第12話 旅立ちに向けて
ロムスに帰ってからしばらく、クルーズは忙しそうだった。
凍結していた教会の誘致が無事再開され、精力的にプロジェクトチームの運営を行っていたところに、小康状態だった海運に関わる問題が再度きな臭くなっているようだ。
そんな状況でもクルーズはやるべきことをやった。
合間を見てフルーゼの両親、ギース夫妻と面談を行って魔術の素質を秘匿する約束をとりつける。
また俺たちに関しても詳しい進路について話し合った。
まずは留学先の決定だ。
ロムスから魔術留学を行う場合、候補は二か所になる。
まずはウィルモア王国の首都ウィルハイム。
そして今回、国境に滞在していたエトア教国の聖都エルトレアである。
他に有名なところでは学術都市ラタンという場所があるのだが距離を考慮して今回は候補には入っていない。
次に二つの都市について比較する。
まずは距離、これは王都の方がやや近い。
王都まで馬車で二週間、聖都までで十八日くらいだろうか。
どちらも途中問題無く移動できた場合だ。
王都については領都アーダンを経由することになるため、近年ロムスを悩ませるエルオラ街道の封鎖が問題になってくる。
一方で聖都の場合は政治的な理由が発生する。
エトアとウィルモアの関係は良好だが、街道の閉鎖で中央と疎遠になっている国境近くの街が隣国と親密になることを嫌う人間がいるのだ。
代官とは言え為政者の跡継ぎで魔術の才能があるとなると微妙なところだ。
特に三人一度にとなると目立ちやすい。
結局、クルーズは政治的な配慮から王都への留学を選択した。
これにはもう一つ理由がある。
俺たちの祖父と伯父にあたる人物、エリゼの家族が王都に住んでいるためだ。
一度決めてしまえばクルーズの行動は早かった。
祖父たちをはじめとする関係各所に手紙を出し、魔術院とルイズの師事する師について情報収集を開始した。
平行して王都への旅程を検討する。
結論から言えば、海路を利用することになった。
この場合、多少遠回りになるが海の移動速度は馬車と比較して早いためあまり問題にはならない。
しかし、ウオス山と呼ばれる峠が難所となる。
ウオス山は夏でも気温が下がり、冬は雪に閉ざされて馬車での通行が禁止される。
結果、夏の出発が決定した。
大過なくすすめば三週間程度の旅路となる。
魔術院の新学期は九の月の中旬、夏の終わりごろに始まるという。
余裕を見て八の月のはじめに出発することとなった。
クルーズが俺たちのために忙しく駆け回ってくれている間、子ども組にはそれなりの時間があった。
俺たちはこの時間をフルーゼとの時間、旅の準備、そして金策に費やした。
旅の準備は色々だ。
今回の旅路は山の移動がある。
最悪自分たちの足でも移動できるように持ち物の取捨選択をした。
基本、旅に必要ないものは王都に到着してから現地調達だ。
魔術を応用すれば水等準備できるものもあるので、衣類以外はかなり制限している。
金策については以前から考えていたことだ。
魔術の素質のお陰で現地での生活費はあまりかからないが、それでも旅費やルイズの剣術講師料など結構な額が留学には必要だった。
少しでも親たちの負担を減らしたい。
そうはいっても幼児の俺たちが働くのは難しいので少し工夫することにする。
とはいっても悪目立ちしないようにお小遣いを稼ぐ感じだ。
これはフルーゼに自活力を付ける上でも悪くない経験になると思う。
まず、拠点をフィーアさんの働いている雑貨屋にする。
フルーゼはここにいることが多いし、折よく以前考えたカードゲームの製品化がすすんで、雑貨屋にも卸すことができるようになったからだ。
俺たちは魔術によっていくつかの製品をつくり、カードゲームの納品に立ち会ってそれらについても売り込みを行った。
結局クルーゼやフィーアさんたちの手を借りることにはなったが、なんとか製品を取り扱ってもらえることになった。
俺の作った製品の中ではガラスの小瓶が良く売れた。
すりガラスのフタをつけたのが良かったのか、香水、薬液、油、蒸留酒など何を入れても漏れにくいと評判になった。
俺たちの魔術訓練にもおおいに貢献した。
主な原料は近場の砂浜からいくらでも回収できたので練習し放題だったのが良かった。
色々試すうちにフルーゼは俺と遜色ないレベルで小瓶を作れるようになった。
ルイズは家族と過ごす時間が増えた。
今は以前のように屋敷に隣接するゼブの家で寝起きするようになっている。
魔術の資質が認められたことをイルマ達に伝えたとき、ルイズは強い意志をもって俺たちに同行することを示した。
そのせいか、幾度か話し合いは行われたものの比較的すんなり留学は認められたようだ。
ゼブがルイズのフォローについたのも大きかったと思う。
留学が決まったとき、エリゼはルイズをイルマ達と一緒に生活するように指示した。
ルイズも反対はしなかった。
俺たちにとってと同じように、ロムスでの時間はルイズにとっても貴重なものなのだ。
いつも厳しいイルマが話し合いの過程でルイズを抱きしめているのを見たとき、俺はルイズを守らなければいけないのだと心に決めた。
充実した時間は瞬く間に過ぎた。
俺たちに先んじて、目の前にはフルーゼの旅立ちが迫っていた。
ロムスの港。
ここは比較的大型の船が入港できるのだが、それらの中でも一際大きな船の前にフルーゼの家族は並んでいた。
船首に外国の意匠が施されたこの黒い船はなんとギース氏の持ち船なのだという。
黒波の異名は伊達ではなかったのだ。
フルーゼはこの船に乗ってフィーアさんの故郷、南東にある異国、カーラへと向かう。
足掛け三か月の大航海だ。
見送るのはエリゼ母さんと子ども組三人。
他の人には既に挨拶が済んでおり、あとは仲間と一緒に旅立つだけだという。
ギース氏は「娘と仲良くしてくれてありがとう」と一言いうと、出船のために一足先に船へと向かった。
エリゼとフィーアさんは目じりを潤ませながら何事かを話あっている。
彼女たちにも友情があるのだ。
この時代、船を使った旅をすれば生涯の別れになってもおかしくない。
港では珍しくない風景だった。
「向こうで家が決まったら、ロムスまで手紙を送ってくれ。王都まで転送してもらうから。それとこれを受け取って欲しい、餞別とレターセットだ」
二つの小包を渡す。
片方は学校で支給される蝋板と鉄ペン、裏側に俺特性の貴金属プレートが仕込んである。抗腐食性の貴金属のプレートには周期表や魔術を使用したサバイバルガイドなどが彫り込んである自慢の一品だ。
レターセットには魔術で作ったダイヤをはじめとする宝石と金の小さなインゴットを樹脂に固めてある。
宝石にはいたずらで俺の名前を彫り込んだものを混ぜておいた。
売れば郵便代くらいにはなるはずだ。
受け取ったフルーゼは意味ありげに笑って
「ありがとう。それじゃあこれはお返し。奇跡みたいな毎日だった」
そういっていつかのペンダントを渡してきた。
「おい、これって……」
そう返したときにはすでに船の方へ向かって走り出していた。
それを追いかけて挨拶を終えたフィーアさんも船へと向かっていく。
「わたしは十分守ってもらったから、今度はそのペンダントにアインが守ってもらって。それを持っていてくれるならわたしは安心して旅立てるから!」
その言葉を残して船に乗り込んでいった。
一瞬、無理にでも返そうかと思ったが、やめた。
変わりに、
「絶対大切にする!」
そう叫んで手を振った。
フルーゼは満足そうに手を振り返すと今度こそ乗船して見えなくなった。
いつか、どこにだって自分の足で行けるくらい強い大人になったら、このペンダントを返しに行こう。
そのために旅をしよう、そう思った。
次は俺たちの番だ。
それからの一か月は一転静かなものになった。
学校もなくエリゼやイルマとの時間を大切にした。
ルイズといっしょにゼブに剣術を習ったり、フィーアさんの居た雑貨屋に最後の品卸をしたりした。
店主のおばあさんはみんないなくなると寂しいと、俺たちとの別れを惜しんでくれた。
多めにガラス瓶などを卸して値段は割引しておく。
クルーズも早めに家に帰ってくるようになった。
教会に関わる仕事が落ち着いたのもあるとは思うが、精いっぱい俺たちのために時間を作ってくれているのだと思う。
俺は何度もボードゲームで勝負を挑んだが、結局最後まで一度も勝つことが出来なかった。
勝負は帰ってきてからだと負け台詞を残すことになるとは。
代官事務所の人たちに校長先生にアミカス先生。
思いつく限り挨拶をした。
俺たちはついに明日、ロムスを旅立つ。
留学といっても、さすがに俺たちだけで旅立つわけには行かない。
保護者としてゼブが同行してくれることになっている。
俺たちがどこかに行くたびにゼブにはお世話になっているな。
そうはいってもクルーズがロムスを離れられない以上、連れて行ってくれる人間はゼブくらいしかいないのだ。
腕が立つのも助かるし。
先日、フルーゼ達を見送った港に俺たちが見送られる側として立つ。
子どもたちはみんな背中に自分より大きな荷物を持っている。
ほとんどは毛布や防寒具で見た目ほど重いものではない。
しかし客観的に見ればそうとう可愛らしいことになっているだろう。
実際に港で働く人夫や顔見知りの漁師が俺たちを見て笑顔を浮かべている。
ゼブの肩を叩いてしっかり守れよと真顔で言う人間もいた。
周りからどう見えるかはともかく、俺たちでも運べないことはない重さだ。
俺たちだって日々体力をつけるために頑張っているのだ。
実のところオド循環を使えば余裕だし。
「これから僕の本音を言うよ。君たちは生まれた時から特別だった。これから凄いことをいくつもやり遂げるんだろう、だけどね、勉強なんてどうでもいい。成功しなくても強くならなくてもかまわない。健康でみんな無事帰ってくることだけを約束してくれ。できるかい?」
クルーズの言葉に全員で「約束する(します)」と答える。
手のひらで顔を押さえて涙を流すエリゼに「向こうについたら手紙を書くよ」と言ったら、カイルと一緒に抱きしめられた。
イルマとクロエもルイズたちに何事か話しているようだ。
それも短い時間だった。
あっという間に乗船時刻がやってくる。
最後にみんなに手を振り、フルーゼの乗っていたものより一回り小さいが、それでも立派なその船に乗り込んだ。
さあ出発だ。
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