第20話 やりたいことをひとつひとつ

「白粉を買いたい?」


 学院が休みのある日、俺は満を持して交渉を行っていた。

 場所は橘花香、相手は店主のアルバン伯父さんと奥さんのミレーアさん、目的は金策のためだ。


「アイン君、お化粧するの? そんなことしなくてもお肌真っ白じゃない」


「いえ、自分で使うんじゃなくて、魔術の研究に使うんです」


「魔術院っていうのはそんなものも使うのか。まあ買うっていうなら客だからな、売るのは構わないが金はあるのか? 結構高いぞ」


「そこを相談させてもらおうと思って。正直に言えば、まとめ買いできるほどのお金はありません。変わりにこれを買い取って欲しいんです」


 そういって魔術で作った小瓶を机の上に置く。

 クリスタルガラスをおしゃれな感じに成形し、すりガラスの蓋を付けた渾身の一品である。

 材料の配合や集め方で苦労したが、それだけのものが出来たと自負している。

 橘花香は化粧品を取り扱っているので使い道はいろいろあるだろう。


「……これは、ちょっと見たことがない透明さだな。手に入れようと思ったら舶来品だな」


 アルバンの眼が商人の眼になった。

 ミレーアさんも興味深々だ。


「発注して貰えれば五日で百本まで準備できます。値段は一本こんなところで……」


 かなり割安に感じるはずだ。なにせこのために、橘花香の中で市場調査を重ねたし伝票もチェックしてあるからな。


「安いな。何か問題があるのか? ものはちゃんとしているように見えるが」


「買い取る場合、条件が二つあります」


「条件?」


「一つは仕入れ元を隠すこと」


「……魔術が絡んでいるのか」


「その通り、魔術で作っています。公になっていない技術ですし、俺の知る限り再現できる人は居ません。買い取ってもらう時はそれをうまく隠して欲しいんです。値段は口止め料です」


「もし断ったらどうする?」


「その時はそんな技術は無かったことになります」


 机の上の小瓶を握りこむと、砂に変えて持ってきた革袋に戻す。

 二人とも目を丸くしている。


「まいったな。人払いをしてくれと言われた時は何事かと思ったが……。魔術師様ってのはみんなそんなに凄いのか? いや、それはいいか。もう一つの条件は?」


 そこを突っ込まないでくれるのは助かる。


「買い取ったのと同じ白粉をもう販売しないで欲しいんです。今ある在庫はすべて買い取りますので」


「……どういう意味だ? これは考えてもわからん。お手上げだ。うちの商品を買い占めたところで利益なんて出ないだろう」


 考え方が商人的だなー。

 

「この白粉には鉛や水銀、つまり毒が入っています。魔術には使えるけど体にはよくありません」


 ミレーアさんが、え、マジでって顔でこっちを見る。マジなんですよ。


「これは橘花香のためでもあります。白粉を売りたいなら毒の無いものを探すのを手伝いますし、手に入らないようなら仕入れの方を助けることもできます」


「そう言われたら断りにくいな……。なんでそこまでしてくれるんだ」


「フヨウのことでも道場のことでもお世話になったじゃないですか。それに、図書館を使うためとか研究とかでちょっと物入りだったんで自分のためですよ」


「……頭があがらんよ。それなら細かい話を詰めさせてもらおう。他にも必要なものがあったら言ってくれ。仕入れ値で売ろう」


「アイン君、こんなことしてくれなくても、困ったことがあったら素直に言ってくれればいいんだからね? 働いてもらったお給料だってまだ払ってないんだから」


「じゃあ、そのお金は橘花香に投資しておいてください。たぶん十年後には一財産になってるはずですから」


「もう……、そんなところ、クルーズさんに似なくてもいいのに」


 何か気になることを聞いたな。

 クルーズはいったい何をしたんだ。

 気を取り直して、とりあえず交渉成立だ。

 図書館への道が開けたし色々出来る軍資金ができたな。


 外へ出ると待っていたカイルが声をかけてきた。


「うまくいった?」


「首尾は上々だ。三人いっしょに図書館いけるぞ」


「僕らの取り分があるの?」


「当たり前だろ、小瓶つくるの手伝ってもらうんだからな」


 もともと頭数に入っているのだ。


「アイン様、わたしに図書館は必要ありません」


「ルイズは護衛なんだろ。僕たちをちゃんと守ってもらわないと。図書館の利用料は護衛代ってことでなんとかならないかな?」


 そーだそーだと同調しておく。

 もちろんルイズの分も払う。


「カイル様……」


 問題は三人で取り組む。

 利益は三人で享受する。

 このスタイルでいこうじゃないか。





 卸し作業や両替等でしばらくかかったが、無事、図書館の入場料を得ることができた。

 安定と実績の小瓶はやはり王都でも人気なようで卸し数がすごい。

 小瓶づくりは俺とカイルの日課になってしまった。

 山ほど集めた材料の砂がなくなるのではないかと思うほどだ。

 あれって結構街中だと集めるの面倒なんだよな。

 王都は空き地も少ないし。

 収入も想定を超えてしまったので大半は橘花香で預かってもらっている状態だ。

 現金を準備せずに仕入れて売れるのだから結構いい商売になっているのではないだろうか。

 これでも値段をあげて需要を絞っているというのが恐ろしい。

 予測ではしばらくすれば需要が落ち着くだろうとのことだった。

 早くその時よやってきてくれ……。





 三人分の入場料を払って図書館に入る。

 図書館よ、私は帰って来た。

 せっかく年間パスを購入したのだから小まめに通いたいところだな。

 色々とみてまわりたい所だが、初日については属性魔法に関する本を中心に攻めることにしてある。

 ルイズの長所を伸ばしたいし、もうちょっと基礎的なことを押さえておきたいからね。


 本の配置を司書さんに確かめてから目的の場所へ向かう。

 話には聞いていたが利用者が結構多い。

 勉強の邪魔になるからあまり相談しながら調べるとかはできなさそうだな。


 それから一時間ほど、本を探し、内容を確認してまわった。

 その成果はあまり芳しいとは言い難い。

 なぜなら、属性に関する説明がどうにもふわっとしているからだ。

 著者によってやり方が変わることも少なくない。

 その中で比較的具体的なものをいくつか抜粋する。


 曰く、

・神に祈り、呪文を唱えるとよい。

・火なら火、水なら水と実物を用意するとよい。

・神の言葉を大地に印し、魔法陣をつくることで属性を固定する技術が存在する。


 呪文は確か、前にレッダが使っていたやつだな。

 特に定型のものが存在するわけではなくイセリア教の宗派等によって異なるようだ。

 祈りの方が重要なのかもしれない。


 現物を準備するというのはわかる話だな。

 みんな土魔法から始めるのはだいたいどこにでも土があるという理由がある。

 あとは地脈と通じているから魔力が多いっていうのもあるか。

 実際俺も水を操る魔術は最初は川とかで始めたもんな。

 今は空気中の水分を集めたり、元素を化合して作ってるが。


 魔法陣はなかなか面白そうなのだが、資料が非常に少ない。

 神の言葉についてはどんなものなのかもわからない。

 これが秘術というやつなのか、どうも魔術具についても同様の技術がつかわれているようだ。

 これらの情報以外はどうも具体性にかける上に共通してやっている人物が少ないようだったので今は割愛する。

 ひとつひとつ試してみよう。


 魔術院には魔術の修練場があるのだが、ルイズが院内でなにかして目立つことを嫌がったので克技館の修練場まで移動する。

 道場の裏は野外修練場になっているのでちょうどいいだろう。

 屋敷よりちょっと学院から近いし。


「今日はこちらには来ないのではなかったですか?」


 レア師匠に声をかけられる。

 理由を説明して修練場の隅を使わせてもらえるようお願いする。


「後でちゃんともとの状態に戻すなら、いいでしょう。それと土人形をいくつか作っておいてもらえませんか」


 道場の人間は俺たちが魔術を使えることを知っている。

 まあ、いつも学院帰りに来ているしな。

 そこで披露したルイズお得意の土人形がここでは人気だった。

 巻き藁のように手間がかからず固さの調整も効くのであっという間に打ち込みの練習に組み込まれてしまった。

 この辺の柔軟さは克技館らしさだと思う。


 なにはともあれ許可は出た。

 指示された通り土人形を準備してから魔術の練習に入る。

 色々と小物も準備した。

 ろうそくとかコップの水とか。

 最初は属性のはっきりしているルイズに色々試してもらうことにする。

 魔術でろうそくに火を灯すとその操作を試してもらう。

 ――動いているんだがいまいちな感じだ。

 なら呪文でどうだろう。

 ルイズに考えておいてもらった呪文を試してもらう。

 短めのやつで。


「炎の力よ!」


 今一瞬ろうそくの火が強くなったか?

 でもそんなものだろうか。

 ルイズに話を聞こうと近づくと、なんだか空気があったかい。

 というか明らかに熱をもってるな。

 熱も火属性なんだろうか。


「ルイズ、大丈夫か?」


「……はい、でもうまくいかなかったみたいです」


 なんだか気落ちしているが、俺はちょっと気になることがあった。


「もう一度同じことをしてみてもらえないか。今度はオドの動きも見てみたい」


 ルイズの両肩に手を置いて火の操作を試してもらう。

 ……ん? 今なんかオドの動きにひっかかりというか変な所があったな。

 とりあえず次もやってもらおう。


「呪文も頼む」


「炎の力よ!」


 こっちの変化は強烈だった。

 オドの循環が一瞬で加速したかと思うとそれが体の外にはみ出るほど広がる。

 大地の魔力も巻き込んで大気を熱する。

 さっきのはこういうことか。明らかにオドの質が変化していたな。


「ありがとうルイズ。色々とわかりそうだ。風属性もやってみよう」


 先ほどと同じようにやってもらう。

 ろうそくみたいな道具は使わない。

 結果は炎より顕著だった。

 呪文を使うとオドの循環速度が上がって漏れ出し、大気に干渉していく。

 ルイズの黒髪が風によって巻き広がる。


 水も試してみたが、火や風ほど顕著な変化は見られなかった。

 でも十分な成果だ。


「お疲れ様、ルイズ。どうもルイズの魔術は体に近い部分で現れるのかもしれないな」


 みんなで座りこんで話合っていると、その様子をみていた師匠が話かけてきた。


「ルイズ。先ほどの技は魔術なのですか?」


「はい。属性魔術の修練を行っています。まだ形にはなっていませんが」


 それを聞いた師匠は少し考えこんでから言った。


「その術を使って一度私と立ち会ってみてください」


 師匠には何か考えがあるようだ。


「ルイズ、やってみよう」


「は、はい……。わかりました。よろしくお願いします」


 両者が向かい合う。

 ルイズは魔術を使うため両手を地面についた変則的な構えだ。


「炎の力よ!」


 克技館には試合開始の合図はない。

 ルイズの呪文を合図にしたかのように師匠がゆっくりと近づく。

 と、師匠が突然打ち込んだ。

 全力というわけではないが予備動作が無いため神速に感じる。

 このまま打ち込みが入るかと思われたが次の瞬間予想を裏切る光景が目の前にあった。

 ルイズが傍らにあった木刀で師匠の一刀を打ち払い、その手元から木刀を消したのだ。

 俺の知る限りルイズの一刀にそこまでの重さと速さは無い。

 そこで試合は終わらない。

 無手になってなお踏み込む師匠を側面から巻き込むようにルイズが切り込む。

 それを師匠が肩から背でいなして体重の軽いルイズを弾き飛ばしたところで決着となった。

 両者が元の位置に戻って礼をする。


「ありがとうございました、ルイズ。今、あなたが使ったのはほんの限られた達人のみが見せる奥義と同種のように見えました。魔術とどう関係するのかわかりませんが、自身のものとして使いこなせるように鍛えなさい」


「!? わかりました。ありがとうございました……」


 思わぬ展開になったな。

 どうやらルイズの魔術は呪文との相性がいいようだ。

 魔術を武技として使いこなす技術が存在するのか?

 気になるけど、魔術院では使える人があんまりいなさそうだな。

 一瞬の攻防のはずだが、驚くほどの疲労を見せるルイズを休ませ、カイルと俺の魔術訓練に入ることにした。


 結論から言えばルイズの様な特殊な結果は現れなかった。

 だが無駄だったということはなく、カイルについては呪文も実物も魔術に変化が見られたので修練次第で伸びるかもしれない。

 俺についてはカイルと比べて呪文の効果がいまいちだったように思う。

 双子なのになぜだ……。

 信心が足りないとかはありそうだな……。


 土魔術を使ったわけではないのであまり修練場は汚れなかった。

 しかし、約束だからな。

 しっかり掃除して帰ろう。

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