第6話 魔術は社会見学とともに
学校に通うようになる少し前から、ルイズはゼブに剣の振り方を習うようになった。
年長者のルイズだけである。
朝と夕方の二回。短めの木刀をつかって素振りを行い、それをゼブが監督する。
剣の特訓中はオド循環の使用を俺が禁じた。
五歳のルイズには相当きつい運動のはずだが文句も言わずに真剣に素振りをしている。
俺のせいで父娘の時間を奪ったようなところがあるので、辛い修行で「パパ嫌い!」みたいなことにならなくて一安心である。
お互い言葉は少ないがいい時間を過ごして欲しい。
女の子だけを頑張らせるわけにはいかない。
二年の時間をかけて開発した自己流指魔術訓練をカイルに教えていく。
俺の研鑽の結果かカイルは怪我をするようなこともなく地面と体に魔力を循環させていく。
ペースも量もまだまだだが、これは大地の魔力を感じる訓練なので十分だ。
カイルの両肩に手を置いて魔力の流れを調節していく。
少しずつ地面で魔力を『転化』させると地面にコインを数枚重ねたほどの凹みができる。
「やった! 成功だよね?」
「そう、これが魔術だと思う」
締まらない表現だが、本に書いてあった以上のことはわからないのだ。
本物の魔術を一度は見てみたい。
「この感覚を忘れずに今度は自分だけでできるようになるんだ。凹みは大きくする必要はない。危ないしゼブにバレちゃうからね。いけるか?」
「うん。大丈夫、やってみるよ」
今回試した魔術は土に影響を及ぼすものだ。
その名もそのまま土魔術。
他にも火や水に転化を行う魔術もあるのだが、これらと異なり土は既にそこにあるため失敗しにくくわかりやすい。
初心者向けと言われる。
しかし、結構自由に土をいじれるので実用性が低いわけでもなさそうだ。
想像力が試されるな。
そんなことを考えている間にカイルは自分だけで穴を掘ることに成功する。
余った魔力で土がグニグニ動いているが、ゼブに見えないように気をつけろよ……。
比較できる相手が居ないのだが、これは筋がいいのではなかろうか。
カイルはとにかく素直に話を聞く上に忍耐強い。
わからないことは気おくれせずに質問する。
このままいけばどんな分野でも大成できる才能がある気がする。
どちらかというと悪い大人に騙されないように注意が必要だな。
ルイズにも地面との魔力循環を教えたのだが、こちらはあまりうまくいっていない。
体外の循環をしっかり感じとれないようなのだ。
本にあるように素質に個人差があるのかもしれない。
本人は今のところそれで落ち込んでいる様子はない。
よくわかっていないのかもしれないが。
無理強いするつもりも無いので他に打ち込むものがあるならいいかなと思う。剣だけに。
こうして眺めてみるとルイズの素振りは齢のわりには様になっているように思う。
背が伸びれば一端の剣士になるかもしれない。
オド循環もできるのだから、それをうまく活かした振り方もいずれかは学ばせてあげたいなと思う。
そうしていると、夕方の素振りが終わったルイズがこちらに向かって手を振りながら笑顔で向かってくる。
この訓練の後のルイズは良い笑顔で笑うのだ。
これは相当レアなことなのでここに居る俺たちだけの秘密だ。
俺は準備していた汗拭き用の手ぬぐいを持って立ち上がった。
「魔術について知りたい?」
ここはクルーズの執務室だ。
講義は昼までなのでいつもエリゼかイルマが迎えに来るのだが、ちょっと遅い時などはここで待つことになっている。
別に教室で待ってもいいと思うのだが、たぶんクルーズが子どもの顔を見たいから我儘を言ったのだと思う。
「魔術は使えるひととそうでないひとが居るんだよね。一度見てみたいなと思って。もしかしたら自分だって使えるかもしれないし……」
夕食の時に聞いてもよかったのだが、なんとなく人の少ない時に聴いた方がいいような気がした。
その点この部屋は良い。
「そうか、君たちも魔術が気になる齢か。格好いいもんな。僕も小さいころは魔術ごっこで遊んだよ」
な、格好いいよな! 男の子ならかめはめ波とか螺旋丸とか練習するって。
「ただね……。才能があるかどうかは魔術を使える人にしかわからないんだ。今、この街には魔術師はいなんだよ。教会があれば話は違うんだけど……。必ず確認したいなら、ここからだとハルパに行くことになる。悪いけどすぐに見せてあげるわけにはいかないな」
ハルパはロムスから領都アーダンへ向かう途中にある街だ。
ここ数年は街道が閉鎖されているため距離から考えると交通の不便なところになる。
やはり、魔術師の稀少さがネックになるか……。
正確な割合はわからないが小さな街には魔術師自身が居ないこともあるという。
ロムスは活気のある街で、教会があってもおかしくはない。
事実、つい最近まで神官が滞在して教会設置の準備が行われていた。
しかし、エルオラ街道封鎖にともない、その人物が領都へ帰ってしまってその活動は凍結されたそうだ。
「そっか……。せめて本物の魔術を見ることができたら良かったんだけど」
現在の第一目標は俺たちの訓練が本物の魔術と関係があるかを知ることだ。
実物を見るだけでもわかることは多いのではないかと思う。
可能なら体系的に学びたいとは思うが。
ないものねだりをしても仕方がない。
俺たちはこの中世的な世界にあって学校まで通わせてもらっているのだ贅沢は言うまい。
情報が手に入っただけで良しとしよう。
その時はそうして話が終わったのだった。
本物の魔術を見る機会は意外と早くやってきた。
その日、いつもの講義には続きがあった。
午前の講義が終わった後、昼食の時間を挟んで各クラスから希望者を募って社会見学が行われたのである。
こういうのってこの世界では相当先進的なのではなかろうか。
クルーズの執務室で、弁当を食べさせてもらい再度学校へ向かう。
それからアミカス先生に連れられて向かう今日の目的地は『冒険者ギルド』だ。
そう冒険者ギルドなのである!
この世界では日本語が使われているわけではないので言葉の枠組みは俺の勝手な解釈なのだが、この施設、直訳しても概ね冒険者ギルドで間違いない。
つまり冒険するような人々の組合(ギルド)である。
組合員は探索者に傭兵、ロムスの街では船乗りなどもおり、職種は多岐にわたる。
ひっくるめて冒険者だ。
魔術があって冒険者が居るのだから今世はファンタジーに極振りされているな。
こういうお約束を守ってくれると安心する。
実態は想像と異なるかもしれないがそのための社会見学だ。
見学の流れは単純だ。
ギルドを訪問して説明をうける。冒険者の話を聴く。以上だ。感想文の提出もない。
あれを書くためにネタのひねり出すのは苦手なのでありがたい。
冒険者ギルドは街の南の方にあった。
南側の街道入口と西にある港のちょうど間あたりになる。
周りには酒を出す店なども多くあまり来たことのないエリアだ。幼児には関係ないし。
とはいえ、子ども連れでやってくるくらいでそんなに治安が悪そうということもない。
馬車や人夫が忙しく行き来している。
建物の大きさは平屋だが中々大きい。
入ってすぐの受付も結構な広さだ。
これなら子供の集団でも入りきるな。
壁際には依頼や開示された情報などの掲示を行う掲示板があるし、ちょっとした交渉に使えそうなテーブル席などもあり、思っていたものとそんなに違いはないようだ。
話を聴けば、奥には動物の解体場、建屋のとなりには修練場などがあり想像以上に充実した施設のようだった。
職員も結構多く、正直代官事務所よりだいぶ規模は大きい。
職員の中には学校の生徒の保護者も居るようで、海のクラスの生徒が手を振っているのに振かえしていた。
思っていたより殺伐としておらず、いい雰囲気だ。
一通りの説明をうけると、受付に戻ってきて冒険者の話を聴く。
どうやらギルドに依頼を出して一人の冒険者を雇ったようだ。
二十歳前後くらいの青年で、名前はレッダと言った。
冒険者を始めて五年目だそうで、ちょっとくたびれた服装をしている。
革のベルトになにやら色々小道具がついていてちょっと男心がくすぐられる。
依頼をうけるだけあってなかなか話が上手い。
「――そうだな、みんな冒険者ってどんなことをする仕事だと思う?」
子どもたちから「まものとたたかう!」だとか「辺境の調査」だとかの声が挙がる。
なかには「勇者の従者」などというものもあり、そういうのもあるのかという気分だ。
「その通り、みんな正解だ。街道の魔物を討伐して平和を守る。辺境を調査して資源を探す。全部俺たちの仕事だな。勇者様についていくのは騎士様や賢者様かもしれないが、俺たちがついていけば助かることもあるだろう。簡単に言えば、ここ、冒険者ギルドで登録をして、そこの掲示板の依頼を受ける人間はみんな冒険者だ。みんなのお父さんにも居るかもしれないね」
軽妙な調子で子どもたちを飽きさせずに話はすすむ。
「じゃあ、ここからは俺の話だ。俺の仕事は『手紙を運ぶこと』、つまり郵便配達だな」
小さな子の目にちょっとだけ落胆の色が宿る。
「つまらないと思うかい? そうだな。たいして重くも無い手紙を、小包なんかの可能性もあるけど、遠くへ運ぶだけ。単純な仕事だ。でもね、簡単な仕事ってわけじゃあない。西へ東へ北から南、手紙を出した人間は一刻も早く確実に届けたい。それをかなえる為に全力を尽くすんだ。ときに荒波にもまれ、時に馬車を山賊に襲われ、必要なら嵐の中をひた走る。これだって大冒険さ。偉い人に信用してもらえないとなかなか出来ない仕事なんだぜ?」
都市間には馬車を利用した定期の郵便サービスがあるが、辺境やわけありの地域にはこういった冒険者に配達を頼むことがある。
現在、ロムスは主要な街道の一つを封鎖されているためこういった冒険者の需要もあった。
彼はそんななかの一人としてロムスを訪れたようだ。
レッダは話に起伏を作りながらまるで勇者の冒険譚のように自分たちの仕事を語る。
話を聴くみんなの眼も輝いていた。
実務的なところもほどほどに説明しつつ面白い話をするっていうのは凄いことなのではないだろうか。
そんな感じで楽しい社会見学は終わりとなった。
ほかのクラスの先生が引率をしてみんなを学校前まで連れて帰る。
そこで解散の予定だ。
しかしそこでアミカス先生が俺たちを呼んだ。
そこには、今話を終えたばかりのレッダも立っている。
そうこうしているうちに他の生徒は引率されるままにギルドから出て行ってしまった。
「君たちは私が連れて帰るよ。その前にクルーズさんにお願いされていたことがあるんだ。レッダさんは魔術が使えるそうだよ。それを見せてもらうようにと」
レッダがバツが悪そうに続ける。
「使えるといっても土魔術がほんの少しだけだ。他のやつの魔術の才能もわからない。本音を言えば見せたくなかったんだ。子どもの夢を壊したくないからな。それでも君たちだけでもって代官様からのお達しでね。あまり期待しないでくれよ」
是非もない。
実際に見ることができるだけでも僥倖だ。
カイル達と頷きあってから答える。
「よろしくお願いします」
「礼儀正しいな。礼節は大切だ。知っていて損することはない。それじゃあついてきてくれ」
子どもらしくないと感じたのか少し驚いた様子だったが、アミカス先生の方を少しみてから出口へ向かって歩き出した。
先生とそろって追いかける。
俺たちのペースに合わせてくれるあたりそつがない。
目的地はとなりの修練場だった。
場内すみの邪魔にならない辺りに陣取る。
「それじゃあさっそく始めるぞ」
レッダは両手を地面について何事かを唱える。
『大地よ我が願いに答えよ』
その言葉の後に地面がずずっと上がってレンガを一つ立てたくらいの隆起ができる。
「こんなもんだよ。あんまりおもしろいものじゃないだろう?」
その一言はあまり耳に入って来なかった。
魔術を使う間、第六感も含めて出来うる全力でマナを感じて観察した。
その結果一つの結論に至る。
あれは俺たちの訓練と同じ性質のものだ。
俺たちは魔術がつかえる!小躍りしたい気分でお礼を言う。
「いえ、俺たちが見たかったのはこれです。本当にありがとうございます」
感想の温度の高さにレッダはあっけにとられている。
気になったことがあるのでその間に一つお願いしてみることにする。
「もう一度魔術を見せてもらえませんか? そのときに肩を触らせて欲しいんです。うまくいけば魔術が感じられるんじゃないかと思うんです」
「……ああ、かまわないが……」
いぶかし気ながらも許可してくれる。
先ほどと同じように両手をつくレッダの肩に両手をふれる。
レッダはしゃがんでいるためなんとか手が届く。
魔術を使う前に一つ聞いてみる。
「もし、土魔術を強化できるならどれくらいの大きさにしてみたいですか?」
「? そりゃあ、でかいほどいいが……。そうだな腰くらいの高さで作れれば何かに使えるかもしれないな」
「じゃあ、その大きさを想像して魔術を使ってみてください。試しに」
「……ん。わかったよ。あまり期待するなよ」
子どもの話に真面目に答えてくれる良い人だ。俺は期待させたい。
レッダが呪文を唱える。
『大地よ我が願いに答えよ』
レッダのオドに集中し「勝手に」循環させていたオドを手に流れる魔力に上乗せさせていく。
慎重に、爆発しないように、必要な量を必要なだけ……。
先ほどと同じようにもりあがった土は俺の膝の高さを超え、俺を超えるほどに伸び上がる。
レッダもアミカス先生も声を失っていた。
カイルとルイズはあまり驚いていない。
カイルはともかくルイズはなんでだ。
しばらく茫然としていたレッダが口を開いた。
「……今、何をした……。どう……やったんだ……あれは俺にもできるのか……?」
「? 今、魔術を使ったのはレッダさんですよ? 一度目の時に魔力……だと思うんですけどレッダさんの体の中でうまく流れていないように見えたんです。だからその流れを正せないかなって……」
質問に雑に答える。
「!? 訓練すればもう一度できるだろうか……」
「保証はできませんが、もともとレッダさんがやったことですからできると思います」
「教えてくれ!報酬はできるだけ払う。手持ちで足りないなら額を教えてくれればなんとかしてみる!」
「魔術を見せてもらったのは俺たちですから報酬というほどのことは……」
「あれは依頼を受けてやったことだ。教えてもらえるなら別件になる」
恐らくクルーズが依頼してくれたのだろう。
だったらその額分くらい貰ってもいいかもしれない。
そんなことを考えているとアミカス先生が言った。
「どちらにせよ、ここですぐにというのは許可できません。目立ちますし。それにアイン君ひとりで決められることではないでしょう。保護者のクルーズさんを含めて話し合うべきです。クルーズさんにはこちらから話しておきます。冒険者ギルドに連絡をすればいいですか?」
今のところこちらを気にしているひとは居ないようだが、確かに子どもがごそごそしていると目立つかもしれない。
保護者が必要だというのももっともだ。
「――ああ、しばらくこちらに滞在するつもりだ。よろしく頼む」
レッダはそう言ってアミカス先生と俺たちに向かって、その冒険者然とした恰好からは想像もつかない丁寧な礼をしたのだった。
帰り道。
アミカス先生に手を引かれながら話しかけられた。
「……君は魔術が使えるのかい?」
「わかりません。だから本物の魔術を見てみたかったんです。もしかしたらとは考えていたので」
「そうだったね……。君は賢い子だがまだまだ幼い。魔術についてはクルーズさんたちとよく話し合うようにね」
道理だと思う。未成年は保護者とよく話し合う必要がある。
「はい先生」
素直にそう答えて帰途へついた。
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