異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜

山いい奈

#01 目覚めたら、そこは異世界でした

 われ、カピバラなり。


 ただ、ほんの少し魔法が使える、偉大なるカピバラなり。


 記憶操作などをさせていただき、カピバラを飼育している某動物園のカピバラ舎に潜り込んでいる。


 さて、今日こそはお目当てが来ると良いのだが。




 相葉壱あいばいち、もっか修行中の身。


 毎日汗水らして働く壱の息抜きの場は、家の近くの動物園だった。のったりとするカピバラを見て、癒されること。


 ヤツら、その毛並みはモフモフでは無い。ガシガシだ。まるで竹箒たけぼうきだ。ほおずりなどすれば怪我をする勢いだ。


 だが、それが良い。


 その、顔面とフォルムはいやされる形状をしているのに、その毛はまるでびる事をこばんでいる様な。


 もちろん当の本人はそんなことは考えていないだろうが。


 園内で放し飼いにされているので、いつでも構うことができる。


 壱は今日もエサを買い、どの子にあげようかと、自由きままに徘徊はいかいするカピバラを眺める。


 すると珍しく、1匹のカピバラが寄って来た。


 壱は嬉しくなり、その子にエサを差し出した。エサはカットしたトウモロコシを割り箸わりばしに刺したもの。


 カピバラは旨そうにトウモロコシを無心にかじる。実が無くなり、しかし奴らはしんも食べる。


 その懸命けんめいな様子に癒されているうちに、すっかり芯は消滅した。


「すげー食欲だな。うまかったか?」


 そう言い背中をでてやろうとした時、カピバラが俊敏しゅんびんに立ち上がる。


 おおかわいい珍しい、そう思った瞬間、壱の出した手はそのカピバラにまれていた。


 世界最大のげっ歯類しるい。その歯もかなり大きいと聞く。仔カピバラだから成獣よりはマシではあろうが。


 あ、俺、もしかして仕事続けられなくなるかも。


 手がこれまでの様には使い物にならなくなる可能性、それを感じた瞬間、壱は盛大に目眩めまいを起こす。


 え、カピバラって何かこう、噛まれたらやばかったっけ。


 だが目眩のお陰か、痛みは感じなかった。


 眼の前が真っ暗になり、意識が遠のく気配がした。


 そして眼が覚めた時には。


 カピバラが壱を上からのぞき込んでいた。




「やぁ壱。大丈夫カピ?」


 幼い少年の様な声が壱の耳に届く。しかし周囲に該当がいとうする人物はいない。いるのはただ、壱を見下ろしている仔カピバラだけ。


 いやしかし、仔カピバラが、と言うか動物が喋る訳が無い。壱は寝転がったまま辺りを見渡した。


 ここはどこだ。さっきまでいたはずの動物園では無い。似た雰囲気ではある。


 だが動物園は一部地面がコンクリートなどでならされていたり、他の動物がいたり、他の客である人間がいたりするのに、ここにはその何もかもが無かった。


 ただ、見知らぬ芝生の原っぱが広がるだけである。


「おい壱、我だ我カピ」


 また声が聞こえた。また壱は周りを見る。すると。


「我だと言っておるだろうカピ!」


 その台詞と共に、仔カピバラが壱の上にダイビングしてきた。見事せ型の腹に直撃。


「ぅおふ!」


 衝撃しょうげきに声を上げる。勢いがあったこともあり、ずっしりと重みをダイレクトに感じた。


「なぜ無視をするカピ! この我が喋っておるというのに!」


 ここでようやく、壱は喋っているのがこの仔カピバラだと思い至った。


「カ、カピバラが喋ってる!?」


 当然の驚きである。壱の知るカピバラは決して喋らない。


 撫でてやり、気持ちが良くなれば「ココココココ」と鳴く。そういう生き物だった筈だ。


「当然カピ。我くらいになると喋りもするカピ。さて壱、我がさっき噛んだ手は無事カピ?」


 そう問われ、動物園で噛まれた事を思い出した。頭は混乱したまま、それでも右手を見る。


 綺麗さっぱり。噛みあとはもちろん、痛みなども無い。


「な、なんとも無い」


「そうであろうカピ。我の魔法はいつでも完璧カピ」


「魔法……?」


「そうカピ。我、魔法を使えるカピバラだカピ」


 駄目だ処理が追い付かない。気付けば知らない場所、喋るカピバラ。突っ込みどころしか無かった。


「さ、起きるカピ。行くカピよ」


 仔カピバラはそう言うと、さっさと動き出した。壱の知るカピバラより、その歩みは早い。


 こんなところでひとり置いて行かれてはたまったものでは無い。とりあえずこのカピバラは事情を知っている様だし、付いて行く以外の選択肢は無かった。


 壱は慌てて起き上がり、肩かられていたボディバッグを掛け直して、仔カピバラの後ろに着く。


 數十分歩くと、家らしき建物がちらほらと見えて来た。人の姿も見え始める。その内のひとりの男性が、仔カピバラに声を掛けて来た。


「おうサユリ、帰ったか」


「シェムスか。今帰ったカピよ。ただいまカピ」


 気安く話している。サユリ? それがこの仔カピバラの名前なのだろうか。


「てぇ事は、一緒にいるその坊主ぼうずが例のヤツか?」


「そうカピ」


 例のヤツ? どういう事だ。


「ならユミヤ食堂も安泰あんたいだな! ハッハッハッ」


 仔カピバラの返事に、男性は快活かいかつに笑う。壱はますます訳が判らなくなった。


「おいカピバラ、どういう事だよ」


「まずは黙って付いてくるカピ。そこでちゃんと話をするカピよ」


 サユリと呼ばれた仔カピバラは、また歩き始める。壱は納得行かないものを感じながらも付いて言った。


 それから数分歩き、仔カピバラは1軒の建物の前で止まった。


「ここカピ」


 木造の建物である。キャンプ場などで良く見るバンガローの様な。別荘地に立ち並ぶ建物の様にも見える。


 そう言えばここに辿り着く前に見た数件の家も、殆どが似た様な木造だった。ただ目の前の建物は、それらよりもかなり大きく建てられていた。2階もある様だ。


 しかし1番の違いは、ドアの上に木製の看板がかかげられている事だった。だがそれに書かれている内容は壱には読めなかった。見た事の無い文字、いやその前に文字なのかあれ。


「さ、開けるカピ」


 そう促され、壱は恐る恐るドアノブに手を掛ける。レバータイプのドアノブで、下に下ろすとドアは内側に簡単に開いた。


 中に広がるのは、壱にも見覚えのある景色だった。十数台の木製のテーブルが並び、それを数脚の木製の椅子が囲む。テーブルの中央には調味料入れの様なものが置かれている。奥にはまた木製のカウンタ。全体に装飾そうしょくなどはほとんど無いが、それは飲食店の様だった。


「カピバラ、ここって」


「食堂カピ。看板にちゃんと書いてあったカピ」


 いや、読めないから。と言うか、やはりあれは文字だったのか。


「あと、我の名はサユリカピ。ちゃんと呼ぶカピ」


「あ、ああ、サユリ、ここは」


「まぁ待つカピ。茂造、茂造ー、連れて来たカピよー」


 茂造。壱はその名に聞き覚えがあった。10年程前に行方不明になり、未だに見付からない壱の──


「おう、来たか、壱」


「じいちゃん!?」


 母方の祖父の名前だった。そして奥から出て来た老人は、紛れも無く壱の祖父、槙島茂造 まきしましげぞうだった。


 記憶よりは頭も白くなっているし、顔のしわも増えているが、間違い無かった。


 ちなみにその記憶は、母が時折ときおり出して来る写真から来るものだった。母は未だ諦めず、祖父を探し続けている。


「ハッハッハッ、久しいなぁ壱よ」


 茂造はほがららかに笑いながら、椅子を引きそれに座った。


「いやあの、ここどこだよ、何があったんだよ、俺どうしたんだよ、何でカピバラが喋ってんだよ」


 既知きちの人物に会ったからか、疑問が一気に吹き出して来た。まくし立てる壱に、茂造は両のてのひらを見せる。


「まぁまぁ、落ち着け壱。ここはの、お前やわしから見たら異世界というやつじゃの」


「異世界!?」


 驚くしか無かった。少し前に読んだファンタジー小説に出て来た言葉。


 主人公が異世界に転生し、そこで生活や冒険や戦闘したりする物語。


 そう、あれは物語だ。現実では無いのだ。


 ……まさか現実にあったとでも言うのか?


 混乱する壱に、茂造はさらに告げる。


「いや何、儂がサユリさんに頼んでお前をここに呼んだ理由はひとつじゃよ。この食堂をいで欲しいんじゃ」


「……はぁ?」


 混乱の中たたみ掛けられて、壱はそうとしか言えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る