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新シルダ歴四百五年、九の月、十三日
今年成人を迎えた少年達――少年と呼ぶのは適切でないかもしれないが、顔立ちは幼い――が狩りの準備を始めた。何を狩るのか、と尋ねれば、茶色い生き物なら何でも、という返事をしてくれた。何でも、真っ白い生き物や真っ黒い生き物は狩ってはいけないらしい。何故かというと、真っ白い生き物は光の神の化身で、真っ黒い生き物は闇の神の化身だという。ただし、例外はあるようで、季節によって毛の色が変わったりする兎は、茶色くてごわごわした毛に変わる夏にだけ狩っていいらしい。その間だけ、光の神の庇護から外されるようだ。シルニルがこんな話をしてくれた。
二柱の神が、世界を空と大地、昼と夜の二つに分けた。神々は生まれたばかりで少し手元が狂って、昼だけの日、夜だけの日が生まれた。その後、ありとあらゆる生き物が、光と闇の神によって創られた。光の神と闇の神がそれぞれ、片方だけの力で創った生き物も誕生した。兎は、耳の長い生き物ではなく、光の神が創ったお気に入りの美しい生き物だったそうだ。臆病者であった兎は、神々が生き物達の寿命を決める相談をしているところを盗み聞きしようとして、耳を伸ばした。すると、伸びてきた耳に気付いた光の神は怒って、夏の間だけ毛の色が変わるようにしてしまった、という。
他にも、季節によって毛色が変わる鳥もいるらしい。光の神は怒るとおそろしく、激しい吹雪や滑る雪で人々に試練を与える、という。一方、闇の神は穏やかで、光の神の試練によって倒れた命を、どんな悪人であろうと受け止めてくれる、という。しかし、そんな闇の神も怒る時がある、というのだ。
黒い生き物を狩ってはいけない、という話も非常に興味深いものだ。
それは狼の姿をして生まれてくる。闇の神が育んできたこの大地に、狼の子として闇の神の化身が現れる時、それはやがて強大な力を持つようになるという。身体は他の仲間よりも大きく、群れを率いて若者を従え、やがて寿命を迎えて命尽きるまで、その大地を統べる主となるのだ。闇の化身を狩ると、生き物達が異常に増えたり減ったりして、やがて作物の芽が消えたり育たなくなったりする。木々が減って家が建てられなくなって、寒さと飢えに耐えられずに死んでしまう者が増えるそうだ。ブルナーフの言い伝えは非常に興味深い。
シルニルの語りを頷きながら聴いていた少年達は、今もいるぜ、と言うのだ。おれは見た、という少年もいた。そこに立っているエルディオス様よりも――エルディオス様は結構大柄だ――大きいらしい。見てみたい気もするが、出くわしたくはないと思う。
だが、エルディオス様は見てみたいと仰る。死ぬ気だろうか。いざという時は守ってやるからな、などと言われたが、私はこの人を盾にするつもりはない。
闇の神の化身。エス・トゥーナの人々は、それを《風牙》と呼んでいる。
新シルダ歴四百五年、九の月、十四日
エルディオス様が狩りをしてみたいと言い出した。また面倒なことを。しかし、エス・トゥーナの人々は喜んだ。つくづく旅人に甘いと思ってしまうのだが、厳しい土地だから、仕方のないことなのかもしれない。いや、仕方がないというのは語弊があるだろう。互いに協力をして助け合って生きていく人々なのだ。気高く美しい民族である、と捉えることも可能だろう。私達も大いに見習わなければいけないところがまだまだ沢山あるだろう。
いい土地だ。
新シルダ歴四百五年、九の月、十五日
風邪をひいた。今度はエルディオス様に看病された。不覚。しかも、この御方は何故か無駄に看病が上手い。腹が立つ上に色々と見られたくないものを沢山見られたが、致し方ない。そんなことを言っていたら死ぬ。私はまだ死にたくはない。
ついでに、私の腹にはバルキーズ大陸のエルシエル・ハーブが一番合う。エス・トゥーナのフガンテ草は合わない。飲み込めない程の凄まじい味だった。当然吐いた。
新シルダ歴四百五年、九の月、十六日
イテリが毎日何かを書いているから、ちょっと気になって見てみたが、成程これは面白い。私もちょっとだけ貢献してみようと思う。《風牙》が近くにいるという情報が入った。男どもの成人の儀式について行ったら会えるのではないかと思う。もしも見たら絵を描いてやろう。お前もそういうのがあった方がいいだろう、違うか?
ところで、私に十五歳の女の子を抱く趣味はない。六精霊王に誓って、断じて。弁解させてくれ。私にも好みがある。言っても聴かないだろうな……。
新シルダ歴四百五年、九の月、十七日
イテリの風邪が良くならない。外に出たい。退屈だ。持ってきたエルシエル・ハーブがあんまり効かない。もう少し温かいものが必要だ。シルニルとかいう奴がよく知っているから訊いてみたら、奴は、フガンテをそのまま食えと言った。イテリが吐いたのを見ていないから無理もないか。私もちょっとだけ舐めてみたが、あれは死ぬほど苦い。
フガンテは、光の神の試練? みたいなものを超える為に、闇の神が地上に生んだものの一つ、だそうだ。何の試練なのだろう。わからん。寒い日に外で光の神の気(たぶん太陽のことだろう、これは)を浴びすぎると、身体の中にそれが溜まって、今のイテリみたいになるらしい。それを抜く為に、ちょっと黒い色をしたフガンテを作って、それを食べるようにさせた、とかなんとか。シルニルがそんな感じのことを言っていた。ちょっとずつ言葉がわかるようになってきた気がする。イテリのおかげだ。
イテリが元気だと、ここに色んな面白いことが書かれるからな。寝た後にこっそり書いている自分の馬鹿さ加減が寒さと一緒に身に染みるが、堪忍して欲しい。お前はもっと喋れ。
新シルダ歴四百五年、九の月、十八日
おい、交換日記じゃねえんだよ馬鹿野郎。クソ上官。私の私物を勝手に見るなくそったれ。
《風牙》の餌にしてやろうか。人間だって食うだろう。
おいやめろ。私を北の大地に葬ろうとするな。お前を守る者がいなくなるぞ。
新シルダ歴四百五年、九の月、十九日
だから勝手に書くな、っつったろうがクソ上官。私は他人を盾にする気はない。
今日もほぼ寝ていた。大分楽になったけれど、安静にしておく必要がある。尋ねてきてくれたシルニルや集落の長から色々な話を聞いたけれど、書くのは後日にする。
言いたい放題だな……だったらもっと喋ってくれればいいのだがね、特に私は非礼や無礼なんて気にしない。文章は私よりイテリの方が得手のようだから、任せようと思う。絵なら幾らでも描きたい。例えばこんな風に?
新シルダ歴四百五年、九の月、二十日
任せるって何様だ。これは私物だ。しかしエルディオス様の兎は上手い。見たままを描かれる御方だ。そこは素直に頷いておくべきだろう。
あと少しで治りそうだ。少年達の狩りに同行したい。私も兵士の端くれだから、行軍において足を引っ張ることはないだろう……ないと信じたい。風邪をひいたという事実がきつい。
イテリはよくやっていると思う。いや、私が言うと説得力がないと感じるかもしれないけれど、ブルナーフの言葉にしてもそうだし、歩くのが速いと言われている私にも、女の身で普通についてくるし……いや、私の方が役に立っていないな。絵筆を取り上げられ、連合軍に身を捧げさせられて、仕方がないから頑張ってきたが、少しだけ功績を上げても、何の為にここにいるのか、まだ見出せずにいるのが恥ずかしくなる。お前は凄いよ。尊敬している。
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