第2話-3 視線と爪痕
四月も終わりに近づき廊下ですれ違う学生からは「GWたのしみ~!」オーラが放たれていた。
そんな中、仁美は部活に顔を出さない日が多くなっていた。もちろん、春コンの練習だ。
俺は部室棟で後藤とぐだぐだ喋っていた。
「春コン楽しみだな~。気付けば明日じゃん」
「そんなにか?」
「そりゃそうだろー! うちの高校、音楽系は強いぜ。タダで聞けるのはデカい」
吹奏楽部はコンクールのたびに毎回金賞(?)が普通らしい。軽音楽部も動画投稿サイトに上げた曲がかなりの再生数を叩き出したとかで、その方面ではそれなりに有名らしい。
「仁美ちゃんに詳しいこと聞かないの?」
「聞いても当日のお楽しみだーとかいってた」
「サプライズとかあるかもよ」
「んー」
とりわけ俺はあんまり音楽が分からないからそこまで興味がないんだけど。そんなこといったら仁美と姉貴に二度殺されるな。
「まさか! プ、プロポーズ……」
「はいはい」
適当に後藤をあしらって帰路についた。
◆
翌日。放課後の16時になるとすでに体育館に人が集まり始めていた。近所の人も来るから結構お祭りレベルに盛り上がっている。受験志望の中学生も来るので学校的にアピールの場にもなっていていいらしい。確かに制服姿の子も来ている。
入り口付近はごった返していたので、LINEを開き、集合場所を少し離れたところに変えて後藤と宗孝と合流した。
入り口を進むと左右から土足禁止と飲食禁止のアナウンスが繰り返されている。
ゆっくりと、流れに任せて進むと体育館の中は真っ暗だった。すべての小窓に暗幕が張られていて、目張りまでしっかりされていた。いつも部活をしている場所とは全く違う場所だった。
ギャーギャーうるさい後藤と動じていない様子の宗孝に挟まれ、俺ら三人は宗孝が促すままに、そこそこ前側、若干右側に寄った位置に陣取った。
ぼんやり見える範囲ではみんな床に座っている。俺たちも腰を下ろした。
「なんかお化け屋敷みたいだな!」
「目張りよくやったな」
二人は全く別の視点でそれぞれ感激している。
暗闇に時折さっきと同じアナウンスが響く。携帯の電源を切ってください、ライトを使わないでください、が追加されていた。
暗いため感覚だが結構客席が埋まってきたような熱気が
「お待たせしました! それではこれより第20回、春コンを開催します!」
客席側から歓声と拍手が響く。結構盛り上がってきて意外と楽しい空間。
そしてスポットライトが一筋の光となって2メートルほど高くなっている舞台を照らす。
金色の楽器が眩しくその光を反射している。まるでミラーボールがあるかのように、体育館の所々が照らされる。
たった一人で、アルトサックスを持つ仁美が立っていた。
◆
あいつ何してんだ。 咄嗟にそんな感想が頭をよぎる。
スポットライトの光が拡散して客席がぼんやりと見えて思う。八割は埋まっている、この聴衆の前で仁美が一人で立っている。
「おい! 瞬!」
「――ああ」
左隣をなだめたとき、同時に聴衆が水を打ったようになる。
なんとなく伝わってくる「始まり」の空気。万年筆を握り、便箋に近づけていく感覚。
仁美が息を吸いこむ。俺も同時に息を吸う。
長く中音域の音が響く。そして次第にメロディが奏でられていく。ゆったりと波を描くように、低音から高音までがなめらかに、途切れることのない山なりのメロディラインだ。
まばたきを忘れるほどに、引き込まれた。
こんな力を仁美は持っていたのか。
やっぱかなわないや、と思う。
ビブラートがかかり音がふっと消えていく。再び静寂が訪れ、そして――
割れんばかりの拍手が起こった。
◆
演奏が終わり、やっとこの状況に気付いたかのように恥ずかしがる仁美の顔が見える。
両隣から背中をバンバン叩かれて次第に視界が開けていく感覚がした。
スポットライトが舞台全体を照らすライトに変わり、金管楽器を持った吹奏楽部の部員がどんどん舞台に上がってきた。他にもアコースティックギター一本だけを肩にかけてるやつ、マイ・マイクを大事に握っているやつなど、見ない顔もかなりいる。今年設立された新しい部活か。
そして一呼吸置いてから颯爽と女怪獣が歩いてくる。どセンターにピタッと止まり、スタンドマイクに向かう。
「みなさん、本日は春コンにご来場いただき、誠にありがとうございます!」
「「ありがとうございます!!!」」
全員が一斉にお辞儀をすると圧巻だった。
「えー、まず初めに。今日のコンサートを華々しく開演させてくれた吉村仁美さんをご紹介します! アルトサックス、吉村仁美!」
拍手で迎えられながら、仁美は遠慮がちに一歩前へ出て礼をした。
「彼女の素晴らしい、最高のパフォームに、私ら軽音部の部員はもちろん、吹部のみんなも助けられています。今一度、大きな拍手をお願いします!」
再度深々と礼をしている。
「今日の春コンは過去最大のボリューム、そしてクオリティでお届けします。どうぞ最後まで、ごゆっくりと楽しんでいってください! よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!!!」」
繰り返しのお辞儀をしてから、舞台上の各々が知り合いたちにむけて手を振った。どうせ在校生が前列近くを埋めているんだろう。仁美もこっちに気付いたようだ。俺も小さく手を振り返した。
そして仁美が耳打ちをするとフルートを持った子もこっちに笑顔で手を振っている。
「ほら後藤、振り返してやれって」
俺がたきつけると「まじか!」といいながら後藤が応じた。それを宗孝はやれやれという顔で傍観していた。
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