第18話 普通の魔術師とは

 今日はゼブの旅立ちの日だ。

 俺たちひとりひとりが書いた手紙を携えて、旅装に身を包んで立っている。

 見送りは俺たち三人とリーデル、ユンさんの五人。

 フヨウはもう別れを済ませている。


 ゼブはこれからクルーズの指示でロムスのあるアーダン領の領都へと向かう。

 冒険者ギルドで情報収集を兼ねて依頼を受けながら進み、アーダンで仕事をしてから封鎖されたエルオラ街道を通ってロムスへ帰るのだという。

 エルオラ街道には定期的に冒険者ギルドから調査依頼が発生するので、そのチームに合流して動けば大丈夫でしょう、との話だった。

 危ないとは思うが、ゼブの腕ならいけるとも思う。

 気を付けて行って欲しい。

 ゼブはみんなの挨拶をひとりひとり聞くと、最後にルイズにしっかりと俺たちを守るように言ってから頭を撫でて出発した。

 ルイズは泣かずに見送った。





 あれから俺たちは克技館へ通っている。

 魔術院の新学期が始まっても続ける予定なのであまり無理のある修練は行われていない。

 子どもは体が育たないうちは筋力を鍛えない方針らしく、素振りや型以外は柔軟や丸太の上を歩く忍者の修行みたいな時間が多い。

 これは結構楽しいのでここを選んで良かったかもしれない。

 興味深いのは道場にもかかわらず座学の時間が結構あることだ。

 人の体や魔物の生態、縄の結び方など完全にサバイバルガイドだ。

 実際に冒険者志望の弟子も多く、そういう人の話も興味深かった。


 先日は魔術院の面談に行ってきたのだが、ここではちょっと面白いことが起きた。

 通称ルイズ神童事件である。





 その日、予定されていた面談に俺たち三人は保護者のリーデルじいさんと一緒に向かった。

 リーデルには仕事もあってそこそこ忙しいはずなのだが、わざわざ時間を空けて同行してくれていた。

 付き添いはユンさんでいいのでは? とは言ってはいけない。


 最初の面接は問題なかった。

 以前学校へ通ったときに行ったものと大差なかったし、「よく勉強してるね」と褒めてもらったりした。

 保護者としてとなりにいたリーデルもこころなし自慢そうな顔だ。

 その後、本来なら魔道具による魔術の素質検定をやる予定だったのだが、面接時に簡単な土魔術を使えると答えていたため、代わりに外に出て実技試験を行うことになった。

 最初に実践することになったのがルイズだった。


 ルイズは旅の間も魔術の訓練を欠かしたことはない。

 成長する早さは控えめだったが、王都に来るまでの間に土魔術だけならそれなりのレベルに達していた。

 両手を地面につき、オドを流して土をこねまわしていく。

 ゆっくりしたペースで一メートル四方ほどの穴を掘ると、学院の講師が感嘆の声を上げた。

 魔術に集中しているルイズは気が付かない。

 続いて、成人男性ほどの大きさの土人形をいくつか作る。

 これは剣術の訓練などに使っていたもので、ルイズが最も得意とする形だった。

 そのため、結構なペースでするすると作られていく土人形に見学者は驚きを越えて騒然となった。


「この齢で、これほどの魔力とは……」


「精度も速さも申し分ない。教育次第でとんでもないことになるぞ……」


 そこでやっと頭を上げたルイズは周りの様子に困惑した。

 いつもの無表情に見えるがあれは混乱して不安に陥っている顔だ。

 何か間違ったことをしたのではないかとかそういうことを考えている。

 俺は手を伸ばしてこちらに来るようにジェスチャーする。

 とぼとぼとやってくるルイズの手をつかむと


「よく頑張ったね。満点だってさ」


と伝えた。テストを受けたわけではないがそんな感じだろう。

 よくわかってはいないようだがその一言で落ち着いたようだった。


 続いて呼び出されたカイルは空気を読んだ。

 つまり、ルイズがやったのより小規模に、ゆっくりと魔術を行使したのである。

 それでも周囲の評価は高い。

 今回の面談に関係なさそうな人物まで集まり始めた。

 これ以上目立ってもあまり良くない気がする。

 俺たちは子どもなので大ごとになっても責任がとれないのだ。

 それでも人が増えたことで否応なしに期待が膨らんでいくのを感じる。

 二人が良くても俺が良いとは限らないだろうに……。


 結論として、俺もカイルのやり方を真似ることにした。

 二人がやったことを思い浮かべながら土魔術を行使する。

 やっぱりという感情と新鮮な驚きがない交ぜになった感嘆の声があがる。


 その後は想像通り面倒なことになった。

 ルイズは大人に囲まれて色々と言われている。

 だいたいは賛辞の言葉だが、なにか自分の所属に勧誘するようなものまであった。

 六歳児を何に誘うっていうんだ……。

 日頃褒められ慣れていないルイズは、生来の口下手もあって上手く受け答えができていない。

 ただ、変に詳しく説明しない点は結果的にベストだ。

 俺たちも助けに行く余裕は無かった。

 ルイズほどではないがギャラリーに囲まれていたからだ。


「みなさん、そんなに囲まれて困っておるじゃろう。うちの子たちからちょっと離れてくださらんか」


 そういって分け入って来たリーデルに三人漏れなく担ぎ上げられる。

 助かった、俺は理解したよ、筋肉こそパワーだ。

 興奮気味の担当者はこの後も特待生的なシステムや学生寮への入寮を強く勧めてきたが、リーデルが適当にいなしてくれた。

 その過程で、「寮は不要、うちから通わせますからな」とベルマン家への長期滞在がなし崩し的に決まってしまった。

 五年となると流石に長いので迷惑をかけないために入寮を考えていたのだが……。

 今日の様子を見ると、結果的にはこうなって良かったのかもしれない。


 こうして、王都魔術院には新学期から『神童とそれに引けをとらない素質を持った双子』が通うことになった。

 言うまでもなく注目株はルイズである。


 多くの場合、魔術院に入る学生は素質が分かった時点でやってくる。

 だから新入生はあまり魔術を使えないものなのだ。

 そう思うことにした。





 そんな話をルイズがフヨウに愚痴っている。


「アイン様もカイル様もわざと出来ないふりしてさ! わたしだけ頑張ってやってたの! ズルい!」


 そんな言葉にフヨウは作業の手を止めずに「大変だったな」と相槌をうちながら慰めている。

 関係無いが、ルイズは基本、俺たちに敬語なのでこうしてため口をきいてもらえるのは知り合いの中ではフヨウだけだ。

 そっちはそっちでズルいと思う。


「しかし、お前たちがいつも使っているのは秘術の類だぞ。そうそう人前で見せるものではない。普通は派閥をつくって秘匿するものだ。私も循環を教えてもらって驚いたが、あんなことを誰もがやっているとは思えん」


 「そんなに魔術師と会ったことがあるわけではないがな」とか言いながら、フヨウが爆弾発言をする。


「マジで!?」


「マジ? というのは王国語か? よくわからんが、一般的な魔術なら教会が公開しているだろうからな。エトアで聞いたことがないなら、邪術か秘術ということになるだろう」


 そうだったのか、ずっと我流だったからな……。

 あまり一般的な技術ではないのだろうと思っていたけど……。

 ルイズには悪いが一番最初にやってくれて本当に良かった。

 俺、土魔術って言われたら張り切って色々使ってお城とかつくるところだったよ……。


「あー、こんなところに居た! カイル君頑張ってるんだからアイン君もフヨウの邪魔してないで手伝ってよ!」


 俺だけ叱られてしまった。

 俺を叱ったのはアルバン伯父さんの下の娘さん(十歳)でここ、橘花香の看板娘の一人、エレナだ。

 俺たちの従姉ということになる。

 そして俺たちは今、橘花香のバックヤードで帳簿の整理を手伝っていた。


 橘花香は最初に予想した通り、化粧品に関わるお店だった。

 ここはベルマン屋敷と克技館の道中からそう遠くない場所にある。

 自然、道場に通うようになった俺たちは帰りにフヨウの顔を見るため、ここに寄るようになった。

 先日、無事開店して以来、そこそこお客さんが入っているものの準備期間ほど忙しいわけではなく、俺たちの相手をするくらいの余裕があるようだった。

 従姉妹たちにはこの時出会った。

 彼女たちはフヨウの手伝いをしている俺たちを見て、多少は計算ができることを知る。

 あとはあっという間に俺たち独自の仕事が割り振られるようになって今に至る。


 この頃は、ひとりひとりの名前が書いてある箱が常設してあって、いつ来ても何かしらの仕事が出来るようになっている。

 この世界に労働基準法はない。

 箱の中は空にしてきたはずだが、これは仕事を頑張ると増える法則というやつだろうか。

 このお店には後々お世話になるつもりなので、先行投資だと思って頑張ろう。





 王都でも初めて来る地域を歩いている。

 周りには旅用の衣服や金物、冒険者の装備等を売る店が立ち並ぶ通りで、なんというかちょっとワクワクするところだ。

 あっちの地図屋とか面白そうだな! そんな感じでふらふら進んでいると「迷子になるよ」と後ろから抱き止められる。

 エレナの姉のカミラだ。

 今日は、お使いに行くというカミラの話と行先を聞いて俺だけが付いてきた。

 なにも仕事の邪魔をしようと思ったわけではなく理由があってのことだ。


 あった、翠玉通り、ここだな。

 金物屋で発注の仕事をさっさと済ませたカミラに連れられて、今回の目的地を見つける。

 あのときの話だとこの通りにあるはずだ、『ラーム術具店』。

 以前、ひったくりの被害にあっていたコレンが言っていた店だ。

 術具というからには魔術に関係のある店のはず。


 この間の神童事件の時に、もう少し魔術のことを知っておかなければいけないと痛感したのだ。

 変に目立って、子どもだから与しやすしと絡まれるのはなんとしても避けたい。

 そこで思い出したのがコレンとこの店だ。

 新学期前に多少なりとも情報収集をしておきたい。

 今ならまだギリギリ間に合うはずだ多分。

 それに術具というものについても興味があった。

 見つけたラーム術具店は古ぼけた建屋だが、掃除の行き届いた小ぎれいな店だった。

 店の中が全体的に土間なのが特徴だな。


「ごめんください」


 とりあえず入ってみる。


「子どもがお使いにくるところじゃないぞっ、とお前はたしか」


「以前、引ったくりを捕まえた時に会ったアインです。新学期が始まる前にいろいろと教えてもらいたくて」


「そういや、学院の後輩だったな。いいよ、恩もある。ちょうど今はお客さんもいないしな。そっちはお姉さんか?」


「そんな感じです。正確には従姉だけど、この辺に来るっていうんで連れてきてもらいました」


「こんにちわ」


 カミラがよそ行きの挨拶をする。

 商家の教育のたまものか、この姉妹は笑顔をつくるのが上手い。

 これは馬鹿にならないもので、初めて見ると結構ドキッとする。

 少なくとも見た目で動揺しなかったコレンは大したものだと思う。


「ああ、そこ座ってくれ。それで何が聞きたい?」


「全体的に魔術院の一般常識を。それと新入生が最初にどんなことをするか知りたいです」


「……そうだな。読み書きができないやつは新学期前に補講をうけるはずだから、お前はそっちは大丈夫だな?」


「できます」


「なら、講義には座学と実技がある。座学は座って話を聞くだけだし、基礎から始めるから多分大丈夫だろう。あんまりわからないようなら教えてやるよ」


 頼もしいな。


「とはいっても新入生には上級生のチューターがつくからそっちに聞いてもいい。チューターはそうそうへんな奴居ないはずだからうまく教えてくれるはずだ、大概は寮生だな。実技については二つのクラスに分かれるはずだ。簡単に言えば、魔術が使えるやつと素質はあるけどまだ使ったことがないやつだな。最初は人によって全然レベルが違ったりするからな。効率のためにそうなってる。

 そういえば、来期は神童とか言われる子どもが入ってくるって聞いたんだが、……もしかしてお前か?」


「……俺の家族のことですね」


「そうか、やたらすごい子どもっていう以外がよくわからなくてな。女だとか男だとか双子だとか、謎の人物として噂になってるよ」


 混ざっとる……。

 噂ってあてにならないよな。

 コレンは二人を見たことがあるはずだが、覚えてはないようだ。

 急いでるみたいだったしな。


「今度紹介します」


「おう。あと、お前は寮生か?」


「祖父の家から通うつもりですよ」


「俺と同じだな。寮には寮のルールがあるが、それなら大丈夫だろう。あとは図書館とかの話かな。講義は午前中だけだ。その後については自由だが、図書館に行くやつは結構居る。ちょっと金はかかるけど魔術の資料が揃ってるし、それ以外の本も充実してるから人気なんだ。宮廷魔術師とか狙ってるやつもよくここに行く。あとは俺みたいに働いてるやつも多い。学院は行くだけならただだし、生活の面倒は見てくれるが他にも金のかかることは多いからな。地方から来てるやつとか家に金のないやつはこれ一択だ。幸い、魔術師ってだけでもできる仕事はあるからそこまでキツイことはないはずだ。おれも術具店の人間だからな。仕事を探しているなら斡旋できるぞ」


 午前中講義っていうのは、ロムスと一緒だな。

 どこも生活があるから学業一辺倒ってわけにはいかないのだろう。

 俺も仕事を紹介してもらえるのは助かるし、術具にも興味がある。


「術具っていうのはどんなものなんですか?」


「これのことだな」


 手に持って触っていた台座のついた宝玉のようなものを見せてくる。


「前にお前に拾ってもらったのとだいたい同じものだが、これには魔力が込められる。今もずっと俺が魔力を込めているところだ」


 この店は全体的にマナの流れがおかしいのだが、たしかに術具からもマナを感じる。


「こうして魔力を込めた術具を使って動く道具は全部魔術具だな。魔力を込められるやつは当然限られるからな。そこそこ悪くない金がもらえる。それを学院生に紹介するのが俺の仕事だ。術具自体も高価なものなんで色々と気をつかうんだが、それは俺の領分だな」


 術具と魔術具はちょっと違うのか。

 この魔術具というものは主に裕福な人間や教会みたいな大組織が利用している。

 運用がめんどくさいだけあってなかなか凄いものも多い様だ。

 魔術院がある都市は当然術具への魔力供給が行いやすいので、漏れなく魔術具都市になっているらしい。

 そんな話を聞くことができた。

 話を聞いていて思ったが、コレンは気さくでいいやつだな。

 新学期前に知り合えて良かった。


「今日はありがとうございました」


「いいよ、これくらい。お前たちには恩もあるしな。あの強い人にもよろしく言っておいてくれ」


「ゼブは故郷へ帰っちゃったんで、手紙に書いておきます」


「そうか……、よろしく頼む。また学院でな」


 そういってほどほどのところでお暇することにした。

 あんまり油を売ると、連れてきてくれたカミラに悪い。


「アイン君、本当に魔術師さまなのね。私驚いちゃった」


「まだ勉強を始めてもないよ、これからなるんだ」


「そうだったわね。でも凄いわ」


 そんな話をしながら手をつないで帰路についた。

 姉弟ってこんな感じなのかな。

 ルイズはお姉ちゃんっていうのとはちょっと違う気がするしな。

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