第7話 願いと出会い

 冒険者ギルドからの帰り道。

 その足でアミカス先生と代官事務所へと向かう。

 先生が受付で何事か伝えた後にしばらく待つと執務室への入室許可が出た。

 この時間、クルーズは仕事中のはずだ。


 顔を見せたクルーズは最初、心配した顔をしていたが話を聴くと次第にその表情を驚きへと変えていった。

 正直、「あなたの息子は魔術を見せてもらいに行って、魔術師の技をあっという間に強化してしまいました。もしかしたら魔術の才能があるかもしれません」という話は凄く説明が難しいと思うのだが、そのあたりもアミカス先生が荒唐無稽にならないようにうまく伝えてくれた。

 今回の件は面倒な話題ではあるものの、緊急性がないこともあってこの場で何かを決めることはせずに持ち帰りとなった。

 これは家族会議だなたぶん。

 レッダへの連絡もクルーズ預かりだ。

 簡単な取り決めが終わったので先生は帰ることとなった。

 学校で迎えのイルマが待っているはずなので俺たちも一緒だ。


「アミカス先生。ありがとうございました。今日は色々と助かりました」


 そう言って執務室から見送るクルーズと別れ、学校へと向かう。

 やっとイルマと合流して帰宅だ。だいぶ待たせてしまったな。

 いやいや、気を抜くまい、お家に帰るまでが社会見学だ。


 しばらく時間を置いて社会見学は延長戦へ突入した。

 予想通り、夕食後に家族会議が行われたからだ。

 概略を聴いたエリゼたちは多少驚いていたが静かに話を聴いている。


「今日話し合うべきことは、冒険者への魔術訓練の協力をどうするかだ。アインの素質については驚かされたが喜ばしいことと言っていいだろう。今後のことは時間をかけて考えよう」


 みんな異論はないようだ。


「アイン。訓練の手伝いはとても時間のかかるものなのかな?」


「わからないよ。レッダ次第だけど半刻くらいでも効果があるかもしれないし、いつまでかかっても無理かもしれない。俺も初めてのことだから。でもちょっとでもやれば無駄にはならないと思う」


「そうか、それなら――」


 クルーズが話をまとめていく。その結果決まったことは


1. 依頼は受ける

2. 訓練は一刻程度一回のみ

3. 報酬についてはクルーズが冒険者ギルドを通して請求する

4. 報酬は成功報酬に比重を重くおく

5. ゼブが保護者として同道する


 の五点である。どうもゼブはかなり強いらしく、いわゆる護衛役だ。


 話し合いがまとまったところで一点付け加えておくことにした。


「それと、俺が魔術が使えるならカイルにも使えると思う。俺に出来ることはカイルにもできるよ」


 俺の発言をカイルが認めたことで再度家族会議は紛糾した。

 結局俺もカイルもまとめて確認する必要があるという話に落ち着いたのだが。





 学校には五日に一度休日がある。

 大人たちは別に休んだりせずに働いているので学校だけのローカルルールだ。

 社会見学後の最初の休日。

 レッダとの魔術訓練のためにゼブと一緒に冒険者ギルドへ向かった。

 子どもは俺一人だ。

 ルイズはついてきたがったがイルマにたしなめられて屋敷に残っている。

 カイルも一緒なのに恨めしそうにしないで欲しい。

 しかし子どもが一人だけっていうのは自分でも珍しいと思う。

 正直に言えば驚くほど不安だ。

 しかし、これから成長するに従ってみんな自分の道を歩むのだ。

 その予行練習だと思えばいいのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに冒険者ギルドに到着した。

 建物に入るとレッダは既に待っていた。

 こちらに気が付くとすぐにやってきて丁寧に礼をする。


「今日はよろしく頼む」


「こちらこそよろしくお願いします。こちらは保護者のゼブです。俺のおじさんみたいな感じかな」


「クルーズ様の代わりに来た。坊ちゃんの護衛だと思って欲しい」


「わかった。じゃあ早速行こうか」


 またすぐにギルドを後にすることになった。

 今日の目的地は修練場ではなく街から出てすぐの野原になる。

 ギルドからならそう遠い場所ではない。

 修練場は共用の施設なのであまり土を掘り返すのもどうかということで別の場所をつかうことになった。

 ここなら人の目もそこまで気にならないのでその点も気楽だ。

 クルーズの了解も得ている。

 実は今世初めてこの街を出ることになるのだ。ほんの数十メートルだが。


「あのあと、何度も土魔術をつかってみたが前より少し効果が強くなってる。もともと大した力がないから微々たる差だが、今まであれだけ試して上達しなかったんだ、驚嘆したよ……」


「力になれるといいんですが、俺もやってみないとわからないんです。あまり期待しないで気楽にやってみて下さい」


「それは無理だな、今日がどれだけ楽しみだったことか」


 茶化すように言っているが目が真剣な気がする。

 やれるだけやってみよう。

 そこからの流れはカイルに教えていた時と変わらない。

 最初に肩に手をおいて循環を意識してもらう。

 正直カイルやルイズと比較しても、回転もオドの量も非常に小さいのだが土を掘り起こすだけなら十分だろう。

 魔術を使えるせいか、循環自体はすぐに把握できたようだ。


「魔術を使うときに、この循環に大地の魔力を巻き込むんです。自分の魔力で大地の魔力をすくいあげるように少しずつ加えていくといいはずです」


 最初は肩に手をあてて補助をする。

 この間と同じくらいの高さでいいはずだ。

 呪文を唱えるとすぐに土壁が出来上がった。成功だ。

 今度は一人でやってもらおう。


「それでは今の循環を意識してやってみて下さい」


 肩から手を離すと数歩下がる。

 レッダは緊張した面持ちで頷くと、ゆっくりと深呼吸をして両手を地面につきなおす。


『大地よ我が願いに答えよ』


 レッダの絞りだすような魔力の循環に応えて地面が動き出す。

 するすると盛り上がった土壁は先ほどのものよりこぶし二つ分くらい低い高さで成長を止める。

 それを見たレッダはふらりとうずくまり呟いた。


「――やった……」


 そのまま動かなくなってしまった。

 何か魔術に強い思い入れがあるのかもしれない。

 俺としても目的が果たせたなら嬉しい。

 しばらくして立ち上がったレッダは少し恥ずかしそうにはにかんで笑った後「ありがとう」と礼を言った。

 少年のような笑顔だった。


 その日は一刻の約束通り、時間いっぱいまで高さや広さを調節してみたり穴を掘ったりした。

 都度、アドバイスはしたもののあまり俺は必要なかったと思う。

 最後に散々荒らした地面を平らに慣らしてからギルドへと向かうことになった。



「本当にこの報酬でいいのか? 今回の訓練は想定をはるかに上回る効果だった。追加報酬を出す準備もあるが……」


 ギルドについてから依頼完了手続きのタイミングになってレッダから問いかけられた。


「報酬については父さんの管轄ですから。二人に不満がないならその額でいいですよ」


 もともと考えていなかったあぶく銭だ。

 いくらかわからないが父さんの小遣いくらいの額でよいのではないだろうか。

 手伝ってくれたゼブに何か奢ってやってくれ。


「わかった。本音を言えば助かる部分もある。次の仕事のための旅費も必要だし蓄えも残しておきたいからな。完了報告では最高評価をつけておく。今日は本当にありがとう」


「どういたしまして。大人になったら俺も依頼を出しますよ。届けてもらえますか?」


「必ず届けよう」


 そう約束をしたあとに、胸にこぶしを握って礼をした。

 あれは何か敬礼のようなものではないだろうか。

 前から気になっていたがレッダは時々こういう気取った仕草をする。

 もしかしたら結構良い家の出身なのかもしれない。

 別れの挨拶をしてゼブと一緒に家路についた。





 ロムスにしては寒い日が続くなと思っていたある日。

 講義が終わった後、誰も迎えが来ていなかった。

 月に何日かはそういう日もあって、俺とカイルとルイズのいつもの三人は予定通り、迎えを待つために代官事務所へ向かおうとしていた。


「ねぇ、あなたたちがアインとカイル?」


 振り返ると不思議な髪の色をした女の子が立っていた。

 明るい色だが光の当たり方で淡く紫色のような色合いがある。

 あまり見たことの無い色だな。

 齢は俺より少しだけ上だろうか、背も少し高い。この学校では最年少に近いだろう。

 走って追いかけてきたのか頬が紅潮して少し息も荒い。


「そうだよ、君は?」


 少女は息を整えてから答えた。


「良かった。わたしはフルーゼ。黒波のギースの娘フルーゼよ。あなたたちに話があるの」


 思わぬ名乗りを受けてしまった。

 そういえば自己紹介とかあんまりされたことないな。

 こういう紹介のしかたがあるのかもしれない。


「何か話があるならとりあえず座ろうか」


 代官事務所と迷ったが、一番近い『海』の教室に入ることにした。

 この教室なら俺たちやフルーゼにも座りやすい椅子がある。

 イルマ達が迎えに来てもここからなら見えるだろう。

 すでにみんな帰ってしまったのか生徒は居ないようだ。

 話をするのにも丁度よかった。


「じゃあ改めて、俺はアイン、こっちはカイルとルイズだ」


「おんなじ顔……。いえ、待ってわかるかもしれない。アインとカイルね。ルイズもよろしく」


 俺たち双子はそんなに見分けがつきやすいのか……。

 せっかくなのに入れ替わりトリックには難題があるようだ。

 それはともかく、ちっちゃいのにしっかりした印象の子だ。

 人のことは言えないが。

 そんなことを思っているとルイズが本題を切り出した。単刀直入だ。


「ねぇ……。あなた達、魔術が使えるって本当?」


 ルイズに緊張感が走る。

 最近のルイズはなんだか俺たちの用心棒の真似事をしている。

 魔術という秘密を持つ俺たちを守ろうとしてくれている感じだ。

 イルマとゼブに何か言われているのかもしれない。


「……わからないよ。ちゃんと確かめたことがないから……。どこでその話を聴いたの?」


 多少面食らったが素直に答えることにした。

 しかし、この話はあまり口外されないことになっているはずだ。

 レッダともそういう契約になっている。


「お父さんがお母さんに話してた、学校から来た私くらいのちっちゃい男の子が魔術のギルド依頼を受けたって」


 どうやら黒波のギース氏はあの日、冒険者ギルドでお仕事か何かをしていたらしい。

 口外しないことにはなっているが、徹底して隠しているわけでもないので近くに居た人間にはわかるのだろう。

 ギルドの依頼はリスク管理の問題もあり、嘘を交えることが厳禁とされている。

 そのせいでギース氏にはわかってしまったのだろう。


「だから、調べたの。ギルドの依頼に来た子について。そうしたら前にも冒険者ギルドに来たことがあるって。この学校にいる私くらいの小さい男の子であの日冒険者ギルドに行ったのはアインとカイルだけだった」


 聞けば、あちこち歩きまわって調べた結果、俺たちに行き着いたようだ。

 簡単に聞こえるが、目の前にいる幼女がやったこととしては驚くに値するのではないだろうか。


「あなたたちは目立つみたいだし簡単だった。お父さんの友達に聴いたらすぐわかったわ。だけど、学校にいるはずなのに『海』のクラスに居ないんだもの。そこで手間取ったわ。『風』のクラスではみたことないし、まさか『帆』のクラスに居るなんて」


 この子は『風』のクラスにいるらしい。

 おしゃまな喋り方は年齢相応っぽくないもんな。賢い子なのだと思う。

 しかし、推理にあたって固定概念が邪魔をするって本当なんだな。

 かのシャーロックホームズも似たようなことを言っていた気がする。


「どうやって僕らのことを調べたかはわかったよ。それじゃあ、どうして僕らのことを探していたの?」


 カイルが聞きたいことを聞いてくれた。


「魔術を教えて欲しいの。隠さないで……。依頼を受けたなら使えないとおかしいもの……」


「嘘じゃない。知ってるかもしれないけどこの街には教会が無いんだ。正確に魔術が使えるかどうか確認できないんだよ……」


「正確でなくてもいい。きっかけをもらえるだけでもいいの。わたしは夏になったらお母さんの国に帰ることになる。そうしたらもう多分魔術の訓練なんてできない。お父さんたちを助けるためにちょっとでも力が欲しい」


 子どもの我儘と切って捨てるのは簡単だ。

 しかし、何か事情があるのだなとは思う。

 この子はどうやら真摯に家族のために出来ることを探しているようだ。

 今、この身でいることで痛感していることがある。

 子どもは無力だ。

 彼女のように気が回る子は親の苦労に気が付くこともあるのだろう。

 それだけに大切なひとを助けることが出来ないのが苦しいのだ。


「わかった。それだけ言うなら考えてみよう。前に依頼を受けたときにはそれなりの報酬を受けた。君はいくら払えるかな?」


 実際にいくらもらったか知らないわけだが、意地悪を言ってみることにした。

 予想外にも彼女は狼狽することもなく頷くと、首元をまさぐって綺麗な石のついたペンダントを取り出した。

 異国の雰囲気がある意匠がありいかにも高そうだ。

 石の値段はわからないが、彫り物の値段だけでも安いということはないだろう。


「この国でも、売ればそれなりの値段になると思う。これを渡すわ」


 思った以上に覚悟を決めていた。

 子どもの約束で取引していいものではない気がする。


「大切なものなんじゃないのか?」


「おばあちゃんに貰ったの。この石はわたしを守る石だって。それは困った時にお金に変えろってことだと思うの。今がそのとき」


「わかったよ。でもな、俺は子どもだから依頼を受けることができるわけじゃないんだ。意地悪を言ってごめん」


 フルーゼの表情が曇る。

 ペンダントは彼女の切り札だったのかもしれない。


「だから、これから俺たちがするのは訓練じゃない。子どもの秘密を友達に打ち明けるだけだ。フルーゼ、友達になってくれるかい?」


 彼女の頬に紅味がはいり驚きの顔から笑顔へと移り変わっていく。

 初めて笑っているところを見せたな。


「うん。私たちは友達! 二人も友達になってくれるかしら?」


「兄さんの友達は僕の友達だよ」


「わたしはいつも二人と一緒だもの。みんなで遊ぶならわたしも遊ぶわ」


 ルイズがちょっと素直じゃなけど、彼女だって新しい友達は嬉しいはずだ。

 これからは女の子だけの内緒の話とかすることもあるだろう。


「それじゃあ早速、新しい友達を母さんに紹介させてくれ」


 窓からはこちらに手を振って歩いてくるエリゼの姿が見えた。

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