第11話 牢獄の囚人



 重曹を身体にこすりつけ、気持ちだけでも汚水の臭いを消したアルマーニとガルダは、色々と準備に手間取っていた。


 下水道から階段を上がり、ガルダは深く息をついて説明し始めた。



「ここから王国の牢へ繋がっている。だが、問題は見張りの番兵だ。出来れば一瞬で終わらせたいところだが」


「殺しちまうか?」


「後々に面倒となる。気絶程度で済ませたい」



 アルマーニの問いに、ガルダは顎髭を撫でて難しい表情を浮かべる。


 牢への道は、微かに蝋燭の明かりが照らしているため、迷わずに進んでいく。

 ガルダは背中の大剣の柄に手を掛け、死角から牢の出口を一瞥した。


 携帯ランプの明かりを消し、奥にある番兵たちが監視している部屋の状況を見据える。



「うむ、三人か」



 静かな牢獄の最奥。

 部屋には二人の番兵が向かい合って座っており、何やら楽しげにカードゲームを勤しんでいた。


 あと一人の番兵は仮眠中なのか、小さなベッドで寝息を立てているようにも見える。



「パッと行ってパッと殴れば、叫ばれることはねぇんじゃねぇのかぁ?」


「実に簡単に言ってみせたな。しかし、見つからないという考えは捨てた方が良いぞ」



 暗視ゴーグルを上に持ち上げ、アルマーニは訝しげに牢獄の奥を見る。

 と、ガルダの忠告の意味が分かる答えが返ってきた。



「うあぁぁっ! 出せ! 出せオラァ!!!」



 突如、狭い鉄格子が無理矢理引っ張られると同時に、凄まじい叫び声が響き渡ったのだ。

 その声はとても獰猛で、さすが罪を犯して入れられたであろうドスの利いた声であった。



「ああして囚人共が、性懲りもなく暴れ叫ぶようでな。番兵はいつものことで気にも留めん」



 驚くアルマーニの横で、ガルダは慣れたふうに肩を落として呟く。

 ガルダの言うとおり、部屋でカードゲームに勤しむ番兵たちは皆、囚人の声など無視だ。


 仮眠をしている番兵でさえ、一瞬身体を起こし再び寝入るほど。慣れとは恐ろしい。



「さて、ここでどうするか」


「眩虫は?」


「ふむ、正面突破で速攻潰した方がやりやすいのだが」


「殺すのは面倒って言ってたじゃねぇかぁ」



 答えが出ている気がしないでもないが、アルマーニの答えに対してガルダは肩を竦めて苦笑する。


 

「……んじゃあいきますかねぇ」



 溜め息混じりにアルマーニは手斧を肩に乗せ、ガルダと共に地を蹴った。

 二つの影が瞬時に前を通ったことに、囚人が驚きを隠せないなか、まずアルマーニが番兵の監視部屋に飛び込んだ。



「な、なんだ!?」



 アルマーニの奇襲によりカードがバラまかれ、番兵は一瞬何が起きたのか分からないまま頭を殴られ、右へと吹っ飛ばされた。


 もう一人の番兵が槍を構え、アルマーニに向けて突きを繰り出そうとしたところで、後ろに控えていたガルダが大剣の柄で腹を突いた。


 流石に目が覚めた仮眠中の番兵は、朦朧とした意識の中で剣を抜き、アルマーニとガルダの姿を確認したところで息を吸い込んだ。



「て、敵しゅ──!!」



 その言葉は言わせなかった。


 アルマーニが手斧を投げつけ、番兵の身体に思い切りぶつけた。

 怯んだ番兵は声を出すことが出来ず、ガルダに飛びかかられ押し倒される。


 悲鳴をあげようとした番兵を、しかしガルダが顔面を殴りつけ、鼻血を出しながら気絶した。



「ふぅ、派手にやらかしたねぇ。これでさらに王国に追われることになんのかぁ」



 半笑いで手斧を回収するアルマーニは、首の関節を鳴らし一息ついた。


 監視部屋に転がる三人の番兵の下へ近寄り、いつもながら両手を摺り合わせしゃがみ込んだ。



「おい! おい! そこのダンナ方!」



 牢獄の方から囚人の小声が聞こえ、ガルダは腕を組んだまま近寄っていく。



「ダンナ強えな! そこの番兵の腰に鍵束があるはずなんだ! どうかコイツらを助けてくれねえか!」



 必死の形相で、声量を落とし訴える囚人。ガルダは気絶した番兵の方へ視線を向けると、丁度アルマーニが手に持っていた。



「おう、これかぁ?」



 アルマーニが眉をひそめ、ガルダに投げる。

 綺麗に受け取ったガルダは、鍵束と囚人を交互に見つめ息をついた。



「助けたとして、何かメリットがあるか?」


「ダンナ、王国の宝を狙ってきたんだろ? それならいい情報があるぜ!」



 ガルダの言葉に、囚人は慌てることなく指を鳴らした。



「王国の宝は鍵がいる。鍵の管理室が三階の奥間にあるんだがあ、そこには見張りが三人もいやがる。そこでだダンナ、オレあ二階の客間に宝を開ける鍵を隠した。それを使ってもらって構わねえ」



 囚人はへへ、と笑って細かく教えてくれるが、ガルダは興味がないようだ。

 王国の宝自体に興味はあるが、中身に期待はしていない。


 だが、それに食いついたのはアルマーニだった。



「先に行かせて罠でも解除してもらおうってかぁ?」


「いやいや! 本物だって! オレあ嘘つかねえよ……頼むから助けてくれよお」



 アルマーニの言葉に、囚人は懇願する。

 面倒になったのか、ガルダは鉄格子の鍵を開き、囚人を出してやると、周りの囚人たちも救出し始めた。


 

「おお! 助かったぞ!」

「有り難い!」

「やった! 自由だあ!」



 小汚い囚人たちは各々歓喜し、抱き合ったりと騒がしい。


 それを見ることなく、ガルダはアルマーニに顎で促すと、さっさと牢獄から出て行ってしまった。



「……宝ねぇ」



 顎髭を撫でて囚人たちを一瞥しながら、アルマーニは肩を竦めてガルダを追った。


 

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