぎる。
その場合、空気抵抗でロケットが持たない可能性がある。
大丈夫、だいたいの計算は済んでいる。
初速は秒速三百メートル、音速には至らない。
重さは約二十グラム、これでもそこらの拳銃よりよほど高い威力があるはずだ。
原子の運動を制御したと確信したときには『僅かに温度が下がる代わりに運動量を得た』ロケットはアロガ・ベアの頭に向かって飛び出していた。
「外れた!」
弾丸はおそらくアロガ・ベアの横を二メートルほどそれて飛んでいった。
弾けた木の幹で着弾をおおまかに推測する。
悪くない。
照準は調整が効くし、一度成功した以上まだ連射が可能だ。
もう一発、焦らずに敵に向ける。
「当たったか!」
アロガ・ベアの肩口あたりが弾かれたように揺れる。
致命傷には程遠い。
でも、これでいい。
師匠への意識をそらせれば、戦局は大きくこっちに動く。
緊張した局面が続く。
しかし、一手ずつ駒を進めるように、盤面は良い方へ動いている。
俺が撃ったロケット弾は当たることもあれば外れることもあった。
確実なのはそれを撃つごとに状況が良くなっているということだ。
ここからは良く見えないが師匠は隙をついてアロガ・ベアの足に大きな傷を負わせたらしい。
目に見えて敵の動きが悪くなった。
今ならこれが効く。
師匠が距離を取ったタイミングでアロガ・ベアを落とし穴にかける。
その数瞬後、マナ感知からアロガ・ベアの反応が急速に弱まりはじめ、やがて魔物とは異質なものへと変化していった。
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