XLⅪ.四代目総長その名は

 あの不良の連中の時と比べれば相手の人数的に幾分マシな状況とはいえ、遥かに年上の男三人から凄まれるのは、メアにとっては十分な迫力といえた。


「や、やめさないっ! じゃないと……」


「ん? じゃないと……なーに?」


 茶髪の男は口元を卑しくニヤつかせたまま、屈んでメアに目線を合わせる。


「…………」


 メアは一度背後を確認し、公衆トイレの裏で待機しているであろうユウリの様子を確認しようとした。が、二人の男に阻まれ、ユウリの姿は見えなかった。


 ユウリは見ているだろうか。危なくなった時には助けを求めた方が良いだろうか。そこまで考えが過ったところで、メアはぶんぶんと頭を振った。一人で何とかすると決めた筈だ。何をこの期に及んで弱気になっている。


「ねぇ」


 茶髪はメアの頭にポンと手を置いた。思わず悲鳴が漏れそうになるのをすんでの所で飲み込む。しかし握った拳の震えはどうしても止められない。


「わたしは強い……」


 メアは男たちに聞かれないように小声で一度だけ、呪文を口にした。


「あ? 何? なんか言ったか?」


「観念して御崎を騙してたこと認めなさい! それで今後一切こんなことはやめるって約束してっ!」


 男たちはメアの言葉など全く意に介さず、相変わらず顔を見合わせてはニヤニヤと笑っている。メアが必死になる様を楽しんでいるようであった。


「は? なんで石川がいんの?」


 ふと一同が声のした方に目を遣ると、御崎が立っていた。


「今の何? ゆう君があたしを騙してるってどういうこと?」


「いやさ、冬美。困ってたんだよぉ。この子が冬美と別れろってしつこくてさぁ。俺は真剣だって言ってんのにわかってくんなくてー」


 茶髪の男はけろりとした様子でわざとらしく眉を下げ、御崎に助けを求めるように弱々しい声で言った。


「はぁ? なんなの? 石川。じゃましないでくれる?」


 御崎は手を組んでメアを鋭く睨み付けた。


「ああ、もしかして僻んでんの? 自分がモテないからって。やめてくれる?」


「そ、そんなわけないでしょうっ! あんたもいつまでも騙されてんじゃないわよ!」


「ゆう君が騙してるって証拠でもあんの? でたらめ言ってんじゃないわよ」


「そーだよ。証拠もないのに酷くない?」


 男は御崎に同調する形であくまでも被害者を演じる。だがメアはこの時を待っていたと言わんばかりにスマートフォンを取り出すと男と御崎に示した。


「証拠なら……あるわよ」


 メアが自身のスマホを操作すると音声が流れ始める。内容は先程メアが公衆トイレの裏に隠れている間に録音した男たちの会話だった。やや距離が離れていた為、雑音が混じりかなり聞き取り辛かったが、公園内に他の人間がいなかったことと、必要以上に男たちが大声で話していたお陰もあり辛うじて内容が聞き取れる。


「なんなのよ。これ……」


 その内容でメアの言葉が真実だと知った御崎はあからさまに狼狽える。冷静を装って茶髪に詰め寄るが、声の震えからその困惑具合は明白だった。


「ねぇ、どういうことか説明して。ゆう君」


「はぁ…………ホント、メンドーだわ」


 茶髪はようやく諦めたのか、先程メア一人と対峙していた時と同じ声色に切り替わった。


「どーもこーもねーよ。その通りだ」


「サイっテー! ホントに騙してたの!?」


「はぁ? お前が勝手に勘違いしてたんだろーが」


 それを聞くなり、御崎は男に平手打ちをお見舞いしようと、右手を振り上げる。が、メアはその腕を掴んで阻止した。


「何すんの!? 石川!」


「良いからちょっと落ち着きなさいよ」


 メアは御崎を宥めると男に向き直る。


「ねぇ、証拠はあるんだし、こんなことからは手を洗って警察にでも行ったらどう? それともわたしが代わりに行ってあげようか?」


 この汚物に塗れた世界にも幸いルールがある。そのルールで男に罪を償わせることができるならそれが一番だ。メアは詰めと言わんばかりに男に迫った。


「好きでもない子をその気にさせて男として最低ね」


「はぁ? 最低なのは確かだけど、好きなのは本当かもしれないじゃん! だってわたし、こんなかわいーんだし」


 御崎はメアの言葉に反論しつつ、長い髪を手でかき上げるようにした。


「…………。それにそもそも中学生を狙うだなんてロリコンじゃない!」


「はぁ? わたしはもう大人よ! お・と・なの女なの!」


 今度は胸や腰を突き出し強調するような構えを見せながらメアに反論した。


「うっさいわね! あんた一体どっちの味方よ!」


「知るかバーカ。それに、もしそのこと他に漏らしてみろ。こいつSNSに流してやるからな」


 メアが御崎に対してツッコむのを尻目に今度は茶髪がスマホを掲げる。それを見た他の男たちは口々に「エグっ」と、笑い声を上げた。


 スマホに表示された画像は御崎のあられもない下着姿だった。中学生らしからぬてテカりのあるパープルの布地に黒いレースが付いた大人仕様だ。


「そんな! それわたしが前に送ったやつ……」


 その画像を見た瞬間御崎はこの世の終わりを目の当たりにしたかのように顔を青くした。


「あああ、あんた! あんな写真! 信じられない! 何やってんのよ!」


 メアは御崎とは対照的に顔を真っ赤にしている。


「だって仕方ないじゃない! ゆう君の頼みだったんだから」


「頼まれても普通送る? おかしいって気付くでしょ? バカなんじゃない!?」


「それに俺たちまだ19だし。ギリ未成年だから捕まっても大したことねーよ」


 これに関しては男のハッタリであった。いかに法的な制裁が軽かろうと、まだ大学生の身分である彼らにとってかなり重篤な汚点となる。大学に知られれば退学になるかもいれないし、それ以上に就職活動に支障だって出かねない。メアたちを所詮は中学生だと高を括って強気に出ているに過ぎない。


「ふ、ふんっ! それが何だって言うの? 罪を重ねるっていうならどーぞご勝手に」


 対するメアも負けじと強気に出る。が、御崎の方は相変わらず顔色を悪くしたままとうとう目元には涙が溜まっていく。


「ど、どーすんのよ石川……。わたし嫌よ、あれがネットに流されんの……」


 元はと言えば自分が撒いた種、メアは今こそ御崎を叱りつけたかったが、御崎という少女が初めて見せる窮状を訴える様子に、それができなかった。


「ああもう……サイアク……。親にバレたらなんて説明すれば良いの……」


 どうすれば…………。最悪な事態を想定し項垂れる御崎を余所に、メアは考える。この形勢を逆転できる何かを。


「だめ、何も思いつかない……」


「ほらほらどーした。優等生ちゃんよぉ」


 無言になってしまったメアに向かって茶髪の男は挑発するように掲げたスマホをヒラヒラと振ってみせた。


「いしかわぁ……」


 御崎は涙声でメアに縋るばかりである。最早教室で威張っていた時の面影は欠片も残されていない、惨憺たる様だった。


 何か、何かないのか……。


「そうだ、隙を見て……」


 こうなれば男のスマホを無理矢理奪ってしまおうという考えがメアの脳裏に過った。そしてそれが無謀以外の何物でもないことはメアであればすぐにわかる筈である。しかし、そんな冷静な思考ができない程に追い詰められていた。


 やるしかないのか……。


 メアは男たちに悟られないように僅かに片足を引き、地面を蹴る準備をする。


 相手はメアのよりも遥かに年上の男。それも三人。正面の男以外に二人がメアの周りを取り囲んでいる。傍らの御崎は両手を抱え込むようにして顔面蒼白だ。戦力になりそうもない。


「わたし一人でやるしかない……」


 そう、メアが一人でやるしかない状況だ。しかしそれは最初から望んでいたことでもある。誰からの助けも借りずメアの力で何とかしてみせると。


「わたしは強い……」


 両目を固く閉じて、最後にもう一度、メアは念じるように唱えた。


「メアさん」


 その声にメアは両目を開き、振り返る。少し離れたところでユウリが立っていた。


「な、何出て来てんの? わたし一人で良いって言ったでしょ?」


「そんなこと言われましても、明らかに万事休すというような感じでしたので……」


 ユウリはこんな状況下でもしっかり説教をしてくるメアにしどろもどろになる。


「それに……」


「それに、何よ」


 そうメアが聞き返した瞬間、どこか遠くの方からバイクの音が聞こえてきた。一台だけではない、何台ものバイクのエンジン音が入り乱れながら着実にこの公園へ近づいてくる。


「それに、そろそろ助けが到着する頃合いかとも思いまして。先程公衆電話で呼んでおきました。多少使い方に四苦八苦しましたが」


 男たちはわけがわからず、その場で立ち尽くしたまま音のする方を見回す。けたたましい騒音の主たちは程なくして公園内になだれ込んで混んで来た。爆音を響かせながらぐるぐるとメアたちを中心に周りながらしだいに距離を詰めていき、円を描くようにして等間隔になるとようやく止まった。龍の刺繍があしらわれた白い特攻服に身を包んだ面々はその場で威嚇するようにエンジンの空ぶかしを続ける。


「な、なんなの……この人たち……」


 あまりの情景に御崎は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。男たちは声も出ない様子で自身を囲うならず者の集団に忙しなく視線を泳がせている。


 集団のリーダー、久世は徐にバイクを降りるとメアに向かって何かを投げる。頭にばさりと掛かったそれをメアが手に取ると、久世たちが着ているのと同様の特攻服だった。


「おにーさんたち、うちの新総長に何の用だ?」


 そして久世はそのまま男たちに向かって凄みを利かせた声で尋ねた。


「え? ああ……、いや……。お前たちこそ何なんだ……」


 久世たちも大学生から見れば年下だが、人数差とその出で立ちに大学生の男たちは完全に気圧されてしまっている。


「よう、総長っ! 我らがボス! あんたからも何か言ってやれ!」


 久世はメアに向かってそう呼びかける。


「ああ……もう、めちゃくちゃ……」


 メアは渡された特攻服を手にしたまま頭が痛くなった。


 どうしてこうなった。ついこのあいだまでこの世の間違いを正そうと日々尽力していた自分が、期間限定とはいえメアの理想から最も遠いようなならず者たちを手下に従えることになるなんて。そして挙句の果てにはこんな状況……。


 やはりあれもこれもこの、わけのわからない異世界魔法少女の所為……。


 メアはユウリに向かって恨めしそうな視線を送る。だが、何を勘違いしたのかユウリは、


「メアさん」


 と静かに、しかし力強くメアの名を口にしながら頷いた。


「そ、総長? ボスって? 石川? 何なの? どういうこと?」


 御崎はへたり込んだまま恐怖から泣き出しそうな表情でメアの顔を見上げる。


「はぁ……」


 メアは俯いてから一度嘆息する。そして顔を上げると手にある特攻服を大げさに振り回しながら袖を通し、羽織った。龍の刺繍がばたばたと風にはためく。


 最悪に最悪を上塗りした状況。でも、今はこうするしかない。この状況を利用しなければそのまま最悪な結果で終わってしまう。


 メアは特攻服姿のまま茶髪の男の前に大げさに一方踏み出すと、仁王立ちのまま腕を組んだ。


「あんたたち、わたしを本気で怒らせたいようね」


「!? え……」


「い、石川……」


 全く状況を飲み込めていない男たちは未だに唖然としている。御崎も普段の学校の様子からは想像もつかないメアの姿に最早言葉を失っていた。


「この〝緋龍〟を仕切る四代目総長、石川メアに喧嘩を売ったからには今後自由にこの街を歩けると思わないことねっ!」

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