第19話 夢
九の月二十日、今日から新学期、つまり俺たちの入学の日だ。
魔術院、通称学院は魔術に関わる知識を教える教育機関ではあるが、一般的な歴史や語学、礼節だとか道徳だとか他の科目は教えない専門機関だ。
そのためなのかわからないが俺の知る学校のような入学式は存在しない。
今日からすぐに講義が開始されるはずだ。
カイルとルイズと三人で学院の門を見上げる。
面談の時にもやってきたが、でかい施設だよなぁ。
王都の中心にあってここまで敷地を持つ施設はあまりない。
他には王宮とそれに隣接する後宮庭園くらいだろうか。
つまり王都で一般人が入れるもっとも大きな施設ということになる。
ここに国中、大陸中から貧富を問わず若者が集まって魔術を学んでいる。
なんというかとても活気がある。
俺はこういう空気が好きだ。
事前に教えられていた教室に入ると、空いている席について待つように言われた。
着席している人数は五十人足らずだろうか。
年齢はバラバラだが、概ね小学生くらいだ。
俺たちの到着は後の方だったようで、すぐに教師が入ってきて説明が始まる。
最初にペン、インク壺、紐で閉じられた紙束が配布される。
説明されたところによると、これは自由に使用していいノートらしい。
授業と言えば板書なのだが、ついに自由に使用できる紙を手に入れることができた。
足りなくなった場合、購買で申請すれば一定枚数までは無料でもらうことができるらしい。
それ以降は有料だがそこまで高価ではないようだ。
国の魔術師教育に対する本気度が見て取れる。
これで、俺がいままで行ってきた実験の記録をとる目途がたったな。
その後は教師の自己紹介とカリキュラムの説明を受けた。
日にちによって講義が決まっており、五日に一日休みとかそんな感じの説明を受ける。
これはロムスの学校も同じだったな。
半年に一度、実技と座学の進行度テストが行われる。
座学に関してのみ、一定以下の成績だと留年することがあるようだ。
そして試験の後は長期の休暇となる。
次は冬ごろに試験があるということになる。
そのままの流れで講義に入る。
内容はまあ、基礎なのでロムスに居たときに読んだ本とだいたい同じだな。
地脈とか女神の話だ。
雑談で話を聞いた国宝の神杖の話とかは面白かった。
なんでも女神自身が持っていたものだそうだ。
休憩を挟んで実技の時間となる。
名前を呼ばれた人間は別行動で、俺たちは全員その中に含まれていた。
コレンに聞いていた通りだな。
俺たちは基礎を飛ばすクラスになるのだろう。
人数は……十七人か、半分以上が魔術未経験ということか。
ルイズが神童扱いになるわけである。
実技についても今日は初日だったので、個々人の実力確認を行った程度だ。
だいたいの生徒は両手を地面について拳ほどの土をグニグニさせている感じだった。
成形もできていない。
最後に一歩進んだ内容として、同じ土をより強固にする理論を説明されたのだが、そこでルイズが名指しされた。
盾の形に固い土を成形してみろと言われたのである。
いつもの無表情でルイズがみんなの前に立つ。
俺とカイルにはわかる。
あれは自分の嫌いな食べ物が食卓に上がった時と同じ顔だ。
両手を地面について言われた大きさの土の盾をつくる。
ちゃんと固く作れているようで、ちょっとした石くらいの固さはあるだろう。
ルイズが手を離すと盾が地面に倒れてガタンと音を立てる。
ちょっとやそっとで壊せるものではないのは一目瞭然だ。
生徒たちは呆けたように盾をみつめている。
「完璧です。みなさんもルイズさんの盾を目指して練習してみてください」
先生の言葉でみんな我に返ってざわざわし始めた。
ルイズの学院デビューが良い感じに決まったらしい。
本人は不本意なようだが。
あとは適当に土魔術の訓練をして終わった。
ルイズのまわりには同じクラスの女の子たちが群がって終始めんどくさそうだった。
これで今日の講義は終わりなのでみんなで食堂へ向かう。
魔術院では最低限の生活が無料で保証されているので三食無料で食べられる。
朝と夕は寮で出るため俺たちは関係ないのだが、昼は食堂があるので行ってみることにしたのだ。
同じようなことをみんな考えるのか、だいたいの生徒は同じ方向に向かっている。
食堂は混雑していたが、座れないほどではなかった。
メニューはなく、みんな同じものを食べていたが、味は悪くない。
俺たちはそんなに舌が肥えているわけではないのでこれなら毎日でも大丈夫だろう。
ユンさんに手間をかけずに済みそうだ。
午後は道場に寄る予定なのだが、その前に図書館へ向かう。
お金がかかるという話なので今日は偵察だけだ。
みんな多少のお小遣いを持っているのだが、計画的に使う必要がある。
場所はすぐにわかった。
とにかくでかいのである。
中には壁のような本棚がならんでおり、上の方ははしごを利用してとるようになっていた。
俺たちの身長では難儀しそうだ。
とりあえず受付で図書館の利用法を聞いてみる。
司書さんが丁寧に教えてくれた内容はこうだ。
最初に銀貨一枚を払うと一年間利用できる。
貸出は一部の本のみ可能。
貸出ごとに銀貨を一枚払うことになるが、これは汚したりせずに本を返却すればデポジットされる。
つまりとりあえず銀貨が二枚あればそれなりに利用できるようだ。
しかし、銀貨二枚は子どもにとっては結構高額でもある。
宿に何泊かできるくらの値段だろうか。
とりあえず、今日は予定通り退散して計画を練ることにしよう。
目下、やるべきことは学院、道場、金策の三点。
次点で橘花香の手伝いと研究のとりまとめ。
結構やることあるな……。
学院については冬の進行度試験で一定の評価を得ておきたい。
剣の修練は精進あるのみだが、俺たちの齢だとあまり対外試合は無いので予定というほどものは無いな。
金策は……、橘花香の方が関係してくるのでそっちを手伝いからシフトさせていこう。
そこが安定してきたらコレンに術具のアルバイトの話を聞く。
よし、方向性がまとまってきたな。
学院が始まってから充実した日々が続いている。
その日の実技は魔術具についてだった。
老齢にさしかかった教師が一本の杖を持って立ち、説明をしている。
「――このように、一般的に魔術具とは魔宝玉のついた術具に魔力を込めてそれを消費することによって機能を発動する。魔術を使えない人も魔力を行使できる点は非常に有用だ。一方で魔力の充填や機器の保守に魔術師が必要とされるため、我々とも非常に深い縁がある――」
内容が難しいということはないんだが、俺たちの年齢には少し言葉が難解かもしれないな。
実技の進行度テストは進級には関係無いし、ちょっと適当なところがあるのかもしれない。
「――しかし、一部には例外となる魔術具が存在する。ここにいるみんなも一度は触れたことがあるはずだ。そう、素質を測るための魔術具だな。あれは魔力を充填しなくても素質のあるものの魔力と地脈をつなげて勝手に魔術を発動するようにできている。非常に高度な技術だ。効果は光を示すだけだがね。今、私が持っているこの杖も基本的には同じものだ。ただ一点、異なるのは、この杖でわかるのは魔術の素質だけでなく、「得意な属性」も示すということだ。あくまで相対的に「得意な属性」であって魔力の強さではないし、今後の訓練によって変化するものではあるが。今後、実技では土以外の属性魔術を学んでいく。その指標として本日は属性の審査を行う」
前置きが長かったが、なにやら面白そうなことをやるようだ。
どういう構造なんだろう。
教師の指示に従って一人ずつ属性を調べていく。
黄土色の土属性の子が多いだろうか。
まあみんな使えるからな。
たまに赤い火属性の子もいる。
このクラスは人数が少ないのですぐに俺たちの番になった。
まずは俺からだ。
杖に触れると宝玉が白く光る。
「……この色は、かつて三属性混合の光を見た時に似たような色になったが……、あれにはもっと揺らぎと色の変化が見られたな……。あるいはこれから属性が伸びるのか……」
なんだかブツブツ言っている。
「……君はアイン君といったね。得意な属性とは修練によって伸びるものだ。今はまだ明確な属性がわからないが、定期的に計ってみたまえ」
まあ構わないが。
「わかりました」
次はカイルの番だ。
特に気負いもなく同じように杖を触る。そして同じように白く光った。
いや、なんだか青い点滅のようなものが見えるな……。
「君はカイル君か。アイン君とは兄弟だね。君も属性についてはこれから変化していくのではないかと思う。アイン君と同じように経過観察が必要だね」
観察ですか。
よくわからないものはしょうがない。
そのままルイズの番になる。
杖に触った結果は赤と緑のグラデーションだった。
ゆっくりと赤い光がオレンジ色にかわって薄い緑色になっていく、今度はそれがまた赤へと戻るのを繰り返していた。
「これは、火と風の二属性、高度な組み合わせだ。よほど修練をしたのだろう……。土属性があれだけ使いこなせてこの結果とは、君は本当に規格外だな」
予想と違う感じの結果が出た。
属性魔術については俺にはほとんど知識が無い。
そのため俺たちは土属性以外の練習をしていないのだが、育て方を間違ったか……。
俺の責任だな。
ルイズはなんだかよくわからないという顔をして俺のとなりに戻って来たので頭を撫でておく。
正直、すまんかった。
そんなことをしているうちに全員の確認が終わった。
「よく聞き給え、現状、君たちは土属性が得意な者が多い。これは例年のことだ。この後、属性魔術を知っていくことでこの光の色は様々に変化していくことだろう。また、土属性のままであることもある。それは才能が無いという意味ではない。一つの属性を鍛えることは非常に有用な戦略だ。事実、宮廷魔術師にも土属性を得意とするものは多い。一度鍛え上げたものは君たちを裏切ることは無い。精進するように」
もっともな話だ。
しかし、ルイズについては教育方針の変更が必要かもしれないな。
俺とカイルの属性も謎な感じだったがまあ、後回しでもいいだろう。
実技で落第は無いのだ。
俺は属性魔術について詳しくはないが、実は火や風の魔術自体は使おうと思えば使える。
やり方がなんというか物理とか化学よりになるが、有機物のガスと酸素を放電で着火とかそんな感じだ。
氷の針を飛ばすようなこともできるんだが、これについては目下研究中の部分が多い。
主に運動の制御でまだ完成とは言い難かった。
課題は山積みだが、こういうことを研究してこそ魔術院って感じだよな。
その夜、夢を見た。
最近は克技館でしごかれたり橘花香で働いたりしているので疲れて夢も見ないことが多かったんだが……。
夢が夢だと感じるこの感じは初めてじゃないな。
あれはいつだったかな……、たしか、テムレスに行った時だ。
半年くらい前だろうか、なんだか凄く時間が経った気がする。
あのころはまだフヨウとは出会ってなくて、でもフルーゼが居て……。
フルーゼはまだ旅をしているんだろうか。長い旅だな。
それともそろそろカーラに着いたんだろうか。
予定だともう少し先だったと思うが……。
ふと気になって胸元を探る。
いつも身に着けているフルーゼからもらったペンダントは夢の中でもちゃんと持っていた。
なんとなく安心する。
「兄さん!」
そうだ。
あの時もカイルが出てきた。
そしてこの夢をカイルは覚えていた。
「よう、前もこんな夢を見たよな」
「うん、テムレスで朝日を見た日だね」
「そうだったな。なんなんだろうな。この夢」
「場所も前と同じみたいだね」
見上げれば、途中で消えかけた巨大な柱が見える。
「そういえばこんな柱あったな」
そんな話をぽつぽつしていると、空にひっぱりあげられる感覚があった。
これは目が覚める予兆だな。
「兄さん。またあとで……」
カイルの声を聴きながら意識が遠のいていく。
目が覚める、窓の外はまだ暗い。
これも前の時と同じだな。
今日もあんな綺麗な空を見ることができるだろうか、っとそうだ夢の確認をしよう。
ベルマン屋敷にやってきてから、俺たちは個別の部屋を与えられていた。
豪勢な話だ。
軽く身支度を整えてからとなりの部屋へ向かおうとしたところでカイルがドアを開けて出てきた。
なんとなく目があって話したいことがわかる。
「夢の話だよね?」
「そうだ。なんなんだろうな、この夢」
「よくわからないけど、せっかく不思議な力なんだからうまく使えたらいいのにね」
「使うっていうと、ああ、離れていても連絡がとれたら便利だな」
この世界で長距離通信は相当先進的なはずだ。
そんな魔術もあるんだろうか。
「もしかしたらそういう魔術もあるかもしれない、ちょっと調べてみるのもいいかもしれないな」
「兄さんは研究が好きだよね。でも確かにあったら便利そうだな」
そんな話をしながら、ルイズの朝練に合流した。
季節の問題か気象の問題かはわからないが、今日はあのときのような黄金の空ではないようだ。
だからといって練習の手を抜く理由にはならんな。
さて今日も一日頑張るとしましょうか。
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