第9話 未知への不安 未知への期待
俺たちの故郷、ロムスの街。
実はここは国境の街である。
ウィルモア王国のアーダン領でエトア教国に最も近い街になる。
エトア教国側にはテムレスという街があり、ここをそのまま国境としているためあまり目立たないが王国では一番端の街だ。
今回向かうのはこのテムレスまでだ。
国外旅行とはいえそう大仰な話ではなくちょっと遠い隣街へ行くくらいの感覚だろうか。
移動日数は馬車で片道五日、余裕を見て七日程。
途中、野営が必要な場所があり、なるほど小さな子供には大変な旅路となる。
ウィルモア王国は国教をイセリア教に定めており、エトア教国との関係は良好だ。
ロムス、テムレスともに街道の治安維持に努めているため大陸の基準で見れば極めて安全な旅ということになる。
数年前、エルオラ街道の封鎖に伴い、ロムスに駐在していた司祭が安全のために引き上げてしまった。
教会を建てる計画もあったのだがこれによって凍結、その解除が今回の旅の発端である。
新しくできる教会に派遣される司祭候補との打ち合わせを行うため、クルーズがテムレスへと赴くことになった。
話合いがうまくいけば二年ほどで教会の運営が開始できるらしい。
魔術の訓練は早く始めるほうが良いとされているので、教会の完成を待たずに俺たち幼児カルテットも同行することとなった。色々面倒をおかけしますね……。
他のメンバーは護衛のゼブと俺たちの面倒をみるエリゼ、他にクルーズの部下が二人である。
馬車は大人で六人乗れるため、俺たち一家とルイズ以外の子どもが全員詰め込まれている。
御者席に一人、後ろにもう一人馬で付いてくる体制だ。
ゼブはルイズを乗せて馬で先行している。
早く馬に慣れさせるためらしい。
ルイズについては疲れたら俺たちと合流することになるだろう。
道中は平穏そのものと言えた。
何度かすれ違う旅人や馬車がいたくらいだ。
一度は雨にも降られたので外の人達はそれなりに大変だったのではないかと思う。
野営については準備をしてあったこともあり問題が起こることもなかった。
いつもないことに子どもたちが興奮していたことと、夜が思ったより寒かったのが記憶に残っている。
屋根が無いところで寝るというのはこういうことなのか……。
朝起きたら両側からカイルとルイズに抱きしめられて団子のようになっていた。
他に、一度だけエトという名前の鹿に似た魔物と遭遇した。
とはいっても距離のあるうちにゼブが弓で首元を撃って狩ってしまったので、馬車の中では戦いの様子を見ることもなく終わってしまった。
エトはそう危険な魔物ではないが、農作物を食べてしまう害獣であるため見つけたら狩るのが普通だ。
今回の獲物はゼブがテキパキと血抜きと解体を済ませて夕食の素材となった。
残った肉や毛皮は荷物と一緒に積んである。
俺たち子ども組は解体作業を興味深く見守った。
正直グロいのも事実なのだが、こういうことも出来なければこの世界では生きていけないのである。
なお、味は中々美味であったことを記しておく。
平穏な旅路は予定ぴったりの五日で終わりを告げ、テムレスはもう目前まで迫っている。
テムレスは石壁に覆われた街だ。
そこまで大きくはないが城塞都市といってもいいかもしれない。
国境なのでそれなりに出入りの確認は厳しい。
目の前にも何台か荷馬車が並んで待っているがそこまで時間がかかることはなさそうだ。
クルーズの部下が一足先に入口の受付らしき場所に向かって先ぶれを出す。
程なくして呼び出しがあり晴れて入国とあいなった。
前に並んだ馬車の入国を待つ必要は無かった。
まずは宿を目指す。
宿泊先は事前に決めており、特に迷うということもなく到着した。
馬と馬車の世話をクルーズの部下に頼み、一足早く宿へと入る。
簡単に旅の汚れを落としたら、晴れて自由時間だ。
時間は昼を過ぎたころ。
昼食は入国前に済ませてある。
クルーズは明日以降の話し合いのため、問題無く入国できたことを知らせに部下と一緒に出掛けて行った。
残ったのはゼブ、エリゼ、子どもたちである。
カイルとフルーゼは宿で休むという。
エリゼが付き添う形になった。
俺と元気いっぱいなルイズはゼブに連れられて街を散策だ。
ゼブ親子は揃って無口である。
しかし、産まれてからほぼずっと一緒に居る俺にとっては息苦しいということもなく、初めての街を観察する方に集中して歩き回る。
気になるものがあれば話題に出したりもする。
俺が喋れば二人はちゃんと対応してくれるのだ。
道中、屋台の並ぶ通りに出た。
見ればルイズは甘い匂いのする屋台に釘付けだ。
俺も気になって見てみると、初めて見る果物を茶色っぽい水あめで固めた、小さなリンゴ飴のようなものが並べられていた。
見た目もなかなか綺麗だ。
宿の待機組も甘いものは好きなはずなのでちょうどいいお土産になると思う。
そのことを伝えてゼブにねだると、それに応じて屋台に買いに向かってくれた。
少しだけ離れて待っている間、ルイズが浮かない顔で俺に質問してきた。
「アイン様たちは、魔術の素質認められたらどうするのですか? ロムスを離れてしまうのですか……?」
この世界では魔術の才能がある人間はそれを伸ばそうとするのが当たり前だ。
経済的な問題があれば、奨学金のようなものも存在する。
ほとんどの場合、教育環境のある都市に住み一定期間の専門教育を受ける。
年齢はまちまちだが十歳未満から学び始めるものが多いようだ。
この世界では十五歳で成人なのでそれまでに一定の修練を積んでその後の選択肢を広げようなとする。
レッダのことがあってから、家族でも何度か話し合ったが適正検査の結果が出るまで明言はしなかった。
それでも本心ではどうするか決まっていた。
「ロムスを出るよ。聖都か王都に行って魔術院で勉強する。最低五年はかかると思う」
五年はすべての審査を一般的な期間で合格した場合にかかる年数だ。
それ以上の場合も少なくはない。
魔術の才能はそれだけでステータスだが魔術院の卒業資格という学歴は絶対だ。
その後の仕事で困ることはまずなくなる。
俺はロムスのことが好きなのでいずれ帰るつもりだが、そこで何かをするなら必ず助けになるだろうと思われた。
「! ……」
答えは薄々わかっていたのだろう。
それでもその言葉を確認してしまったことでルイズは表情を歪めた。
本音を言えば一緒に行こうと言いたい。
彼女もそう考えているのだと思う。
しかし、今の俺はただの幼児でルイズだってそれは変わらない。
自分の責任すら取ることを許されない。
早く大人になりたいというのは子どもだけが持つ願望だが、俺もそれから逃れられないのだ。
「まだ検査も受けていないけど……。仮に素質があってもすぐにロムスを出ることにはならないと思う。だからそれまでの間、なんとかお金を稼ぐ方法を考えるよ。お金があれば休みにロムスまで帰ることができるかもしれない」
魔術適正については自信があった。
ただ、今はダメならダメでもいいと思っている。
適正が無くても今使える技がなくなるわけではないのだ。
ゼブが人数分のお菓子を購入して戻ってくる。
俺たちの様子をみて何事かがあったのは気が付いたようだったが、何かを咎めるようなことはなく、宿への道をたどった。
甘いものを前に浮かない顔をするルイズを見るのは初めてのことだった。
お土産は待機組に喜ばれた。
しばらくしてクルーズたちも帰ってきて今後の予定を話す。
先方とはうまく連絡がついたらしく、明日には聖堂で面会を行うという。
適性検査を行う魔道具も同じ施設にあるそうなので、その間に俺たちは検査を行うことになった。
夕食の頃にはルイズも表面上はいつも通りの様子だった。
それでもカイルはルイズの不調に気が付いて何事かを俺にたずねてきた。
隠すことでもないので素直に昼間あったことを話して二人で落ち込んだ。
翌日。朝食もそこそこに全員で聖堂に向かう。
この街の聖堂は中心部にあって目立つので、どこから向かってもだいたい簡単にたどり着けるようになっている。
近づくとなかなか立派な石造りの建物でロムスにあるどの建物より大きかった。
入口でクルーズと部下の二人と別れる。
適正がわかる魔術具は聖堂の中心にあるらしく、立派な服装をした老人につれられて堂内に向かう。
一際豪華な扉の前で立ち止まり説明を受けた。
「ここから先は聖別を受ける方のみが進めます。お連れの方はそちらでお待ちください」
そういってしっかりしたつくりのベンチを指さす。
子ども組は頷いて部屋の中へと進んだ。
続いて案内してくれた老人も入室し、扉が閉められる。
部屋の中には細い柱のような台の上に丸い水晶玉が固定されていた。
この水晶玉に触って光れば適正があるということらしい。
柱の前には俺たちでも水晶に触れるように踏み台が準備してあった。
至れり尽くせりだ。
「最初の方、どうぞ」
子ども扱いされることもなく、勧められるままに俺は踏み台を上がる。
恐らくこの装置は床下を抜けて地面に突き刺さっているのだろう。
俺が大地の魔力に干渉できれば光るのだと思う。
水晶玉に触れる。
今まで触ったどんなものよりも簡単に手からオドが吸い出される。
思った通り大地まで引き延ばされたオドはほとんど抵抗もなく魔力をくみ上げて水晶玉をまばゆく光らせた。
ほぼ想定道理の結果だ。
「おめでとうございます。女神の祝福が認められました。それでは次の方」
心なしか表情をやわらげて老人にも祝福される。
続いてカイルが踏み台をのぼる。
同じように水晶玉に光がともる。
少しマナの動きが騒がしい気がしたが、カイルが手を離すとそれも収まった。
「おめでとうございます。女神の祝福が認められました。――次の方」
緊張した面持ちでフルーゼが水晶玉に触れる。
光る水晶玉を見てフルーゼは胸元でこぶしを握る。
わかっていたけど俺も安心した。
「! ……おめでとうございます。女神の祝福が認められました。最後の方、どうぞ」
少し驚いた顔をしたが、最後に残ったルイズにも検査を勧める。
諦めたような、少し不安そうな顔をして踏み台に上がったルイズが水晶玉に触り――
――それは俺たちの時と同じように光を放った。
最初に俺が触れた時。
もしかしてという予感はあった。
あまりにも簡単にオドが流れたからだ。
ルイズは一人で地脈を感じることはできないが、オドの循環は完璧にできるのだ。
必要なのがオドを流すことだけならルイズだってできるのではないか……と。
ルイズはしばらくの間、目を見開いて光を見つめていた。
「もう手を離して大丈夫ですよ。おめでとうございます。女神の祝福が認められました。魔力を認められたかたでも全員が祝福を受けられるわけではないのです。皆さんには強いご加護があるようですね。祈りを欠かさず日々を過ごされたのでしょう」
老人の話を聞いてか聞かずか、ルイズは頷くと踏み台を降りて俺たちのところに戻ってきた。
その胸元で強く握られた拳を解すように両手でとってこちらへ引っ張る。
「おめでとう! ルイズの進路も父さんたちに相談しないとな」
そう声をかけると静かに泣き出したのだった。
なんだか俺はいつもルイズを泣かせている気がする。
いや、今回は俺のせいではないと思うが。
ルイズが落ち着くのを待って、術者の素質とその後についてレクチャーを受ける。
この場では結果に取り乱す人も珍しくないのだろう。
老人は気分を悪くする様子もなく待っていてくれた。
この力は世を助けるためにあること、これによって悪を成せば神罰もありうること、素質を活かすには厳しい修練が必要なこと、本人の意思があればその貧富を問わず研鑽を受ける機会を得られることなどの説明を受けて、退室となった。
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