IDEA~
一話:
ボクは、現実から逃げていた。
画面上の妄想の中で、生きるため闘っていたのだ。
火薬の爆発する音がする。また遠くで誰かが消された……のかもしれない。その心臓を握るような振動に、隠れるように壁へと身体を預けた。まるで、死体のように息を顰めていた。だが、手は震えが止まらない。そのカタカタとした有機物と無機質が擦(こす)れ合う雑音が、祭りの後の静寂(せいじゃく)さの中ではより敏感に耳元へと届く気がして、
それでも、自分を守るスベは、縋るように抱きしめたこの自動小銃だけなのだ。
AK47といわれる何百年も前の人間たちがいかなる状況下でも他殺できるように大量生産された殺戮兵器で、『世界で最も人を殺した銃』と呼称されることが多い。
ただ、その残虐で血泥恐ろしい汚名とは裏腹に、それを持つ側の安らぎというのは想像を絶する。こんな量産型の殺戮兵器でも、その引金を引けば意図も容易く自身を守ることができるだから。
こうやって簡単に、いじめっ子たちを……消すことができたらな、
ふいに、嫌なことを思い出した。
さきほどから、強靭のプレイヤーたちに死を覚悟するほどの進撃に遭っていたから、かもしれない。
あの日の……クラスメイトの女の子の笑顔、助けられなかった自身の惨めさ。それでも、彼女はとても嬉しそうに微笑んでくれて……ゲームのように、この場から消えていった。
ふと目が覚める。ここは液晶に写る別の世界(テレビゲーム)なのに、なにを考えていたのだ。浮きでた思考を胡散させるために、あえて愚考へと変換。じゃないと、ボクはこの先を歩むことができない気がしたんだ。
そう……世界は戦争や、難民たちで苦しんでいても、こうやって阿呆の象徴:テレビゲームで生計を立てている人間が少なからずいる。……なんて呑気な野郎だ。と思うが、その後者が自分であることを別に恥じているわけではない。
ただ、ボクは呟いた。
「学校で、この小型銃を所持する者がボクだけだったら……彼らを、制圧できただろうか?」
そう考えていると……耳元に取り付けられた無線から一瞬砂嵐の音がした。かすかに気持ちの良い乾いた音から、チームメイトの声がした。
『こちら、上谷。オサムくん、敵は君が今いる地区Å、通称:『砂漠と化したスラム街』にあと二十一人はいる。ヤラれたね。確実に自分たちの存在がバレている。引きずり下ろしにきている』
はは……さすがに自身の口元から噴き出すような嗚咽が出た。
最初から違和感があった。どうも、ストッパーを務めるボクの元へも敵は裏をかくように、しかも何組ものチームが大勢で襲い掛かってきたのだから。
「樋口は……もうアウトしちまったのか?」
そう尋ねたが、返事がない。さすがに、最初に戦線離脱をしてしまった罪悪感を抱えているのかもしれない。
無線から上谷という見方プレイヤーの引きずるような笑い声した。
『そりゃ、前回から引き続き、あんだけ大番狂わせの優勝金額の押収をしていれば、こういう手でも使って最初に抹消したいとかおもうさ? 僕らだって始めた当初はこうやって少しでも多くのオサガリを得ていたワケだし……』
まあ、そんな理由で悪戦苦闘………していたのだ。
このゲームを軽く説明すると、最後に1チームが生き残るまで殺しあう、バトルロイヤル方式の戦争ゲーム。ルール上では……逃げまわり最後の人チームになるまで保温し、順位を上げるもよし。より強い武器を手に入れるために、より多くの地区を練り歩き、場合によっては他プレイヤーを倒し奪うことも想定できる。
ただ、他のゲームと違う点はいくつもある。
ステータスは、各キャラクターに上限があるものの、自由に振り分けができ、特殊スキルというモノも存在する。たとえば、足音を消す隠遁スキルや格闘線を得意したり、なにかを爆薬を開発したり………
しかし、そういったスキルが存在するモノの実際には銃口を相手に向けるロックオン操作や爆薬や特殊武器を制作する際にはそれなりに自身の知恵や能力が必要となる。それゆえ、このゲームは現実にとても近い形でのバトルロイヤルゲームとして、世界の軍事組織も、このソフトを使用しているのだとか。
が……それゆえに、知恵さえあればこういうことも可能なのだろう。
「安心したまえ。樋口くんのおかげで、依然と同じアレを……。もう、調合はできている。あとは………皆モノとも―――あとは頼んだぜ?」
おいおい、嫌な予感がした。
ただ、その背筋を冷やす汗の正体は、上谷のマイクから漏れている銃撃音にではない。
上谷には、頭がどのゲームプレイヤーより頭脳が優越しているがゆえに、このゲームでは彼の他にマネできない『ある秘策』が存在する。
「まさか………ちょっと待て、あと1分は時間が―――」
「不可だね。君は最終戦に持ち込むためのストッパーだとバレているからね。オサムくんの周りに……ほぼスベテの敵が集結している。それに熱センサーを使用して、君のことは見張られているんだ。逆にそのまま死んでくれ。ぁ……でも、私もそろそろ逝くから。死なないでね」
………ガチかよ。てか、
バレてるのに死体のフリをしているとか、恥ずかしいだけじゃねぇか。
「まぁ……一か八かの賭け。その方法も準備している。オサムが逃げ込んだビルⅭ『潰されたアジト』、そこには一階から四階まで貫通して登ることができる避難用の梯子階段があるのは知っているだろ?」
「一応には、以前もここで芋を掘っていたからな」
『ならワかるハズだよ。そうだな。次の……爆発が聞こえてから、二十秒以内に君はなにも考えずに、このアクセルをフルスロットルすればいい』
「ど、どういう意味だッツ!?」
その後、上谷はなにも応えることがなかった。
同時に―――この建物さえ揺れる大きな爆発音がした。
無線がプチッという切れた音………いちおう、プレイヤーが消されても無線が切れることはないのだが。いつも、なぜだか臨場感というべきか、上谷は殺(ヤラ)れると同時に、無線を切るクセがある。まったく、こいつは本当に味方なのか。
「チクショウッ‼」
味方の犠牲を、無駄にしないためにもボクは走るしかなかった。
が、一種の予感めいた騒めきが、グリップをより強く握らせる。
「扉に罠、敵は3人……」
どんなに相手のスキル『隠遁』に優れていても、それはカバーできてしまう。それはチートだとか、そういうデータバグではなく、経験や情報という憶測から理解できることなのだ。
隠遁(いんとん)という足音を察知を消す能力が初心者狩りに優れていても、本当のプロを倒すのにはこの下劣なスキルは……ムダな能力‼
「隠遁なんて、初心者キラーかよ。ザコ………」
震えていた指先を、握力で封じ込めた。
ボクに、この修羅場を乗り越えるだけの力はあるだろうか……
そう思えたが、神に祈るほどの暇などあるハズもない。そこにあるのは、そんな神さえも超越する、自身の腕と経験のみ。
ただ、自身の信念や守りたい家族を……祈る。もう、大切なモノを失いたくないと。
それらを、力にしていく。
走りながら、銃口をドアノブへと向けると、鼓膜の破けるような銃弾を一発食い込ませた。同時に―――扉が膨張するように木っ端微塵に飛び散らかる。その理由、このドアノブには、爆弾が仕掛けられていたのだ。
「あと2人」
おそらく、トラップ解除中の微妙なドアの動きを監視でもしようとしていたのか? 自ら仕掛けた罠の爆風で死ぬなんて無様な奴だ。キルカウントが追加させるエフェクト音。待ち伏せしていた卑怯者をねじ伏せたときの………陰湿なイジメを繰り返す同級生たちをヤッつけるような、そんな快楽を含んでいた。
そして、ここから銃撃戦が、火蓋が切って落とされる。
左右にいる二人の敵は……一発でも掠れば致命傷を負うマシンガンを、一秒という期間(スパン)で60発も打ち込む―――冷徹な空間が、突如として死を孕む爆発音だけにすり変わる。
ただ、その銃弾は砂埃を舞わせるだけだ。
こういう闘いの中で、一番なくしてはいけない判断力を、自分だけが保持できていたのかもしれない。銃声が鳴り始まる直前に―――地面を高く蹴ると、空中という羽のない人類にとっての死角で、僅かに左右の敵を確認する。
跳躍が……1秒間を60フレームとするならば、そのわずか8フレームの間―――その僅かの傾きで、慣性の法則により空中に彼らに銃口を向けるのは、3フレーム時と5フレーム時。
彼らの銃声で、そのわずか二発の銃声は聞こえることはなかった。
なぜボクが……この『日本0719チーム』で、勝利の行方を左右するストッパーという役職を任されているのか。それは、跳躍ステータスを最大限にあげて、回避性能や逃げる能力に特化しているだけではない。
誰にでもひとつは特技があるように、ボクには瞬時に物事を考えることができる能力だけは優れていた。それだけはけっして、誰にも負けない。力任せに、誰かを服従させようとする奴らや………ボクは彼らのような人間をけっして許すことができない。
「捻り、コンマ0.3。次は0.7。着地」
たった二回の銃弾がロールする破裂音が鳴り終わる頃には、まるで当然のようにキルカウントのエフェクト音が鳴り響く。
「これでさいごか……」
なぜか、確認するように呟いた。
それは、自分の弱さだと知っている。それが、今までひとりで生きてきてしまった代償、かもしれない。自分を、客観視することで、寂しさを紛らしていたの……かもしれない。
が、踏み止まった足を前に進めた。
路地の奥、小さな四角い空間には日本が代表するバイク『ホンダカブ』が……なぜか縦に梯子とタイヤが隣接するように積まれている。さらに上部にゴムのようなベルトがカブの重心で伸長しており、おそらくもなにも……このシステムがどういうモノか………理解はできるが、本当にうまくいくのだろうか?
とにかくやるしかねぇべッ!
カブのエンジンを起動させようと、近づいた……そのときだ。とっさにエネミーサーチの赤い点が右手に浮かぶのを―――見逃さなかった。
が――――おもわぬ敵(ターゲット)に銃先が遅れる。完全に不覚だった。
「ヘッ‼ 今回の優勝は諦めるんだな。オラにこのバイクの鍵を渡せ。そしたら、暫定二位までは保証してやる」
男と思われるガラガラな喉は、日本語で有頂天にも命令口調でそういった。
日本人か……ちょっと日本語のニュアンスに方言訛りがあるが。
男はヘッドショット対策にヘルメットに防弾チョッキ。ヘルメットなんて視野を奪われて、機動性に欠けるデカ物……。だが、気づく。この空間、非常口前にわずかの四角、そして男の体型から格闘スキル保持者………
直後、思考がフレーズ。ヘッドショットができない以上、彼が今からでもツッコんでこられればボクは……確実に逃げる隙もなくヤラレル。か、逃げられたとしても………
どちらにしても、この状況下でも譲れないことはある。
結局、脅されていたとして、彼が鍵の在りかを『勘違い』している以上、こちらが優勢なのは変わらない。そもそも……鍵などなくても、この手のバイクはゲーム内では自動で起動できるのだから。
としてもコイツ、ビジナーズラックな奴だな……。
「違うな……。暫定二位になるのはお前らだ。同じ日本人という誼で、ここまでなら世話見てやってもいいぞ?」
「ッち‼ 調子扱くな。今の状況が判っていねぇな?」
「判っていないのは、アンタだよ? この場でボクがこの場から離れても回避スキルでどうにかなる。が、君の体型。格闘タイプでは脱出は不可能だ。時期に……この最後のエリア地区A、通称:『砂漠と化したスラム街』は大爆発、暫定二位以下のチームの存在なし。全額が一位のボクたちがすべてもらうことになる」
半分は嘘だけど。
「そ……そうはさせねぇッ‼ オラにはッ……オラにも守らなくちゃいけないモノがあるんだよッ? オメェみたいな、殺戮(さつりく)が好きでノウノウとゲームをやっているんじゃ―――グハッ!!」
「アンタ、ちょっと黙ってくれねぇか?」
そう話している隙に―――バカな奴め……名も知らぬ日本人プレイヤーの両腕を銃弾が貫いた。
さすが、格闘タイプというべきか………ヘッドショットでもない限り、ちょっとのちょっとではキルカウントまでのダメージカウントには回り込まない。が、打たれたことによる衝撃判定により―――日本人が持つ自動拳銃は弾き飛ばされる。
ここまでくれば……そのあとも、とにかく銃声を止ますことはしない。
もう反撃ができないぐらいに、この無様な男に……狭い空間に乾いた銃声は続けた。
「は……はぁ…………ぁ?」
スベテを無にする砕け散った砂煙(スモーク)。
男は、肝っ玉でも抜かれたように膝からずり落ちる。その隣―――拳銃は見るも無残に砕け散っていた。名も知らぬ日本人の上下する肩からは、ヘルメットの下からでも茫然とした死という恐怖を感じとることができた。それは………さすがに自分の悪いクセだ。
「いいことを教えてやる。このゲームも現実も……強くなければなにも守れない。どんなに卑劣でも、勉強ができても、優等生でも、そのための力がなければ、誰かに従うしかないんだよ」
なぜか、知らぬ間に口が動く。
一発目の銃弾も……本来なら意図する球ではなかった。如何に相手が初心者であろうと、もし撃たれるならこちらが先―――という膠着した状況は変わらないハズだった。それなのに。男は銃口を向けられる仕草や、それら行動に気づけぬほどのザコだとは思いもしなかった。
ただ、どちらにしても男の言葉に苛ついた。
守るほどの強さのない奴がしゃしゃり出てきたことに、怒りを覚えた。
今回がどんなビギナーズラックだったとしても、こんな弱い奴が、なにかを守るために闘っていることが、その愚かさや、責任のなさ、無謀さが、無性にムカついたのだ。
………もう語ることもない。
手足に致命傷を得た日本人は、おそらくもなにも反撃の手立ては失った。その姿を見送るようにバイクの状態を確かめていた。そして、罠や爆弾が仕掛けられていないことを確認すると、
ボクは、男の手を引いていた。
「な……オマエ、そんな同情は要らない」
……………無視。
男を抱えて、縦に取り付けられたバイクのヘッドライトあたりに彼をうつぶせに寝かせた。
もう、本来ならば制限時間はとっくに過ぎている。
感情を無にしたままバイクを起動させると、そのままアクセルをフルに回転。小刻みに震えていたバイクは……壊れた危険な音を吐き出しながら、梯子を伝って上部へと昇っていく。
屋上の、板だけ貼った塗炭(とたん)をぶち抜くと同時に―――一瞬、陽射しの眩しさが………いや、この街スベテを呑みこむほどの発火だと気づいたときだった。
アタリから、他の全プレイヤーが消えていくキルエフェクト音。おそらくも、あと数秒遅ければ、ぼくたちはこの触覚に身体を呑まれていたかもしれない。
「ホント、ギリギリだったみたいだな」
ポカンとした独り言は、男に聞こえたかは定かではない。
横目で、失いつつ戦禍の俯瞰(ふかん)風景を眺めた。何もかもを終わらせるダイナマイトの輝きと轟音。それは、自らのチームが起こしたと思いたくないほどのチート力を孕んだ、まさに打つ手のない劫火だった。
ただ、ふたりは宙で、押し付けるようなキルエフェクト音を、壊れたチャイムを聞き続けるしかなかった。にしても、本当の世界でも同じようなことが起きているのに、ボクたちは呑気なもんだ。そう毎度ながら、客観的に自分を眺めた。だけど結局は……自分たちが生きていくためには仕方ないのだ。世の中は戦場と変わらない。だれかが傷ついていても、自らの身を守ることで精いっぱいなのだ。今回のように誰も守ることなんて本来はできるはずもない。
ただ……自分にも誰かを救おうという……そういう心が残されていることに驚いた。
単に同情だとしても、このヘルメット男は賞金を受け取り、何カ月の間は家族ともども食事に困ることはないだろう。それが二位という結果だとしても、貰える賞金は並大抵の金額ではないのだから。
「スマナイな。一位は、ワケがあって譲れないんだ」
ボクは、ヘルメット男に別れを告げた。
男はなにか言いたそうに足掻いていたが、ぼくは胸あたりにある紐を引っ張った―――二人の高低差は急激に広がっていく。
パラシュートの布は大気を大いに受けて翼を広げると、男は次期に、劫火の藻屑へと消えていった。
「世界が戦争や紛争、難民だっていうのに……俺らはゲームか」
なぜかそれが、頭から浮かぶ。
**
他のプレイヤーが、怪訝な顔を浮かべて通り過ぎる。人によって、ボクたちが使用した台にワザとぶつかるようなマネをする輩もいた。帰り支度を始める他のプロプレイヤーたちを横目に、それでもチームメイトの上谷と樋口は、いつもながら浮かれるようなえげつない笑みをみせていた。
およそ何十年ほど前、日本の仏教を祖とする宗教施設がゲームセンターの株を買い占めて、新たにゲームビジネス……ではなくあらたな布教活動を始めたのが、ここ『南無古(ナムコ)』の紀元である。そして、アメリカを筆頭に世界23か国、南無古は日本で初めてインターネットを使用した世界大会にいち早く参入していった。日本各地の若者たちがこのド田舎にある越谷市まで訪れるまで発展していったのだとか。
ただ、ここに訪れる若者たちの目的は、ただ遊ぶためではない。
「今回は、残念でしたね。ただ、一位を得ただけでも満足するべきでしょうが、」
上谷は、今回の配当金が入った茶封筒をこちらへと向けた。
おそらく、この中身は薄っぺらな紙が一枚。このご時世で一般的ごく普通に働く場合、およそ5年間は働く必要のある金額が小切手の形で印刷されているのだろう。
が、その『残念でした』という言葉は……嫌味ではなくても、どうも自身のおこないの不甲斐なさを思い出させた。
「賞金が減ってしまってスマナイ。なんなら、今回の賞金、ボクなしで山分けしてくれても構わない」
いや、ちょっと待ちなさい……という上谷の誘いを無視して、店の外を出た。
少しばかし、熱した思考を覚ましたかった。今回は、前回大会のようにうまくいかないとは判っていた。それだから、自分たちがまたしても、優勝できるとは考えていなかった。だからというか、同級生の上谷と樋口にここまで応戦してもらったにも関わらず、にだ。自分の判断で、彼ら共々賞金総額を減らしてしまったことに落度を感じていた。後悔はしないが……合わせる顔がない。
「マジで……へこむわ」
今回の行動が自分らしくないことは判っている。だが、同情してしまった。『誰かの為に勝たなきゃいけない』という榊原という男に、ボクは自身の償いにも似た罪悪感を抱いてしまったのだ。
ゲームの中の、度重なる修羅場に気が狂った……かもしれない。そのせいで、かの女の面影を思い出してしまったせいかもしれない。
「オイッ! 待てゴラァァァ?」
後ろから一つの足音――それよりもデカすぎる叫び。
そこには、さきほどのゲームで話していた日本人とよく似た身体つきよい……男がいた。
「アンタ……もしかして、さっきのサカキ……バラ? なんだっけ?」
好奇心だけで男に話し掛けていた。
「サカキバラだァァッ!!」
体格も動き方も……どことなく似ている。
違うとすれば、ゲーム内ではヘルメットで隠された顔面には、雑に染め上がったブラウン気味の汚い金髪に、田舎クサいタラコ唇。それに……榊原が纏う対ウイルス性ジャージとそのアクセントに使用される朱色のラインは、まぎれもなくぼくらが通う総合高校のモノだ。
しかも、色合的に先輩だったの……と考えてもみたが、そんな思考は彼の言葉で胡散した。
「なんで……オラを助けたんだ」
オラって………こんな(一人称)を使う日本人は日本各地を探しても彼ぐらいしかいないだろう。こいつ、ぼくのことを笑い殺すつもりかよ(笑) そりゃここ越谷も田舎だが、ここまで田舎を誇張したオブジェクト人間も珍しいだろうな。
ただ、正直に今は会いたくない相手でもあった。まさに、榊原がそういうように、ボクが今まさに悩んでいたことはそういうことだから。
まぁ……だとしても、実際に金に困っているような人相の奴でよかった。
偽善でもいい。今回の賞金で榊原の、彼の家族が少しでも潤うのだったら、コレでいいじゃないか。
どんなに足掻いたところで、どんなにビギラーズラックだとしても、ボクを同情させるのが榊原の作戦だったとしてもだ。榊原は何百万分の一の可能性で生き残れたのは紛れもない真実、
ボクはただ、その一ピースにすぎないのだから。
「なんだって………守りたいモノがあるんだろ? 恥だとか、そういうのは捨てろよ」
「いや……違う。オラはオメェに同情されたことが気に食わねぇッ!! この……はした金なんか受け取れねぇんだよッ!?」
「じゃあ、ドブにでも捨てれば?」
「イイカラッ‼ さっき見ていたんだよ。賞金をアンタだけが受け取らないとこをな。オラたちも山分けだから、他のメンバーの賞金は渡せねぇ。だが、あまり……残ってねぇけどよ。オラの分はアンタにやる」
そう、ドスンと胸に、榊原のボクの顔ほど大きい拳が軽く突き刺さる。一瞬心臓が止まるような衝撃に、思わず、イラっとしたボクを責める者はいるだろうか?
さすがに……ゲームでもこういうネトネトしたプレイヤーが多いが、マジでこういう好意が一番ムカつくんだよな。
――――――仕方がない。
突如として、街中へと掛けていくことにした。ホント、逃げでもしなけりゃ、この場の雰囲気に呑まれてしまう。だって、あんだけいったが、金は欲しいんだよッ! が、
「オィッ‼ 高橋、待てや、ゴルゥラァァァァァッ‼」
雄たけびを上げながら、ボクの背中を追い掛ける榊原は、待ちに待った獲物を追う貪欲なライオンのようでもある。というか、この体型で金髪だと筋肉ムキムキのアメリカンポリスにでも追いかけられている気分だな……。田舎くせぇけど。
しかし、どうしてでもこの賞金は受け取るべきでない。
イヤでも、テメェの家族に金銭的という潤いを与えてやるッ‼
「イヤなこったぁッ! バーカ‼」
外灯の少ないビルの合間を針に糸を通すように走り去っていく。いや……そう簡単には去ることができない。なんで、コイツこんなに早いんだよ。
「堂々と金を受け取りやがれ、このクズ野郎ッ‼」
榊原が叫ぶ。
「それはコッチの台詞だ! 金髪豚野郎!」それに応じて、思わぬ発言をしてしまった。
「んなヤロォ⁉ 体脂肪率7%だ。このチビィ‼ チぃ~ビィ‼」
………………ッチ‼
「へッ‼ 脳が成人男性の7%以下しかねぇから、喋っている間に撃たれてヤラれているんだろ? 気づけ‼ ネアンデルタール人‼」
「クソッ‼ 殺すぞ、ガキッ‼」
いつのまに、二人でいつまで続くか分からないエンドレス路地を掛け続けていた。
お互いにお互いの罵声は止むことがなく、天にいくつもの罵声が響く。
が―――限界は意外にも早く訪れた。
というか、ある意味プロゲーマーである唯一の弱点……体力のなさのせいで、ジワジワと自身と榊原との距離が縮まっていく。振り向けば……もぅ、榊原はタコみてーにキレてやがるし。ぁ………そんなことなら、最低でも早立てるような暴言だけは控えるべきだったと自省せざるおえない。
もぅ、ここまでくると……工事で立ち入り禁止のロープでさえ潜りながら逃げ回るしかない。もぅ、頼むから帰ってください。現金受け取りますから。マジで頼みますから………。てか、怖くて近づきたくないんだけど、
そして、ゲームセンターに戻ってトイレに隠れていてバレた次第。開いていた窓から逃げた先は……さらに地獄だった。
狭いビルとビルの間には榊原が張っていたのだ。
「ネズミかよ、オメェはよ……」
「は、なんでここにいんの? 分身の術かよ⁉」
「違う奴に叩かせるぐらい、別にどうってことじゃねーだろ? ただでさえ、アンタは優勝者で、みんなから嫌われているんだしよぉ?」
案外……コイツ、脳みそは人間並みにあるのかも知れない。失礼ながら、修正させてください。いや……疲れて汗だくで、自身(ボク)の思考がぶれているだけじゃねーかッ⁉
そして、継続される鬼ごっこ。
現実世界でここまで体力を消耗しながら、足を踏ん張るのは何年ぶりだろうか?
いや……、
思えば、自分はすぐに諦める人間だった。
逃げることもなく、抗うこともなく。誰からの指図も、暴力や多数決という権力に脅されて。
そうだ、世界がどんなに変わろうとも、ぼくだけは二度と同じことを繰り返さないと決めた―――え?
――その時だった。
目の前で違和感――あのバーチャルリアリティー(VR)のヘッドの世界のような視線の歪み。
嫌な予感が頭をよぎる。それは、春先の蜃気楼(しんきろう)とでもいうべきか。目の前の路地が縦上下に残像のような影を形成したかと思うと、真っ暗な世界が広がり始める。その脚を何歩も進ませようとするが、それ以上は実際に前へと進んでいるのか、後退しているのかさえ判らない。水の中でもがいているみたいだった。
その暗い空間で、自身だけが照らされた。
周りをもう一度見渡す。既に後ろにあったはずの現実でさえも見るも無残に消えていた。―――そして、一息ついたと思ったら……。
「ぎゃああぁぁぁぁ!」―――と阿鼻叫喚。
まるで、急遽予測なしにジェットコースターに乗せられたように身体が底知れぬ穴へと堕とされていった。マジで? え? ボクもしかして、死ぬのか?
あ……マジでか。ぁ、最悪でも今回の優勝賞金を多希(たき)さんに渡すべきだった……かな。あ、そうだよな。さすがに上谷が賞金を渡しに行ってくれるに……違いない。だってよ……親友だぜ? そうだよな……さっき要らないっていったけど、さすがに分かるよね。冗談って………
なワケね……か。
死ぬ前に、妹のことを考えているなんて、ボクってやっぱり妹コンプレックスなんだな。
でも……そう考えると、なぜだか死ぬのが怖くなるのはなぜだろう。そうだよな。人間って、結局誰かを必死に守りたいって思える時が一番幸せなんだよな。
あの男だってそうだ。
自身の大切ななにかを守ろうとしていたから、幸せだった。なにかを誤魔化(ごまか)していたとしても、それが結局………
「イモウト、バンザーーーーイッ‼」
**
そして、落ちた先に―――何か柔らかい何かが顔を包んだ。それと同時に、究極の混沌が訪れる。
そのなにか揉む……。クッションのように柔らかく、尚且(なおか)つほどよい弾力に、ここは地獄か天国かの判断が難しい。海底に沈んでいく身体をどうにか持ち上げると、そこにはボク好みの女の子……。
少女の垂れた黒髪が鼻先にふれた。そのどうしようもなく青春じみたエクスタシーが、頭を掻きまわす。そして、今までのむくもりの正体が―――少女とは思えない、この丘陵(きゅうりょう)のせいだと気がついた。
丘陵とは、山にも満たない小さな山を指す言葉。だが、この目の前の少女のソレは、布による海抜地点により隠れはしているが、その豊満さはきっと……まさしく、エデンの園の禁断の果実よりも甘く濃厚で……いや、いかんッ‼
そのあまりの無礼(ぶれい)さと、ここがかの女のベッドの上だと気が付くと……急に羞恥(しゅうち)心(しん)が汗となり流れ始める。思わず、顔を赤らめてから「わ、ワザとじゃないんです」と両手をイイワケ苦しく手をワイパーにでもしたかのように、全力で振っていた。
ぼくは……なぜこんなところにいるんだ?
たしか、榊原というバカな先輩から逃げていて、裏路地を彷徨(さまよ)っていたら、いきなり目の前が真っ暗になって、丘陵………。初めての感覚。禁断の遊び。あの弾力は、いかなる技術をもってしても想像するのは不可能の男をダメにする永久機関………。
だからチゲェっつうのッ‼
ボレロと呼ばれる制服を纏(まと)うかの女と目が合う。
「えーと、私は流(ながる)。君は……迷える子羊かな?」
迷える子羊……といえばそのとおりだが、だとしても言葉が出ない。
顔が……顔が近すぎるんだよッ‼ その大きくまっすぐな瞳は、あらゆる方向でボクの愚行を膨張させる。
「あ……ぁわわッ‼ ぼ……グヘェッ‼」
「えーと、あー、とりあえず、お茶でも飲んで話をしませんか? 今持ってきますね」
かの女はピンクとふわふわな白いフリルに装飾されたメルヘンベッドからしなやかに離れると、スタスタと部屋から出ていく。顔が離れると……やけに惜しい気持ちに苛まれるのはなぜだろうか。
おそらくここは、1LDKほどのアパートの一室。隣の狭い4畳半ほどのキッチンにはガスコンロがあり、かの女はその上に置かれた洋風ポットに火をつけていた。なんか、着火式ガスコンロにこんな古典なポットは不似合いな気もするが、
ポットに火を通している間、少女と思われる鼻唄が聞こえ始めた。
その隙に、ワケも理解するためにも、部屋の様子を見渡すことにした。
少女らしい部屋といえばそうであるが、どうも様子がオカしい。実のところ妹以外の女の子の部屋を覗いたことはないが、今では販売されることがなくなった洋服が衣文(えもん)掛(かけ)に何着も飾られている。裕福の家庭では、こういった洋服を寝巻(ねまき)替わりに使用するのだとか、そういう話は聞いたことがあるが……。
十年前、この国は得体の知れないウイルス兵器による大量殺人が起きた。未だにその原因は不明とされており、日本政府は事の責任請求に追われていた。だが、結局のところ犯人の解明はされておらず、被害を受けた家族や親族は、なんの慰謝料も保証もされぬまま、今日(こんにち)まで続いている。
ただ、日本政府はこの事態を放任したワケではない。
それ以上の二次災害から逃れるため、死体をすべて回収し、死亡者リストの作成をした。そのうえで、日本全国の国民に、数点ある『被爆地』と呼ばれるウイルスがより多く検出された地点から半径30キロ圏内の地域を立ち入り禁止。そして、規定のひとつとして『対ウイルス性ゴムウェア』の着用が義務つけられている。
その出来事は、日本政府が『ファッション』という衣服住の自由を制限したという結果となり、当初はかなりのバッティングを受けていた。しかし、時間とともに忘れ去られ、また、事の重大さがニュースで放送されるたびに、それら批判的な声は徐々に低減されていった。
だからというか、どの家庭も、ここまで衣類と呼べる衣服を所持していることはとても珍しい。その中でも、自身の真後ろにある背丈以上もある大きな鏡でファッションチェックしている人間は、おそらくこの時代では、ジュラ紀の化石ほどの価値があるかもしれない。
このハト胸大の、文学少女顔負け黒髪乙女はここで毎日、自らの豊満な身体を嗜めるように確かめて、時には疎まれるように、自身の美妙に苦しんでいるのではなかろうか。
………………なワケがないだろ。
「お待たせしました!」
かの女は、甲高い声をあげながら部屋に戻ってくる。この手には木のお盆に紅茶がふたつ。そのとなりには、さきほど温めていた古典な洋風ポット。
ちなみにぼくは、急な高い声に振り向いたら、首を痛めたところだ。
「どうかしましたか?」
少女はまたしても不思議そうな顔。
「いや、なんでもない。すまなかった」
進められるがままに、ピンクの座布団に腰を降ろし、小さなテーブルに置かれたお茶を啜(すす)った。
このようなコップはデザイン用語でゴシックというのだろうか。さっきは文学少女といったが、花びらのような白い陶器を持つ少女はまるで、明治時代のハイカラという表現も似合うかもしれない。ボレロという制服は、いかにもこの時代のミッションスクールお嬢様という風貌だし。
白々しい目線に気がついたのか、ふっと、かの女はほころびをみせる。
シュガーポットに入った砂糖さえも混ぜる余裕もなく、ぼくはかの女の言葉を待っていた。
「もしかして、色々迷ってますか?」
かの女の上目が、なにかを欲しているようにもみえる。
「………あ」
「やっぱり、間違えてこの部屋に入っちゃったんですね……いやあ、困った。ごめんなさい」
そして、迷いながらも、流は事の真実を語り始める。
「あなたは今、IDEAという『仮想(A)現実(R)ゲーム』に強制ログインされちゃったみたいなの。はやく現実に戻らないと………現実に戻れなくなるっかもしれない」
流は、まるで華やかに……とんでもないことをいいやがった。
「AR……だって?」
それは、今までに
二章
鏡が強く輝き始めた。
ただ、こんな眩いイルミネーションに別に驚くことができない。というかは……思考が停止してしまっていた。そりゃ、ここが百年も前に構築されたゲーム世界だなんて信じられるか。宗教法人『南無古』では、未だにテレビゲームのような箱型のゲーム台が主流であり、また、過度なVRゲームは禁止されている。AR……なんて以ての外だ。
ただ、中古品の鏡はおとぎ話のように、神秘的かつ創美にはいかないようだ。あえていうなら……もはやバグである。
キャノン砲のような崩壊音に振り向いていた。ここに転がるように、事の顛末を招いた原因のひとりが、腰を抱えていた。
「ぁ……いたたたた……」
もはや、鏡というかは制御不能の時限爆弾か。
砂埃が立つ部屋の中、目を掠めながら被害状況を確認していた。そして、
ここにいた人物に、今までの妄想が胡散する。いや……、彼も同じ道を追いかけていたのであるから、それは当然ではあるのだが、
鏡に吐き出された榊原は壁に打ちのめされ、しばらく激痛との争いに励んでいた。
「だ……大丈夫ですか?」
流は、可憐にもこんな田舎もんにも心配の声を掛けたが……ぇ? という小さな嗚咽が、彼女から漏れる。その手が僅かに震えていた。が、次第にその震えを押し付けるように、困った笑みを榊原へと向けなおした。
ボクは……その隙に扉のほうへ足を向ける……。流というハイカラ風文学少女にムンムンな気分になっていたとて、先ほどの体力をすり減らすだけの限界バトルを忘れたワケじゃない。のだが、
「おい、オサム待てや」
背筋から伸びる声に、ギックリ腰になりそうな足元が震える。
またしても、狂い始める発汗作用。指先からヘンな汗が流れ始めて、ボクは詰まる所、思いっきりため息を吐いた。
「人の恩は、ちゃんと受け取るべきだと思うぜ?」
半分以上、苛ついていた。
……それ以上、この話題に触れたくなかった。賞金に対する弁明だけでない。自身のやさしさに気づく半面、勝負に対する甘さは、ここで断ち切りたかったのだ。だから、対戦相手に冷たいフリだってしてきた。ときには冷酷に残虐な般若の心で、誰かの運命を断ち切ってきたのだ。
たかがゲーム、そう語るヒトもいるかもしれない。だが、ボクにとってのゲームとは、辛い思い出を疑似的世界で忘れさせてくれた友人よりも大事な存在。それだけでなく。ボクは、このゲームによって生活をし、妹を養うことができ、共に暮らすことを許されているのだ。
こんな自分が、自身の生活を苦しめてまでこんなバカな榊原を救おうとしている。それが偽善であったとしても……救うと決めたモノを救えない恐怖は、自身の崩壊と―――似ているのだ。
ボクはもう、そんな思いはしたくないッ‼
「テメェは、自分の家族だけ心配してろッ‼ 木偶の棒ッ‼」
「はぁ? さすがに拳で語り合うしかなさそうだな⁉」
「ちょ……ちょっと待てよッ⁉ 落ちつけ? 言葉で解決しようぜ?」
「だから、オラはなんども言っているべ⁉ オメェの情けで手に入れたお金は受け取れなぇんだよ? オラはな、オラの力で家族を救うって決めたんべッ‼」
「運の実力だ……。これで、家族によいメシ喰わせてやりなさい」
「違う……」
大男は、突如となく、泣き始めた。
その……田舎もんの純粋の涙は、汚いという簡単の言葉で片付けることができない。
「妹が……入院しているんや」
その言葉に胸が締め付けられる。
「オラの妹はな……。学校でイジメられて、自殺した。だけど、どうにか生きることができたんや。でも、手足ともに不自由にで……歩けるようになるにはお金がいるんや‼ どんな金でもええ。でも、だけども……涙が出るんや……。オラは妹を助けたいのに。こんなご時世に他人のやさしさに付け込んで、友人たちにも迷惑を掛けて……」
榊原は膝から崩れ始めると、目から鼻から液という液が溢れ始める。
心臓を掴まれた思いに、ぼくは言葉は出ない。妹を助けるために、同じような立場だったら……、ぼくだって似たようなことをしたかもしれない。
だが、それだけじゃない。
誰かをイジめることは、決して許されることではない。それも判っているつもり……だった。
ヒトはどうしても、誰かの上に立ちたがる生き物だ。蹴落としてまで這い上がろうとする。逆に、蹴落とされそうとする生き物はどうであろうか。
ボクは、そのとき自身を失ってまで、己を守ろうとしていた。結局、その因果で、大切なモノを失ったのだ。このとき、残されていた絆を、糸を切るように容易く断ち切った。
今でも覚えている。
バケツの大雨を頭から受けたかの少女は、「大丈夫?」とボクにはみかんだ。
そのときから、ボクの歯止めは壊れてしまったんだ。
「だから、恥は捨てろッ‼ いちいちムカつくんだよ? 助けて欲しいんだか、助かりたくないんだか……ぼくはな、そんなのどっちでもいい。だけどな、守りたかった大切な人を助けられない苦しみを知っているのか? ボクはな……オメェみたいな構ってちゃんが大嫌いなんだよ? 助けてもらえるのに、その手を受け取ろうとしないだけでなく、自分からじゃないとダメだぁ? フざけるなッ‼」
言葉を発するときに、自然と榊原の胸元を揺するように掴んでいた。
感情が制御できない。悔しい。苦しい。自分がしてしまった贖罪が、死ぬまで消えることのない十字架のように身体にこびりついていた。
だがそれも―――束の間。
ボクは………完全に見(み)誤(あやま)っていた。
それらを見て、一番傷ついている人間が誰であるか、ボクたちは知る由もない。いってしまえば、一番傷ついているハズの誰かを置き去りにして感傷に浸ることは、とても滑稽なことなのだ。
このときのボクは気づいていなかった。
かの女の傷の深さも、正体も……。
その怒りにはなにが含まれていて、なにがないのか。それとは違うなにかが、かの女を傷つけていたことを、
「―――ねぇ、アンタたち?」
流の声がボクらの間を裂いた。
ボクの胸倉をつかんだ手さえ引きちぎるほどの圧力が……かの女の覇気だけでない、なにか二次的要因と気づいたとき、ボクは瞬きさえ忘れそうになった。
―――流の足元から、突如となく爆ぜるように湧き出した疾風。
流が纏(まと)うソレは、まるで現実とは遠く離れた西洋の超自然現象さえも超越する魔術師の力。感情のまま意のままに、物理学的理論を無視した疾風が激しくあらゆる布を靡(なび)かせる。ボレロのスカートからは、かの女の紺のスパッツが見え隠れした。
そして、振り上げた拳(こぶし)が―――狭い部屋、ふたりに向かって間接的にそれが落とされた。
「いい加減にしろッッ‼」
女の子がみせるピヨピヨパンチが……渦となり、白い糸を巻くかのような膨大な力になるまで、ほんの一瞬だった。部屋中の物という家具が一瞬にしてスクランブルミキサーにかけたあとガラクタへと変貌すると、そのクズの下にボクらはいた。
流は、肩から息をしていた。
「そんなこと。当の本人の気持ちもなんにも知らないで、あーだこーだ勝手な妄想で、議論しないでくれる? 誰だって、知らないとこで影打ちされていたら気持ちよくない。それが妹だったり、大切な人でも。そういうのはさ? 直接いうのが一番………ってアレ?」
ボク等は、すぐさまこの部屋から逃げだしていた。
かの女が、最後にお道化る顔を微かに脳裏に焼け付けて、キッチンの奥の出入り口から外へと駆け出していたのだ。
ボクと榊原のふたりが、あの破天荒な高校生活で培った野生の勘は伊達ではない。
相手の喧嘩に好んで応戦する奴は、イカレテいるに違いない。かの女はおそらく、そういう点において、ボクら底辺偏差値学生より喧嘩慣れしているのではなかろうか?
ただ、危険と判断した理由は他にもある。
先ほどの魔術と思われる疾風は………
「――おい、アイツ、どうしてあんな腕力持っているんだ?」
榊原が、走りながら声を絞り出す。
腕力で、疾風が起こるかバカッ! と思う気持ちを眉に込めて、どうにか冷静に言葉を選んだ。
「いや、ボクも知りませんよ」
「はあ? じゃあ、なんでふたりは一緒にいたんだよ? それにここドコだべ。さっきから、オラたちがいた越谷じゃねーべ⁉」
「ボクが知るかッ‼ それに全部テメェのせいだろ? こうやって因縁つけて鬼ごっこしていたから……」
あまりの不問に愚痴を吐き散らすも……おかげであることを思い出した。
「ここは……ゲームの世界なのかもしれない」
「はぁ?」
疑問文を浮かべた榊原を無視して、ボクは足を止めた。
それっきりふたり黙って、身に覚えのない路地裏の先に見える大通りに目を向けた。
「……おいおい、冗談だろ」
恐れなのか、ボクの肩に手を置く榊原さえ、それがあまりに自然なことに思えたのだ。
目の前に、知り得ない世界。
まるで、古代人が妄想した二十二世紀の空想劇……。
宙には車が飛び交い、真夜中の大通りには未だたくさんの人々が個々独特な衣装で着飾る。そして、聳え立つビルの上には当たり前のようにアニメーションと思われるキャラクターが大きくプリントアウトされた看板がいつくも点々と広告されていた。
ただ、ボクにはこの景色にどことなく見覚えがある。
それは、ある友人が所持していた秘匿VRゲームでの経験だった。
ウイルスによる各地域の崩壊が起こる手前、日本は今よりずっと高度な文明だった。それは近代史と呼ばれる第XX次世界大戦が終えてから何十年の教科書に小さく記載された時代。高度(こうど)情報(じょうほう)社会(しゃかい)と呼ばれる時代に世界では人間の脳裏に直接映像を送り込む『バーチャルリアリティー(VR)』という技術が誕生した。
しかし、その技術はある事件から規制されることになる。
中学教科書通りに説明するのであれば、その技術はあまりに人を凶暴化、現実と架空の区別を曖昧へとさせるため、発売や売買、そして、回収へと陥った。……だが、この存在は確かに、現代のゲームマニアの間にも流通されて、ボクも……興味本位でこのVRゲームを体験したことがあった。
通称『リアル東京』というゲームは、ある研究グループが当初、地震などの災害のための訓練用ソフトとして制作された……当時(二十一世紀と二十二世紀の間)の東京二十三区すべてを回ることができる架空現実の世界。
ここは……
「………秋葉原の大通り広場」
二十一世紀の東京千代田区と台東区に挟まれた『秋葉原』と呼ばれていた街に酷似していた。
ここの住人たちは個性豊かな機能性に欠けた洋服を身にまとい、国家指定の対ウイルス性ゴムウェアを着用するヒトは誰もいない。街中はアニメーションを中心とした可愛らしくデフォルメされた女の子たちや雑居ビルや外灯、電気屋の装飾によって街中を明るく照らしていた。まるで、夜を消し去るように……
そして、匂いや触覚……それらすべてが現実と変わらないことに気がつくと、ここが……本当にゲームの世界なのか……いや、だとしても、東京都23区はこの世にはもう存在しない。それに、この世には未だに宙を闊歩(かっぽ)する車は販売されていない。
その光景は……ここが現実以外のナニモノであるかを裏付けている、ような気がした。
「待て待て……オサム、都内はもう存在しないぐらい知っているだろ?」
「判っている。だけど、間違えなく、この街は東京都千代田区内にあった『秋葉原』なんだよ。だから、ここは現実ではない異質な空間………そうとしか説明できない」
「異質な空間って……じゃあ、だったらこの手触りや見た目はどう説明するんだ?」
しかし、そんな目前の問題もはるか……大変なことが起きていることを、ボクらはあまり自覚していなかった。
ただ流、かの女のことを少しでも信じていれば、こんな問題にはならなかった……かもしれない。 それと同時に、ここが『禁断の園』だということを改めて押し付けられた。
「おいおい、困ったね」
後ろから声を掛けたのは、まるで絵にかいたようなイケメンだった。
「こんなところで、『旧人』を見かけるなんて……。今から、君たちを連行しなければならない」
男はそういうと、わずかに微笑んだ。
「制御(リミッター)解除。暗証キー入力『20730719』。名はカムイ。今から、拘束許可を願いたい」
早口言葉に近い感覚でいい終わると、男の手元から半透明のディスプレイが表示される。まるで、ゲームのコントロールバーのようなそれにより……彼の容姿は変貌していく。
それが過去の『コスチュームプレイ』という類だったら、どれだけよかったか。
マントをひるがえす。その手には如何にもファンタジー世界の魔術師たちが持つ知恵を知識の象徴として扱う大きな杖が握られていた。
「悪く思わないでくれよ」
そして、カムイは杖を空高く上げると……なにも起こらない。
そう、なにも起こらない代わりに、ボクたちの身体は、まるで糸で縛られるように動かなくなる。
「『時間列拘束魔法(Zeitbeschränkung)』。安心してくれ、痛いようにはしないから。ただちょっと、記憶や情報を消させてもらう。それに……今までなにがあったのか、洗い浚い話してもらおうか?」
男は、アルカイックスマイルで近づいてくる。
これはおそらく……今までの経験上、一番のピンチなんじゃね?
かすかに動く眼球の動きで、隣で石像と化した榊原をみた。表情ではわからんが、この窮地に蒼ざめているのは、お互い同じかもしれない。
どうにか考えないと……そうだ。ボクには考えることしかできないのだから。
おそらくもなにも、この『魔法列拘束(Zeitbeschränkung)』というのは、ゲームでいう『停止(STOP)』と呼ばれる相手の動きを制限する魔法だろう。大方、この魔術は、主に上級者が下級プレイヤーに使用したり、ボスキャラがチート的に使用するケースが多い。
ただ、どのゲームでもありえる共通点がある。
一般プレイヤーがこの魔術を利用するとき、その威力は膨大に半減されることが多い。なぜなら、時間系列魔法が膨大の威力を発揮してしまえば、どの闘いも先に相手を停止させたほうが勝利、なんてことになりかねないからだ。そのうえで、このような魔術を簡単に阻止する方法は、もしかしたら存在するかも………。
「おい、榊原?」
「へ……へぇ?」
「なんでもいいから、八桁の数字を数字を叫べッ‼」
「……ワ、ワケわからねぇぞ?」
カムイという男が先ほど呟いた八桁の数字……それが、ロック解除パスに違いない。
「2XXX.0719」
そう誕生日を叫んだ瞬間だ。予想は………的中だ。
その半透明な板には、『アイテム』『装備』『魔法』『能力』『スキル』『クエスト』『アバター』いくつものアイコンが浮きでる。これは……典型的なゲームのツールバー。そして、目に追うように情報化された装備ボックスを目視する。思っていた通り……目的の『あなたにぴったりな装備一式』がここには存在した。
力強く願うと……デジタル信号のようなブロック状の粒が自身の纏わりつく。今までのキュッとした目の細いゴム室の肌触りが一変、今まで感じたことがないふくらかで、どこか暖かい……布の感覚が身体中を覆った。そして………
時間列拘束魔法は解除される。
ボクは、そのまま無理やり動かした手足で、榊原に肩からの体当たりを決めた。
「いてぇぇ……な、なにするんだ? ってアレ? 動くぞ」
榊原は不思議そうに掌をグーパーする。が、そんなことで時間をすり減らす暇などない。
「いいから、ここから早く逃げるぞ?」
ボクたちは、とにかく逃げ纏うしかなさそうだ。
こんなことなら、流のいうことをちゃんと聞いとけばよかったとわずかに後悔した。
振り向いたとき、カムイという男はそれ以上追いかけるそぶりは見せずに、依然として不敵の笑みを零し続けた。大通りからの逆光が、より一層に彼に無口な恐怖を附加させながら、
カムイは、最後に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、呟いていた。
「さすがオサムくん」
あざ笑うような誰かに似た声は、背筋の冷たい汗を、より一層に気持ちの悪い水滴へと変えていった。
またしても始まる大運動会。ただ今回は、追いかけていたほうも一緒に逃げているというのはなにやらおかしな話だ。JR山手線の高架下を潜り、外灯の数の少ない雑居ビルとの間でふたりは膝に手を置いた。
「どうして魔法の……解除方法がわかったんだ? それにこの服装は………」
ここまでくると、お互いにこの現実が『ゲーム』の一部だと認める他になくなっていた。
そして、ひさしぶりに腕を通した普段着(黄色にオレンジのマリファナ模様のアロハシャツと短パン)が如何にもハッスルしていて
「いちおう説明するが、停止魔法は下級モンスターにしか通用しない。だいたいは装備の抵抗だけで、防ぐことはできる。それに完全停止型ストップ魔術の持続可能時間は一ヒットまで」
だから、なんでもいいから一発当てれば解除はできる……と説明がおわる頃合いには、榊原には話の折がついていたようだ。
「わ、わかったから………。んじゃあもうひとつ、この服装はどうやって着たんだ? それに先ほどの八桁の数字、どうしてわかったんだよ?」
………本当に鈍いヤツめ。
「八桁の数字っていえば、誕生日ぐらいしか思い浮かばないだろ? VRだと実際にボタンとかそういうのがないから、音声パスワードでコントロールバーがひらくようなってんの」
それには合点がいったのか。榊原は手を打つ。だが彼は、それでも少し不安げな面立ちをみせた。
「オラ……誕生日を叫んだが、やはり、ひらかねーべ」
榊原はちょっと寂しそうな顔をしているが、掛ける言葉がない。『誕生日が違うんじゃね?』とか思ったが、これほど失礼な言葉も見当たらないだろう。口を歪ませるしか他にない。ボクだって、安易にヒトを傷つけるのはゴメンだ。
休憩もつかの間、「2XXX0711」ウィンドウをひらき、道具を確認した。その中には、初期設定……とは思えないほどの道具が詰められている。名称だけではどれが武器かの区別もできない。その中で……ひとつだけ黄色いマーカのある道具は……おそらく、さきほどの『あなたにぴったりな装備一式』によってドロップされた……アイテムだろうか?
それを選択すると………「んげッ」
デジタル信号のモザイクから、なにやら物騒なアイテムが地面へと転がる。たしかに、このゲーム内の世界観とは掛離れた未来人であるボクが持つにはお似合い……ということだろうか? 過去の人物が想像した『未来型銃:tomorrow』は、シャープな造形をした如何にも原理の不明な小型銃だった。
「なんや、この物騒なもん持って……」
それには応えない。それは単に榊原がウザからとか、そういう理由ではない。
「おい、コイツらも……」
まぁ……鬼ごっこは終わっていないのも確かで、路地の突き当りに、どうみてもコスプレにしか見えない男たちが複数人……ボクらへと指をさす。どうみても、現実にしかみえない世界で、コスプレした人間が追いかけてくるというのは………滑稽だが。理解しがたいが、コレらがあの時代に流行していたサブカルチャーという文化であるのだろうか?
「仕方がねぇ……」
試しに……銃先を彼らコスプレ集団に向けると、引金を引いた。
ピピッという効果音……には似合わず、この一閃が星座の聖衣を纏いし男に直撃すると、男の姿がデリートキーを押すかのように意図も容易く消えていた。
「ピンクキャピな魔法少女(男)シねッ‼」「オレンジ武道服だけで強くなれると思うなッ‼」「ただの学ランじゃねぇかッ‼」「ロー●ス戦記かよ」「銀河●雄伝」「服着ろ………ッ‼」「杖を振りまわすわッ‼」
にしても……ここまでリアルなコスプレ集団はシュールにしか見えない。化粧もせずに、自身の体型も考えずによくもまぁ、コスプレをするもんだ。まぁ、こういうのは本人がオモシロければいいのかもしれないが、襲い掛かってくることもなかろうに。
「……なにかの罰ゲーム大会か」
消えた人間たちの心配というより……まぁ、消え方からしてゲームなのだから、大丈夫だろうと思う反面、彼らはドコへと消えたのかは、興味深いモノがある。
もしかしたら、HPが0になれば、ログアウトするのでは……? そう考えて、未来型銃:tomorrowを見直すが、ここまでリアルな世界で自らの息の根を止めるほど殺伐とした愚考に、理性が―――その手を下ろさせた。
「おいオサム、ドコに逃げるつもりだ?」
「……とにかく距離はあるかもしれないが、越谷までは六時間ほどで歩いても辿りつく」
それがどれだけ無謀か、体力的に限界があるのはわかっているつもりだ。それでも、ここが本当にゲームであるとしても……そうするしか他にない。
またしても……足音がした。静かな路地で、底の深いブーツを踏み鳴らすようなカタいコツコツした規則正しい物音にふたりは耳を澄ます。相手は……ひとりだろうか? 街頭によって伸びる影が、その女性と思われる長髪をフラフラさせながら、こちらへと向かっていた。
そして、かの女は街頭に照らされた。
「金髪………幼女?」
背が子供並みに低い容姿に不似合いなほどに伸び切った白金の髪。ほぼ無に等しく、成長過程のか細い腕は、今にも折れそうなほどのかよわい容姿だった。だた……それとは別に、あまりの不自然に、ボクはすぐさま気づいていた。
だから、ここからの行動は、あくまで自らの驕り……そうとしかいえない。
「うごくなッ‼」
銃口を、金髪ロリに向ける。かの女は、それでも矛先を冷たい碧い目が一瞥しただけだった。その態度が、なおさら強くグリップを握らせる。
「ボクは、現実に帰りたいだけなんだ。ここはどこなのか……んで、どうすれば戻れるのかを応えろ」
「そんなに………」金髪ロリは首を傾げた。「そんなに現実に、帰りたい理由なんてあるの?」
金髪ロリは、またしても歩みを始める。ただ、敵意だとかそういうのはいっさいにない。
それが、完全に自身の油断になる。
ヤラレルとか、そういうのではない。かの女に教えたかった。このゲーム世界に彷徨う幼女に……失いつつ絶望の中に眠る、現実について教えたかった。
「いいことなんかあるワケねぇだろ。だがな、自ら希望を探さないでどうするんだ?」
「……希望?」
そうだよ。
「ゲームばかりやってるとな。現実が視えなくなるんだ。辛いことは忘れられても、一番大切なことはいつまで経っても解決できねぇ」
できなくても、いいことだってあるかもしれねぇ。
「でもな、立ち向かいもせずに負けるほど愚かなことはない……ボクは現実に帰れるなら、まだやるべきことがたくさんある。妹のことや……」
今では、上谷や樋口だって心配する。そして……生きることが唯一の抵抗だった。
ボクらを消そうとした奴らへの……下剋上は未だに終わらせるワケにはいかねぇ。
「そう……」
そんな無関心ともとれる金髪ロリの一言。が、その瞳孔が……かすかに動いたのに気づいた。ボクの背中側……それが、無意識の行動だとしても、ボクは寒気がして、前のめりに転がった。――――壁が壊される音がした。
アドレナリンが瞼を引っ張り上げる。大柄な男がうつろな表情で、ドコからか拾った鉄パイプを握っている。それが、榊原だと気づいたとき、ボクは裏切られた気持ちが心を掻き立てた。
ただ、その原因がすぐに気づくことができた。
先ほどの戦いに不向きなコスプレ集団といい、榊原といい、そこにはなにかしらの『魔術』があったのではなかろうか?
「思ったよりも敏感なのね。でも、次は避けられる?」
金髪ロリは人差し指を立てる。明らかに、これら姿勢(パーズ)は高度(マ)魔術(ター)を発動(ファクション)するための要因(ファクター)だ。どのゲームでも必殺技を使用する際には、わずかな油断が生まれる。それが短ければ短いほど有利なこともあれば、長くても一発逆転だってありえる。
しかし、指を立てるという誰でもできるような手段には油断や隙があるワケもなく、ボクはその場に立ち竦んだ。金髪ロりの目線が貫くようにこちらへ向く。
累乗されていく眩い光が街中を照らす頃には、在りえないほどの光球(ひかりたま)ができあがった。
「あ………」
さすがにそのときには、生死の行方があんな金髪ロリ少女に握られているだな……なんて、ヘンな快感に襲われる。だが、助かってしまうのは……何度目だろうか?
「―――てやッ‼」
流は目にもとまらぬ速さで、金髪ロリの指先にサマーソルトキックを決めていた。
光線が―――空高く聳え立つと、北欧神話の生命樹(ユグドラシル)のような広葉樹のような枝分けれをしながら、街中を揺らした。
そして、
「ごめんね、オサムくん」
感動しているのもつかの間、
流の持つガターナイフが、腹部を貫通した。痛みもなく……もはや、感動した。気が薄れる感覚だけは……クセになりそうなほどに快楽を含んでいた。
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