第8話 子どもらしく
俺たちに新しい友達が出来たことをエリゼはとても喜んでくれた。
それだけに、多少隠し事があることが心苦しい。
しかし家族会議の結果、魔術の話は先生以外に内緒ということになったばかりだったのでフルーゼに話したいとも言い難かった。
どうやって訓練を行うかが課題だったが、それは思ったより簡単に解決した。
フルーゼの母親であるフィーアさんは街外れの雑貨屋で働いており、仕事の終わりまでフルーゼはそこで面倒を見てもらっているらしい。
親同士の話合いが行われ、学校の後に俺たちの家と雑貨屋、交互に面倒を見ることで話がついた。
食事もそこで行う。
エリゼとフィーアさんの相性は良かったらしい。
俺たちがこの話を聞いたときにはもう仲良くなっていた。
ママ友ネットワークの誕生である。
フィーアさんには人数分負担が増える気がするが、会って話してみると嬉しそうだった。
子どもが好きそうだし、自由な時間が増えれば悪いことばかりではないのかもしれない。
あまり迷惑をかけないようにしたい。
基本的には保護者の目があるが、最近は遠くへ行かなければ自由に遊ぶことも許されるようになってきた。
訓練の時間くらいはとれるだろう。
フルーゼは勤勉に訓練を行った。
才能があるのかオド循環は数日で自力で行えるようになった。
その後は内緒にするべきこと、循環以外は俺たち全員がいる場所ですることなど、いくつか取り決めをして自主練習の方法等を教えていった。
あれはだめ、これはだめと六歳の子どもには面白くない話ばかりだったと思うがフルーゼは真面目に取り組んだ。
魔術の練習ばかりしていたわけではない。
俺たちは友達なのだ。
みんなで遊ぶのが本業みたいなものだ。
フィーアさんが働く雑貨屋には見たことのないスパイスや染料など面白そうなものが多かったし、なんと俺たちのために中古とはいえ本を貸し出してくれたりもした。
こちらからも家の本を持ち寄ったりしたし薄い木板の端切れをもらってきてトランプのようなものを作ったりもした。
どうしても形が揃わないため俺の知るゲームはできないものが多かったが、それでもみんなで日が暮れるまで遊んだ。
フルーゼはカードゲームが強くて天性の才能があるようだ。
ちなみに仲間内の強さの順番は次いでカイル、俺、ルイズの順番である。
前世の記憶を考えると俺の立つ瀬がない……。
俺たちのハマりっぷりを見て雑貨屋のオーナーをしている年配の女性も興味を示していた。
そういえばうちでも大人がボードゲームをしていたなと思い、夕食のときにその話をしてみることにした。
暖炉に火を入れ始めたしちょうどいいだろう。
「あたらしい玩具をつくりたい?」
「木板をつかった遊びに使うんだ。実際に作ったのがこれなんだけど」
幼児のつくるものなので、出来は甘いものだが真剣に作った力作だ。
どういうものかくらいはわかってもらえると思う。
「数と模様を使って遊ぶのか。ルールも色々つくれそうだな」
話が早い。
実際にいくつかのルールで遊んでみる。
結果はクルーズとエリゼがとびぬけて強かった。
イルマたちでは勝負にならない。
俺たちの両親は勝負師に向いているようだ。
「なかなか面白いな、これは」
「他にも絵柄を工夫することで、勉強にもつかえると思う」
いくつか考えていた案として単語と絵を合わせるタイプのものや数字あわせのものも提案してみる。
今の学校はどうしても板書に限界があるので、学生たちがお互いに教えあう様な学習方法は向いているのではないかと思っていた。
ゲームにすればやる気も維持しやすいだろう。
クルーズの興味を引くためという下心もある。
「わかった、蝋板の数も目途がついてきた所だ。次の案として担当者と相談してみよう」
エリゼが興味を示したのが決め手になって、クルーズは決断した。
嫁と子どもに甘いのがこの男の弱点なのだ。
前々から思っていたが、エリゼ母さんこういうゲーム好きなんだよな。
よくボードゲームでイルマとゼブを蹴散らしている。
俺も今より小さいころからルールを教えられて勝負をしていたのでそこそこ戦える。
クルーズを除くとエリゼ母さんと互角に戦えるのが現状俺だけなので、冬は特に日課のように遊んでいる。
このボードゲーム、後日、フルーゼが相当強いことが発覚しエリゼ母さんの覚えが大変めでたくなった。
最初は俺たちが駒の動かし方から教えたのだが、数日で俺以外では相手が成り立たなくなってしまった。
ほどほど勝負になるカイルと違い、まったく勝てないルイズがちょっと可哀そうなので、最近はフルーゼ・カイルチーム対俺・ルイズチームという形でチーム戦を行うようにしている。
この齢の子どもたちの成長は早い。
一緒に暮らしていると実感する。
フルーゼは魔術もゲームも勉強も瞬く間に上達していく。
ルイズの剣は素振りから一歩踏み込んだ訓練を行うようになった。
はたから見ているとちょっとしたもので一端の剣術に見える。
カイルにしても前世分の差を乗り越えて、魔術も勉強も俺に追いつきそうな勢いを見せている。
一人だけ足踏みをしているわけにはいかない。
俺だって努力しているのだ。
この冬、俺は魔術で一つの壁を突破した。
地面に手をつかない魔術に成功したのである。
……それだけ? と思うかもしれない。
しかしこれは結構重要なことで魔術を使おうと思ったら、魔法の杖でも使わないかぎり大地に触れ合う必要があるのだ。
毎度毎度手をついていては実用性が著しく下がる。
その解決は俺にとって長い間課題だった。
実は手をつかないだけなら簡単にできる。
裸足で立てばいいのだ。
わざわざ靴を脱ぐなら問題は同じなのでもう一歩踏み込んだ解決が必要となる。
要は靴が邪魔なのだ。
靴があるから地面を感じられない。
しかし足の裏と地面の間はほんのわずか。
その隙間を埋めるための技を試行錯誤の末に生み出した。
結論から言えば靴にオドを満たすことで魔力を大地まで伝播させることにした。
俺は体にオドが大気にマナがあることを知っている。
マナは薄い魔力だが物質を透過して伝わる。
だから靴にオドを透過させることにしたのだ。
いうほど簡単なことではないが、出来るようになれば応用範囲は広かった。
建物の中にいても床をつたって大地の魔力を引き上げたり壁にオドを浸透させて建屋内の索敵のようなことをしたり。
悪いことにも使えそうなので俺の理性が試されることとなった。
当面は緊急時以外は封印することにする。
学び、友達をつくって遊んだ充実の冬が過ぎた。
季節はもう春だ。
学校は基本、農閑期のみ開かれているためこれからは長い休みとなる。
校長以外の先生たちも別の仕事を持っているようでこれからの時期はそっちに専念するようだ。
副業であそこまで丁寧に教えてもらって頭が上がらない。
教育内容は毎年同じことを繰り返すため『帆』のクラスの俺たちは実質卒業となる。
駆け足過ぎて勿体ないとは思うが、学ぶべきことは学べたと思う。
アミカス先生には感謝の気持ちとして俺たちの提案したカードゲームの試作を送ることにした。
もう少しすれば授業にも取り入れられるはずなのでちょっと微妙かもしれないなとは思うものの、喜んでもらえたので良かったと思う。
家族で遊ぶのだそうだ。
ちなみに、学校はもともと義務ではないのでこの時期に余裕のある家の子どもが家庭の事情を鑑み、自由意志で通うものだ。
去年通ったからといって今年通う必要もなく、学ぶべきことが出来ればその年に通うのが普通のようである。
短い期間だったがお世話になったので、大人になったら何か恩返しがしたいなと思う。
そんな感慨にふける間は短く、新しい季節に新しいイベントが俺たちを待っていた。
「国外旅行?」
「僕は仕事に行くんだけどね。ちょっと早いけど君たちももうだいぶ大きくなったし旅もできるんじゃないかと思うんだ。今回の旅先なら君たちの魔術の適正が確認できる。大変かもしれないが行く価値があると思うよ」
大人たちは話を知っていたようでエリゼも頷いている。
保護者の許可があるなら是非もない。
行先から考えれば確かに適正検査もできそうだし絶対に行っておきたい。
そもそも旅自体も魅力的である。
ただし一つ先に話しておかなければいけないことがある。
「行ってみたい。適正も気になるし他の街にも興味がある。ただ、一つお願いがあるんだ。フルーゼも連れて行きたい。彼女にも魔術の才能があると思うんだ。」
「……フルーゼが? 確信があるのかい……?」
「僕たちに適正があるならフルーゼもあると思うよ」
俺の代わりにカイルが答える。
「参ったな……。息子たちはいつも僕を驚かせてくれる……。」
今回驚かせたのはフルーゼなのだが。
クルーズはエリゼと顔を見合わせたあと、しばし逡巡してから答えた。
「連れて行くのも適性検査もやろうと思えばできると思う。馬車にも余裕はある。でも長い旅になる。本人に、そして何より親御さんに話してみないことには連れて行くことはできないよ」
もっともな話だ。
まずは話をしてみないことにはどうにもならないだろう。
その日はそう結論をつけた。
そして翌日。
早速エリゼからフルーゼの母であるフィーアさんに事の次第を伝えてもらう。
出来ることなら俺から説得したいところだが、こういう重要な話に幼児の出る幕はない。
だから、その後の顛末は後からフルーゼに聞いた話だ。
エリゼ母さんはフルーゼの才能の話もうまく伝えてくれたようで、フィーアさんは突然の話に驚きながらも強く反対することはなく、話を家に持ち帰ってギース氏と決めることとなった。
当然フルーゼは狂喜した。
大切なペンダントをかけてでも学ぼうとした魔術に近づける。
一度は諦めた適性検査を受けることができるのだ。
一方でギース氏は頭ごなしにダメだとは言わなかったものの渋い顔をした。
大切な一人娘だ。
治安の良い地域を通るとはいえ近代日本とは比ぶべくもない。
長旅は何が起こるかわからないのだから当然といえば当然だ。
しかしフルーゼは絶対に行きたい。
だから孤軍奮闘した。
その高性能な頭を限界までぶん回し、出来うるすべての手段を使って説得した。
家出紛いのことまでして脅迫と甘言を弄し、最後には代官事務所まで父親を引っ張って行ってクルーズに護衛の規模等を説明させることでついに同行を勝ち取ったのである。
そんな大立ち回りを旅路の馬車の中で聞くこととなった。
結局、ギリギリまでその戦いに身を投じていたフルーゼは、旅行の準備に忙しくて今日まで会うこともなかったのだ。
間に合わないかと思った……。
ともあれ、みんなそろって旅に出ることができた。
目的地はエトア教国。
この大陸全体に広がるイセリア教の総本山となる女神の国である。
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