インターバル❶

「え? なに、どうなったのその人」


 ムーディな音楽が流れるバーで向井チズルはカウンターにグラスを押し付ける様に置き、興奮した様子で言った。

 隣に座る佐藤キヨミはチズルを「まぁまぁ」となだめた。


「どうなったか……その後も死体は見つからず、行方不明のままだそうよ」

「えー、なにそれー」

 キヨミはわざとおどろおどろしく答えたが、チズルは不服そうに口を尖らせた。

「でも有名だよー。チズちゃん知らないの? **ドリームランドで行方不明になった彼氏の話」

「そんなの帰りに喧嘩別れした彼女が適当言ってるだけじゃない?」

「いや本当に行方不明になったんだって。当時ニュースにもなったし」

 キヨミはカクテルを一口飲み、「ネットで調べてみ」と付け加えた。

 そして隣で静かにカルーアミルクを啜る高木ミカへと向く。

「あれ、ミカ、怖い話苦手だったっけ」

「オチでガッカリしただけでしょ。アトラクション終わったら居なくなってたー。ってだけだしー」

 茶々を入れるチズルに「ベー」と舌を出すキヨミ。

 二人のやりとりを横目で見た後、入口のガラス窓を見た。雨が降り始めた様だ。

 ミカは、「チョットだけ」と言い、

「チョットだけ、苦手になっちゃった、かな?」と視線をグラスに戻した。

「えー、もしかして一人暮らしで心霊体験しちゃった系?」

「そうじゃないけど、ちょっと、ね?」

「なにそれー、気になるぅー」

「はいはい。乙女のプライベートなんだから、詮索はしないの!」

 間に挟まれたキヨミは半ば強引に会話を打ち切った。

「へーい」とチズルは言い、カクテルを飲み干す。

「怖い話はこの辺にしときましょ。ね、ミカ」

「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。ほんと、気にしないで、ね?」

「やっぱミカは優しーねー。あたしらの中で一番の乙女だもん」

「いちいち茶化さないのッ。まあ、実際そうだけど。メルヘンとかファンタジーとか、好きだもんね、ミカは」

「えへへ」とミカは恥ずかしそうに笑った。


「でもやっぱ話尽きないわー。高校卒業ぶりなのにねー7年ぶり?」

「本当にね。でもびっくりしたわ、ミカったらいつの間にか帰って来てるんだから」

「うん、ごめんね。引っ越しでバタバタしちゃってて、連絡忘れちゃった」


 その時──稲光が走り、薄暗い店内を照らし、数秒後にグラスを揺らしそうな程の雷鳴が轟いた。

 雨音が激しさを増し、店内に流れるムーディなBGMをかき消し始めた。

「わー、結構降って来たじゃん」

 誰に言うでも無く、チズルそう言ってからカクテルのお代わりを注文した。

 バーカウンターの向こうから、初老の男──マスターがカクテルを差し出す。

「怖い話は好きだけど、雷はいやだなぁ」

「雰囲気的には怖話向きじゃない?」


「ふふっ」とマスターが笑う。


「お嬢様方、中々興味深い話をされていますね」

「あ、すいません。声大きかったですよね」

「いえ、結構ですよ。実を言うと、私も好きでしてね。話が」

 柔和な笑みを浮かべ、マスターは言う。

「仕事柄、お客様から色々と聞くんですよ。噂であったり都市伝説であったり、怪談話であったり……先ほどされておられた話は、『アクアツアーの怪生物』ですね。謎の生き物の影を見たと言うお客様も何人かおられましたよ」

「へー」とチズル。

「じゃあじゃあ、何か面白い、怖い話ありませんか?」

 キヨミはバーカウンターから身を乗り出さん勢いで聞いた。

「そうですねえ。それでは、先ほどの**ドリームランドのアクアツアーの噂をひとつ……」

 マスターはにこやかな表情のまま、声のトーンを落として語り出した。


「これは、お客様から聞いた話なんですけどね……」

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