第13話 ソルシェ



 豪勢で趣味の悪い大扉を開けた二人は、暗闇にぼんやりと赤く光るものを見つけた。


 古代の機械の中には赤い液体で満たされており、さらに何かが浮かんでいる。それが横並びにずっと続いているのだ。

 


「暗ぇなぁ……」



 そう呟き、アルマーニが数歩ほど歩いた瞬間、大扉が自動的に閉まりきったのだ。

 驚くガルダとアルマーニだが、大扉はこちらからではビクともしない。



「……やはり罠か」


「その通り」



 ガルダの呟きに答えたのは、アルマーニではなく、部屋の奥に置かれた玉座に座る一人の男であった。



「まさか孤高の冒険者が裏切るとは。我々の計画に恐れを為したか」



 白い髭を立派にたくわえた年老いた男。

 高級な毛皮付きの赤地マントを羽織り、白銀の鎧に身を包んだ男の頭には、王冠が乗せられている。



「ふむ。偽王に忠誠を誓う者など、この王国には存在しないであろう」



 大剣を抜き、ガルダは真っ直ぐに偽王と呼んだ男を見据えた。

 驚きながらも状況を理解したアルマーニは、ガルダの横で手斧を握り締め、偽王を睨みつける。



「これは手厳しい。だが、何故ここへ来た。下等な冒険者が一体どんな希望を持って来たのだ? まさか、この古代機器を潰すためとは言わんなあ?」


「あぁ、こいつが古代機器ってやつかぁ。大事なもんならぁ潰してやるがよぉ」



 ぼんやりと赤く光る古代機器とやらを一瞥し、せせら笑う偽王に唾を吐くアルマーニ。



「俺の大事な女を取り返しにきた。それだけだぁ」



 睨みを利かせるアルマーニだが、偽王はクツクツと笑いを漏らせると、今度は馬鹿笑いに変わった。



「ハハハハッ! どの女だ? ここにいるなら持って行くがいい。最後にちゃんと抱いてやれ、処理出来るならなあ」



 額に手を当て、ひとしきり笑うと偽王は頬杖をついた。



「反吐が出るぜ………これが俺らの王様ってか」


「いや、この男は現王ではなく、現王を脅かす偽王。所謂、悪の根元だ」



 舌を打つアルマーニに、ガルダは一呼吸置いて説明し終えた。



「悪の根元に協力した貴様も、もはや善人には戻れんがなあ」



 クツクツ笑う偽王に、ガルダは静かに息をつくだけで何も返さない。



「さあて、ここで素直に捕まるなら罪は軽くしてやろう。鼠の実験体が増えることは有り難いことだからなあ」


「寝言は寝てから言うんだなぁ。ここを潰してアンタの首を叩き落とす。それだけだぁ」



 偽王の言葉に、アルマーニが微笑みながら前傾姿勢となった。

 偽王は呆れた様子で溜め息をつくと、軽く手を叩き何かの合図を出し始める。


 すると、どこからともなく騎士や傭兵が機械の隙間から現れ始めたのだ。


 形勢逆転。

 絶体絶命ともいえるか。


 囲まれた二人は警戒を最大限まで高め、にじり寄る数十を越える敵と睨み合う。



「今更この古代機械を壊されようが、我の命が潰えようが、これから起きる事態を変えることは出来んよ」


「……どういうことだ」



 偽王の意味深な言葉に、ガルダの眉間にしわが寄る。

 白髭を撫でながら暫し考え、偽王は息をつくと口を開いた。



「貴様らは何故貧困層を焼いたのか、分からんだろう。分かるはずもない。しかし、貴様らはその目で見たはずだ。地下洞窟に転がる女共を──孕み者として暮らす化け物の女を。そして、化け物となった女共はいずれ覚醒し、あのふざけた鉄扉を壊すだろうなあ」


「……!?」



 ニンマリと笑う偽王の話に、アルマーニとガルダは絶句してしまった。

 内容の全貌を聞いていなかったのか、ガルダは驚愕し震えている。



「魔物も雪崩れ込むだろう。そうなればこの王国はいずれ終わりを迎える。魔物が全てを焼き払い、全てを壊し、奪う」


「テメェ……何のためにそこまでしやがる! テメェに何のメリットがある!?」


「この王国は生まれ変わるのだ。そして我が統治する。禁忌の魔術書があればそれが叶うのだ!! 下等な奴等には分かるまい」



 偽王の頭は狂っているように見えたが、その目は本気だ。世迷い言でも虚言でもなく、本気で成し得ようとしているのだ。


 誰に唆されたのか。それすらも分からない。



「ふむ、やはり裏切って正解だったようだ。これほどまでに狂っていたとはな。だが、貴殿らに勝ち目はないぞ」



 偽王の圧力に負けることなく、ガルダは大剣を大きく振りかぶり、右横に設置されていた古代機械に向けて奮った。

 瞬間、古代機械のガラスが凄まじい音と共に割られ、赤い液体と共に何かがこぼれ落ちる。


 それは、人型の魔物だ。

 床に流れ出た人型の魔物はのっそりと起き上がると、驚く騎士たちを見つけて飛び付いた。



「な、なんだコイツは!?」



 悲鳴をあげる騎士たちを尻目に、アルマーニも同様に手斧で古代機械のガラスを叩き割っていく。

 次々と起き上がる人型の魔物は、数が多い騎士に向かって走り出す。



「貴様ら何をしている。そこにいる侵入者は国賊に値する罪人だ! 殺して構わん!!」



 怒りのあまり立ち上がった偽王は、腕を勢いよくあげて、戸惑う騎士たちに命令を下す。

 先ほどの話を聞いて疑問に思う騎士も多いだろう。しかし、ここで命令違反をすれば牢獄へ叩き込まれる。


 騎士たちは震える手でしっかりと各々武器を握り締めると、アルマーニとガルダに突撃したのだ。



「ここにはいないようだな。逃げるぞ」


「マジかよ、ここまで来て逃げん……のかっ!」



 大剣を横薙ぎに奮い牽制しながら、ガルダはアルマーニに促す。

 だが、アルマーニは騎士たちの攻撃を受け止めるだけで必死の様子だ。


 人型の魔物と騎士数十名とアルマーニたち。


 見張りとは違い、急所など狙わず連携で追い詰めてくる戦闘方法の上級騎士。

 一人で死線を潜り抜けてきた二人には面倒なタイプだ。


 左右からの槍突き。

 正面から放たれるクロスボウの矢弾。

 それらを避けたところで、背後から振り下ろされた鉄の鈍器を受け止めることで精一杯なのだ。


 一個人が欲のために戦っているのではなく、忠実に、結束し、目の前の敵を葬ろうとしている。あのような偽王のためにだ。



「ぐっ! なかなかやるではないか」



 数名の攻撃を纏めて弾き飛ばし、ガルダはアルマーニと背中を合わせた。

 先ほどの刺客に比べれば弱いが、突破して逃げることも出来ない。



「良い腕を持っているではないか。だが、この数ではどうしようもあるまい。さあ、覚醒の準備をしよう」



 暗闇の中、偽王は笑みを漏らしアルマーニたちに背を向けた。玉座の後ろでしゃがみ込むと、真っ黒に染まり掛けた全裸の女性らしき人物の髪を掴み、無理矢理前へ連れてくる。


 

「グ……ァ、ル……」



 黒く歪み、人の形すら危ういその女性は、淡い紫の髪をしており、低い呻き声を漏らした。


 その声を聞いたアルマーニはすぐさま振り返り、偽王が髪を掴む女性の方へ視線を向ける。


 その女性の首には、ネックレスが下げられていた。

 小さな鎖が繋がった先に、ハートの形に模した赤い宝石が付けられたネックレス。

 それは確かに、アルマーニが彼女にプレゼントしたものだった。


 

「ソルシェ!!!」



 アルマーニの叫びに、偽王の口元が歪んだ。

 すぐにでも飛び出そうとするアルマーニを、ガルダが強制的に止めに入る。



「無理だ! 袋の鼠にされてしまうぞ!」


「どけぇぇ!!」



 強く歯軋りをし唇の端から血を垂らすアルマーニを、それでもガルダは彼の首を腕で締めてでも止める。

 その隙を、騎士たちが一斉に攻撃を仕掛けてくるが、ガルダは力の限りそれを薙ぎ払っていく。



「この化け物が貴様の女か……そうか、それは悪いことをしたなあ。こいつは器として十分の年月を重ねていてなあ、全く貴様には感謝するよ。わざわざ孕み者を殺さず、大事に愛してくれて」



 偽王はソルシェの顎を持つと、アルマーニによく見えるように顔を上げさせた。

 それが余計にアルマーニの怒りを膨らませるが、ガルダの制止により突撃出来ない。



「この女は魔物として十分の素質を得たのだ。そして、今からこの女は核となる!!」



 高笑いをしながら偽王は懐から本を取り出した。黒い魔術書だ。偽王が言う禁忌の魔術書というものか。


 ソルシェは必死に抵抗を試みるが、全く歯が立たない。自我が残っているかも怪しいが、彼女の行動を見たアルマーニは、偽王に向けてスリンガーナイフを発射させた。


 あるだけ全てのナイフを偽王に向けて放つアルマーニに、ガルダは静止の手を緩め援護に入る。


 偽王の前に立ち塞がる数人の騎士に突撃したガルダは、大剣を素早く奮い、膝に向けて潰しに掛かった。



「まだ勝てる……!」



 ガルダの強い言葉に、アルマーニも強く地を蹴った。



「ふん、悪あがきを……」



 ナイフが騎士にことごとく弾かれるなか、偽王は鼻を鳴らし魔術書を開く。

 詠唱を唱えれば唱えるほど、ソルシェに異変が起き始め、頭を左右に振り回す。



「走れ! あれを阻止すればまだ勝機はある!!」



 アルマーニの邪魔をする騎士を斬り伏せ、ガルダは彼の肩を前に押す。

 何を言うわけでもなく、ただ一心にアルマーニは全力で走り抜けた。



「ぐっ!?」



 隙だらけの偽王の顔を叩き、怯んだ瞬間ソルシェは逃げ出した。

 前のめりに転びながらも必死に手を伸ばすソルシェに、アルマーニも手を伸ばす。



「掴めソルシェ!」


「……!」



 アルマーニの叫びにより、ソルシェは涙をこぼしながら、もっと遠くへ、彼の手に届くように手を伸ばした。


 手と手が触れるか触れないか瞬間、凄まじい閃光が部屋全体に広がり、その場にいた全員を包み込んだ。



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