第12話 赤い刺客



 宝を求めて──ではなく、アルマーニとガルダは興味本位で、囚人が言っていた情報を頼りに二階の客間へと侵入していた。


 深夜の警備体制は思っていたよりと甘く、牢獄から二階へ上がるだけで、見張りはたったの一人。適当にみね打ちをして気絶させればお終いだ。


 客間に隠された宝の鍵とやらを探すアルマーニ。ガルダは退屈そうにソファでくつろいでいた。



「鍵なんてねぇぞ。やっぱり嘘だったかぁ?」


「盗賊とはそんなものだ。期待するだけ無駄ということだな」


「王国の宝とやらは大層気になるんだが……まぁ、それどころじゃねぇしな」



 肩を落とすアルマーニは、動かした棚や椅子をそのままに、ガルダと向かい合ってソファに腰掛ける。


 

「ソルシェは……ここにいんのか?」



 暫しの沈黙の後、アルマーニは腕を組んでいたガルダに問い掛けた。


 出発する前日。

 ガルダは改めてシャーロットに全貌を明かしていたのだ。


 王国の最上階からさらに奥。

 古代機械を使い、人型の魔物を研究し、調査をしている場所があるのだと。

 それを管理しているのが、王国転覆を謀る者なのだと。


 ソルシェがどこにも見当たらず、見掛けたという情報すらない今、可能性はここだということらしい。


 今のアルマーニにとって、そんな些細な情報だけでも嬉しいことだった。だからこそ、苛立ちながらもガルダと共に来たのだ。



「可能性の話だが、例の部屋に向かえばそれは分かることだろう」


「はっきりしねぇな。俺はソルシェを連れて帰れりゃあそれでいいが、おっさんは違う。そうだろう?」



 アルマーニの問いに、ガルダは黙り込んだ。ふむ、と一度頷き腕組みを解いた。



「陰謀の全てを聞いていたわけではないが、例の部屋に置かれた古代機械とやらを潰せば、少しでも打撃を与えられるはずだろう」


「……目的は同じ場所ってことかよ」



 舌打ちをしながらアルマーニは頬杖をつき、ガルダから目を反らして溜め息を漏らす。



「その例の部屋ってのは、鍵は掛かってねぇのか」


「うむ、鍵の話は聞いていないな。流石に見張りはいるだろうが、大したことはないはずだ」



 客間で呑気に話し合う二人。

 しかし、それも束の間──甲冑が忙しなく動く音が部屋の外から聞こえ、二人は息を飲んだ。


 わざわざ客間まで監視しているはずはないだろう。


 アルマーニは手斧に手を掛け、扉越しに見張りの騎士の様子を窺う。

 ソファに座ったまま、ガルダは微動だにしなかった。



「……行ったみてぇだな」


「ふむ、では最上階へ参ろうか。なるべく見つからないように」



 親指で部屋の外を差したアルマーニに、ガルダは立ち上がり続いていく。


 客間を出ると、見張りがいないことを確認し、踊り階段をコソコソと登っていく。最上階までは二階から三度上がっていった所のようで、やたら長い階段にアルマーニはうんざりしてしまう。


 階が上がるごとに暗くなる城内で、アルマーニの警戒心も薄れてきた頃。

 ようやく二人は異変に気がついた。



「妙だぜぇ、見張りがいねぇな……」


「……ふむ」



 踊り階段を登りきり、辺りを見渡したアルマーニは、どこにも見張りの騎士がいないことに首を傾げた。


 ガルダは静かに頷くと、背中の大剣を抜き、そのまま歩き続ける。



「勘付かれているようだ」



 ふっと笑みをこぼしたガルダに対し、アルマーニもようやく理解したようで、手斧を静かに握り締めた。


 無駄のない力を込め、振り向き様に手斧を横へと奮う。


 瞬間、微かに何かと当たる感触が伝わり、アルマーニは眉間にしわを寄せた。



「……ッ」



 廊下を仄かに照らす蝋燭の炎が揺らめくなか、アルマーニの攻撃をバックステップで避けた相手は小さく舌を打った。



「こいつぁ、毛色が違ぇなぁ」



 相手と離れ、アルマーニとガルダは武器を構える。


 真っ赤なローブとフードで全身を覆い隠し、両手に構える鉄製の鉤爪を装備した敵が一人。

 やけに腰を屈め、左右に身体を揺らし動きを読めなくしている様は異様であり、また強敵という表していた。


 赤ローブの刺客とでも呼ぶべきか。

 人間か魔物なのかすら分からないソイツは、鉤爪を擦り合わせ静かに呟いた。



「排除……すル」


「むっ……!」



 赤ローブの刺客が微かな声を漏らした瞬間には、すでにガルダの目の前にいた。

 一瞬にして距離を詰められたガルダは、遅れて大剣を奮い距離を取ろうとするが、なにより素早い。


 鉤爪が上下から挟むようにしてガルダの顔を狙う赤ローブの刺客に、アルマーニが変形させた斧槍を割って入らせ敵を引き離す。



「……」



 斧槍を軽い身のこなしで避けた赤ローブの刺客。

 ガルダはドッと吹き出た嫌な汗を拭い、何気なく首元に触れた時、思わず苦笑してしまう。


 鉤爪の攻撃が掠っていたのか、ガルダの首筋から血が流れていたのだ。手に付着した血液を汗と共に拭い捨て、ガルダは狂気に満ちた目で赤ローブの刺客を睨み付ける。


 

「おい、おっさん。あんま無理すんじゃねぇぞぉ。こいつぁ、強ぇ」


「うむ。分かってはいるが、どうにも抑えきれん。そうだな、背中は預けてやろう。間違っても私を刺すなよ」


「あぁ努力はするが、手が血で滑っちまったらすまねぇなぁ」



 皮肉を込めて、ガルダは前に、アルマーニは一歩引いたところで軽口を叩く。


 赤ローブの刺客は面白いのか、肩を震わせて地を蹴った。瞬発力が抜群で、なにより判断力もあった。


 ガルダが下からの斬り上げをしようとすれば、先に左へと回り込み鉤爪を突こうとしてくる。

 それを防ごうとアルマーニが斧槍を突こうとすれば、さらにガルダの鳩尾に膝蹴りを入れ、斧槍の突きを無効化していく。


 しかし、吐き気と共に身体を踏ん張らせたガルダ、大剣の斬り上げを止めそのまま勢い良く回転を掛けた。


 驚くアルマーニだが、膝蹴りをかました赤ローブの刺客は体制が悪い。このまま胴体を跳ねてしまおうと奮うガルダ。


 そんな考えを見通されたのか、赤ローブの刺客は前のめりのまま前転すると、首の力だけで飛躍し、アルマーニを飛び越えたのだ。


 まるで曲芸を見せられているかのような華麗さには、流石のガルダも笑ってはいられなくなってしまう。



「ぐっ、厄介な!」



 焦るガルダを、赤ローブの刺客は再び肩を震わせ突撃してくる。


 相手の攻撃は大して威力はないものの、急所しか狙ってこない戦い方は、苦戦どころの話ではない。



「ちょろちょろしやがるぜぇ」


「厄介にも程がある。こういう戦いは楽しくないな」



 顔、首、脇、足首──。

 様々な箇所から血を流す二人は、荒い呼吸で肩を上下させ、無傷の赤ローブの刺客を見据える。


 

「……死ネ」



 再び赤ローブの刺客が走る。


 アルマーニとガルダは互いの顔を見合わせると、距離を離した。

 攻撃はどちらか一方にしか行われない。二兎を追う者は一兎も得ずという教訓だろうか。


 それは連携を取れば勝てると思った二人にとってチャンスであった。


 ガルダが積極的に赤ローブの刺客の攻撃を受け躱し、アルマーニが奴の動きを観察する。


 速さ、的確さ、判断力、瞬発力。

 どれをとっても相手の方が上手に変わりはない。しかし“隙”はある。



「──く」



 なかなか当たらなくなった攻撃に、赤ローブの刺客は舌を打って大きく後退した。


 もう一度アルマーニとガルダは目を合わせ、赤ローブの刺客に満面の笑みを見せてやる。


 当然、そんなものに誘われる敵ではないはずだが。赤ローブの刺客には余裕がなかった。だから、飛びついてきたのだ。ガルダに向かって一直線に。



「……むっ! 頼んだ」


「な、に──ッ!?」



 大剣で受け止めたガルダは、そのまま勢い良く後ろに振り向いた。

 そこには武器も持たぬアルマーニが構えており、赤ローブの刺客は瞬時にガルダを蹴ろうとしたが、間に合わなかった。


 アルマーニは近距離で赤ローブの刺客の首を掴むと、力任せに壁に叩き付けたのだ。



「ぐ、ォ……!!?」



 首根を強く締められた赤ローブの刺客は、なんとか逃れようと鉤爪を奮うが、今度はガルダがそれを封じた。

 身動き出来ない赤ローブの刺客を、アルマーニは何発もの拳を顔面に入れ込むと、勢い良く床に叩き付けた。



「ぐはッ、がはッ……」

 


 さらにガルダが大剣を振りかぶったところで、赤ローブの刺客は息も絶え絶えに転がっていき、よろめきながら立ち上がった。



「何故、どうシテ……」



 困惑する赤ローブの刺客。

 ガルダとアルマーニも肩で息をしながら、にじり寄っていく。


 ここまで攻撃を加えたならば、もうあの速さは出来ないはず。ならば、素早く片を付けるまで。



「テメェには悪いがぁ、もう遊んでる暇はねぇんだよ」



 手斧に戻し、アルマーニは振りかぶって赤ローブの刺客の頭に叩き込んだ。


 じわりと染み出す赤黒い血は、徐々に破裂し、やがて噴水のように噴き出る。


 腕で返り血を防いだアルマーニは、大きな溜め息を漏らし、肩を竦めてみせた。



「……ふむ、既に侵入がバレていたとはな。どの段階か、牢獄か?」


「見張りがいねぇのもそのせいかぁ?」


「であろうな。私たちがここへ来ることを予想していたのだろう。……戻るべきかも知れんな」



 珍しく、ガルダが弱気になっていた。

 元は自分の雇い主だ。汚いやり方も、全て分かっているからだろう。


 それでも、アルマーニには退けなかった。



「悪ぃが俺は行くぜぇ」


「……今度こそ、死ぬかも知れん」


「死んじまったらそれまでだ」


「英雄にでもなるつもりか。ならば尚のこと止めるべきか」



 軽口ではなく、皮肉でもなく、ガルダは真剣な表情でアルマーニの目を見た。

 暫しの沈黙。アルマーニはフッ、と笑い身体ごと逸らす。



「……俺にとって一番大事な女が待ってるかもしれねぇ。アイツと、ちゃんと話さなきゃならねぇんだ」



 いつもの口調。いつもの声音。

 しかし、微かに震えている気がした。


 ガルダは腕を組み静かに頷くと、アルマーニを追い越し最奥の扉へと近付いた。



「ならば、私が英雄になろう。力を貸すわけではないぞ」


「……おっさん年甲斐もなく英雄かよぉ。いいロマンだねぇ」



 ガルダの言葉に、アルマーニは鼻で笑い手斧を一振りして扉へと歩み寄る。


 

「それじゃあ、行きますかねぇ」



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