第17話 剣の道標

 フヨウの就職活動はあっけなく終わった。

 予定外に空いてしまった時間で色々と細かい仕事を済ませることにする。

 ロムスに手紙を出すために冒険者ギルドへ向かったり、買い出しに出たりだ。

 旅の間は本当に最低限しか荷物を持っていなかったので下着の替えくらいは欲しかった。

 今日はゼブが知り合いに会いに行くとのことで別行動だったため、代わりにベルマン家のメイドさんであるところのユンさんが色々と手伝ってくれた。

 ゼブも一か月近くも子守りをさせたもんな。

 ゆっくり旧交を温めて欲しい。

 ユンさんへのお礼に俺の開発した洗濯魔術――合成した炭酸水素ナトリウムとお湯で洗濯物をもみ荒いして脱水する――で洗濯を手伝うと随分と喜んでくれた。

 そこで話題に挙がったのだが、重曹(炭酸水素ナトリウム)自体はこの家にもあるようだ。

 調理につかったり、食器の茶渋を落としたりするのに使うらしい。

 洗濯魔術は旅の途中で俺が開発した生活魔術で、今やこれなしには生活できないとすら言える。


「アルバン伯父さんってどんな人ですか?」


 思いのほか洗濯が早く終わったことを喜んだユンさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、気になっていたことをカイルが聞いてくれた。

 ちなみにルイズはお茶菓子に夢中だ。


「そうですねぇ……。若様は、旦那様によく似た背の高い方です。剣の腕が凄いんですよ。小さなころに旦那様の行商時代の武勇譚を聞いて、それに憧れて、剣士として勇者の従者になるんだ! って毎日鍛錬を欠かしませんでしたから。旦那様は若様が商人には向いてないのではないかとお悩みのようですが、そんなことはありません。あの方は人に好かれますから新しいお店も上手くいくと思います」


 良い人のようで安心する。

 フヨウがお世話になる以上、やっぱり人柄は気になる。


「若奥様は小柄な方ですが、元気のいい方です。若奥様と二人のお嬢様には若様も勝てないんですよ」


 うれしそうに教えてくれる。

 どうやら伯父さんの家は女系家庭らしい。

 ユンさんも、ずっと一緒に暮らしてたんだもんな。

 家族のことを話しているようなものだ。


 しばらく旅の身の上だったからな、こんな風にゆっくりできる時間は久しぶりだ。

 ロムスの家族のことを話したりしながら穏やかな時間を過ごした。





 数日が過ぎたある日、ベルマン家に来客があった。


「親父、帰ったぞ!」


 伯父、アルバンその人である。

 話い聞いていた通り、体格のいい『ザ・戦士』という感じのどこか祖父に似た印象の人物だった。

 エリザ母さんは祖母似なのだろうか……。

 あんまり二人ににていなくて良かった……。

 仕立ての良い服を着て身ぎれいにしているので粗暴な印象は無い。

 なんか昔の洋画に出てくる俳優みたいな感じだな。

 胸毛とかありそうだ。

 予定は聞いていたのでリーデルも在宅である。


「おお、良く帰った、まぁ座れ。いくつか話したいことがあってな」


「聞いてるよ、エリゼの息子がやってきてるんだろう。うちの家系から魔術師様が出るとはな。そっちの二人であってるか?」


「クルーズとエリゼの子、アインです」


「カイルです」


「おう、俺はそっちのじいさんの息子でエリゼの兄、アルバン、お前たちの伯父だ。よろしくな」


 聞いていた通りの感じの人だ。

 むしろ想像通りすぎまである。


「それでそっちの女の子たちは?」


「黒髪の子がルイズ、獣人の子がフヨウじゃ。この子たちが今日の本題じゃよ。」


 ふたりも順番に挨拶する。


「本題ってのは?」


「それぞれ別件じゃ。まずはこの子、ルイズはそちらのゼブさんの娘さんでな、何年かウィルハイムに滞在する予定なんじゃが、剣の師匠を探しておる。お前に手伝ってもらいたくてな」


「……へぇ……。確かに、そちらの御仁はちょっと凄そうだな。お嬢さんも筋が良さそうだ。クルーズの野郎から王都で良い剣術道場を探してるって手紙が来たときは息子のことかと思ってたが、そちらのお嬢さんもってことだな。……いいだろう。良さそうなところを紹介するよ」


 ゼブが少し安心したような顔をする。


「それとフヨウじゃな。この子もアインとカイルの所縁の者でな、王都で仕事を探しておるらしい。お前のところでどうかと思ってな」


 アルバンの表情が変わる。

 仕事の顔ってことだろうか。


「今、うちは忙しいからな。人手は正直言って助かる。親父が紹介するなら大丈夫なんだろうが、すぐ働けそうかい? ちょっと今は育てるのにさける人間もいないんだよ……」


「雑用程度なら何でもすぐできるわい。代筆屋もやっておったそうだから手紙もかけるぞ。お前のところで採らないならうちで雇う」


「親父がそんなに褒めるほどか……。助かる、フヨウも今日からいけるか?」


「大丈夫……です。よろしく……お願いします」


 驚いた顔をしたもののフヨウはすぐに答えた。

 そういえば敬語も練習しなくちゃな。

 それにしても、伯父さんも獣人に偏見がなさそうでよかった。


「――こんなところだな。それじゃあ、早速で悪いが剣術道場周りだ。今日中に三か所はいけるだろう。一度店に寄るからフヨウもついてきてくれ。馬車は待たせてある。親父、また今度みんなを連れてくるよ。ありがとうな」


 それから細かい話を少しつめるとアルバンは立ち上がった。

 忙しそうなので皆黙って従う。

 しばらく子どもで、すし詰めの馬車にゆられて真新しい構えの店舗に辿り着く。

 看板には橘花香と書いてある。

 香水や化粧品を売る店だろうか。

 ここがアルバンの店らしい。

 降りるのはフヨウとアルバンだけだ。

 中から出てきた小柄な女性――馬車からはアルバンの娘さんか奥さんかはわからなかった――に二三事言づけてアルバンだけが戻って来た。

 フヨウはこちらに向かって深く礼をしている。

 どうやら早速仕事を始めるらしい。

 頑張れよ……。


「さあ、行こうか」


 再度、馬車は動き出した。


「これから周る道場はどこも、そう悪くはないはずだがそれぞれ特徴がある。今日は見学するだけだからじっくり考えてみてくれ。何度か通ってみてもいい。最初の道場は正道の道場だな。騎士が良く使う青進流と呼ばれる剣術を教えるところだ。攻守バランス良く、戦う時の手段が多い実践的な剣術だな。集団で戦う時のやり方なんかも習う」


 中に入って指導をしている人物と話して見学をさせてもらう。

 習っている人数も多く熱気が凄い。

 少数だが俺たちくらいの年の子どもも居るようだった。


 どんどん進む。

 アルバンさん忙しいもんな。


「次の道場は断心流の道場だ。ここは剣だけの道場だな。盾や他の武器の使い方は習わない。何かを切る方法に特化した道場だ。俺はここによく通っている。あと、変わったところでは座禅や瞑想で心も鍛える。礼節なんかも教えたりするな」


 板張りの道場で、壁には木刀がずらっと並んでいる。

 俺の知る剣道の道場にちょっと似ている。

 青進流のところよりちょっと年齢層が高い気がするし、心無し静かだ。


「ここはちょっと曲者だな」


 最後の道場に来た時にアルバンが言った。


「他の二つと比べて規模が小さい。流派は断心流の流れらしいんだが武器は剣以外も使う。師範が元冒険者でな。人間以外のものとも戦う術を教えてる。知名度はいまいちだが、指導者の剣の腕は保証する」


 残念ながら師範は不在だった。

 三人の弟子らしき人物が場内の掃除をしていた。

 最後の場所はあまり訓練を見ることができなかったが、どこもなかなか良さそうに見えた。

 剣のことはわからないけど、どこも雰囲気があるな。


「まあ、今日はこんなところだな。他にもいくつかまとめておいたからこれを読んでみてくれ。時間のあるときに見に行ってもいいし、俺に聞いてくれてもいい。俺はだいたいさっきの店にいる」


 そういってメモを渡して来た。

 いくつかの道場の場所、名前、責任者と特徴が簡潔にまとめられていた。ありがたい。

 そろそろ慣れてきたすし詰めの馬車に乗って橘花香へと戻る。

 フヨウのことが気になったし、どうせアルバン氏の目的地だ。


 辿り着いてみれば、フヨウは名簿を見ながら手紙を書いていた。

 隣には同じように書いたと思われる手紙が並べて乾かされている。

 どうやら出店に際して定例文の挨拶状を書く仕事をしているらしい。

 早速特技を活かしているようで安心した。

 今日はお試しなのであと数枚書けば終わりなのだそうだ。

 しばらく待ってから一緒に帰ることにした。

 アルバンはここでお別れだ。


「アルバン殿、本日はありがとうございました。懸念であった剣術について、あなたのお陰でなんとかなりそうです」


 そういって頭を下げるゼブと一緒に「ありがとうございました」と俺たちも頭を下げる。


「こっちも、フヨウのお陰で戦力が増えるからな、お互いさまだよ。フヨウ、明日からよろしく頼む」


「こちらこそよろしくお願いします」


 今度は詰まらずにフヨウが答えた。

 ちょっとずつ敬語も覚えていけそうだな。

 フヨウは明日からここ、橘花香に住み込みで働くことになった。

 短い間だったけど共同生活をしていたので正直寂しい。

 しかし祝いの門出だ、喜ぼう。

 それに気になることもあるのでちょくちょく顔を見に来ようと思う。


 翌日からは道場めぐりだ。

 ロムスを旅立つ前、クルーズからは王都の剣術道場の調査書を渡されていた。

 現地で紹介されていたものが、この調査書にのっていれば信用できる場所だから検討してみろ、という意味のことを言い含められていた。

 クルーズは独自に調査を行ってダブルチェックする体制を作っていたのである。

 幸か不幸かアルバンの紹介先はすべて調査書に載っていたので一通りまわってみることにした。

 二日かけて、教えてもらったすべての道場を見学する。

 時に練習に参加させてもらったりもした。

 どこの道場もなかなか良さそうに見えたが、結局初日に教えてもらった二か所が最も良いのではないかという結論になった。

 最後に、初日に師範に会えなかった元冒険者の道場へ向かうことにした。

 中では女性が一人剣を振っていた。

 初日に見た他の弟子は居ないようだ。

 タイミングが悪かったかなと思っているとゼブが先に道場に入っていく。


「失礼する。ゼブと申すものだが、この子たちの通う道場を探している。こちらの師範の方とお見受けするが如何か」


 その言葉を聞いて驚く。

 女性はエリゼ母さんより若いように見える。

 師範といえるほどの年には見えなかった。

 女性は素振りを止めるとこちらに向かって歩いて来た。


「私はこの道場、克技館の師範代でレアと申します。今、師範は病状にあり、私が変わって指導を行っています。当道場は入門する意思のあるものを拒みません。しかし、ここで学ぶのは剣術ではありません。武具と技を持って如何なる戦場でも生き残る術です。それをご存知ですか」


「聞き及んでいる。以前一度訪問したのだが、指導者が居ないようだったので失礼した。よければ見学しても」


「そうでしたか。見学は構いませんが、実践に勝って知ることは無いと思います。ゼブさんは相当の腕とお見受けします。一度お立合いするのが良いかと思いますが如何でしょう」


「……そうだな、そうさせてもらえれば助かる。ルイズ、良く見ておくように」


 あっという間に練習試合をすることになった。

 ゼブが戦うところをちゃんと見れるのは初めてだな……。

 いつも瞬殺なので見逃してしまう。

 そんなことを考えているうちに両者が木刀を選んで道場の中心で対峙した。


 特に合図もなく試合が始まる。

 ――そして決着は一瞬でついた。

 バンと音が聞こえたと思ったら、ゼブがレアの振り下ろした木刀を上から叩き折っていた。


 両者が最初の位置にもどって一礼する。

 凄いものを見てしまった気がする。

 やっぱりゼブは強いな。


「すまなかった。折ってしまった木刀は弁償する」


「いえ、構いません。こちらから言い出したことですし、あなたと試合ができて良かったです」


 一瞬の攻防だったが二人とも汗が流れている。

 密度の濃い試合だったようだ。

 その後しばらく、道場の時間や月謝等実務的な話をしてから道場を後にした。


「父さま。私はここで戦い方を学びたいと思います」


 帰り道でルイズがぽつりと言った。


「……そうか。そうだな、レア殿に教えを乞えば強くなれるだろう」


「やっぱりあの人強かった?」


「手練れです。王都の道場にあのもの以上の強さの人間がどれだけ居るか……」


「ゼブはそんな人の剣を叩き折ったのか……」


「あの時、レア殿の振り下ろしは速かった。戦歩を使って手首に重ねるつもりだった剣撃は届かず、次善の策として剣の腹を叩き落としました。あれは剣の試合でしたからそこで終わりでしたが、レア殿は剣を捨て、当身に入る準備ができていた。あの技には続きがあるのです。あの結果を私の勝利ということはできません」


 戦歩とはゼブが得意とする特殊な歩法だ。

 対戦者の感じる間合いを狂わせるらしい。

 あの一瞬にそんな読み合いがあったのか。

 ルイズもそういうのがわかるんだな。

 前々からルイズは護衛としての戦いにこだわっているところがあった。

 戦場を選ばない克技館は向いているかもしれない。

 俺もカイルも道場にこだわりはなかったので、みんなで通うことで話がついた。


 翌日、改めて克技館を訪れる。

 道場を開く準備をしていたレアを見つけると、ゼブは軽く挨拶を交わした。

 そして深く頭を下げると、


「みなをよろしく頼む」


と言ったのだった。


「……承りました。全力を尽くしましょう」


 その問答を持って、俺たちの剣の道が決まった。

 一応断心流ということになるのだろうか。



 ゼブの今回の仕事は王都までの旅の護衛と道場探し。

 つまりこれですべて終了したことになる。

 ルイズとの親子の時間も後少ししか残されていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る