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「何を見ているんですか、主任」

 夢中で頁を捲っていたら、影が差して、私は振り返った。部下が私の手元を覗き込んでいる。

「うん、日記らしいものが見つかった」

「箱の中から?」

「そうだ」

 見上げた顔には好奇心が滲んでいる。素描をしている白い帳面を、未だ異性を知らぬ清かなる豊かな胸に抱き締めて、部下は時の彼方へ遠く去った全てに敬愛を囁くのだ。

「何年くらい前です?」

「百年かな、新シルダ歴四百五年って書いてあるだろう」

「本当だ」

 細い指がインクの跡をなぞった。

「読むかい?」

「まだ素描が終わっていないので、あと、主任の後に読みたいです」

「そうかい」

 部下は、私の隣に座った。どうやら目の前にある六角柱の廃墟を、今度は絵にするようだ。何となく、私はこの建物が、日記の中に書かれている来客用の家なのではないかと思う。これを書いた者の名前がまだわからないことだけが、惜しい。後に出てくるだろうか。

 纏めることをしない部下の美しい黒髪が、強い風に靡いている。私は更に頁を捲った。

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