Ⅳ.秘密の場所

「確か図書館はこの間デメキンになったんじゃなかったっけ?」


 お菓子を調達したら次は場所決めである。宿題をやるということでメアは図書館を挙げたが、それに対して時緒が意味不明な反論をする。


「…………? デメキン? ……ああ、出禁ね。忘れてたわ」


 出禁、すなわち出入り禁止である。春休みの折に燐華と時緒が通う進学校ならではの大量の宿題を手伝おうと図書館に出向いたのだが、集中力が切れた燐華が暴れ出し、書架を丁度ドミノ倒しのように盛大に倒してしまったのだ。


 メアの渾身の謝罪の甲斐あって何とか学校や家へ通達されることは免れたのだが、結果として「暴れるならもう来ないでくれ」と、図書館職員から出禁宣言を頂いてしまったのである。情状酌量の上での寛大な措置といえなくもないが、メアにとっては手痛い仕打ちであった。


「まあ、どうせ図書館は飲食禁止だろうし、じゃあどうしようか……」


 メアは考えを巡らせる。メアの住む寮は関係者以外立ち入り禁止であるし、燐華と時緒の自宅はそれぞれ訳あって行くことができないのだ。


「じゃあもうあそこしかないね」


 メアの考えが纏らないうちに燐華が結論を口にする。


「ちょっと待って」


 燐華の言う〝あそこ〟が共通認識としてわかるメアはすかさず答える。


「今日は誰が〝椅子〟に座る番だっけ?」


「前回はわたしだったから次はメアちゃんだよー」


「うげぇ」


 時緒の言葉にメアは軽い吐き気を催した。


「ねぇ、今日は別の場所にしない?」


「えーでも、いつもなら外で良いけど、宿題やるとなると図書館か〝あそこ〟しかないよー?」


 確かにそうだ。それに新規開拓しようとするあまり、過度に動き回って行動範囲を広げれば、当然クラスメイトに見つかってしまう可能性も高くなる。


 そう結論付け、メアは渋々観念した。




 ガードレールで仕切られた狭い歩道を、狭さからほとんど縦一列に並ぶような形で三人歩を進める。


 目的地までの道半ば程に差し掛かったその時である。突如けたたましい音が後方から接近してきた。


 メアたちが反応して振り返るより早く、傍らの道路を5~6台のバイクがひゅんひゅんと風を切りながら過ぎ去って行った。思わず三人はスカートと髪を手で押さえる。


「びっくりしたねー」


 時緒が言うと、


「うん、でもなんか良いよねー。ああいうの」


 と、燐華が返した。


「なにが良いのよ」


 面白がる二人に対して、メアだけが汚いモノを見る目つきでバイクの過ぎ去った方角を眺めていた。


 メアにとってはこの世のほとんどが下らない人間で占められている。中でも先程のような人間達は下も下、家畜にも劣る愚物であった。


 通り過ぎたバイクは、ハンドルが芝刈り機並に妙に高い位置にあるとか、戦国武将のような奇抜な旗がお尻から突き出ているとか、そういったあからさまな風ではなかったが、バイクに詳しくないメアでも、それらが不必要に大きな音を発しているのがわかった。


 そして見間違いでなければ、そのバイクにまたがっていた者達が皆、恐らくは高校の制服であろう学ランに身を包んでいたことも、メアのあの者達へ対する侮蔑を加速させた。


 あのような愚行に及ぶ人間はその実、何の能力も持たない人間だ。何も出来ないからこそ、ああやって不必要に騒ぎ立て、周りを威嚇し、強くなった気でいる。何も出来ないからこそ、周りと同じ土俵では戦おうとはせず、愚かで身勝手で原始的な自分たちだけの土俵の中で悦に入っている。


 そして、高校生という若い身分のうちにそのような土俵に籠もっているような奴らは、将来見向きもされない、ろくな生き方もできない大人になるに違いない。メアはそう確信していた。


 ああいった奴らは、将来メアが相応の権力を持った際には、真っ先に跡形もなくしてやる。メアはそう心に誓った。


「えーだってさー。なんか好き勝手やってる感じじゃん」


 メアの問いに燐華が応える。


「うん! なんかあんな風になったら、もう何もかもどうでも良くなりそうだよねー。学校とか、家とか」


 燐華に時緒が賛同する。


「そうそう、なんかもう終わり! って感じ?」


 あのようになったら「終わり」。


 それはメア自身も同感だが、この二人がメアとは全く逆の感情ベクトルでその言葉を発していることは、その無邪気な笑顔が証明していた。


 メアはそれ以上反論しようとはしなかった。この二人は見た目通り未熟で、おまけに頭の出来は良くない。メアからすると赤子も同然、メアの言うことには何の疑問も持たず従う下僕だ。


 だが、そんな中でもメアが度し難いと感じてしまう瞬間がある。まるで深淵を覗くような、深入りをしてはいけないというような感覚に陥る。それはある種、言いようのない恐怖にも似た感覚だった。


「はい、終わり。急ぐわよ。宿題終わらなくなっちゃうわよ」


「えーん。メアちゃーん」


 だからメアはそれ以上何もせず、先を急ぐことを促す。




 駅とは反対の方角を道なりにしばらく進むと、細い川が見えてくる。


 ちょうど今の時期は市の催しで数百体の鯉のぼりが川を跨ぐ紐に吊るされている。


 風のある時は、川の上を数百の鯉のぼりがはためき、中々に壮観らしいが、生憎今は無風なのでせっかくの鯉のぼりたちも重力に逆らえず、力なく垂れ下がっていた。あれでは無意味に巨大でカラフルな干物のようだとメアは思った。


 その川沿いに一件、著しく景観を酷く損ねる場違いな建物がある。


 古い洋館。館と呼ぶには小さいが、まるでおとぎ話に出てくる悪い魔女が住んでいそうなデザイン。


 恐らく本来は白であったであろう壁面はどこも黒ずんでおり、良く判らない植物の蔦がのたうっていた。建物の傍らには、もう春先にも関わらず花一つ付けない枯れ木が植わっており、一羽のカラスが枝で羽を休めている。一応は市の名物である鯉のぼりを眺められるような場所にあってはいけない建物である。


 その建物こそがメアたちが共通認識で「あそこ」と呼ぶ場所であった。


 文化史跡もあるこの市内において、異様とも思える外観である。


 表札代わりに掛けられた看板にはこうある。「廃屋のリーヴルディマージュ」。


 多少自虐的なネーミングが記された札は、建物に合わせてレトロな加工を施しているが、明らかにそこだけ年代が新しいのが見て取れる。


 花のレリーフが施されているのにも関わらず、優雅というよりはどこか禍々しさを醸し出す意匠の扉には、コピー用紙に明朝体で「営業中」とだけ印刷された張り紙がセロハンテープで張られていた。


 メアたちは三人で扉の片方を押す。一人で開けられないこともないが、古くなって錆びついているのか、女子中学生一人の腕力では重くて腕が疲れてしまうのでいつもそのように開けている。


 建物内に入るとバラのような香りのするお香と埃が入り混じった空気。


 そして静かなバイオリンだけの音楽が出迎える。


 まず目に入るのは、一面すべての壁に接するように並べられた書架。窓の場所を避けるようにしてほとんどすべての壁が書架で埋まってしまっている。高さも天井近い。


 どの棚も大小様々な幅の背表紙がきっちり誂えたかのように隙間なく収まっていた。


 そして何よりも奇妙なのがその収められた本どれもが絵本だということ。


 六法全書のように分厚いものもあれば、本屋の幼児向けコーナーにありそうな薄いもの、光沢のあるものから、布製の高そうなもの、その種類は様々だが、一貫して絵本だということだけは共通だった。


 背表紙のタイトルそのほとんどが一般的にほとんど知られていないような、あるいはこの店以外に本当に存在するのか怪しいものばかりだが、よくよく注視すれば、ジョナサン・スウィフトやルイス・キャロル、グリムといった、現代の子でも誰しもが一度は耳にしたことのあるタイトルを持つ著者の名も確認できる。棚に入りきらない本は隅の床に無造作に平積みされていた。


 何故絵本ばかりが、その答えは単純でこの店は絵本の専門店なのだ。入口の「リーブルディマーシュ」はフランス語でそのまま絵本を意味する言葉である。


 赤い絨毯を踏みしめながら三人は店の奥へと進む。


 書架はすべて壁に追いやられているので部屋の真ん中はスペースが空いており、そこにはだ円形の木製テーブルが置かれている。来店があったにも関わらず店主は見当たらない。


「わ!」


 突然何かに気が付いた時緒が短い悲鳴交じりの声を上げる。


「もー脅かさないでよぉ、幽霊さん」


 壁際の書架に寄り掛かるようにして膝を抱えているのは、藍色に赤い花の模様をあしらった着物姿の女性だった。


 本を読むでもなく、無言で虚ろな瞳をこちらに向けている。十二分に整った顔立ちの大人の女性だが、着物姿に艶やかな黒髪も相まって呪われた人形のような印象を受ける。


 その女性はこの店の店主ではない。店主曰く最近の常連客の一人らしい。メアたちが店に訪れると、何をするでもなく、こうして書架に寄り掛かりぼんやりしている姿をたまに見かける。


 名前すら知らない。ただ、店主からは「哲学的幽霊」だと教えられている。メアは話し掛けたことすらないが、燐華や時緒は「幽霊さん」と呼んでいる。


「グミ食べる? 幽霊さん。美味しいよ?」


 時緒が先程コンビニで買ったみかんグミを一粒手のひらに、哲学的幽霊に差し出す。


「やめときなさいよ」


 メアが公園で鳩に餌をやろうとする子供を窘めるように言った。


 幽霊は時緒の手のひらを虚ろに見つめると、おずおずと手を伸ばし、グミを摘まみ、口に入れた。動きが緩慢でわかりづらいが、しっかりと顎を動かし、咀嚼しているようだ。


「食べた! 食べたよ! 幽霊さんグミ食べた!」


 それを見て、動物園での幼稚園児ばりの反応を見せる時緒。


 幽霊なんて馬鹿馬鹿しい。メアは幾度もそう思いながらも、そのことに対して時緒たちと議論する気はなかった。「幽霊」だなんてものを信じている時点でまともな議論に成り得ないからと考えてのことだ。


 そもそも良い歳をした女性が平日のこんな時間にこんなところでぼーとしていること自体が、どうしようもなくまともとは言い難い。


 店主曰く、「ぼーとしている」というのは誤りで、正確には「哲学している」らしいのだが、メアからすればそのような屁理屈は失笑ものである。


 店主という人間もまた、メアの脳内では時緒や燐華の同族に類する人種としてフォルダ分けされているので、いちいちまともに取り合う筈がなかった。


「あらあら、いらっしゃーい」


 ようやく件の店主がメアたちに気付いたのか、奥から間の抜けた声を掛ける。


 予めメアたちがやって来るのがわかっていたのか、手には洒落た陶器のティーポットを持ち、その口から湯気を漂わせていた。


 ドレスと呼ぶには控えめな、普段着と呼ぶには少し華やかな花のレースが全体的にあしらわれた黒のワンピースに身を包んでいる。足元くらいまで丈のある黒いワンピースは、おとぎ話に登場する魔女のローブを連想させる。


 外見は大人の女性だが、そのおっとりとした声色とマイペースな所作が相まってか、見た目よりも幼く感じられ、いまいち年齢の判断が付かない。


「宿題をやりにきたの。テーブル借りるわね」


 客として来たわけでもない子供の不遜な態度に店主は嫌な顔一つせず、「いいわよぉー」と笑顔で了承する。対してメアたちは当たり前といったように、ぞろぞろと鞄を下ろしながらテーブルに群がった。


 この絵本店はメアたちの秘密の場所であると同時に、メアたちが初めて出会った場所でもあった。


 テーブルの上には描きかけの水彩画と筆が無造作に置かれている。描きかけの絵は洋風の町中を仲良く歩く三匹の猫だった。青空の一部が不自然に白く切り取られたように塗られていない。


 それは雲を表しているのではなく、文字が入るスペースらしい。この店の店主は絵本販売を生業とするのと同時に絵本作家でもあった。


 ただしメアたちが描いている様子を見たことは一度もない。メアたちが訪れると毎回律儀にテーブルの上を片付けて場所を提供してくれるのである。


「さあどうぞー」


 テーブルに三つある椅子の一つに腰掛け、店主は着席を促す。


 椅子は三つ。つまり、店主が腰掛けてしまえば一人分足りない計算になる。


 まず燐華と時緒が腰掛け、メアは未練たらしく動こうとしない。座る場所が無くて困っているわけではない。


 言うなれば、座る場所がメアを困らせているのだ。


「さて!」


 元々あまり声に張りの無い店主が今日一番の声量で切り出す。


「確か今日はメアちゃんの番だったわね!」


「…………。そうよ」


 店主は笑顔を張り付かせたまま、自分の腿をぽんぽんと叩いた。それを見たメアは露骨に舌打ちをする。つまり、そこに座れということだ。


 メアは観念し、緩慢な動作で店主の腿に腰掛けた。その瞬間、店主が「はぁ……」と満足げな声とと共に溜息を洩らし、メアは全身の鳥肌が立った。それこそがメアたちの言う「椅子」の正体であった。


 何故、客でもない中学生達が営業中の店に押しかけ、太々しくも仕事の作業場を占拠しても嫌な顔をされないのか。


 それは互いにwin-winな関係であるからだ。


 だが、そこまで気にしない燐華や時緒と違って、メアにとっては差額として釣りが出るどころか、今までのその釣りでこの店ごと買い取ってしまえそうなくらい割に合わないことであった。


 鳥肌はなかなか治まらない。メアにとってはバズビーチェア並みに呪われた椅子だ。件の呪われた椅子は誰も座れないように宙吊りにしてあるらしいのだが、メアはこの店主こそ縛り付けて宙吊りにしてやれたらどんなに良いだろうと想像する。


 だが、この場自体がその店主のものなので、自重するしかない。


「未成熟な女の子って何でこうも魅力的なのかしらー……っうが!」


「犯罪めいたこと言わないで」


 店主がメアの頭に顔を埋めだしたので、頭突きをお見舞いしてやる。


「わかるー」


 時緒が鼻を押さえ涙目になっている店主に賛同する。


「わかるな!」


 ふと哲学的幽霊がその様子を眺めていることにメアは気付いた。


 彼女が哲学する為にこの店を訪れるならば、今のどこに哲学的要素があっただろうか。ただ、その無表情の視線が少し怖かったので、メアは早々に視線を戻し、時緒に宿題のプリントを出すように促す。


 ここまで来て時緒が最後の抵抗と言わんばかりに渋ったので、そこからさらに五分程掛かってしまったが、何とか始めることができた。今日は理科と数学の宿題らしい。




「でね! 車に轢かれるしかないんだけど! 車に轢かれるの怖いんだけど! どうしたら良い?」


「さあ? 轢かれれば良いんじゃない?」


「酷いよ―メアちゃぁーん」


「知らないわよ。どうして車に轢かれたいの?」


「わたしねぇ、将来異世界に行きたいのぉーえへへぇ」


「へぇーまだ行ってなかったの? 頭の中身はもうとっくに異世界かどっかに旅しちゃってるかと思ってた」


「酷いよ―メアちゃぁーん」


「はいはい、で、それが車に轢かれるのとどう関係あるの?」


「異世界に行く時はね、大体主人公が死んじゃう場合が多いんだけど、今読んでる本の主人公が車に轢かれて異世界行くんだよ!」


 時緒の言う「本」とは概して漫画やライトノベルである。


 教科書は自主的には一切開かないクセにそういった類のものを読むことに関してはかなりの時間を費やしていることをメアは知っていた。そしてそのほとんどが所謂「剣」や「魔法」云々で所謂「モンスター」や「魔王」云々と戦うといったファンタジーものだ。


 時緒はメア達と会っていない時はそういった書物で妄想の世界に浸り、その甘美な世界を共有する友達もいない為、結果としてメア達に無理矢理押し付けようとするのである。


「でねー、主人公がねー、ちょーカッコいいんだよぉー。だって異世界に行っていきなりレベル100なのぉ。上級魔法とかも色々使えちゃうのー」


 時緒の話はメアにとって内容的に興味が湧かないものばかりの上、全く要領を得ない為、とても聞くに堪えなかったが、適当にうんうんと相槌を打っていればそのうち本人は満足するので、メアはいつもそんな様子で話に付き合っていた。


 反対に聞かなければ、聞いてくれと泣いて縋り付いて来るので余計に面倒なことになるのも知っての対処法だ。宿題を進める効率を考えると仕方ないことであった。


「レベルって何よ、レベルって」


 時折、質問してやることも忘れない。間違ってもメアが本当に知りたいわけではない。


「レベルはレベルだよぅ!」


「だから何よそれ。そんなもの普通の人間にはないでしょ?」


「いいもん! 調べるもん!」


 時緒はふてくされながら、携帯の辞書機能で意味調べようとした。が、


「メアちゃん。レベルって英語でどう書くの?」


 結果、メアが代わりに調べることになった。


 ・level。平らな、平坦な、水平の、【類語】flat【用例】He had to look for a level site to land.( 彼は着陸するために平坦な敷地を探す必要があった。)


「平らって意味らしいよ、レベル」


 他にも意味が色々出てきたが、元より真剣な気持ちは無かったので一番最初の項目を読んで時緒に聞かせる。


「メアの胸は真っ平らだからメアはレベル100じゃない?」


 気怠そうに自分の分の宿題をやっていた燐華がにやにやと嫌味な笑みを作って言った。


「どういう意味? 表出る?」


「べっつにー」


「あんただって同じようなもんじゃない!」


「燐華ちゃん。でもねメアちゃん去年に比べると少し膨らんできてるよ? 真っ平らじゃないよ? 兆しが見え隠れだよ?」


「うっさい!」


 時緒が両手でわきわきと何かを掴むような動作をしたので、メアはゲンコツをおみまいした。


「さあ、馬鹿言ってないで早く進めなさい」


「うん……あっ! メアちゃん。教科書に書いてあるこの『アボガドロ』って異世界に出てくるドロドロしたモンスターっぽくない? アボぉガドロぉードロドロぉー」


「早く進めなさい」


「あっ! メアちゃん! ここ見て、ドルトンだって! ドルトンっ!」


「早く進めなさい!」


 宿題はまだまだ時間がかかりそうだった。




「ねーメアちゃーん。二次関数なんてこの世から消えてなくなればいいのにねー」


 理科の宿題を片付け、数学の問題集も終盤というところで時緒が口を開いた。


 小さなステンドグラスの窓からは淡く色づいた夕日が差し込んで床に朧げな模様を作っている。時間的に今日は宿題だけで終わりそうだ。


「馬鹿言わないで。先週は英語が消えてなくなればって言ってたじゃない。あんたの基準で何でもかんでも消されてたらこの世のすべてが消えてなくなるわよ」


「わたしはメアちゃんと燐華ちゃんと、大好きなアニメがあればあとはいらないかなー」


「あっそ、お菓子は? いらないのね」


 そう言ってメアは時緒が大事に残していたグミの袋に手を伸ばす。


「あー! じゃあメアちゃんと燐華ちゃんとアニメとあとお菓子ぃーえへへぇー」


 時緒は慌てて残りのグミを頬張り、腑抜けた笑顔を作った。


 だが、時緒は何かを思い出したかのうように、スッと表情を真剣なものにした。宿題の問題集を解いている時ですら見せないその表情に、メアは嫌な予感がした。


「でもさー、さっきのあの子は仲間に入れても良いかなって、ちょっと思ったよ?」


「あの子?」


「ああ、コンビニにいたあの子ね」


 メアが思い当たる前に燐華が口を挟んだ。


「何でよ」


「だってさー。何だか寂しそうっていうかさー。上手く言えないんだけど、何だかわたしたちとおんなじ感じがしたよー?」


「は? わたしのどこが寂しい感じなのよ」


「メアちゃんは時々あんな風な顔してるよ? それが寂しい? 表情なのかはわからないけど」


「わかるなー。上手く言えないけど」


 燐華も時緒の言葉に賛同する。


 いつもはふざけてばかりの二人がどういうわけか、こういう時は真剣な顔をするのである。そしてそれがメアにとって不都合でもあった。


 簡単に言い返せなくなるからだ。


 何故か、それはやはりメアにとっても「上手く言えない」からである。


「だからさーあの子がもし、わたしたちみたいにクラスに友達がいなかったら、仲間に入れてあげたいねー」


「ダメ」


 理由が上手く言えないのでメアはそれだけ返した。


「なんで?」


「ダメったらダメ、絶対ダメ」


「まあメアが言うなら仕方ないな」


「うん。メアちゃんが言うなら仕方ないねー」


 まったく論理的な応答ができなかったことに対し多少のやるせなさと気持ち悪さを残しつつも、メアは二人が素直に自身の言葉に従ったことに安堵した。


「あんたらこの秘密の場所、他に漏らしたりしてないでしょうね」


 最後にごかまし混じりにそう付け加えた。


 『呪いの絵本を売る魔女』、『廃屋で哲学する幽霊』。


 だが、どこかでここのことが噂になっているのも事実と言えば事実だ。


 メアが哲学的幽霊の方を見ると彼女は膝を抱えるようにして佇んでいた。


「大丈夫だよーメアちゃん」


「おう、この場所はわたし達だけの秘密基地だからね!」


 メアの背後で微かに「あのーわたしのお店よー」という店主の控えめな嘆き声が聞こえてきたが、メアは当然のように無視した。

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