第16話 王都
今、俺たちの目の前には大陸きっての大都市、王都ウィルハイムが広がっていた。
平地に広がる王都の姿がこの丘からは一望できる。
絶景だな。
カイルもルイズもフヨウもみんなこの光景を目に焼き付けるように見入っている。
ついに辿り着いた、俺たちの目的地だ。
多少予定より到着が遅れたが誤差の範囲内だろう。
色々あったが、みんな揃ってここに来れて良かった。
何はともあれ宿をとる。
旅の鉄則だ。
子ども組がそこで荷物の整理をしている間、ゼブがエリゼの実家、ベルマン家に連絡を入れに行ってくれている。
俺たちの無事を知らせることと、面会の日程を決めるために。
ここ数か月、クルーズは何度か連絡をとって、ここベルマン家に俺たちの滞在中の協力をとりつけていた。
出発の予定等も知らせてあるはずなのでもしかしたら先方は心配しているかもしれない。
ちょっとだけだけど予定より到着が遅れたしな。
片付けを終え、俺が洗濯でもしようかと井戸を探しに出かけようとしたところでゼブが帰って来た。
話を聞くと、ベルマン家はすぐに見つかったらしい。
伝言だけ伝えようとしたところ、すぐに子どもたちと会うと言われてしまい、とんぼ返りしてきたという。
こっちは旅装で汚れも落としてないのだが、先方は構わないそうだ。
迎えの馬車まで用意されたらこちらも断れない。
フヨウは宿で留守番をすることになった。
何か理由をつけて連れて行ってもいいかとは思ったのだが、やめておくことにした。
フヨウの気苦労を増やすこともない。
ベルマンの家は商家だ。
この国では貴族以外が家名を持つことは少ないので中々、家格の高い家ということになる。
呼び出された屋敷も、地価の高いであろうウィルハイムでは中々立派な広さだった。
流石に広い庭があるということはなかったが、代わりにロムスでは見ることのなかった三階建てだ。
マナ感知によると結構大きい地下室もあるみたいだな。
入口でドアノッカーを鳴らし、家の人間を呼んできてもらおうとすると、熊的な何かが飛び出してきた。
マナ感知の気配もなんだかでかい。
飛び出して来た熊は俺たちの方を見渡すと三人一緒に抱きかかえて言った。
「やったぞ、孫が、孫が三人も増えおった! みんな天使みたいな子じゃな! よく来た! 今日はお祝いじゃ」
途中で気が付いてはいたが、熊は熊ではなくアメリカのレスラーみたいな体形をした壮年の男性だった。
なお、腹は出ていない。
「ゼブ殿、よくぞワシの孫たちを連れてきてくれた。大変じゃったろう。ゆっくり休んでいってくれ」
多分そうだろうと思っていたが、このポパイみたいなガタイのおっさんは俺たちの祖父、リーデル・ベルマンその人であるらしい。
熊とかいってごめん。
でもゼブだって最初右手が剣の柄にのびてたからね、それくらいの勢いだったから。
「おじい様、下ろしてください、ちょっと苦しいし挨拶ができません……」
「お、おぉすまんかった。ジジを許してくれ。」
そういって俺たちを下ろす。
これで魔術も使えるな。
「立ち話もなんじゃ、中でゆっくり話そう」
家主自ら俺たちを招き入れた。
つくりのいいソファに腰を下ろす。
……足が届かないのでちょっと這い上がった感じだが……。
俺から順番に自己紹介していった。
「挨拶がちゃんとできるいい子たちじゃな。ワシはリーデル。お前たちが王都にいる間はワシが親だと思ってくれ。みんなお腹空いてないか、甘いもんでも食べるか?」
そういって返事も聞かずにメイドさんにお茶とお菓子の準備をさせる。
人生二度目のメイドさん遭遇だな……。
一人目はイルマのことだ。
しかし、お菓子って安いものではないと思うんだが、商家の名は伊達ではないらしい。
軽い今後の打ち合わせをする。
「魔術院の手続きはこっちで進めておこう。新学期前に一度面談があるはずじゃ。それと剣の道場ならうちの息子、アルバンに相談するのが良かろう。クルーズの小僧のことじゃ、もう話がついとるだろうがな」
確かにそんなことを言われた気がする。
それともう一つ相談をしておくことにした。
「おじい様、俺たちを旅の途中で助けてくれた女の子がひとり、王都で仕事を探しています。こころ辺りがあれば斡旋して欲しいのです」
年や旅の経緯をぼかして説明する。
フヨウは王都で働き場を探して基盤をつくり貯金をしたいのだそうだ。
ラータンへ行くにしても先立つものが必要なので堅実な判断といえた。
俺の宝石錬金でなんとかなるかもしれないが、あれはもしもの時にとっておいた方がいいだろう。
相場とか壊したら目も当てられない。
「ふむ、アルバンのところでひとつ店を出そうとしとる。働けるかどうかはともかく今は人手が足りんはずだ、丁稚の一人でも欲しい時じゃろう。一度つれて来なさい」
獣人であることは問題ないようだ。
リーデルは若いころは行商で大陸中を周っており、人種に対するわだかまりをあまり持っていない。
商人にとっては人は客か商売敵かというシンプルな考え方があるのかもしれない。
フヨウの境遇については同情的なようだった。
目下の懸念事項を相談したところで今日は一度お暇することにする。
明日また会う約束だ。
「明日からは全員でうちに泊まるとええ。アルバンのやつが出て行っていまったからの。部屋も余っとる。あいつの様子も見ておかんといかんからな、顔合わせできるように知らせを出しておこう」
最近まで伯父さん一家が住んでいたが、新店舗を開くにあたって店にそのまま住む形で引っ越してしまったのだそうだ。
この店が軌道にのれば伯父さんは跡取りとして認められるのだろう。
気合が入るのもわかる気がする。
祖父からすれば、嬉しいような寂しいような微妙な気持ちなのかもしれない。
結局、お言葉に甘えることにした。
身もふたもないことを言えば、生活費的にも非常に助かる。
なんにせよ、当面の拠点も決まった。
帰りは色々見てまわりたいし、歩いて帰ろう。
宿への帰り道、少し先で何事か喧噪が聞こえる。
既にゼフが俺たちを庇うような位置に立っている。
遠くで「物取りだ」と叫ぶ声が聞こえた。
感知で二人組が走ってくるのがわかったので、少し迷ってから魔術で足元を操作して転ばせると、ゼブに確認に向かってもらう。
子どもの足で追いつくころにはすべて終わっていた。
流石に下手人は問答無用でずんばらりんということはなく地面でのびているだけだった。
みねうちでござる。
彼らの横にはちょっと高級そうな生地の袋がおっこちており、これを盗んで走っていたようだ。
なんかマナ感知に引っかかるな、人間のそれとは全然違うけど。
気になったので拾ってみると、中には台座にはまった宝石のようなものが入っていた。
ざわざわと人が集まってくる。
それをかき分けて一人の男があらわれた。
成人前くらいだろうか、茶色い髪の毛で年齢のわりに苦労人のような雰囲気を持った変わった少年だった。
「あんたが捕まえてくれたのか! 助かる! そいつらこのくらいの大きさの袋を持ってなかったか?」
あきらかに俺の確認していた袋なので素直に渡す。
中を確認するとあからさまに安心した様子に変わった。
「ありがとうな、坊主。これは大切な仕事道具なんだよ。なくしたらばあちゃん困らせることになる」
取り返せてよかったな。
ばあちゃんは大切にしてくれ。
「どういたしまして、お兄さんは魔術師?」
気になったので本人にたずねてみることにした。
「なんでそう思う? いや待て、お前も魔術師か?」
やっぱり合っていたようだ。
オドの流れが潤沢なのだろう、マナの反応が他の人と異なる。
「今はまだ違うけど、来月から魔術院に通うんだ。それも魔力があるみたいだから魔術具かなって」
「よくわかったな。その通りだ。魔術具がわかるっていうなら才能あるかもな。俺も魔術院に所属してる、コレンだ。いつも翠玉通りのラーム術具店に居るから困ったことがあったら相談してくれ。学院のことなら力になれるかもしれねぇ」
そういって、遅れてやってきた衛兵とゼブの方に向かう。
いくつか言葉を交わした後に、ゼブに向かって深く礼をすると小走りで離れて行った。
急いでいたのかもしれない。
ゼブはそのあともしばらく衛兵と話していたが、昏倒したふたりを受け渡すとやっと宿に帰れることになった。
「――ってことがあったんだ」
「帰りが遅いと思ったらそんなことになっていたのか」
宿に帰ると予定より遅い時間だったので、すぐ夕食となった。
今は食後、フヨウに遅くなった経緯を説明していたところだ。
彼女は俺が貸した蝋板とにらめっこしながら話を聞いている。
何をしているかというと受験勉強だ。
時間は少しだけさかのぼって夕食後。
ベルマンさんちで就職のチャンスがあるという話をするとフヨウは喜んだ。
もともと、何の後ろ盾もないフヨウは仕事を探すのも骨だ。
本来、ゼブに手伝ってもらって探す予定だったが、彼もそこまで王都に長居するわけではないので初日から機会が得られれば上等と言っていいだろう。
最悪、俺が魔術で作った小物を露店でも出して売ってもらうつもりだったが、他の手があるならそれに越したことはない。
ただ、まだ内定が出たわけではないので、ちょっとでも勉強をして採用確率をあげようということになった。
主に俺がそう仕向けた。
実はフヨウは字が書ける。
生きていくために必要だったのだという。
同行していた博識な老人に習い、代筆業などをして糊口をしのいでいたそうだ。
彼女の厳しい半生はともかく、読み書きができるならあとはそろばん、つまりちょっとした計算ができれば商家の仕事も捗るのではないかと思ったのだ。
そこで四則演算の確認と一部筆算を教え込むことにした。
色々教えているうちに、カイル達は「邪魔をしたら悪いから」とか言って剣の修練に出て行ってしまった。
あいつ最近結構真面目に練習してるんだよな……。
俺も頑張っているのだが、カイルは俺以上に剣を振っている時間が長い。
まあ、俺が暇があれば魔術で土をこねくり回したりしているせいなのだが……。
かといって俺の知っている魔術はカイルにも教えているので、結構オールラウンダーに育ってきている気がする。
カイル、恐ろしい子。
話がそれたが、みんないなくなってしまったので俺が今日の話とかしながら家庭教師をしていたのだった。
フヨウはこれまでの生活で覚えたのか、ちょっとした暗算なんかもできたので授業はそれなりにはかどった。
もうしばらく頑張れば割り算の筆算以外はものになるだろう。
しかし、王都の基礎的な数学のレベルというのはどれくらいなのだろうか。
ロムスの学校でも計算をする授業はあったが、ノートが無いこともあり算数の域を出ない程度だった。
ウィルハイムでも通用するといいのだが……。
結論から言えば余裕だった。
まだアルバン氏に会ったわけではないのだが、一晩明けて今日行われたリーデルじい様との面談の結果は上々。
もともと彼がフヨウに同情的だったこともあってか話は和やかに進んだ。
想定通り識字と計算について話題が移った。
後で聞いた話なのだが、商人のところに奉公にくる丁稚というのは読み書きが出来るなら良い方なのだという。
必要な知識は働きながら学ぶ。
賃金は少ないが生活と教育を保証する構造なのだ。
その点、フヨウはただ読み書きができるというだけでなく、字も綺麗だった。
立場の悪かった彼女は代筆では小さなミスも許されなかったからだ。
一転、ここでは優秀な人材として評価されることになった。
計算の話に至ってはリーデルを驚かせることになった。
この世界ではどうやら筆算はあまり一般的な技術ではないらしい。
蝋板を使った計算方法にも興味深々だ。
そういえば、筆算は前世でも日本人が江戸時代に原型を作ったみたいな話を聞いたような気がする。
この世界ではどうするかというとそろばんを使用している。
これは俺もロムスで見たことがあったので知っている。
今日はいつも以上にフヨウも身支度に力を入れている。
旅の途中でしっかり栄養をとった彼女は、出会ったころと比較しても肌つやが良くなった。
その良い素材は十二分に引き立てられているといえるだろう。
読み書きそろばんに合わせて、美少女ぶりを発揮したフヨウに隙は無い。
リーデルからは、アルバンが採用しなければ本店で使うとの太鼓判を押してもらうことができた。
フヨウの新生活は良いスタートを切ることができそうだ。
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