XLII.DQN come into CPL
「ねぇ、どういうつもりなの?」
全く予想だにしない総長の快諾に騒ぎ立てる少年たちを余所に、メアはユウリの手を無理矢理引き額を寄せると、小声でそう問い詰めた。
「『何でも』と仰っていたので、このようなお願いの方が今後何かあった時に継続的に色々と協力を得られるかと思いまして。良い考えだと思ったのですが、何か問題でしたか?」
「大問題よ! 勝手にわたしを巻き込まないで! ったく、良い? 幼児向けの物語でね、魔法で三つの願い事を叶えてやるっていう魔人が『〝願い事を四つにしろ〟っていうのはナシだ』って念押しするシーンがあるんだけどね、どうしてだと思う? あんたみたいな屁理屈捏ねてのズルをしようとする卑しいやつがいるからよ!」
「メアさん……魔法は――」
「だぁー! もう! わかってるわよ! どうせ魔法じゃあ願い事を何でもは叶えられないって言いたいんでしょ? 例え話よ! バカ!」
「はぁ……」
「おい、お前ら」
全く反省の見えないユウリの様子にメアが徐々にヒートアップし始めたところで、久世が二人に声を掛ける。
「お前らのアホみたいな願いを快諾した手前だが、今日はもう遅いだろ。送ってってやるよ」
「良いわよ! 別に! …………って、しまった!」
言いながらメアが辺りを確認すると既に日が落ち、薄暗くなっていた。戸が外れ、必要以上に通気性の良い入口からも明かりはほとんど差し込まず、ガラステーブルに置かれた少年たちが用意したであろう簡易的なライトの灯りでどうにか視界を保っているのみである。
目まぐるしい展開にすっかり感覚が麻痺していたメアは、この時になってことの重大さに気付き、胸を突かれた思いで携帯の時間を確認すると既に寮の門限を過ぎていた。
先程の窮地とはまた違った種類の汗がメアのこめかみを這った。
まずい、このままでは寮長からお叱りを受ける。それは常に己の有能さを周りに知らしめてきたメアからするとあってはならないことであった。そしてメアが戻らないことを心配した寮側が親や警察に連絡を取ってしまうこと、それは前述以上に深刻な問題だ。
「い、急ぐわよ!」
「ですがメアさん、材料探しの方は……」
「そんなのまた今度に決まってるでしょぉ! バカなの!?」
「まあ、正直事情の方は気になるが……、ほれ」
久世は室内に積まれたガラクタの中から薄汚れたバイクのヘルメットを二つ取り出すと、メアとユウリに向かって放り、
「バイク、乗っけてやる。今日のとこは帰んな」
そう言ってスタスタと廃墟の外へ歩き出してしまった。
「ばいく……先程の高速移動を可能とした魔道具でしょうか? 興味深いです……」
ユウリはそう囁くように独り言つと、久世の後を追ってしまう。
「え!? ちょっと待って!」
メアが二人を追い敷地の外に出る頃には、ユウリは先程渡されたヘルメットを被り、久世がエンジンを吹かすバイクの後部席に跨っていた。
他の少年たちも次第に集まり、各々まばらにバイクのキーを回す。静かな薄闇の中、マフラーから吐き出される忙しないエンジン音が四方八方響き渡る。
「マサ! そっちの眼鏡っ娘はお前んとこ乗っけてやれ!」
「うっす!」
「何勝手に話し進めてんのよ! 乗るわけないでしょぉ! こんなとこ誰かに見られでもしたらどう説明すんのよ!」
「ですがメアさん、面白そ…………急いだ方が良いのでは?」
「あ、あんた今! 絶対面白そうって言いかけた!」
「別に歩くってんなら無理は言わねぇぞ! 乗るなら早くしな!」
久世が最終判断を乞うようにメアに声を投げかける。メアの思考は纏まらずにいたが、この薄闇の中を一人帰るのは心許ない。それ以上にこうして迷っているあいだにも着実に騒ぎになる確率が上がって行く。事ここに至っては仕方がない。
「ああもうっ! わかったわよ!」
メアは埃っぽいヘルメットを乱暴に被るとマサのバイクに跨った。
少年たちと別れ、寮の入口に着くと、寮長であるふくよかな中年女性が呆れ顔で出迎えた。
「ああ、あなたたち。良かったわ」
「すみませんでした……」
「石川さんに能登さん、あなたたちは普段真面目だから大目に見るけど、遅れる時は連絡頂戴ね? 石川さんは携帯電話、持ってるんでしょ?」
「はい、すみません……」
「もういいわ。ほら夕飯、もう終わっちゃったけど、温め直してあげるからいらっしゃい」
メアとユウリは寮長の女性に促されるまま、食堂室へ向かい二人で夕食をとった。
以外にも何事もなく済んでくれたことにメアは安堵する共に、多少そのことが不可解だとも感じたが、食堂に備え付けられた時代遅れのブラウン管テレビから流れるニュースを見て納得する。
ニュースではこの界隈で多発していた未成年少女を狙った事件の犯人が無事捕まったことを報じていた。幸いにもその報道がもたらした安心感が親や警察に知らせるといった判断を僅かに遅らせてくれていたようだ。
メアとユウリは遅めの夕食もそこそこに風呂を済ませると、それぞれ自室に戻った。
例の緋龍を名乗る少年たちのリーダーからはユウリが連絡先である携帯電話番号のメモを受け取っており(※メアが携帯電話番号を交換することを頑なに拒んだ為)、後日約束を取り付けることになっていた。
まだ例の少年たちが手掛かりとなるかは確定ではないが、これでユウリの主張する魔法の材料が揃うのにあと一歩というところまで来たことになる。
今後味わうであろう懊悩に溜息しか出ないメアであったが、今日のところは全てを忘れ去り、眠ることにした。
だが、その前にとメアはとある人物に電話を掛けた。
『はい、どちら様でしょう』
電話に出た相手はやけに神妙な声色でそう尋ねる。
「…………。わたしよ」
『嘘よ!』
「は?」
『これが俗に言う「わたしわたし詐欺」ね! 騙されないわよ!』
電話の相手、希実枝は未だ信じられない様子であからさまに取り乱す。
「だからわたしよ。ってか、携帯に登録名表示されてるでしょ?」
『そ、そんなメアちゃんに似せた声だからって! た、確かにわたしが登録しておいた「ラブリーマイスイートめあたん」って表示されてるけれど! けれども!』
「何よそのふざけた登録名。今すぐ変えなさいよ」
『ああっ! その麗しくもナイフで心臓を抉るような冷たいお声はまさしくわたしのメアたん! これが噂に聞くドッペルメアちゃん?』
「何そのピンポイントな都市伝説」
『メアちゃんなのね? 本当に本当のメアちゃんなのね? はぁっはぁっ……』
希実枝はあまりの衝撃に何らかの発作に苛まれているようであった。
「ねぇ希実枝?」
『ちょっと待って、今奇跡が起こってる……。メアちゃんから連絡してくるなんて……。はぁっはぁっ……えほっ! げほっげほっ! おぇっほ! おえっ!』
「…………。キモイからやっぱ切るね」
『ちょっと待ってメ――ブツっ!』
希実枝の縋るような声虚しく、メアは電話を切った。
メアは思い返せば自から希実枝に電話をしたことがなかったということを考えながら、気を紛らわせようと間違った対処法を取ってしまったことを反省した。
それもこれも疲れている所為。メアは改めて今度こそ大人しくベッドに入った。
* * *
翌日。メアはその日の授業を十全にこなし、早くも最後のHRの時間。前回余計なことばかり考えてしまい悩乱の果てにユウリから助けられるといった苦い経験をしただけに、メアの集中力はいつにも増して卓抜さを披露していた。だが、その分疲労感がいつもの何倍にもなってしまったのが考えものでもあった。
HRでは昨晩ニュースで聞いた事件解決のこと、また、この学校の女子生徒が痴漢被害にあったという話題が担任篠原の口から出た。
通例通り全く関心のない様子で終わりを待つクラスメイトたちの中で、メアはくだらない大人と危機感皆無の愚かな子供ばかりのこの世界に憤懣し顔をしかめる。
五月に入り文化祭の準備も本格的になってきてはいたが、メアは全くと言って良い程協力的ではなかった。その様子に陰で不満を漏らす者も中にはいたが、当のメアは「協力的なら協力的でどうせ疎む癖に」と意に介さずにいた。
「メアさん」
メアが鞄を机に乗せ、だが帰り支度をするでもなく文化祭準備を手伝うでもなく、疲労感から呆けているとユウリから声を掛けられる。返事はせず、代わりに感情のない視線を向けた。
「昼休みのあいだに学校の公衆電話で例のふりょーのリーダーさんと連絡を取りまして、本日集まって頂けることになったのですが、メアさんは予定大丈夫でしょうか?」
「ええ、まぁ……。で? どこ?」
メアは曖昧に返すと、詳細を促す。
「秘密基地です。燐華さんと時緒さんにも連絡しておきましたから先に向かって頂けている筈です」
「ばっ!!」
メアは息を呑み、机からガタンと立ち上がった。完全に意識は覚醒し、剣呑な目付きでユウリを睨む。
やや遅れてクラス中がメアに注目していることに気が付き、慌てて教科書やノートの類を無理矢理鞄に詰め込むとユウリの手を引いて教室を後にした。
ユウリは半ば引きずられるような形でメアと共に校舎を出たが、自身は何がメアの逆鱗に触れてしまったのかわからずにいた。
「め、メアさん。どうしたんです?」
校門を出た所でユウリが問うと、メアはようやくその手を跳ね除けるようにユウリから離した。
「バカぁ!」
メアは改めてそう怒鳴ると、ユウリの頬をつねり上げる。
「あわわわわ、メアふぁん、まだ謝ってないでふ……」
「うっさい! 何考えてんの? ええ何も考えていないんでしょうね! 万死に値するわよ! よりにもよってあの場所に、しかも燐華と時緒まで一緒に集めるだなんて!
「ふぁかりまふぇん」
「でしょうね!!」
メアはさらに頬をつねる手に力を込めた。ユウリは肩から鞄を落とし、痛みに手をバタつかせた。
劇薬に劇薬を注ぐようなものだ。どんな危険な化学反応が起こるのかわかったものではない。ようやく解放されほのかに赤くなった頬をさすりながら未だ困惑の表情を向ける元凶を横目に、メアは苦悶から頭を抱えた。
「で、でもメアさん。もう連絡してしまいましたし……その、どう……します?」
「急いで行くに決まってるでしょ! ほら! ダッシュ!」
「はい」
メアが走り出すとすぐにユウリが物凄いスピードで追い抜いて行った。
「待った! 待った! やっぱダッシュはなし! 速いのよ! あんたっ!」
秘密基地、もとい怪しげな絵本屋「廃屋のリーヴルディマージュ」の扉の前に辿り着く頃にはメアの手はじっとりと汗ばんでいた。それが走ったことによる汗だけでないことは明白だ。先回りできるかもしれないという淡い期待は、敷地の外に停められた見覚えのあるバイクが目に入った瞬間に打ち砕かれた。
一度深呼吸をし意を決すると、メアは一息にその無駄に重たい扉を開いた。
「おねーさん絶対美人っしょ! ねぇねぇもっと良く顔を見せてよー」
まず最初に飛び込んできた光景を目の当たりにしてメアは言葉を失い、鞄を地面に落とした。
「ねぇーおねーさんってばぁー」
眼前で、不良グループのリーダー久世が哲学的幽霊をナンパしていた。
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