Ⅲ.石川メアと愉快な下僕達
翌日放課後。クラス委員は早速他のクラス委員を交えた集会があるらしく、円子はHRの最後に先生から指示を受けていた。
メアはその様子に心底忌々しいといった目を向け、心の中でありったけの呪詛を送る。
円子は教室から出る際、メアの方を一瞥するとその熱い視線に気付き、ニコっと一瞬笑顔を送る。
メアは怒りから、後ろで「え? 今俺見て笑った? え? 俺? 違う? でも」としつこく勘違いしている男子をアルトリコーダーでぶん殴りたい衝動に駆られたが、ぐっと堪える。
ふるふると震える拳は、不意に鳴った携帯電話の振動で解かれた。
立て続けに短く二回、マナーモードになっている携帯が鞄の中で震える。確認してみると二件、それぞれ別の者からのメールの着信である。
『メア! 今日はどうする?』『メアちゃーん! わたし寂しいよー』
それらを確認してメアは溜息を一つ。
「そういえば、昨日会ってないわね……」
同世代の、傍から見ればいわゆるメアの友人と呼べる者たちからのメッセージだが、メアはそのメールの送り主たちのことを友人とは思っていなかった。メアにとって友人とは対等な者同士でなければ成立しないもの、そう考えてのことだ。
その基準に則れば、この二人はあまりにもかけ離れている。かけ離れ過ぎている。
しいて何かに当てはめるするならば従順なる「下僕」、「家来」、「奴隷」そういった類の存在だ。
メアが決して友人とは認めないその友人たちは、メアとは異なる学校に通っている。二人ともメアと同い年。親元を離れたこの地で唯一メアがつるんでいる少女たちだ。
『行くから待ってなさい』
そう簡単に返して携帯電話を鞄に仕舞う。
ふとすると、すぐ近くで他の女子生徒達数人がくだらない都市伝説話に花を咲かせていた。『呪いの絵本を売る魔女』、『廃屋で哲学する幽霊』、『夜明け前に瑠璃色に輝く電波塔』、『死を呼び寄せる呪いの絵画』、あまりにも耳に入るものだから、メア自身忌々しくもそのいくつかを覚えてしまっている。
そしてそれが心底嫌になる。
この世界において、不思議なことは何一つ起こらない。都市伝説の類は、知識を持たぬ子供が自身の思考に収まらない事象をその稚拙で矮小な、それこそ虫ケラのような常識で無理矢理当てはめようとし、
それがメアには理解できていたからこそ、心底くだらないと思うと同時に、実に聞くに堪えないものになる。
くだらない戯言を聞かされてストレスが溜まる前にと、メアは席を立ち、早速目的地へ向かうことにする。
寮を通り過ぎてさらに十五分程歩いた先、そこに私立D学園の中等部校舎はある。中高一貫のこの学校は、一応県の中では進学校という扱いではあるが、都会と違って人口がそこまで多くないこの地の、それも中等部なんて所は、公立よりも何倍も高い授業料さえ収めれば大抵は入学できるものである。
メアの学校から三十分程歩き、D学園の中等部校舎の門前へ辿り着いた。校舎はクリーム色の煉瓦作りで、昇降口は教科書の挿絵にあるパルテノン神殿を彷彿とさせる柱付きのアーチが掛かり、実に西洋風のお洒落さを醸し出している。一際高く突き出た三角頭の建物にはローマ数字の大きな時計がはめ込まれており、十五時半頃を指示していた。
上を仰ぎ、時間を確認してから遠目に校門周辺を見渡すと下校中の他生徒が次々と出てくる傍らで佇む、二人の少女の姿が目に入る。
二人ともD学園の純白のワンピース型の制服に身を包んでいるが、その姿は実に対照的だ。ここまで正反対な二人が並んでいる姿もなかなかない。
一人は折り目正しく、清純で可憐な制服を着こなす少女。メアより少し背が高く、そのプロポーションは既に中学生ながら大人の片鱗を見せている。
髪は栗色でゆるく癖の付いたロングヘア。その佇まいはどこかのお嬢様にしか見えない。まさしく深窓の令嬢を絵に描いたような外見の少女だ。現に校門から出てくる男子生徒数人は、横目に彼女のことを気にしていた。
もう一人の少女は、一応制服に身を包んでいるものの、ところどころシワが寄っており、まだ四月にも関わらず、服の袖を折って短くしている。どこかだらしない。
背は決して高い方とは言えないメアよりもさらに頭一つ低く、髪は左右で二つ結び。華奢ながらも女子にしては筋肉の付いたその四肢は、そこだけ見れば何らかのスポーツによって鍛えられたものと思えなくもないが、擦りむいた膝と頬に張られた絆創膏の所為でどちらかというとやんちゃな悪ガキのような印象が強い。
寮の門限の十八時までこの二人と一緒に過ごすことが、メアの放課後における日課となっていた。
「ごきげんよう、下僕一号と二号」
そのメアの声に反応し、二人はパァっと明るい笑顔を見せた。
「おう! 一号ただいま推参!」
悪ガキ風の少女が戦隊ものヒーローのポーズのような仕草で言った。
「ちょっと待ってよぉ燐華ちゃぁん。一号わたしだよぉ?」
悪ガキ風少女の服の裾をくいくいと引っ張りながら、お嬢様風少女は嘆く。
「え? わたしでしょ?」
「なんでぇ? わたしの方がちょっと誕生日早いしー」
「でもわたしの方が遥かに強い!」
「そうかもだけど……。えーん……メアちゃーん……」
「下僕」という言葉の方にはノータッチでどちらが一号かで争う少女二人の姿に、メアは呆れたように嘆息してから、涙目で腰に縋り付くお嬢様風の少女の頭をよしよしと撫でてやる。
能力の低い人間は見ていて腹立たしいが、この二人クラスまでいくと逆にそんな感情も起きない。幼稚園児をあやすのと似た心境であった。
何故自身の通う学校には一緒に遊びに出かける相手がいないにも関わらず、別学校のこの者たちとつるむのか、それは実に簡単な理由で、単にこの二人がメアに対して決して逆らわず、メアがどんな辛辣な言葉をぶつけようとも反感を買うことはおろか、嫌な顔を一つしないからである。
それにいつだってメアのことを頼っている。いかに中学生と言う生き物が例外なく愚かであれ、この二人のその素直さだけは買ってのことであった。
クラスの連中も身をわきまえてただただ妄信的にメアを頼ってさえいれば、下僕として仲間に入れてやらないでもない、この二人を見てそう常に考えていた。
目的も目的地も未定のまま、取りあえず三人は連れだって歩き出す。
今日は何を食べようか。
メアが頭の中でランキング付けした駅前の店に売っているスイーツたちと現在のお小遣い残高を頭に描き、真剣に悩み始めていると、メアに付き従う二人が同時にメアの手を引く。
「ねーねーメアーメアー、今日ね、クラスの馬鹿男がわたしのことからかってきたんだけど、明日ぶっ殺して良い?」
「ダメよ」
「ねーねーメアちゃん、メアちゃん、あのね、昨日ね、メアちゃんのお陰で宿題よくできましたって褒められたよ!」
「あっそう、それはよかったわね。ところで、今日は? 宿題ないの?」
「うーん……、あるにはあるんだけど、あれはもう、わたしにはどうにもできないやつかなぁー」
「あ? ふざけんな。これからやるわよ」
「えーん」
お嬢様風少女の泣き声と共に今日のやるべきことは決定した。
あとは目的地、すなわち宿題をやる場所を決めなければならないが、決める前にまずはスイーツである。メアにとって甘いものは最優先事項だ。
だが、限られた予算の中で毎度贅沢はできない。加えて今日は最早腰の辺りに縋りついて泣いているこの少女の宿題の面倒を見なけれなならない。
色々と勘案した結果、駅前スイーツは諦め、ここから歩いてすぐのところにあるコンビニで、片手で摘まめそうなお菓子を適当に買うことにした。
「えーん」
「ねえ時緒、いい加減にして」
未だしつこくメアに縋り付いて泣いている少女の名は
見た目は万人が見ても絵に描いたようなお嬢様で、実際十分にお嬢様と呼ぶに値する裕福な家の子だ。その見た目の清楚でたおやかな雰囲気、中学生らしからぬ起伏のある身体、今のような状態でなければ、姿勢正しく育ちの良さが垣間見える挙措、それが裏付けされたような身なりと、その外見から滲み出るお嬢様感に、世の中の中学生という生物は皆取るに足らないパプリカの中身並みの脳みそしか持ち合わせていないとしか思っていなかった流石のメアも最初は少し気後れしてしまい、あまり
だが、今ではその面影が微塵もなかった。
「えーん、えーん……、あ、メアちゃんいい匂いするーくんかくんかへへぇ」
それもその筈、時緒のオツムは実にパプリカと呼ぶに相応しい出来だったのだ。
「どれどれ? とっきーわたしにもー」
「燐華まで、ちょっとやめなさい!」
時緒を真似てメアに絡み付いて来た悪ガキ風少女の名は
見た目は真逆と言って良い程時緒と対照的だが、中身は同じ部類だ。学校では頻繁に暴力沙汰を起こす問題児だったらしく、口では勝てないと踏んだ相手にはすぐに手が出る。足も出る。「だった」というのは、メアによる矯正の甲斐あって、現在ではそのような問題を起こすことが激減したからである。
時緒と違って腕力のある燐華から逃れるのは困難で、メアは仕方なく頭の左右にぶら下がる髪の束を、半ば暴れ牛の角にそうするように掴み、無理矢理引き剥がそうとする。
燐華の髪型は、いわゆるツインテールだ。
今時そのようなあざとい髪型をしている中学生は少ない。創作の世界でこそ、もてはやされるのかもしれないが、現実は中々そうはいかない。人を選ぶのも事実だ。つまるところ、似合う似合わないがかなり重要になってくる。あまりに似合っていなければ、同世代から痛々しい目線を向けられてしまうことも覚悟しなければならない。
ちなみに当の燐華はというと、似合っているとは言い難い。素行が問題としてあるにせよ、燐華も一応は思春期の女子だ。だが、燐華においてはそれが一般的に想像される思惑によるものとは異なり、髪を切るのが面倒だが髪が邪魔なので適当に縛っているという、ただそれだけの理由であった。活発な燐華の性格を思えば、ボーイッシュなショートカットが一番しっくりきそうなものであり、メアはそんな姿をまだ見たことはないが、事実、燐華も髪を切る時はギリギリまで短くしている。本人曰く、鬱陶しくて敵わなくなったタイミングでバッサリといくらしい。
「もう! やめてって言ってるでしょぉ!」
頭の両サイドにぶら下がる髪の束を掴み、燐華を引き剥がしにかかっている隙に時緒がしがみ付き、そちらに気を取られている隙に燐華が再びまとわり付く。
どうにもならないその波状攻撃にメアは思わず両手を広げて声を荒げた。
「じゃあさメア?」
「じゃあねメアちゃん?」
腰の辺りで二人はくるりと顔を上げる。
「何よ?」
この二人を前にメアには心に誓っていることがある。
「おっぱい揉んでいい?」
「今日はどんなおパンツを穿いてるの?」
「…………」
絶対に、こんな二人とつるんでいることをクラスの誰にも知られることがあってはならない。それはメアの中学校生活において確固たる地位を確立する上での、必須事項であり、絶対条件であり、至上命題である。
「ねぇねぇメア―」
「ねぇねぇメアちゃーん」
「…………」
えへへぇと、緩みきった間抜けな笑顔を見せる二人に、そう噛みしめるように無言を貫く。
程なくして満足したのか、ようやくメアは二人から解放された。
「ふぅ、まったく、いい迷惑よ」
そう不満を漏らしながら、メアはすっかりシワになってしまったブラウスを伸ばした。
「あんたら同士で勝手にその薄汚い欲望を補完し合いなさいよ。都合よく女同士なんだから。くだらないおふざけにわたしを巻き込まないで」
「だってとっきーのおっぱいは揉み飽きたんだもん」
「だって燐華ちゃんのおパンツはいつも見えるんだもん」
「知らないわよそんなの」
目当てのコンビニが見えてきたので二人の返答にはまともに取り合わず、真っすぐ自動ドアの入口を目指す。
だが、二人はメアの言葉を聞くなりぴたりと動きを止めてしまった。不審そうに振り返るメアをよそに二人は徐に口を開く。
「ねぇメア、真のエロスとは……」
「ねぇメアちゃん、真のエロスはね……」
「な、何よ……」
いつになく真剣な表情で目を伏せる二人の威圧感にメアはたじろいでしまい、十分んな距離があるにもかかわらず思わず半歩後ずさる。
そして次の刹那、二人はほぼ同時に双眸を見開き、ただならぬ剣幕でメアを見つめた。
「拒まれるからこそ興奮するものさ!」
「すべてを見せてはいけないの!」
「逮捕されろアホ共」
この二人にはメアがいなければダメだ。常にメアが気に掛けてやらなければならない。
現に、メアが一年生の頃、インフルエンザで一週間程ダウンした時には、その実に短い期間の間に時緒は全二十五問五択のマークシート式実力テストでまさかの0点というメアからすると天文学的確率にも等しい結果を叩き出し、その上、まるでそのような習性を持つ昆虫か何かであるかのように、一週間の間、宿題用プリントを教師から受け取っては小さく丸め、スクールバッグの底へ溜め込み続けた。
燐華は喧嘩でクラスメイトの男子三人を殴り、ついでに仲裁に入った担任の前歯を砕いた。挙句、行き掛けの駄賃と言わんばかりにその当時の混乱に乗じて、無関係な女子生徒たち相手に私利私欲に塗れたセクハラの限りを働いた。
めちゃくちゃであった。
回復復帰してその事実を知った時のメアは、さながらムンクの叫びどころか、絶望の画家ズジスワフ・ベクシンスキーの描く世界感顔負けの表情をしていた。
全くもって油断ならない。一週間。たった一週間でこの有様だ。この二人を野放しにすればひと月後には県警が動き、半年後には国際問題に発展し、一年後には世界が終焉を迎えるに違いない。
メアは奥歯を一度強く噛むと、今度こそ自動ドアをくぐった。
店内に入ると、そろそろ終わりの時期になるであろうおでんの独特な香りが鼻孔を刺激する。
メアは迷わずお菓子売り場の棚を目指し、燐華と時緒も大人しくそれに続く。
「メアちゃん、コンビニだったらカード使えるからわたしが一緒にお会計するよ?」
「ダメよ、自分の分は自分で払う」
時緒は親から渡されたクレジットカードを常に所持しており、それで必要なものを好きに買って良いことになっている。
中学生にクレジットカードを託すくらいの家庭ならば、無論友人の分のお菓子代を出すことくらいでは何も咎められないのだが、そこはメアの性格が許さなかった。
「えーでもこのカード使ったら何でもタダなのにー」
だがクレジットカードの仕組みをいまいち理解していない時緒にとっては、そんなメアの言葉が不思議でしょうがない様子だ。
「タダじゃない。代わりに誰が払うと思ってるの」
「えーっと……クレジットさんっていうおじさん?」
「あんたみたいな勉強サボってばっかの子には、そんなあしながおじさんは来ない!」
「えーでも絵本では勉強嫌いのピノッキオにも優しかったよぉ? クレジットじいさん」
「それはジェペットじいさん! 馬鹿言ってないで早く選びなさい」
そう言ってメアはここまでの道中で当たりを付けていたチョコレートを手に取る。外はカリッと中はトロッとしている最近のメアのお気に入りだ。
燐華も既にポテトチップスの袋を手にしている。
時緒はカゴ一杯にお菓子を入れていたところをメアに「宿題もやるのにそんなにいらない!」と一喝され、泣く泣くミカン味のグミを一つ手に取った。
各々会計を済ませ、出入り口を目指そうとする。
が、メアはあるものを目にして固まってしまう。
見た瞬間、不意に変な声が出てしまっていた。後に続く二人もそれに気付き、まばらに足を止める。
出入り口付近の雑誌コーナーで立ち読みをしている一人の少女。
背丈は低めで燐華と同じくらい。身なりには無頓着なのか、長い黒髪はクセのないストレートにも関わらず、毛先がバサバサであまり手入れがされていない様子。
余程雑誌に夢中なのか、食い入るように紙面を見つめ、時折ぶつぶつと小さい声で何かを呟いている。
正面を確認していないにも関わらず大人しい感じの子だというのがわかる。あるいは礼を欠いた言い方が許されるならば、暗いと言った方がより正確だ。
だが、本来そんなことで立ち止まったりはしない。重要なのはその少女の服装だ。
今メア達のいるコンビニは燐華や時緒の通うD学園の近く。メアのK中学校には校門を出てすぐコンビニがあるので、わざわざK中学校の生徒が下校時の買い食いでこのコンビニに来ることは滅多にない。
現に今までメアがこのコンビニで見かけたのは燐華や時緒が着ているのと同じD学園の制服に身を包んだ生徒だけであった。
だがどうだ、今目の前で熱心に怪しげなゴシップ誌の活字を目で追っている少女はメアの学校と同じ制服を着ているではないか。
まずい。こんなところで馬鹿二人とつるんでいる光景を見られるわけにはいかない。
幸い後姿を確認するだけでも同じクラスの生徒ではないとわかる。それどころか、制服を除けば見かけない風体だ。学年自体が違う可能性が高い。
メアは二人に目配せする。すると普段からメアの事情を聞かされている二人は素直に「はーい」と小声の返事をして、そのままメアを追い越し、コンビニを出た。
商品を眺めるフリをしていたメアは、少し遅れて自動ドアを通り抜けようとする。
特に何かが気になったわけではない。だが、自動ドアを通る瞬間、メアは横目に少女の顔を見た。
そして再びギョッとする。少女もまたメアの方を見ていたのだ。
長い前髪で隠れてしまっている部分が多いが、整った顔立ちが伺えた。白く陶器のような肌も相まって、まるで作り物の人形のような印象を受ける。そして前髪の間から覗く瞳はコンビニの窓から照らされる日を浴びて深い群青色をしていた。
見つめれば吸い込まれてしまいそうなその二つのガラス玉がメアのことを捉えている。危うくまた立ち止まってしまいそうになった足を無理矢理動かし、メアは逃げるようにその場を後にした。綺麗、と言うよりも不気味と評した方が相応しかった。
メアがコンビニを出て辺りを見回すと、道路を挟んで向かいにある有料駐車場の錆びた看板の陰から、二人がひょっこり顔を出した。
「お待たせ」
「おう、大丈夫だった? メア」
「バレなかったかな?」
二人は無事無関係を装えたか、口々に尋ねた。
「たぶん……」
そう答えながら、自分自身が口酸っぱく言いつけたことにも関わらず、メアは内心複雑な心境になっていた。それに何故この二人は「知り合いだと思われたくない」というメアの希望に対し、こうも楽しそうに従ってくれるのだろう。
メアの回答を聞いて「やったね」と笑顔で喜び合う二人を前に、何とも名状し難い感情がメアの中で渦巻く。
何故? それはメアがそう指示をしたから。では何故こんな気持ちに?
それがわからない。
頭に雲が掛かり、それをかき消そうと意識を強くするが、その正体不明の靄はふっと切れ間を見せたかと思うと、再び執拗に纏わりついた。
観念して思考を放棄し、小さく溜息を吐くと、幾分かその靄が吐息に混じって薄く吐き出された気がした。
「メア? 大丈夫だよ?」
「メアちゃん。わたしたち気にしてないよ? だって友達だもん」
自分でもどういう顔をしていたのかわからない。
ただ、この二人は頭の出来は悪いクセにこういう僅かな表情の変化には敏感だ。だからいつも毅然としていなければならない。メアは心の中で自分に一喝すると面を上げ、姿勢を正した。
「別にあんた達みたいなのなんてどーでもいいし! あー危なかったー。危うくこんなお馬鹿さんたちと知り合いだと思われるところだったー。あと、勝手に友達にしないで。あんた達は友達じゃなくて下僕一号と二号! わかった?」
「そうだった! 一号!」
「えーん一号わたしぃー!」
しゅびっ! とキレのあるポーズを取る燐華と、それに泣いて縋る時緒。既視感のある光景に、メアは呆れの溜息と共に薄い笑みを溢した。
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