第10話 夢
聖別の部屋を出ると、待っていたエリゼとゼブに『全員』に適性があったと伝える。
エリゼも驚いていたがゼブは完全にテンパっていた。
いつもがいつもなだけにこちらも驚く。
それでも目を赤くしたルイズを見ると一応の落ち着きを見せた。
ゼブは自分と同じ色をしたルイズの髪に手を置いて、「良かったな」と一言祝福の言葉を送った。
クルーズの仕事はまだしばらくかかる予定だ。
俺たちはみんなで街を散策してから少し早い昼食にすることにした。
ロムスでは見たことのない不思議な店を選ぶ。
エトア風というわけでもなく異国の雰囲気が漂っている。
聞けば、フルーゼの母親の国の料理を出す店だという。
いつか、現地に行って食べ比べてみるのも面白いかもしれないな。
奥まったお座敷のような場所に靴を脱いで上がった。
床には複雑な模様の絨毯が敷かれておりどこかエスニックな感じがする。
机はなく、その上に大皿で料理が運ばれてくる。
ここから小皿でとって食べるスタイルだ。
子どもの多い俺たちには助かるな。
「あなたたちには生まれたその時からずっと驚かされっぱなしだわ」
言葉もない……。
前世の知識があってもというか、あるだけに両親には心配をかけっぱなしだ。
エリゼに至っては、最初は夫が長期出張中だったのだ。
衛生的とは言えない環境での出産、子育ての大変さは俺の想像の範囲外だ。
安易に共感も示せない。
イルマだってそうだ。
乳飲み子をついれてエリゼの出産を助け、俺たちの面倒をみてくれた。
この恩は時間がかかっても必ず返そう。
まずは目の前のことからひとつずつやっていこう。
「母さん。これで俺たちの素質がはっきりした。俺はみんなで魔術を学びたいと思う。ルイズも一緒に」
ルイズがハッとした表情でこちらを見る。
カイルとは以前から取り決めていたことだ。
ルイズについては俺が勝手に決めたようなかたちになるが、それでもここで言うべきだと思った。
これ以上不安そうな顔をさせたくなかった。
「そうね。まずはあの人に相談しないと。ゼブも帰ったら家族でちゃんと話をしないとね」
いたずらっぽい顔でそう話しかけるが、ゼブは「もちろんです」といつも通り真面目に答えた。
何か考え事をしているようにも見える。
こっちはこっちで家族会議が必要だな。
クロエはなんというだろうか。
一方、フルーゼは一転暗い表情だ。
待望の結果を得て紅潮していた表情は今、残念そうな顔へと変わっている。
自分は一緒に行けないことに思い至ったのだろう。
彼女との別れももう目の前まで来ている。
それでも最後に一緒にテムレスに来れて良かった。
旅立ちの時に笑って見送れるように、これからの日々を楽しいものにしよう。
その後も手紙を書こう。
フルーゼの変化に気が付いたエリゼが彼女を抱き寄せて頭をなでる。
フルーゼはエリゼのお気に入りだ。
旅の道中もよくこんな感じで抱きしめていた。
娘が欲しいのかもしれない。
ルイズはエリゼのスキンシップを恥ずかしがるので二人分、フルーゼをかまっているのかもしれない。
そのルイズは今、ゼブに世話をされてハーブの効いた野菜炒めのようなものを食べている。
子どもの世話を焼いているゼブの姿は貴重だ。
今回の旅では見たことのないゼブを沢山見れたな。
進学するなら、この親子の団欒も当分お預けだ。
早すぎる別離に早くもホームシックを感じる。
前世の記憶がある俺ですらそうなのだ、カイルとルイズは耐えられるだろうか。
これは兄としての仕事が増えるかもしれないなと益体も無いことを考えていた。
クルーズは夕方ごろに部下たちとそろって帰って来た。
表情を見るに今回の旅の目的を果たせた様だ。
俺たちはというと、ロムスのみんなに渡すお土産を大量に買い込んでおり、その仕分けと荷造りをしていた。
スパイスやお茶等の食べ物に本、陶器等の壊れ物もあって大騒ぎだ。
笑顔でクルーズを迎え、宿備え付けの食堂で夕食がてらお互いに今日の結果を報告し合う。この家の会議はいつだって夕食とともにだ。
予想していた通り、仕事の首尾は上々だったようだ。
部下の二人、スコットとマートもこれまでと比べて幾分緊張が和らいだように思える。
クルーズは二人にも酒――葡萄酒を水で薄めたもののようだ――をすすめて自分も杯を上げる。
「みんなそれぞれによく頑張ってくれた。エリゼとゼブも子どもたちのことを見てくれてありがとう。明後日にはまたロムスに向かって立つことになる。今日と明日はゆっくり休んで鋭気を養ってくれ。ロムスと子どもたちの未来に乾杯!」
ゼブ以外の大人は酒の、ゼブは水の入った杯で乾杯する。
俺たちは果実水でその真似だ。
ゼブは酒を飲まないわけではないのだが、今は仕事中ということらしい。
素質の有無については帰って来た時に伝えてあったので要点だけを話す。
「父さん、これからのことについて、帰ったら相談させて欲しい。俺は魔術院で学ぼうと思っている」
「もちろん僕も行くよ」
カイルが追従する。
「……そうだな。いよいよちゃんと考える時期が来たな……。ロムスに帰り次第、具体的なことを進めよう。情報も集めておく。
それにしても君たちはなんでも急ぎすぎだと思うよ。せっかく作った学校ももう修了してしまった……。子どもはもっと時間をかけて巣立ちを迎えるものじゃないかな」
「そうね……。ロムスを出て行っちゃうのが早すぎると思うわ……」
「休みには帰れるように頑張ってみるよ」
魔術院にも長期の休暇がある。
あるいは貴族や豪商の子弟などはその時期に帰省するのだと思うが、俺たちにそれが真似できるかはわからない。
ロムスの代官はそう低い地位ではないが、それでもおいそれと旅費が出せる距離ではない。
旅とはそれほどお金のかかるものなのだ。
だからといってやらずに諦めるのはまだ早い。
ないなら稼げばいいのだ。
いくつか考えていることもあった。
「僕たちも頑張ってみよう。ゼブ、ルイズもその気みたいだけど君はどう思う」
「ロムスでイルマ、クロエ様と話し合うことになるでしょう。しかし、素質があった以上、ルイズはご一緒することになるのではないかと思います。たとえ止めても勝手についていってしまうのではないかと……。それなら多少なりとも準備をしてやりたいと思っています。
ただ、一つ懸念が。ルイズは剣を振り始めたばかりです。今修練を止めてしまうのは剣のためになりません。だれか信頼できる師を探そうと思います」
「……そうか。ならまずは、向かう先を決めないとな。それが決まったら僕の方でも剣を学べる人物を当たってみよう」
「御屋形様、それは……」
「ルイズは、アインとカイルの護衛になるんだろう。なら僕の方でも責任を持たないとね。息子たちのためだ」
「……恐れ入ります」
クルーズはフルーゼに向き直って話しかけた。
「フルーゼ、あらためて君もおめでとう。君の魔術の才能がはっきりしたことでいくつか親御さんと話をしたいことがある。念のためしばらく君の才能については家族以外に内緒にしてもらえないかな」
「わかりました、必ず。お礼が遅くなりましたが、今回のことはすべてお代官様のお陰です。御恩はいずれお返しします」
クルーズは「気にする必要はないよ」と軽く返した。
フルーゼの両親に話したいことというのは、魔術の資質をしばらく口外しないようにすることだろう。
魔術師は稀少だ。
そう大きくない街で同世代の子どもから何人も一度に才のある人間が出れば勘繰られることもありえる。
フルーゼについては夏にはロムスを離れるのでしばらく内緒にしていればあまり煩わしい思いをせずに済むだろう。
ルイズのことも恐らく秘密にされるはずだ。
後は俺たち兄弟があまり目立たなければ安心ということになる。
一番危なっかしいのは俺だな……。
レッダのこともあるし、幼児であるフルーゼにまで看破されたのだ。
いっそうの注意が必要だろう。
手遅れかもしれないが……。
余談だが聖別の部屋で起きたことが、本人以外によって口外されることはない。
魔術の才能はその稀少さゆえに周知されるとトラブルがつきまとうからだ。
俺たちの場合も希望していれば別々に確認することができたくらいだ。
その点でもクルーズの判断は一般的な考えから外れてはいない。
今日はここにいるみんなにとってのターニングポイントだ。
不明瞭だった色々な未来の輪郭が少しずつ見えてきた実感がある。
それが誰にとってもいいものであって欲しいなと思った。
その日、俺は夢を見た。
暗い、どれくらいの広さがあるのかもわからない空間。
天井は見えないが遥か高い所から柱のようなものが降りてきているのが見える。
途中で薄く広がるようにして消えており、地面までは繋がっていないように見える。
夢だからか不思議と不安は感じない。
さて、どうしたものかと思案していたら、気が付けば目の前にカイルが居た。
不思議そうな顔でこちらに声をかけてくる。
「兄さん、ここはどこだろう」
「さあ、どこだろうな。そもそも俺は今寝ているはずだからここは夢の世界なんじゃないかな」
「そっか、僕も夢を見ているんだと思う。ここに来るまで長い長い道を歩いてきたよ。海も見たし山も登った。星空の下を歩いたし空の中を歩いたりもした。ここに来たら道が途切れちゃったんだ。ここが終点かな?」
俺と違い、随分長いこと旅をしてきたらしい。
俺もここからどこかへ行くのだろうか……。
「俺は今ここに来たばかりだ。お前は大変だったんだな。よくわからないけどちょっと休んだらいいんじゃないか」
「そうだね、大変だけど楽しくていいこともあったと思う。よかったら話を聞いてよ」
望むところだ、と返そうとしたところで体から重さが消えた。
辺りを見渡すと先ほどまで空高くに見えた消えた柱の方へ吸い上げられるように引き寄せられ、
そこで目が覚めた。
変な夢だったな。
ここまで記憶の残る夢は今世初めてかもしれない。
外を見ると薄暗い空が群青色に染まっていた。
夜明け前の色だ。
せっかく早起きしたのだから日の出でも鑑賞しようとそっと窓を開ける。
するともぞもぞとカイルも起き出してきた。
さっきぶりだなと思いながらちょいちょいと手招きする。
それだけで俺の言いたいことがわかったらしく。
寝台からそっと降りると俺のところまでやってきた。
循環を駆使して俺たちには高い窓から身を乗り出すとするすると屋根の上まで上がる。
丈夫そうな造りの建物だし、子ども二人くらいなら上がっても大事丈夫だろう。
二人で空を眺めているとカイルが口を開いた。
「兄さんの夢を見たよ。詳しいことは思い出せないけど、最後の最後に兄さんのところに辿り着く夢だった」
「! ……俺もカイルと会う夢を見た。変な柱の降りてくる真っ暗なところで突然お前がやってきたんだ」
「双子だから同じ夢を見たのかな。それともこれは魔術なのかな?」
「わからん。もしかしたら女神様のお導きかもな」
「もしそうなら、女神様は僕たちに何をさせたいんだろうね。夢で逢わなくてもいつも一緒にいるけど……」
別離の未来が待っているのだろうか。
俺たちも大人になればそれぞれの道を歩くことになる。
それは不自然なことではなかった。
しかし、これも仮説に仮説を重ねた話だ。
意味なんてないのかもしれない。
そんなことを考えていると、別室で休んでいたルイズが宿から裏庭に出てくるのが見えた。
木刀を携えているので朝の修練だろう。
屋根の上の俺たちの気配に気が付いたルイズが目を丸くしてこちらを見る。
そんなルイズに俺は空を指さして見せた。
藍から青へと変わりつつあった空は地平線ギリギリに現れた太陽の光を浴びて黄金のように輝いている。
それはほんの束の間、街を一色に染めて何事も無かったかのように早朝の街を照らし始めた。
すべては夢の中の話の様だ。
俺たちはルイズに一度大きく手を振ると中で寝ているクルーズを起こさないように部屋へと戻った。
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