君がいたなら、それだけで。

@moon-murakumo

第1話

歴1768年。

小国カレントに女王が立った。

一笑千金の美姫と称され、数多の縁談を積まれてもなお ただひたすらに1人の男を愛し続けた、高潔な少女。

その名を、セアナ・スタン・カレール。

カレント初の女王でありながら、史上最長の上治を誇る賢君であったと伝わっている。


「…護衛?私に、ですか?」

冬の厳しい寒さもようやく緩み始めた3の月

その空気を再び凍てつかせるような、冷ややかな少女の声が部屋に響き渡った。

「お前以外に誰がいると言うんだ、姪御どの」

その視線を真っ向から受け止める羽目になった男の口許に、薄い苦笑が浮かぶ。

「確かにカレントは小国だよ。

お前の言う通りな。

だが、小さくても国は国だろう?

君主に護衛がいないなど、国としての示しがつかないんだよ。」

「…どこのどなたですの。

カレントにそんな何の足しにもならない示しをつけさせたい御方は。

先の大戦で国庫は空、兵士達は尽く討死に。

護衛に使える人材は、数的にも能力的にも存在しないと思うのですが…。

その御方はお気付きになっていないのですね、きっと。」

「…相変わらず手厳しいな。」

自分の要求を呑みそうにない目の前の少女。

亡き兄―前カレント王のたった1人の愛娘だ

冬の陽の色にも似た薄い金色の、癖のない髪

勝ち気そうな濃緑の瞳。

日焼けなど露ほど知らぬ白磁の肌。

身内の贔屓目を除いても、美しい少女だと思う。

――黙ってさえいれば、の話だが。

「現状からいきますと、護衛は他国から雇い入れることになりますわよね?

第1に、そんなお金はありません。

第2に、他国の者を雇っては出自を調べるのに限界が生じてきますわ。

どこの誰かわからぬ者に命を預ける?

そんなこと、以ての外です。

その者が私の命を狙っている可能性がないとどうしたら言い切れましょう。

護衛は、国が立ち直ってからで十分。

カレントが、焦らずとも護衛を選べるような国になってから見繕ってくださいませ。」

「…。」

彼女の唯一の欠点は頭が回りすぎることだと男は常々実感させられている。

国を治める者が賢いのは、全く問題でない。

むしろ、かなり喜ばしいことだ。

問題なのは、彼女が女であること。

そして、成人したばかりだということなのだ。

これまでの慣習を破って即位した新王が気に入らないという者は少なからずいる。

―傀儡として利用出来るような昏君ではなかったから。

―経験が少ないのにわかりきったような顔をしていて、小生意気だから。

城内を歩いていると、理由の数々はすぐ手に入ってしまう。

「…では、私は執務に戻りますわね。」

「頼むよ、セアナ…。

俺の頼みを聞いてはくれないか?」

眉根を寄せて懇願すると、セアナの表情に困惑の色が浮かんだ。

「そう仰られても、困ります…。

お父さまが遺したこの国を立て直すことこそ今の最重要課題ですもの。

絞り取った血税で護衛を雇い、私だけが楽をする訳にはいきませんわ。」

…どうして、この子はこんなに出来すぎた子に成長してしまったのだろう。

父母の死。国を二分する内乱。即位。

それだけの事をたった17年で経験すれば、こうならざるを得ないのだろうか。

「…では、カレント王ではなく俺の姪御どのに伺うとしよう。」

「ですから伯父さま…。」

濃緑の瞳が戸惑いの色を浮かべて揺れた。

その頼りなさげな様子は年齢よりも幼くさえ見え、本来彼女はまだ誰かに守られているべきなのだと痛感させられる。

「可愛い姪が心配なんだよ…。

俺では、お前を守りきれない。

二度とあんな目に遭わせたくないのに…!」

「…。」

「それに、今君主を失えばこの国はどうなる

賢いお前ならわかるだろう?

護衛を付けることは国民のためでもあるんだ

決して、クッシュや贅沢なんかじゃない。」

切々と訴えかけ続けると、けぶるような長い睫毛がしばし伏せられ――。

「…わかり、ましたわ。」

小さな肯定の声が聞こえた。

聞き入れられてほっとしたのも束の間。

「ですが、護衛の数が多いと邪魔な上に暑苦しくて敵いませんの…。

有能な者が1人いれば、十分ですのに。」

美しくも淑やかな笑顔で更なる課題を課す姪に、伯父――ウィラード・スタン・グルー卿は一層苦笑を深くする。

彼女に着いて頭を悩ませる生活は、中々終わりを迎えそうになかった。

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