XLⅢ.第四回異世界召喚術式作製会議
「ぬわぁにやってんのよぉっ!!」
メアは素早く久世の元に駆け寄ると、彼の腕を掴み、力一杯引き剥がしに掛かる。
「ちょっと! やめなさいよ! 嫌がってるでしょぉ!」
絡まれていた哲学的幽霊の女性は余程恐怖を感じていたのか、背を向け、本棚と壁が交わる角の隙間に頭を抱えながら顔を突っ込むような形で隠れるようにして小さく縮こまっていた。
「おお! 眼鏡っ娘! 来たか!」
メアの存在に気が付いた久世はようやく哲学的幽霊を開放し、満面の笑みを向ける。
「眼鏡っ娘言うな!」
「ああようやく来てくれたぁー!」
メアが別の声のした方へ顔を向けると、哲学的幽霊と同様に怯えた様子でテーブルの陰に隠れる店主の姿があった。
「いきなりぞろぞろとこの子たちが入ってくるものだから怖くて怖くて! もしかしてわたし集団で襲われちゃうのかなーって! でもダメよ! わたしは発育途上の若い女の子しか愛せない身体なのーって! でも何故か震える心の奥底で少しドキドキしちゃってるわたしがいて!」
残念ながら別に怯えているわけではないようだ。
「なーんだ、おねーさん期待しちゃってたのぉ?」
幽霊から引き剥がされた久世はくるりと回転するように素早く店主の元へ寄ると、手を取りながら顔を近付ける。
「そ、そんな! ダメよ……」
「だからやめなさい!」
「なんだぁ? 嫉妬してんのか? 眼鏡っ娘。俺のこと好きになった?」
「なるかっ!」
「メアちゃーん見て見てー」
「あぁ? 次から次へと!」
メアは再び別の声がした方へ目を向ける。
そこにはその他の少年たちに囲まれる時緒と燐華の姿があった。二人は少年たちから借りたのか、白い特攻服を羽織ってくるくると回りながらサイズの合っていない裾を翻し、はしゃいでいる。
「良いだろー、メアも着るかー?」
「おう眼鏡! お前の分もあるぞ!」
少年の一人が特攻服を両手で広げ、刺繍の龍をメアに向けた。
「いるか!」
「ねぇ、おねーさんはどうしてそうやって顔を隠しちゃうの? 恥ずかしーのぉ?」
時緒たちの方へ気を取られていると、久世はいつの間にか再度哲学的幽霊の元へと舞い戻ってナンパを再開していた。メアは再び久世の腕を引きながら阻止する。
「あの、何か絵が描けるものをお願いしたいのですが」
ユウリはその中で平然と歩みを進め、店主にそう尋ねる。
「描くもの? 良いわよぉ。たくさんあるから絵具でも画用紙でも好きなだけ使って! でもぉその見返りにユウリちゃんは何をしてくれるのかぁーふふふ」
「ああ、台風と地震とカミナリと火事が同時に来た気分だわ……」
メアを中心に周囲で絶えることなく面倒ごとが増えていく。時緒と燐華二人から絡まれるだけの日々が可愛く思えてきた。この時ばかりは魔法で分身でもしたいメアであった。
メアが四方八方へ文字通り駆け回りながらようやく収拾を付け、中央のテーブルへ一同が介する。
「メアさん、ご苦労様です」
「はぁっはぁっ……本当に、ねぇ……」
すっかり顔色を悪くしたメアを心配してか、ユウリは労いの言葉を掛けた。
椅子には中学生組4人が腰掛け、残りの少年たち一行は周りを取り囲むように集まる。
「ではでは! 本日の異世界召喚術式作製会議を始めまーす!」
「「「うぇーい!!」」」
時緒が代表して会議の開始を宣言すると、取り巻く少年たちは良くわかっていないながらも腕を振り上げながら呼応するように野太い雄叫びを上げた。地響きのような耳鳴りをメアは真顔で耐える。
「じゃああとはユウリちゃん、ヨロシクぅ!」
開会宣言に満足した時緒は、ユウリに向かってバチーンとウインクを送り、進行をバトンタッチする。
「えっと、ですね。異世界召喚術式発動の材料集めも残すところ〝飛竜の翼〟のみとなりましたが、メアさんとの捜索の甲斐あり有力な手掛かりを得ることができました。今回お集まり頂いたのはそのカギを握る〝緋龍〟の皆さん。
「「「うぇーい!!」」」
少年たちはユウリの紹介を受け、再び咆哮した。完全に面白がっている。
「こちらが彼らのリーダーであり、メアさんの新たな下僕の久世翼さんです」
「おう、よろしくな!」
久世は軽く手のひらを見せながら応えた。
「そして〝下僕の下僕〟であるその他の皆さんです」
「「「下僕の下僕!」」」
その他の少年たちはユウリの言葉を受け、項垂れた。
「メアちゃんすごーい! 年上の高校生の人たちまで下僕にしちゃうなんて!」
「おう! さすがはわたしたちのメアだな! やることがぶっ飛んでるぜ!」
「別にわたしがしたくてしたわけじゃないわよ! ぶっとんでるのはそこの異世界人!」
「俺はまだ認めちゃいねーけどな。総長が言うから仕方なくだ」
少年たちの一人、マサ(聞く所によるとグループ内の立ち位置は副総長らしい)は未だ納得がいっていない様子で口を尖らせる。
「でもよマサ、俺、なんかちょっと良いかも……」
別の身体の大きな少年が頬を薄っすらと赤らめながら言う。
「ああ!? 何が良いんだよ?」
「俺、昨日ユウリちゃんに傘でぶたれてから悔しさと同時に腹の底から込み上げるモンがあって……ハァハァ……下僕……俺、むしろユウリちゃんの下僕になりたいかも……」
「おい勝手に目覚めんな」
良からぬ思想を持つ危険因子にメアはツッコミを入れた。
「わかるー」
「わかるな!」
共感する時緒にメアはツッコミを入れた。
「でも俺は眼鏡っ娘、お前の方が好みだぜ!」
「眼鏡っ娘言うな!」
すかさず割って入る久世にメアはツッコミを入れた。
「メアさんメアさん、彼は一体に何に目覚めたのでしょう」
「聞くな!」
ツッコんでもツッコんでもキリがない。まずい。実にまずい。このままでは一向に先へ進まない。
そうなることをあらかた予想していたメアであったが、いざ直面してみるとその惨憺たる様に先が思いやられた。だが、そうこうしていても仕方ない。
メアはバンっとあからさまに大きな音を立てながらテーブルに両手を突き、
「良い? あんたたちに集まってもらった理由を話すから良く聞いて。一回しか説明しないからね」
そう前置きしてから、大まかな目的と、昨日少年たちの溜まり場を訪れるに至った経緯を話した。異世界渡航という馬鹿げた目的の為その材料を探していること。その材料の中に〝飛竜の翼〟なるものがありその為無用の誤解を生んだこと。これからその材料を手に入れる手伝いをして欲しいということ。メアは質問の隙を与えることなく一気呵成に捲し立てた。
「――ふぅ……。どう? 理解できた?」
「いや……正直……まったく」
きょとんとした様子で顔を見合わせる皆を代表して、久世は素直にそう答える。
「オーケー、よろしい。正常な反応よ。むしろこれで普通にわかったなんて答えられたら本気で帰りたくなるところだった。良い? あんたたちはこんなわけのわからないことに付き合わされてるの。わたしも説明するのには限界があるからこれ以上は聞かないで。その上で付き合ってくれるってんならどうぞご自由に。後々文句垂れないでよね。約束よ」
「わけわかんねーし、正直頭どーかしてると思うが、取り敢えず承知した。約束しちまった以上男に二言はねぇよ。んで? 俺らは何をすればいーんだ?」
「あとはこの娘たちから話を聞いて」
メアは他三人を視線で示すと、一仕事終えたと言わんばかりに浮かせていた腰を椅子に落ち着けた。
「異世界っていやぁ俺ちょこっと知ってるぜ?」
ユウリが口を開くよりも前に、少年の一人が得意顔で割って入る。
「あれだろ? エレベーターに乗って決まった順番に階を移動すると異世界に行ってるってやつ。テレビの都市伝説スペシャルでやってた」
「うは! モロ胡散臭せー」
「都市伝説なら俺もこんなの見つけたぞ?」
別の少年が何やら妙な模様のような画像をスマホに映し掲げていた。
黒い背景に赤、黄、青といった様々な色をした図形が規則的に並んだものであった。
「えっと、なになに? タットワの技法……、何でもこれをじっと見つめてると異世界への扉が出てくるんだとよ」
「マジ!? すげーじゃん! やらせてやらせて!」
「おいやめろよな! 今俺試してたとこなんだから」
「え? なに、お前異世界に行っちゃうの?」
「俺異世界よりも沖縄に行きたいかも」
「言えてる。そう言えば沖縄、もう海開きしてるらしーぜ」
「サイコーじゃん。沖縄と言えば海! 海と言えば水着! 水着と言えば女!」
「おい、異世界なんていーから、沖縄への扉を出してくれよ」
ユウリは少年たちのやり取りを眺め、
「あのぉ盛り上がっているところすみません。その視覚による脳内の思考の変化によって異世界への扉を呼び出すといった点は、わたしの見つけた召喚術式と近いものがありますが、残念ながらその図形を見る限り魔術的な意味はなさそうです」
そう容赦なく少年たちがサイトで発見した方法を否定した。その様子に、これで早速の脱線を軌道修正できると、内心で少し安堵し掛けたメアだが、
「でも面白そうですのでわたしにも一回やらせてください」
続く言葉にズコっと頬杖から顎を滑らせた。
仕方なくメアは「んんっ!」とあからさまな咳ばらいをし、ユウリを半目で睨みつけた。それを受けてユウリは何かを察し、「あの、良いでしょうか?」と改めて皆の注目を集めるようにする。
「皆さん。色々と案を提示して頂けるのはありがたいのですが、先程のメアさんの説明にもありました通り、もう既に異世界へ行く方法に関しては判明しているので、ひとまずこれを見て下さい」
ユウリは鞄から古い学園際のしおりを取り出す。既に折り目が付いてしまっている件のページは探すことなく開いた。
「ここに載っている絵を描いた方を探しているのですが、あなた方のその白い服に描かれた絵ととても良く類似しているのです。先程店主さんから描く為のものを一式お借りしましたので、お知り合いの方でしたら一緒に〝飛竜の翼〟を描いて頂けるようお願いに行って頂きたいのですが――」
「これって……」
久世はしおりの絵をまじまじと見つめ、何か思い当たるような素振りを示した。
「心当たりがあるのですか?」
「ああ、まあな」
久世は何かを懐かしむように薄い笑みを浮かべ、絵から視線を離さずに答える。
「知ってるも何も、俺が中坊ん時に描いた絵だぜ? それ」
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