第5話 いっしょにいたいもん(下) / 学校へ行こう!

 二度目の嵐はその夜、吹き荒れた。


 我が家の夕食は基本、ゼブ一家と一緒だ。

 いつもの様に食事が終わり片付けをしたあと、ゼブ家の人間が帰宅するタイミングになってルイズがぐずり始めた。

 これまでルイズがわがままを言ったことはあまり無かったのでイルマたちも叱るというよりは困惑していた。

 特にその内容が問題だった。


「かえらない!アインとカイルとここにすむ!わたしおねいちゃんだもん!」


 これまで一度も見せたことのない強硬な態度にみんな途方にくれる。

 ゼブがなんか泣きそうな顔をしている。

 埒が明かないのでイルマが説得(物理)を試みようとしたところでカイルが口を開いた。


「ルイズはね。べんきょうがおくれるのがいやなんだ。いつもぼくがにいさんといっしょにさきにすすめちゃうからあせったんだよ。しからないであげて」


 嘘ではない。

 それだけが理由ではないが、今日の様子を見るとルイズは相当気にしていたようだ。

 しかし、ここまで追い込まれているとは思わなかった。

 その場しのぎっていうのはダメだな。

 なんとかなだめすかし、一緒に住むにしても準備が必要だという大人のちょっと汚いところがある説得を聞いてしぶしぶルイズは帰っていった。

 抱っこするゼブのシャツを強く握って顔を隠す様子は無念にあふれていた。


 結論から言えば、ルイズの同居は許された。

 もともと日中は一緒に過ごしているのである。

 生活が大きく変わるわけでもなく子守りがしやすくなるのも事実だった。

 原因を作ったのは俺でもあるので、いろいろとカイルと一緒に両親を懐柔しようとした。

 「もっといっしょに勉強したい」であるとか「お姉ちゃんが欲しかった」とかジワっと会話に盛り込んでいった。

 ルイズはルイズで戦ったようだ。

 イルマのげんこつにも負けず、意志を突き通した。

 結局、いくつかの言いつけを守ることを条件に許可が下りたらしい。

 変わりに週何日かは子ども部屋にイルマが泊まり込みで面倒を見るようになった。

 あわれゼブ。本当にすまん。いつか必ずこの借りは返す。





 なにはともあれ共同生活が幕を上げた。


「体の中の流れを感じて。少しずつ早くしたり遅くしたりするからわかったら教えて」


 今、俺とルイズは約束の特訓中である。

 両手をつないでルイズのオドをゆっくり循環させる。

 カイルはニコニコとこちらの方を見ている。

 カイルがやってもいいと思うのだが、多数決の結果俺が教えることになった。


「よくわからな……わかりません。でもこうするとあったかくなってげんきになる」


 共同生活を始める条件としてイルマが指示したのか、ルイズは俺たちに向かって敬語らしきものを話すようになった。

 マナーとかちょっと早いと思うのだがルイズは頑張っているようだ。

 個人的には距離感があって寂しいなと思う。

 しかし今は練習中だ。

 そっちに集中。


「じゃあその感覚を忘れないで。自分でも出来るように練習するんだ。しばらくはこれを繰り返すよ」


 大人たちの目が離れる時間はそう長くない。

 少しずつ合間を見て訓練を繰り返す。

 すぐに循環できるようになったりはしなかったがルイズは辛抱強く練習を続けた。

 進歩を実感できない反復はつまらないものだ。

 この齢でこれだけ続くのは大したものだと思う。

 頑張っている人間をみて、俺が投げ出すなんて絶対にできない。

 こちらも丁寧に特訓につきあった。





 1月ほどで循環の強弱を把握できるようになり、数か月で自力でできるようになった。

 初めて出来た時の感動はひとしおだ。

 我が子が逆上がりに成功したような気持ちだろうか。

 カイルの時はいつの間にかやってたからな……。

 自力で循環ができるようになった後も俺の手つなぎトレーニングは続けてくれという。

 まだまだ上を目指すようだ。

 頑張り屋は嫌いじゃない。





 このころからときどき港街にも連れ出してもらえるようになった。

 エリゼ達は街中の人気も悪くないようでよく笑顔で挨拶されている。

 俺たちも気になるものが沢山で大満足である。

 特に今日見つけたものは良かった。

 半畳くらいの暗い灰色の石板と石灰っぽい石のかけらである。

 色合いは多少違うがいわゆる黒板だ。

 夢中で触りまわしていたら、エリゼが店主と話をして買ってくれることになった。

 俺たちの背にあわせたイーゼルといっしょに後日家まで届けてくれるそうだ。

 俺の興奮度合いがよほどだったのだろう。

 店主も笑っていたが、それでもいい。

 これがあればいろいろ出来ることが増える!

 後日、あまりにも俺が黒板を使うので床が汚れてしまい、あわれ子ども部屋からは移動されてしまうのだが、それはまた別のお話。





 四歳の秋、農閑期を利用して街中で開かれる学校に三人で通うことになった。

 寺子屋のようなものだろうか。

 何を隠そうクルーズパパが設立を推し進めたものらしく、場所も代官事務所のすぐ隣にある。

 通勤ついでに放り込めるので合理的だ。

 子煩悩なクルーズもなんだかウキウキしている。

 俺だって楽しみだしカイルはだいたいニコニコしているのでセロトニン過分泌状態である。





 透き通るような秋晴れの日、ついに初登校だ。

 学校には三つの教室があり、ざっくり年齢で所属がわけられているようだ。

 普通に考えると、俺たちは最年長のルイズでも一番若年のクラスにひっかかるかどうかなのだが……。

 俺たちが読み書きができることをクルーズが伝えていたため、朝一番に簡単な学力テストが行われることになった。

 一番下のクラスはそのへんのことから教え始めるためである。

 当たり前か。


 白いひげを蓄えた、人の好さそうなおじいちゃん先生が俺たちの前に座っている。

 挨拶と名前だけの自己紹介のあと、俺たちも席についた。


「これからいくつか質問するから答えられることは答えてね。わからないことはわからないと言ってくれればいい。怒ったりしないから」


 頷く俺たちを笑顔で見ると俺から順番に質問をしていく。

 齢が齢なので難しい質問もなく、果物を使った簡単な四則演算、暦の順番、今ある街の近くの国の名前などを確認したあと、少し真顔になってから席を立った。


「君たちは字も書けるといったね。こちらにきて自分の名前と好きな食べ物、隣の町の名前を書いてもらえるかい?」


 絶望的に背が届かないので、靴を脱いで椅子の上まで持ち上げてもらう。

 言われた通りにみんなが書いた。


「――クルーズさんところの子はさすがだね……。君だけでいい、最後にひとつ問題を出させて欲しい。これもわからなかったら、わからないと答えてくれていい」


 俺を名指ししたその問題は、港から港へ、速さの異なる船を時間差で出発させて到着するタイミングの差を求めるものだった。

 そう難しいものではなく途中式もあわせて説明していく。

 これくらいならカイルとルイズも問題なく説明できるはずだ。

 しかし、小学校前の年齢に出すにしては確かに難しい課題なのかもしれない。

 凄いな二人とも。

 頷きながら最後まで俺の解答を聴いた先生は目頭をもみながら小さくうなってからいった。


「君たちのクラスは『帆』のクラスだ。周りの子たちが年上でちょっと驚くかもしれないが、君たちなら大丈夫だからね。ついてきなさい」


 それから連れていかれた教室には三十人ほどの生徒が並んで座っていた。

 年齢は中学生くらいだろうか。

 俺たちの視線だとめちゃくちゃでかく見える。

 ちょうど授業が始まる直前だったのか名簿らしきものを畳んだ担当の教師に老教師が色々と説明している。

 担当教師も困惑しているようだったが、話を聞いて何事か決心したのかこちらに向き合った。


「『帆』のクラスで授業を担当するアミカスだ。今日のところはあのうしろの席について授業を聞いてみて欲しい。困ったことやわからないことがあったら言ってくれ」


 そうして教室の一番後ろの長机まで連れていかれる。

 椅子の上に抱き上げようとするのを手で制して言った。


「大丈夫です先生。毎回お手を煩わせるわけにはいきませんから。」


 僅かな時間、驚いた顔で椅子によじ登る俺たちを見たあとに、


「――そうか。でもね、教師は生徒の学習を手伝うものだ。いつでも頼ってくれていい」


 そう言った。

 明らかに面倒そうなな仕事に対して、この発言である。大人って凄いな。


 授業の内容はなかなか興味深いものだった。

 既知のことも多かったが復習だと思えば悪くない。

 他の二人にもちょうど良いレベルと言えるだろう。

 商人の視点で『となりの街へ仕入れをするときに書く覚書の書式』の授業などは筆記用具を持っていないのが残念なくらいだった。

 そう、筆記用具が無いのである。

 全員が使うには紙やペンは高価すぎるのかもしれない。

 講義も記録をとって復習することを前提にしたものは他にはなかった。

 色々と工夫してあるな。


 昼になるとすべての講義が終わってみんな三々五々帰って行く。

 アミカス先生のところに質問に向かう生徒などもおり、学習意識の高さがうかがえる。


 そんな様子を横目で見ながら代官事務所へ向かおうとする。

 クルーズと合流する予定だからだ。

 しかし教室を出て少し行ったところで当のクルーズと鉢合わせになった。

 どうやら迎えに来てくれたらしい。


「どこに行っていたんだい?『海』の教室へ行っても居なかったけど、もしかして『風』のクラスになったのかい?」


 嬉しそうに言う。


「違うよお父さん。僕たちは『帆』のクラスだよ!みんな一緒なんだ」


 カイルの返答を聞いて驚いた顔をすると、


「三人全員『帆』のクラス!?それは本当かい?」


 そう言ってから、ちょっと声が大きすぎたことに気が付いたらしく、少し声量を下げて付け加えた。


「いや、すまない。ちょっとみんな一緒に校長先生のところに来てくれるかい?」


 そう言って俺たちを連れて奥まったところにある部屋へと向かう。

 クルーズはノックと挨拶をしてから校長室へ入室した。

 中では朝の老教師が何か書き物をしている。

 この人が校長先生だったらしい。

 彼は俺たちのことを見渡して言った。


「やあ、クルーズさん。あなたでもご子息のこととなると心配ですか?」


 クルーズはバツが悪そうだ。

 こういう顔をするのは珍しい。


「……今日のこの子たちの様子を教えて欲しいのです。『帆』のクラスになったというのは本当でしょうか? ちゃんとやれていたのか心配で」


 ここまでの流れからするとどうやら『海』、『風』、『帆』の順番でクラス分けされているようだ。

 最初に思ったが、ちょっと洒落たネーミングセンスだな。


「『帆』のクラスへ入れることを決めたのは私ですよ。難しくて理解できないということはないはずです。君たちはどうだったかい? つまらなかったならそう言ってくれてもいい」


 俺たちに向かいなおして質問する。


「みんなが居る場所で勉強するのは楽しい。特に魔物の話が面白かった!」


 カイルは生き物が好きだ。

 前世で言えば昆虫博士タイプかもしれない。

 この辺りに生息する魔物について学んだのだが、生活に直結した非常に実用的な講義だった。

 覚書の書き方もそうだが、この街での生活に役立つことを重点的に教えているのかもしれない。

 その様子を見て校長先生も相好を崩した。


「じゃあ、しばらく一緒に勉強しよう。私もたまに講義をするよ」


 頷く俺たちを見てクルーズも納得したのか続けた。


「まだ小さい子たちです。ご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします。何かあればとなりまで使いを出してもらえれば駆けつけますので」


 任せなさいとばかりに微笑む校長に挨拶をして部屋を後にした。


 クルーズに連れられて代官事務所へ向かう。

 場所は教えてもらっていたが中に入るのは初めてだ。

 昼食の時間にあたるためか机の数ほど人は居ないようだった。

 そのまま執務室の中に入るとエリゼとイルマが待っていた。

 弁当を準備してきてくれたらしい。

 さあみんなで楽しいランチタイムだ。


 雑穀のパンを薄切りにして作ったサンドイッチ風のものをこぼさないように気を付けて食べる。

 具は何かの肉の燻製で味付けは塩と香辛料だと思うのだが、シンプルに美味い。

 いつも思うのだがエリゼもイルマも料理が上手だ。

 食事中の会話は自然と学校の話となっていく。

 俺たちのクラスの話でエリゼ達が驚いたりクルーズが俺たちを褒めたりだ。


「父さんたちがいつも使っているペンは高いのかな? 授業で使えると便利そうなんだけど」


「僕もそう思うんだ。ペン自体は鳥の羽を使ったものならなんとかなると思うんだけどね、紙は必要なだけ集めるのが難しいんだよ……」


 やはり筆記用具の価格が問題らしい。

 羽ペンはわりと安価なのか。


「俺たちが使っている黒板ならどうかな?」


「あれもみんなが使うにはちょっと高いな」


「そっか……」


「実は僕も講義で使えたらなと思って色々考えているんだ。船乗りたちが使っている蝋板というものがあるんだけどね……」


 説明を聞いたところによると、木枠の中に流し込んだ蝋をひっかいてつかうメモ帳のようなものらしい。

 蝋をつかっているため濡れる可能性がある船の上でも使えるのだそうだ。

 中々有用そうだ。


「今は職人たちをあたって仕事の少ない時期に歯切の板を使って準備できないか話し合っているんだ。数が揃ったら帆のクラスから順番に使えるようにするつもりだよ」


 教育に対する熱意がすごい。

 褒める意味も込めてリップサービスをしておくことにした。


「さすが父さん! 俺たちも使ってみたい!」


 自分用をねだるのも忘れない。

 クルーズも、先生や職員が優秀なんだよとかいいながらもまんざらでもなさそうだった。


 学校のおかげで俺たちの世界はずいぶん広がる。

 勝手な話だが、カイルやルイズがどんな風に成長するのか考えると楽しみでならない。

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