第1話 酒場でええかっこしい

 この砦はこじんまりとした城塞都市となっている。中にいるのは兵士と役人と宿泊施設の従業員、それらを相手にする少数の商売人位だ。計千人はいないだろう。

 俺の作った野菜の評判は良い。今日も厨房では大歓迎だった。

 この厨房は砦の兵士と役人のまかないと、宿泊施設の食堂の厨房とも兼ねていて、結構多くの従業員が働き活気がある場所だ。

「ハーちゃんいつもありがとうね。コレ食べて」

「ありがとう」

 おばちゃんにいつものおにぎりを貰う。それをほおばりながらゼクローザスの格納庫へ向かった。格納庫と言ってもたいした設備はなく巨大なテントが張ってあるだけだ。強風や豪雨の時は畳んでしまう粗末な代物だ。整備士のフェオにあいさつをする。

「よう。順調かな」

「ええ、少尉殿。整備は終わっております。本日分のチャージをお願いします」

「分かった」

 リフトに乗り操縦席へ向かう。操縦席に座り両脇にあるクリスタルに手を乗せる。

 このゼクローザスは全高約10メートルの大型鋼鉄人形だ。これは古代の鎧を着た重装兵を思わせる風貌の決戦兵器である。人の霊力で駆動する法術人形。毎日少量の霊力を注ぎ込み蓄積していく。それを戦闘時に一気に消費する仕組みだ。昔はこの蓄積システムはなかったため、戦闘が長引くと操縦士が疲弊し霊力を使い果たして死亡する例が多かったと聞く。強大な力を発揮するが操縦士ドールマスターを消耗品とするこの兵器は忌み嫌われていた。それを改良したのが俺の爺ちゃんだ。獣人による大きな功績として称えられている偉業として記録されている。

「少尉殿、あと5分です。もう少しです」

「ああ」

 この霊力を注ぐ作業は精力を使い極度に疲労する。かなり気怠くなるのだが仕方がない。他人の霊力を混ぜるとかえって力が減衰するので自分にしか出来ない仕事だ。

「少尉殿、終了です。お疲れさまでした」

 操縦席を出る際少しふらついてしまう。フェオが支えてくれた。

「スマン。ありがとう」

「いえいえ。少尉殿これからどうされますか?」

「飯風呂寝るだ」

「じゃあお暇なんですよね。僕と一緒に食事行きませんか?」

「行くって言っても店は二つしかねえだろ」

「良いじゃないですか。ね。少尉殿」

 整備士のフェオ上等兵は兎系の獣人だ。俺は狐系。獣人の国と言っても色々なタイプがある。その姿は千差万別だが、なぜか毛のないもの、象のような大型やネズミのような超小型の獣人はいない。身長や体形は大して人間と変わらず二足歩行している。もちろん、二足歩行しない動物もいるのだがそいつらには知性がなく獣人とは言わない。

 この砦で外食すると言えば店は2つしかない。宿泊施設の一階にある普通の大衆食堂と、いかがわしいダンスやストリップなどのショーをやる風紀の悪い店だ。フェオはその風紀の悪い店の方へ行く。女がらみで何かありそうだ。俺はこの店の雰囲気が合わずあまり入ったことがない。

 薄暗い店内に入ると時間が早いせいかまだ人の出入りは無く客は俺たちだけだった。ステージはあるのだがまだ何やっていない。エプロンドレス姿の白毛兎のウェイトレスに案内され席に着く。メニューを見ながらフェオがニヤニヤしている。

「あの娘可愛いでしょ。こんな僻地であんな娘に出会えるなんて奇跡ですよ。ね。少尉殿」

「そうだな。そうかもな」

 やはり女だった。俺に自慢したいのか、それとも俺を使ってきっかけを作りたいのか。恐らく後者だろう。俺はこの砦で唯一のドールマスターなので名は知れているし皆が一目置いている。フェオは女性に声をかけられないヘタレ男なのだ。

「ねえ少尉殿。僕あの娘に惚れちゃったみたいなんですよ。どうしたらいいですかね」

「そんなことは自分で考えろ。俺の知ったことじゃない」

「店に通って顔と名前覚えてもらって、それから何かプレゼントして、告白するって感じかな」

「そうだな。悪くないと思うぞ」

「ですかね。えへへへ」

 ニヤニヤしている呆け顔は恋する若者そのものだ。

 さっきのウェイトレスが注文を取りに来た。純白の毛並みが美しいスリム美人でフェオよりは年上とみた。俺はエビピラフの大盛りとハイボール。フェオはミックスフライとホットドッグを注文する。

「お嬢さん、ここらじゃ見かけないね。どこから来たの?」

 ヘタレのフェオに代わりに質問してやる。

「隣町のルボラーナから来ました。今日で3日目です」

「そうなの。で、名前は何て言うの?俺はドールマスターのハーゲン。こいつは整備士のフェオだ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします。私はフラウです。ハーゲン様のお名前は存じておりました。声をかけていただけるなんて光栄です。握手よろしいでしょうか」

「ああ」

 俺は右手を差し出し握手をする。フェオの方に左手を出し促すとフェオにも握手してくれた。

「ありがとうございます!」

 フラウは一礼して厨房へ向かい元気よくオーダーを通す。

「これでいいか」

 フェオは自分の右手の平を見つめながらもう手は洗わないとかブツブツ言っている。

「少尉殿ありがとうございました」

「後は自分で何とかしろ」

「了解であります」

 目を潤ませて敬礼する。結果はどうでも良い。恋焦がれて悶々とし、恋破れて涙する。そんな青春の一コマに俺は立ち会っていると思うと年甲斐もなく胸が熱くなった。

 料理が運ばれてくる。味はまあまあなのだが価格が高めだ。整備士の給料でここに通うのは厳しかろうと思うのだが、フェオはやる気満々のようだ。

 そこへ二人の女性が入ってくる。マントを羽織っていてフードを被っているのだが、二人共毛のない人間のようだった。一人は子供の様で背が低い。その後に続き今度は大柄な猿人が数人入ってきた。乱暴者として有名なサレストラ系の猿人だ。こいつらは毛のない人間の女が大好きで、あちこちで暴行事件を起こしている鼻つまみ者なのだ。店内は騒然とし支配人らしき男が出てきて様子をうかがう。俺は飯を食いながらさっきのウェイトレスを呼ぶ。

「警備隊を呼べ、俺の名前を出せばすぐに駆けつけてくる。それから木刀か棒はないか、なければモップでいい。その辺に出しておいてくれ。騒ぎになったら俺が何とかする」

 フラウは頷き奥に入ってモップを2本ほど隅に立てかけた。支配人らしき男に一声かけてまた裏へ行く。裏口から出て警備隊を呼びに行ったのだろう。

 この猿人はサル助と呼ばれ嫌われている。もちろん蔑称なのだが、信仰の違う乱暴者に対しての蔑称など罪悪感はない。

 猿人達はその女性二人を取り囲みマントを引きはがす。その二人の顔を見て俺は唖然とした。褐色の肌と黒い髪、金色の瞳の少女はアルマ第2皇女のマユ様、もう一人は白い肌と青い瞳、金髪をツインテールにしている小柄な少女は第4皇女のララ様だ。二人とも目立たないよう粗末な旅用の服を着ているのだが間違えようがない。俺は先月、皇帝陛下の御前試合でそこにいるララ皇女と対戦し完敗したのだ。あのような幼い見かけだが圧倒的な力の差があった。霊力を使う術が格段に上級者だという事だ。負けたのに敢闘賞なる賞を貰い、マユ皇女から賞状と記念品を受け取った。試合後の宴会ではララ皇女の『私の酒が飲めねえのかぁ~』攻撃を食らい散々酔わされたのだ。猿人達はその美しい二人の少女に対し酌をしろだの夜伽をしろだの、極めて傍若無人な振る舞いをしている。その中の一人がマユ皇女に抱きついて頬ずりを始めたところで支配人が声をかける。

「お客様。他のお客様のご迷惑となりますのでそのような行為はお控えください」

「うるせえ。黙ってろ!」

 猿人に殴られた支配人は吹き飛ぶ。この獣人は身長が平均2メートルほどあり筋肉質で屈強な体格をしている。力任せに他人を言いなりにしようとする困った癖を持っている。

 店のボディーガードらしい黒服の犬系獣人が取り押さえようとするが力ではかなわず投げ飛ばされる。俺は料理を平らげハイボールを飲み干し一息つく。フェオはガタガタ震えてほとんど食べていない。

「おい、立てるか」

「はい」

 フェオは震えながら返事をする。

「今からいう事をよく聞け。お前は外に出て駆けつけてくる警備隊を中に入れるな。止めておけ」

「え?何でですか?」

「中は俺が何とかする。理由は後で話す。いいな、絶対に中へ入れるなよ」

「了解しました」

 フェオの尻を叩き外へ出す。俺はモップを掴み猿人に向かう。

「おい。サル助。姫様に手を出すんじゃねぇ!」

 最初の一突きで一人の猿人の喉を突く。そいつはくぐもった声でうめきながら倒れた。次の奴は脛を引っぱたく。ゴキっと音がして骨が折れる。折れた足を掴んで転げまわる。奇襲が効いたのはここまででその後は3対1の攻防となった。一人脳天を打ち据えてやり気絶させるもモップは折れてしまった。素手では分が悪い。唯一の救いと言えばこいつら猿人は肉弾戦を好み武器の使用を後回しにする癖があることだ。武器を使われればさすがに勝ち目はない。にらみ合いで膠着した状態になったところでララ皇女が気だるげにしゃべり始める。

「お前たちは飯を食わせる気がないのか。ここはそういう店であろうが」

「とりあえずメニューをお持ちいただけますか?」

 マユ皇女も大した度胸である。

 二人して暢気なものだ。実際、ララ皇女の実力ならばこのサル助など問題ではなかろう。あの小柄な体で俺の数倍は強い。また、マユ皇女は上級の聖導師で法術に長けた人だと聞いている。本気で法術を使えばこの店丸ごと吹き飛ばすことができるだろう。が、俺も軍人だ。意地でもこの高貴な女性に手を汚れさせるわけにはいかない。

「お嬢さんこのサル助を排除しますから少々お待ちください」

 俺はローキックで右側の猿人の脛を蹴り足を踏み替え左側の猿人にハイキックをお見舞いする。しかし、動きが読まれたのか足を掴まれてしまう。間髪入れず右足でそいつの鼻先を蹴り飛ばし宙返りして着地する。猿人二人はたいして堪えていないようでじりじりと俺に迫ってくる。さっきゼクローザスに霊力をチャージしたせいで力が出ない。これは予想外に苦戦しそうだ。奥の手を使うかどうするか少し悩んでしまったその時だった。しびれを切らしたのかララ皇女が後から猿人の股間を蹴り飛ばした。掴みかかろうとするもう一人の猿人の股間を蹴り飛ばす。この二人は泡を吹きながら痙攣し動かなくなった。股間を狙ったのは体格の差があり過ぎて足がそこにしか届かないからだろうが、同じ男として、アレだけは避けたいと心底願う。ララ皇女はフェオが手を付けていなかったホットドッグをつまむとパクリとかみつき美味しそうに咀嚼し飲み込んだ。

「マユ姉様も食べますか?」

「じゃあいただこうかしら」

 マユ皇女も半分残ったホットドックを美味しそうに食べる。

 皇室の方がこんなものに手を出すのは信じられないのだが、俺は気になっていたことを小声で話す。

「ララ様とマユ様ですね。私は国境警備隊のハーゲン少尉です。このような場所にお供を連れずに来られたのは何か理由があっての事だと思います。もうすぐ警備隊が到着します。事が公になってもよろしければこのままここでお待ちください。もしお困りなら私がご案内いたします」

「おお、思い出した。貴様この前試合で対戦したな。このもふもふの狐顔は忘れられん」

 ララ皇女は俺の顔に思いっきり抱きつき頬ずりをする。そういえば御前試合後の宴会でもあちこち撫でられっぱなしだった。

「ハーゲン少尉。公になるのは困ります。直ぐに砦を出たいのですが、ご協力いただけますか?」

 マユ皇女の言葉に頷き裏口から外へ出る。途中厨房でコッペパンを2個、おにぎりを3個貰った。迷惑料だとマユ皇女が金貨を5枚手渡した。

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