XLXⅣ.最後の異世界召喚術式作製会議
「では、最後の異世界召喚術式作製会議、始めるわよ!」
メアは両手を腰に当て椅子の上に立つと、三人を見下ろしながら宣言した。
「なんか今日はみょーにメアノリノリじゃん、メア」
「めずらしーねー。メアちゃんから誘うなんてー」
付き合いの長い時緒と燐華からするとそんなメアの様子が余程希少だったのか、呆気に取られていた。
「あらあら、危ないわよぉ」
メアの隣では椅子から落ちやしないかと中腰の態勢で女性店主がはらはらしている。
「あ、でもちょっとおパンツ見えそう……うがっ!」
反射的にメアは店主に向かってかかと落としをお見舞いした。店主は何故か、「ありがとうございます!」と有難がっていた。
店内に久世一行の姿はなく、本日は久しぶりに主要メンバー四人だけの会議だ。しかし、奥の本棚では相変わらず哲学的幽霊が縮こまっている。
「メアさん。それで何かわかったことでもあるのですか?」
「…………。ええ、まあね……」
そう回答するメアの言葉は、何故か先程までの勢いが薄れていた。自信がないのではない。ただ、この期に及んでメアの中にはまだ迷いがあったからだ。言わば自棄とも取れる宣言はその気持ちの裏返しであった。
「わかったわ。たぶんだけど……。異世界召喚魔術に必要なタイミングとその場所」
「本当ですか!?」
ユウリは心底驚いたかのように声を大きくする。先程のメアの様子にも増して、普段のユウリからするとかなり稀有な感情表現だった。
「メアちゃんすごーい!」
「さっすがわたしのメア!」
「コラ、いつあんたのものになったのよ、燐華」
「それでですが、早速お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「その前に」
メアは思わず腰を浮かせて前のめりになってしまっているユウリの両肩を押して姿勢を落ち着けさせる。
「もう一度だけ聞くわ。…………あんた、本当に良いの?」
メアの繰り返しの問いに、ユウリは間を開けず力強く頷く。
「はい。わたしの決心は揺るぎません」
「…………。そう。ま、わかってたけど」
メアは予めそんな回答を決めていたかのようにをあっさりと返すと、今度は他の二人に視線を向ける。
「それと……時緒、燐華。二人ともごめん」
メアはそのまま二人に向かって深々と頭を下げた。
「異世界に行けるのは一人だけなの。黙っててごめん」
「い、いえ、メアさん。それはわたしが謝罪すべきことです」
突然の懺悔に、ユウリは慌てて弁明しようとする。
「ううん、違うの。随分前にそいつから教えてもらったけどわたしが黙ってるように言ったの。その…………、あんたたちがガッカリするかと思って……」
だがメアはあくまでも自身の責任だとしてそう言い直した。
仕様が無いと早々に諦め肩を竦める燐華と違って、時緒の方は絶望感に表情を歪ませた。だが、メアの瞳から真剣だということを感じ取ると、二人は顔を見合わせて互いに何かを確認するように一度頷いてから同時にメアを見る。
「メア、気にすんなよ。それでもちゃんと手伝うから安心しな」
「メアちゃん。大丈夫だよ。わたし我慢するから、ね?」
メアはわかっていた。二人はメアからするとアホでバカでわがままで、いつも自分を困らせる問題児。それでも、この敵だらけの世界で少なくともこの二人だけはずっとメアの味方だった。肝心な時にはちゃんとメアのことを理解してくれる。
理解が足りないのはむしろ自分の方だともメアは思っていた。
いや、理解が足りないのとは少し違う。わかっていながらも中途半端に踏み込めずにいたのだ。
時折二人に対して感じる恐怖にも似た感情。しかしそれは踏み込みきれずにいたメア自身に起因するものだった。この世界に対する絶望、そして終焉への願望。メアもこの仲間たちも、結局は似たもの同士だったのだ。
ただメアはそれを簡単には認めることができなかった。自身の心の深い部分を曝け出すことに強い拒絶があったのだ。それが言い知れぬ恐怖の正体。仲間を真の仲間と認めることができなかったその自己欺瞞の正体は、頑なにこびり付いた傲慢そのものと言えた。
しかし今のメアは違った。無論、今でも自分一人の力で何とかしたい、しなければならないという強い信念がある。それでもこんな傲慢な自分に愛想を尽かせることなく、健気に関わり続けてくれる数少ない友人のことくらい、そろそろ信じてみても良いと思ったのであった。
「じゃあ本題に入るわね」
メアがそう前置きすると三人はメアに視線を注ぎ静かに続きを待つ。
「まずその魔術に必要な時期だけど、5月26日、時間は夜の8時半頃。場所は……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。メアさん」
ポカンと口を開けてメアの話を聞く時緒と燐華を余所に、ユウリは慌てて皆を置き去りにして淡々と進んでいくメアの言葉を遮る。
「何よ」
「なぜそんなにも正確な時期を割り出せたんですか? あの手記の解読内容はとても抽象的でしたのに」
いずれ最後にまとめて説明するつもりだったのだしと、メアはそこから話すことにする。
「必要な手掛かりを揃えられたのは……、いえ、揃っていたのは本当に偶然。あんたも同じクラスなんだから聞いたでしょ? 前に先生がホームルームで皆既月食について話してたの」
「かいきげっしょく……ですか?」
「ああ、あんたの世界にないモノはわからないわね」
メアはすぐにそう納得すると説明を続ける。
「皆既月食って言うのは月が地球の陰に隠れて見えなくなること。あんたはしきりにアンティキティラ島の話をしてたけど、この世界のこの時代においてはそんな島目指さなくても良いのよ」
「と、言いますと?」
「つまり、アンティキティラ島の機械っていうのはね、大昔に主に地球や太陽、月といった天体の動きを計算する為に作られたものだと言われてるの。あくまでも有力な仮説としてだけど」
「それで月食?」
燐華が不思議そうに尋ねる。
「ええ、これだけだと魔術の発動タイミングが月食の時というには少し弱いわね。でもこの界隈で色んな都市伝説があるの知ってるでしょ?」
「うん、幽霊さんは伝説っていうか、ちゃんとそこにいるしね!」
時緒は本棚の隅の方で膝を抱えコンパクトになっている哲学的幽霊を指差した。不意に三人と視線が合った哲学的幽霊は積まれた本の陰に隠れるようにさっと顔を背けた。
「あんたが言ってた手記に書かれた手掛かりに月に近い場所、それに光が示すって合ったわよね。月に近い、つまり高所、高い建物、それで光るって言えば……」
「「夜明け前に瑠璃色に輝く電波塔!」」
時緒と燐華の声がハモる。一方ユウリは「それは何でしょう?」と首を傾げている。
「都市伝説ってのはつまるところ、この界隈で広まってる噂のこと」
メアはユウリに向けてそう補足した。
「でもでも、夜の8時半頃って流石に夜明け前には早いんじゃない?」
燐華は話の矛盾に気付き指摘を入れる。
「夜明け前だったのよ」
「どういうこと?」
「だから前回、三年前の皆既月食の時はね。いい? 月食の起こる時間帯はその年によって毎回違うのよ。そして今年の月食は8時半頃ってわけ」
「あ、なるほど」
「でもメアさん。結局のところその月食に関してはアンティキティラ島の機械を手に入れないことには正確な時期がわからない筈なのでは? メアさんはどのようにしてその解を導き出したのですか?」
ユウリは理解が追い付かず、少々慌て気味に尋ねる。
「原始人のあんたにはわからないだろうけど、この世界の現代においてはそんな旧時代のコンピュータに頼る必要なんてないのよ。現代ではこれがあるんだから」
そう言って、メアは自身のスマホをユウリに示す。無論、生まれた時からこの世界の住人である時緒と燐華にはわかりきっていることであった。そう、現代においてはメアたちのような幼い子供であっても旧時代よりずっと優れたコンピュータを手軽に所持している。
「なんと、そんなことまで……」
「それでその電波塔ってのがあの不良共のたまり場だと思うの。っていうかこの界隈ではあそこくらいしかなさそうだし、一応調べてみたけど例の都市伝説、かなりローカルなものでネット上には一切情報がなかったわ。きっとこの辺りだけのものなのよ」
「そうと決まれば、次は5月26日に集合だね」
燐華がそうまとめると、時緒とユウリはこくりと頷いた。メアだけは無言だったが、彼女の性質上反論しないことが肯定の意を示しているのと同義だった。
「あの、メアさん。ありがとうございます」
ユウリは深々と頭を下げ、改めてメアに礼を言う。
「まだこれでイケるって確実なことは言えないわよ。あくまでもわたしの推測なんだから。お礼なら無事成功してからにして」
「そうなりますと異世界転移をした後ですので、お礼を伝えられませんが……」
「ああもう! いいのよ、うっさいわね」
メアはいつものように声を荒げるが、この時ばかりは怒りからではなく照れ隠しであったことは言うまでもない。恨み事や陰口を言われることは日常茶飯事なメアだが、純粋な感謝を向けられることに対してはまだ慣れていないようだった。
「当日は一旦この場所に集まりましょ。建物の中なら変に補導とかもされないでしょうし」
「「了解!」」「ええ、わかりました」
三人はほぼ同時に了承した。5月26日は翌週の水曜日。平日のど真ん中に門限を破って抜け出すという大罪を犯すことは、この場に皆を招集した時点でメアは覚悟済みだった。
「ってことは、その時間にわたしはお店を開けなければいけないのね、そうなのね、そして当然の如くわたしの了解を取るつもりはこれっぽっちもないのね、ああっ! 清々し過ぎてもはや反論する気持ちも起きないわ!」
店主は了解や確認を取る素振りを一切見せない女子中学生たちに戸惑いつつも、一応営業時間外に店を開けておくことを宣言しておいた。
それから一行は特に集まることもなく、それぞれが通常の中学生生活に専念していた。
時緒と燐華は暇になる毎に秘密基地への集合を提案してきたが、メアは頑なにそれを拒否した。メアにとっては初めて自分から世間のルールに背くようなことをしようとしているのだ、その前に馬鹿二人が別の問題でも起こして大人たちに目を付けられては堪ったものではないと考えてのことだった。
そしてあっという間に作戦決行の当日、5月26日がやってきた。この期間をメア以外がどの程度と感じたかはメアから知る術はないが、メアにとっては間違いなくあっという間と言って良い期間だった。
授業を終え、時刻は早くも19時。メアとユウリの二人は食堂で夕食を摂る。メアの推測が正しいならば最後になるであろう二人揃っての夕食を。
この一週間はメアにとって本当にあっという間だった。
本来ならばお馬鹿コンビ二人に振り回されることのない日常は、通常よりもゆっくり羽を伸ばせる時間の筈だったが、ふと気が付けば当日を迎えてしまっていた。
今日、メアたち一行はついに異世界召喚の魔術を試すこととなる。
そして成功した暁にはこの目の前の少女がこの世界からいなくなる。
本当の、お別れとなる。
期間にして二か月弱。それでもメアにとってその期間が妙に長く思えた。まるで昔からずっと、こうして一緒だったかのように。それくらいに印象深い、あるいは濃い、日々だった。
しかしそれも今日で終わり。
メアは勿論のこと、ユウリにしてもこの一週間あえてそのことを口に出さないようにしているようだった。
「さて」
メアは食後に飲み干した空の湯飲みをテーブルに置くと、静かに宣言する。ユウリは黙ったままこくりと頷いた。
時刻は進み19時半。そろそろ寮を出なければならない時間だ。
だがここで難題が二人を待ち構える。
どうやって寮を抜け出すのか。
こんな田舎の中学生向けの女子寮だ、警備員が厳重に配置されているわけでもない。夜は精々当直のおばさんの目を掻い潜るだけで良い筈だ。
しかし万が一無断の夜間外出を咎められては面倒極まりない。
いかに品行方正で知られるメアであっても、一度門限を破った前科がある以上は怪しい動きを見せるわけにはいかなかった。
ユウリは自室の窓から抜け出そうと提案したが、二人の部屋があるのは三階だ。メアは聞くなりすぐに却下した。
どうしたものかと一階の階段陰で事務員室の様子を眺めながらで機を伺う二人。このまま行けそうではあるが、運悪く部屋から出て来たおばさんと鉢合わせる可能性は大いにある。自身を卓絶していると自負するメアだが、同時に人一倍運に恵まれないことは経験から自覚していた。
だが意外にもすんなりと好機は訪れる。事務員のおばさんが部屋を出たかと思うとトイレに向かったのだ。
すぐにトイレの入り口に張り付くと聞き耳を立て、かちゃりと個室の鍵が閉まる音を確認してから二人は急いで入口の内鍵を開け、外に出た。
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