第4話 穏やかな日々 / いっしょにいたいもん(上)
それからの生活は予想に反して穏やかなものだった。
クルーズは街中に事務所を持っているらしく日の出からしばらくして出勤していく。
夕食の前には帰ってくるが、食後は屋敷の執務室で結構遅くまでなにかと書類仕事を行っているようだ。
その姿はまさにサラリーマン。
出来る男の背中である。
この世界では仕事は日照時間内に限るのが普通なようなので、ここまで勤勉な人間はそう居ないのではなかろうか。
この頃には第六感の使い方がだいぶ上手くなっていた。
その気になれば屋敷内で誰がどんな感じの行動をとっているかは大体わかるし、誰かが屋敷の敷地内に近づいてきてもいち早く知ることができるようになってきた。
プライバシーの問題もあるのでそこまで頻繁には使っていないが。
俺たちの生活で大きな変化と言えば、本についてである。
バリエーションが随分増えた。
今のところ六冊。
どうやらクルーズが手を回したらしく、食材等が屋敷に配送されるタイミングで一緒に送られてくるようになった。
一冊一冊を大切に、すみからすみまで読んだ。
内容は簡単なものではあるが、地理、歴史であったり道徳、寓話的なものであったりバリエーション豊かだった。
ただ一点共通していたのは明らかに教育を意識している点である。
この齢から英才教育を行うのはどうなのかと思わないでもないが、個人的にはバッチこいだ。
物凄く嬉しい。
なかでも興味深いのは宗教と魔術に関わるものだった。
そう、この世界では魔力に関する技術が体系化されているようなのだ!
オドとマナの話もあるのでそういった技術があることは、そこまで驚くことではない。
それでも魔法のような存在を目の当たりにし、体系化された知識に触れられるとなると興奮を禁じ得ない。
この本は物語調ではあるものの、技術の初等教育を目的としたもののようで自身の能力を確認する方法や簡単な訓練方法を知ることが出来た。
それによると、神の力である魔力の根源が大地深くに眠っており神とはこの力を引き出す者だそうだ。
根源からは大地の女神の力によって少しずつ魔力が漏れ出ており、それが地面には蓄積されている。
ほとんどの生物はこの魔力の恩恵を受けて生きており、その活動によって大気には魔力が発散される。
発散された魔力は長い時を経て失われる命と共に、大地に還るのだそうだ。
この話は大地のマナ問題(仮)解決の手がかりになりそうだと思う。
人の使う魔術とは、この地面の魔力を求める力に変える技術なのだという。
そのためには特殊な知識と技術、そしてなによりも生まれ持った才能が必要となる。
選ばれたごく一部の人間が研鑽と研究を重ね、魔術具や魔法石、魔法陣を使用して力に変える。
それが魔術だ。
低年齢向けの本なので一部想像力で補完しているがそう間違った解釈ではないだろう。
一部の人間しか使えないという点には落胆を隠せないが、いろいろと知らないことが書いてあったので試してみようと思う。
得ることの多い本だったが、これまで自分で試してきたことと比べるといくつか気になる点がある。
その最たるものがオドの循環で、これに関する記述はどこにも見つけられなかった。
入門ではまだ触れないのか魔術とは異なる扱いなのか……。
なんにせよ、今後も自力で研究していくしかないようだ。
最近は気温の低い日が続いていたが、今日は相当暖かい。
小春日和というやつだろうか。
そのおかげで待望のお散歩デーとなった。
カイルとルイズが立木を相手に相撲ごっこのようなことを始めたのでその隙をみて両手を地面につく。
本で読んだ魔術の基礎訓練だ。
魔術とは一にも二にも、大地の魔力、『地脈』を感じることから始まる。
ただマナの流れを感じるのではなく、直に肌――手のひら――を触れて様子を探る。
高位の術者は特殊な杖をつかってこれを行うこともあるようだ。
しかし、実際試してみても以前から感じていた何かはあるものの、マナの流れを感じることはできない。
これが『魔術の才能がない』ということなのだろうか。
そこで少し工夫してみることにする。
体の中で循環しているオドを延ばし、地面についた右手から左手へ、体ではなく土の中を循環させるイメージだ。
体の中とは全然違う重さを感じるが魔力はあるようだ。
何かを『掴んだ』と感じた瞬間、体を循環するオドとは比べものにならない重さの魔力が左手へ飛び込んだ。
鋭い痛みを感じると共に手を離し、後ろに倒れこむ。
左手を見てみると酷い日焼けのあとのように赤く腫れていた。
ジンジンする……。
これは結構危ないな……。
色々と気を付ける必要がありそうだ。
しばらくはカイルが真似をしないように気を付けないといけないかもしれない。
しかし、怪我をしたとなるとエリゼが心配するな……。
どうにかならないかと、手のひらで余分にオドを循環させるようにすると少しだけ痛みが和らいだ。
これは結構便利かもしれない。
その後はカイルたちの方に参戦して大相撲大会に持ち込んで奮闘した。
怪我についてもなんとかごまかしきれたと思う。
今も魔術の実験方法についてはいろいろ考えているのだが、散歩の機会が減ってしまいあまり試せていない。
冬が到来したのだ。
ロムスの冬は実のところそんなに寒くない。
海が近い立地からか緯度が低めなのか、周りが冬支度を始めるまであまり意識もしていなかった。
それでもあまり外遊びをしたりはしないらしい。
変わりに日中家に居る人間は広間に集まって過ごすようになった。
暖炉があるからである。
いくら緩い冬といっても暖房設備の無い部屋で過ごしたいほどでは無い。
薪を使う暖房コストは馬鹿にならないだろうから合理的な過ごし方だと思う。
クルーズも持ち帰った仕事は広間でするようになったし、イルマとゼブがチェスの様なボードゲームをしていることもあった。
意外な一面を見れたような気がして面白い。
もうひとつ言えば、情報が入りやすくなった。
仕事に関わる日常会話もすべてここで行われるのだ。
隣国で起きている商業組合と教会の対立、豊作で値が下がった南の地域の特産品。
わからないことも多いが興味は尽きない。
ただ、この穏やかな日々は愛すべきものだと思うのだ。
この頃わかったこととして、俺たち兄弟のことがある。
細かいことではあるが双子である俺たちのうち、俺が兄でカイルが弟らしい。
最初の食事で俺が当主の隣の席だったのもそういうことだ。
とはいえ、ここまで俺が気が付かない程度の話だ。
あまり上下をつけるつもりはないようだ。
個人的には前世の記憶のせいで先輩ぶってしまうことがありそうなので、ちょっと助かったかもしれない。
そう長くない期間で寒さも和らいだころ、俺たちの誕生祝いのようなことが行われた。
誕生日が近いのか数え年で一斉に祝うのかルイズも一緒だ。
イルマはこれに大変恐縮していた。
大して食べることができるわけでもないので食事が豪華になったとかは無いのだが食前の祈りが長くなり、夕食後にデザートのようなものがついた。
焼いたリンゴのような素朴なものだが人生初甘味の衝撃は凄い。
俺はまた一年頑張ろうと心に誓ったし、カイルも格別のエンジェリックスマイルを振りまいている。
ルイズは静かだったが獲物を狙う狼のような眼をして皿を睨むようにして味わっていた。 案外、一番堪能しているのはルイズなのかもしれない。
二度目の春が来た。
それまでと同じように隠れて訓練し、勉強し、カイルたちと遊んだ。
港街のこのあたりでも農業は行っているようで、クルーズは作付けの指示など忙しそうだ。
魔術の実験は、冬の間の検討が良かったのか今のところなんとか成功している。
最初は指先だけで地面に触れたり、循環の方向を逆にしたりして感覚をつかんでいった。
みんなに隠れて実験するのも限界があるので空気中のマナの方でシャドートレーニングする方法等も考えた。
これは色々と発見もあって面白いものだった。
気になることとしては、何か月かに一度、クルーズが武装して、とはいっても皮革の防具と短い剣を腰に下げるくらいだが、人を集めて出かけていたことだ。
一度出発すると数日帰って来ない。
三日のこともあれば十日近く帰って来ないこともあった。
この世界には魔物と言われる害獣が居るので近隣の山狩りを行っているようだった。
あるいは治安に問題がある地域で賊の対応をしているのかもしれない。
今のところ怪我をしてきたことはないし、ちゃんと帰って来てはいるがエリゼは心配そうだ。
必ずゼブもついていくのでイルマだって心中穏やかではないだろう。
翌年になるころには、その機会も減った。
クルーズの話によると隣町に騎士の駐留を取り付けてきたそうだ。
このあたりの領主は騎士団を持っているのだろうか。結構力があるのかもしれない。
なんにせよ、家族が荒事に巻き込まれないのは嬉しい。
エリゼだって安心だ。
そうなると今度は港湾の管理で走り回ったりクルーズは大変そうなままだが。
家族の頑張りに守られて俺たちはすくすくと成長していった。
俺とカイルが三つになったころ、オドの循環訓練がルイズにバレた。
むしろそれまでよくバレなかったものだと思うが、カイルには訓練の類は隠すことを徹底していたし、言葉が通じるようになってからはコミュニケーションに困ったことは無かったのでうまく凌いでいた。
日々感じることだがカイルは敏い子だ。
一方ルイズはあまり口数の多い方ではない。
年上なだけあって早い時期から会話はできていたが、だまってこちらを睨むことで何かを主張することが多かった。
体格の差のせいで結構迫力があるのだが、それも慣れた。
実際子どもなのだし可愛いものだ。
主張についてもなんとなくわかるようになった。
このころの循環訓練は考えてみれば相当エスカレートしており、やろうと思えば自分の身長の何倍もの高さにある木の枝に飛び移るくらいのことは可能だった。
多少の技術は必要なのだがカイルにも出来るだろう。
ルイズに見せたことはないが、あれだけ一緒に過ごしていたのだ、もっと早く気が付いていたのかもしれない。
その気持ちがある日、爆発した。
その日、イルマは用事で出かけており、エリゼがルイズを迎えに行った。
エリゼが留守番のクロエと何事かを話している僅かな時間、俺たちは建物の物陰で垂直飛びのような訓練を行っていた。
それをルイズに窓から見られたらしい。
「どうやったらあんなにたかくとべるの!!」
湖に映った夜空のような色をした双眸に、涙まで溜めて少し高い目線からこちらを見つめてくる。
俺はミスを犯したことに気が付いたが咄嗟に言葉が出てこない。
なぜカイルではなく俺に聴く……。
相棒ならいい感じの微笑みで時間を稼いで場を落ち着かせられるのに……。
いつも口数の多くないルイズにしては珍しく興奮した様子で続ける。
「わたしおねいちゃんなのに!まもらないといけないのに!いっつもアインのほうがじょうず!ごほんのことおしえてくれるのもいっつもアイン!こんなのずるい!わたしなんていらないの……?」
めちゃくちゃである。
しかし、ついには涙をこぼしながら訴えられるその主張はわからないでもなかった。
仲間外れは寂しいもんな。
横目でエリゼの方を確認する。
まだ距離があるがこちらのことに気が付いたようだ。
カイルの方を見ると、俺の願いが通じたのかエリゼに向かってトコトコ歩いていくところだった。
頼む! うまく時間を稼いでくれ。
「違うよルイズ。いつもみんなでお勉強してるだろ。俺とカイルは二人で居る時間が長いから、いろいろ試しているんだ。ルイズの知らないことがあるのはそのせいだよ。それに高く飛ぶのはとても危ないんだ。それでも自分もやってみたいかい?」
黙ってこちらを見つめるルイズ。
これは肯定の意味だ。
「それに難しい練習をしないといけない。母さんたちにも絶対に気が付かれたらだめだ。他にも俺の言うことを絶対守らないといけない。できるかい?」
力強く頷く。
それを確認した俺は言った。
「じゃあ今度から内緒の訓練だ」
ルイズを抱きしめると母さんの方を見た。
カイルはうまく時間を稼いでくれたらしい。
母さんに抱きかかえられている。
ふたりはゆっくりこちらに向かっているが話の内容までは聞こえなかったはずだ。
「女の子を泣かせちゃだめでしょうアイン」
「ごめんなさい母さま。ちょっと勘違いがあったんだ。でももう大丈夫だよ。ほら」
抱きしめていたルイズを離すと、ルイズも母さんの方を向いた。
目は赤いままだが泣いてはいない。
「もう……。誰に似たのかしら」
母さんは困り顔だがなんとかなった……。
そう思った俺はまだまだ甘かった。
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