第15話 山越えするならこんな風に

 馬車からもこもこした荷物の塊が降りてくる。

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつだ。

 その後に続く、如何にもな業物を腰に佩いた旅装の剣豪がひとり。


 説明するまでもなく俺たち、チーム『ゼブとゆかいな仲間たち』だ。

 降り立ったのは、ただ『ウオス山のふもと』とだけ呼ばれる宿場町。

 ケーティアを出発した俺たちは馬車の旅を一週間続け、予定通り難所、ウオス山を望むふもとまでやってきていた。

 この宿場町、名前が適当なわりに結構規模が大きい。

 もともとなにも無かった場所なのだがウオス山を越える峠道が出来てから、港と王都をつなぐ街道の休憩場所となって人が集まりだしたらしい。

 雪のせいで長期に立ち往生することも多いこの宿場町には規模に比して宿や倉庫が多い。

 夏は夏でハイシーズンなのでなかなか賑わっていた。

 こういう街には自然と情報も集まる。

 冒険者ギルドは無かったのでゼブが酒場を周って情報を集めることになった。

 俺たちは宿でお留守番である。


「やはり難所のようですね。年に何人も行方不明になっています。多くの場合は山道からの滑落のようです。注意するべき場所を確認してきました。それと稀に山賊の類が出るという話もあります」


 かといって、ここで旅を止めるわけにもいかない。

 これはオド循環にマナ感知全開でいかなきゃな。


「明日出発できる馬車を手配しました。馬は足が遅い品種だそうですが山にはつよいそうです。相場より安めですが馬も馬車も悪くなかったので、天気が悪くないようならこれで行きましょう」


 この山道のための防寒具もそろっている。

 明日は山登りだ。





 難所とはいえ馬車の中では特にやることもない。

 早朝出発してとぼとぼと山道を登る。

 ゼブは御者の隣に座って辺りを警戒している。

 ルイズは剣を持って戦国時代の小姓のようなポーズで前を見据えていた。

 カイルとフヨウは寝ているが、これは交代で警戒をするためだ。

 今日の道程も半分ほど来たところだが、今のところ予定は順調だ。

 マナ感知を欠かさず地脈を感じながら地形をなぞるように把握しているのだが、考えていたほど危険なところはまだ無いようだ。

 注意されていた場所も一か所通過したが知っていれば大丈夫そうだった。

 雨とか降っているとまずいのかもしれない。


 なかなか絶景の山頂に辿り着く。

 連なる山々には夏だというのに雪が残っている。

 俺が生きてきた場所とは完全に別世界だな。

 まさに旅って感じがする風景だ。

 ゆっくりしたい気もするが、寒いのでさっさと通り過ぎることにした。

 目の前にある現実がちょっとした感動に勝ってしまった瞬間である。

 だって風ががんがん吹いてきて遮るものないんだもの……。


 前情報通り、馬は鈍足だったが夕暮れ前には野営予定地まで俺たちを連れてきてくれた。

 峠越えの野営地は決まっており、ここを通る人間はそのほとんどがここで休む。

 先にここについた旅人たちが思い思いに焚火を囲んで休んでいた。

 俺たちも空いていた場所に焚火を起こし、野営の準備をする。

 暖かいものを食べて落ち着いたところで、御者は知り合いと情報交換をするために焚火を離れていく。

 それと入れ替わるようにこちらにやってきて話しかけてくる者がいた。

 白髪の混じり始めたがっちりした体形の男だ。


「嬢ちゃんたち、その年で山越えとは大変だな。足を滑らせないように気をつけろよ。あんた、この子たちの親父さんかね?」


「そうだ。王都に向かうところだよ。親戚に会いにね」


 ゼブが適当に合わせる。

 まあそこまで嘘というわけでもない。

 ルイズはゼブの娘だし、王都では俺たちの祖父と伯父が待っている。


「そうか、それならこっちとは逆方向だね。行商でこの道を通ってもう随分経つが、どうにもこの道は慣れないもんが事故に会う。この先はそこまで危ない所はないはずだが気をつけな。子どもが死ぬと寝ざめが悪いんだ」


 どうもいい人っぽい。


「ご忠告痛み入る」


 しばらく話をして、ゼブが勧められた酒を断ったところで帰っていった。

 なんとなく断られることはわかっていたようだった。

 

 ゼブは寝ずの番を主張したが、明日もあるので休むよう話し合う。

 結果、昼寝をたっぷりした俺たちとゼブ・御者が交代で番をすることで決着がついた。


 特に何ごともなく夜があける。

 わかっていたことだが山の夜は寒いな。

 今日は天気も良さそうなので放射冷却で驚くほど冷えている。

 がっつり準備してきてよかった。

 どのグループも長居をするつもりがないのか夜明けとともに動き出している。

 御者や、この道に慣れているらしき者たちが、行先などで混乱が起きないように交通整理を行っている。

 俺たちの御者も「うちの馬は足が遅い、先に行ってくれ」等といって他のグループを先行させていた。

 確かに前に出ると邪魔になるな。


 最後尾で出発するとみるみる他の集団に置いて行かれた。

 なるほどこういうことか。

 気を取り直して自分たちのペースでゆっくり進む。


 その時、俺はウトウトしていた。

 となりに居たカイルが緊張した様子で声をかけてくる。


「兄さん起きて。何人か隠れてる」


 俺が飛び起きてマナ感知をしている間にカイルが御者席のゼブに声をかけた。

 俺もそれにあわせて確認したばかりの情報を伝える。


「前に五人、後ろに四人だ! 要警戒!」


 俺がそれを言うとギョッとした顔をした御者が馬車から飛び降りて前方に走り去って行ってしまった。

 あぁ、これアカンやつだ……。

 そう思いながらもやるべきことをやる。


「ゼブ、後ろは足止めできると思う。前、いけるかな?」


「素振り十回分の間に片づけます。ご無理をなされないよう」


「気を付ける! みんなはいつでも動けるようにして馬車で待機!」


 言いながら馬車から飛び降りて、その下に隠れると後方をうかがう。

 異変に気が付いたのか男が四人物陰から現れた。

 感知の通りだ。

 この状況で実は勘違いということもあるまい。

 安全重視で先制攻撃をかける!


 地脈に集中して、感知で四人の位置を確認。


「くらえ必殺、落とし穴!」


 俺の作った百五十センチほどの深さを持つ穴に全員が見事に引っかかる。

 あまり手練れというわけではなさそうだな。

 俺はそれぞれの深さを調節して首から上を地面から出すと、身動きが取れないように土を狭めていく。

 いわゆる生き埋めというやつだ。

 これで大丈夫だよな……、死んだりはしてないと思う。


 魔術師がいる可能性も考慮して地脈の様子を気にしながら馬車の前方を確認すると、ゼブはもうすべてを片付けていた。

 問答無用の大虐殺だ。

 なんだかわからないがみんな地に伏している。

 生き埋めの方の注意をそらさないままゼブに確認する。


「一応全員埋めておいたけど。どうしよう?」


「私が尋問します。アインさまは馬車のみなをよろしくお願いします」


「わかった、まかせる」


 臨戦態勢で待っているみんなに、一応戦闘が終了したことを伝える。

 なんだか拍子抜けした空気が流れるが、わからないでもない。

 マナ感知では他に誰もいないようだが念のため中にいる方がいいだろう。

 そういえば御者いなくなっちゃったなー。

 あれ多分共犯だよね……。


 ちょっと聞きたくない感じの雄たけびとか聞こえてきて怖い。

 うちの子の教育に悪いよゼブ、っていうかあんたの子もいるよ……。

 暫くしてゼブが戻ってくる。


「だいたいの話は聴きだしました。後で一人だけ連れて行きますのでご協力願います。念のため、あちらも確認してきます」


 そう言って馬車前方の血だまりが出来始めているあたりへ向かって歩いていく。

 尋問あとを覗いてみると、凄惨なことになっていた。

 なんというか一番右の君、両耳とも健在で良かったね……。


 その後はまあ、後片付けだ。

 検死の終わった前方の死体を邪魔にならないように道端に寄せて埋めた。

 土を盛り上がらせて目印もつけておく。

 全部土魔術でやった。

 生き埋め組から話に詳しいのを一人選んで掘り起こす。

 残りはそこに居ると他の人に邪魔なので道から見えない場所に移動した。

 みんな、蒼白になった顔を再度恐怖にゆがませていく。

 そんな顔すんな、多分あとで誰か掘り起こしてくれるよ、治安維持関連の人とか。

 掘り起こした通称片耳(仮)がゼブの当身で白目をむいたところを徹底的に拘束していく。

 試作品のアラミド樹脂とかも使ってあっちもこっちも縛ったので俺以外解放できないと思う。

 猿ぐつわまでばっちり噛ませたところで御者席に乗せて準備万端出発進行だ。


 ゼブを御者兼看視者にして馬車が進む。

 とその前に、見つけてしまった。

 これたぶん、さっき逃げた御者だわ。

 物陰に隠れる人物が一人だけ。

 問答無用どころか姿も確認せずに生き埋めにした。


 ゼブに状況を説明して様子を見てきてもらう。

 思った通りの顔だったのでそのままゼブとのお話タイムになったようだ。

 ゼブの『説得』により事件への関与が確認されたのでそのままにして出発することにする。

 こうして、俺たちは『無事』難所の山越えを成功させたのだった……。


 到着した村は向こう側と違ってちゃんとムーグという名前があった。

 しかし、違うのはそれくらいで宿と倉庫が多いのは変わらない。

 門も無いのでそのまま馬車で中に入っていくと、まず最初に兵士の詰め所へと向かった。


 そこで片耳(最低限まで拘束解除済)を引き渡すとゼブは事情聴取につれていかれてしまった。

 だから、ここからは後で聞いた話になる。

 俺たちは齢を取った衛兵にお茶を入れてもらって待っていただけだ。


 ゼブは事情聴取で、尋問からわかった話と起きた出来事を概ね全部説明したという。

 そもそもこの事件、結構根が深いようで過去数年に及んで組織的に山賊行為を幇助した人間が居るようだ。

 それらの人間はムーグと『ウオス山のふもと』でふつうに職を持って生活しており、襲いやすそうな対象が街に入ると息のかかった人間が盗賊を御者として安価に斡旋する。

 同時にターゲットの情報を先ぶれとして反対側の街まで手紙で送る。

 後は御者がうまく対象を孤立させて都合のいい場所で襲う。

 これで被害者は行方不明。

 御者はもともと盗賊なので儲けを得て本業に戻る。

 簡単なように聞こえるが、いろいろと手間もかかるので地元の有力者が関与している可能性もあるようだ。

 そこまで話したところで、事態の確認に何人かウオス山に向かって出て行った。

 ムーグの衛兵は山岳救助等も行うため山行には強いそうだ。

 目印も教えてあるのすぐにみつけるだろう。

 

 この村にはあまり長居したくないので明日には王都に向かって立つ旨を伝えたところ、護衛をつけるので次の目的地であるイルハントにしばらく滞在してくれと言われた。

 ここでもゼブは事情聴取に追われることになる。

 俺たちだけで動き回るわけにもいかず、都合四日ほどつまらない日々を過ごすことになった。


 こうしてウオス越えで思わぬ足止めをくらうことになったが、やっとイルハントを出発することができる。

 王都まではあと三日、もう目の前だ。

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