第9話 強欲な冒険者
「悪ぃ! こいつを看てくれぇ!」
高壁と頑丈な鉄門によって守られた富裕層の屋敷。そこへ滑り込んだアルマーニは、転びながら玄関ホールで大声をあげた。
フィズも汗を拭い、ワイスをゆっくりと下ろすが、誰も駆けつけてはくれない。
「怪我人を運べ!」
「こちらにも手を貸してくれ!」
「包帯が間に合わないわ……」
「治療魔法の巻物を持っている冒険者がいたら譲って!!」
冒険者や一般市民、協会の者が忙しなく動き回っていた。
擦り傷だけの者もいるが、腕を噛み千切られた冒険者、酷い出血で倒れた者や、火災で火傷を負った者もいる。
逃げ込んで来た人数が定員オーバーということもあり、誰もアルマーニたちに気付くことがないのだ。
「マジか……」
「おじさん、このお兄さんの傍にいて。ボクちょっと行ってくる」
絶望するアルマーニに、フィズが珍しく真剣な表情で立ち上がり、迷うことなく奥へと走っていった。
声を掛ける間もなく行ってしまったフィズを待つ間、呻くワイスの溢れてくる汗を手で拭ってやるアルマーニ。
暫くすると、フィズが一人の女性を連れて戻ってきた。メイド服を着た釣り目の女性は、ワイスの傍で跪くと眉をひそめる。
「裏協会のボスの御子息とはこの方で?」
「うん、止血は試みたけど素人じゃ無理だった。すぐに治療をお願い」
「かしこまりました。フィズ様は会議室へ向かってください。会議への参加をお願い致します」
ワイスを優しく抱き上げるメイドの女性は、フィズに頭を下げて早歩きで来た道を戻って行った。
「……ガキんちょ、ホントにすげぇ奴なんだなぁ」
「ふふん、そりゃそうだよ~。だってここボクの屋敷だし」
「マ、マジかよ!?」
フィズの自慢気な表情に、アルマーニは眉間に深いしわを刻んで感嘆の溜め息をついてしまった。
特等冒険者ってやつは本当に凄いらしいと、改めて実感した瞬間だった。
「じゃ、あのお兄さんはもう大丈夫だろうし。おじさんも会議室に行こう~!」
「俺も行くのかよ……俺も治療してもらいてぇんだがなぁ」
「それだけ喋れるなら大丈夫だよ~。後であのメイドさんのマッサージ付きで治療させてあげるからさ」
血さえ止まっているが、傷が疼くのは間違いない身体の状況で、笑顔のフィズの言葉は深く精神を抉った。
喋りたくて喋っている訳ではないと言いたいが、メイドに介抱してもらうのも悪くないと思ったアルマーニは、渋々頷いて見せる。
「会議室はすぐそこだよ」
フィズの案内により付いていくアルマーニ。
割れたガラス破片や、倒れて放置された人を避けながら、会議室へと進む二人。
「……なんかすげぇ殺気を感じるなぁ」
廊下を進み会議室へ近付いていくと、その音は鮮明に聞こえてきた。
金属音や猫の鳴き声、何かが壊れる物音。
その会議室の前に、見覚えのある女性が不安気な表情で立っていた。
「あ! マーヤお姉ちゃん!!」
声音を明るく駆け寄っていくフィズに、その接近に気付いたマーヤは驚きながらも抱き止めた。
抱き付くと同時にマーヤの胸を両手で掴んだフィズに、後ろから見ていたアルマーニは溜め息を漏らす。
「大丈夫だった? 怪我してない?」
「え、ええ。怪我はしていないけれど……ちょっと触りすぎ……っ」
胸を揉む手を止めないフィズに対し、どうすればいいか悩むマーヤ。特等冒険者だからか、子供だからか。何にしろアルマーニにとって羨ましい限りだ。
「おら、お触り終了だ。そんなんだからモテねぇんだよ」
「モテないのはおじさんでしょ」
「アルマーニ……っ! 良かった、生きてたのね」
フィズを無理矢理引き剥がしたと同時に、マーヤから歓喜の声が聞こえ、アルマーニは驚いた。
「貧困層から火の手があがったと聞いていたから、心配で……怪我も酷いみたいね。後で治療するわ」
「お、おう……?」
戸惑うアルマーニの手や身体に触れ、眉をひそめながらも安堵するマーヤ。
それを、凄まじい殺気を混ぜて睨み付けてくるフィズに、アルマーニはニヤリと笑って鼻を鳴らした。
「どこがモテねぇおじさんだって?」
「それ、社交辞令だから」
先程までの仲の良さはどこへやら。
睨み合う二人にマーヤは首を傾げ、凄まじい怒号により会議室の方へと目を向けた。
『若造がよくやるようニャね!』
『ふん』
中ではシャーロットの声が聞こえ、もう一人敵対している相手がいるようだ。
アルマーニは顔を歪ませ、会議室の扉を躊躇いなく開いた。
すると、同時に風圧と共に殺気が生み出され、開けたアルマーニの身体に大きな圧力を与える。
シャーロットが口に咥えた短剣を振りかざし、紫髪の男を切りつけている。
大剣を携えている敵対の男は、ガルダだ。
シャーロットの斬撃を去なし、本気で大剣を振り下ろしている。しかし、裏協会のボスは伊達ではないようで、シャーロットは猫の身体を生かし優雅に避けていた。
「わあ、まさか敵対っておじさんのこと?」
「ええ、近寄ることも出来ないのよ」
テーブルなど逆さを向いて転がり、食器棚や本棚もめちゃくちゃに倒されている。
絨毯は破け、床には一閃された跡が残っていた。それだけ凄まじい戦いをしていたということだろう。
当然、マーヤも加勢するなど出来るわけもなく、こうして立っていた訳だ。
「こりゃあ下手に手を出したらこっちが斬られちまうぜぇ」
「ん~じゃあボクが行ってくるよ」
お手上げといった様子で肩を竦めるアルマーニの横で、フィズが手袋をはめて会議室へと入っていく。
制止しようとマーヤが声を掛けようとしたが、アルマーニはそれを止める。
「ちゃんと話し合おうよ」
無謀にもガルダとシャーロットの間に立ったフィズ。
「むっ」
「小僧! 退けニャ!!」
フィズの姿を見たガルダは急停止し、シャーロットはそのままの勢いで短剣を振りかざした。
威圧に負けることなく、フィズは拳をシャーロットの方へ突き出す。避けることもせず全力で受け止めると、ギュッと猫を抱きしめた。
「ニャにをするニャ! 離せニャ!」
「わあ、モフモフだね~」
驚くシャーロットが暴れまくり、短剣や爪を振り回すが、フィズには全く当たらない。
「ようやく落ち着いてきたかしら」
胸を撫で下ろすマーヤが、アルマーニと共に会議室へと入る。
アルマーニはガルダを鋭く睨み付けるが、相手は素知らぬ顔だ。それが余計に怒りを膨れ上がらせる。
「よぉおっさん、前は派手にやってくれたじゃねぇか。一発殴らせろ」
「ふむ、女性の一発なら喜んで受けるが、貴殿の拳は断らせて──」
胸ぐらを掴み掛かり殴ろうとしたアルマーニ。それを避けようと一歩下がったガルダは、別方向からきた拳を頬に食らいよろめいた。
誰だと顔を上げたガルダの目に映ったのは、マーヤだ。
「私なら、問題ないわね」
殴りつけた拳を擦り、マーヤは鼻を鳴らしてアルマーニの腕を取って下がる。
流石に驚いた様子のガルダだが、フッと笑みを漏らし頷く。
「ふしゃー!」
怒りが収まらないシャーロットは、無理矢理フィズに抱っこされたまま宥められている。こうして見ると、ただの猫だ。
「どうして貴方がここにいるのかしら」
離れた位置でマーヤが進行を務め始めた。
ガルダは大剣を収めると、転がっていた椅子を置き直し腰を下ろす。
「ふむ、会議と聞いていたのだが……会議という名の尋問か」
「答えて」
腕を組み笑うガルダに対し、マーヤは厳しい表情で問い詰める。アルマーニは壁にもたれ様子見だ。
「王国の大臣に頼まれてな。表協会の代表としてこちらへ伺ったのだが、出会い頭に襲い掛かられてな。この様だ」
「目的は? 会議に出るためだけじゃないと思うけれど」
「うむ、マーヤ殿は鋭い。その通りだ。この場を混乱させるために遣わされたスパイということだな」
マーヤの問いに素直に答えていくガルダ。違和感はあるが、嘘ではなさそうだ。
「十分それを達成したってかぁ?」
「達成したかどうかは分からぬ。しかし金貨は頂いた。口止め料までは貰っていないのでな、話すことに躊躇いなどない」
腕を組み、自慢気に言い切ったガルダ。
金の魔力に取り憑かれたのか、それにしてもお喋りが過ぎる。
「……俺に斬り掛かったのは依頼のためかぁ?」
「うむ。アルマーニの殺害と計画終了までの護衛だが、それも今やどうでも良い」
「ふざけんじゃねぇぞ。これだけ騒ぎを起こして今更関係ねぇって顔してんじゃねぇ」
ガルダの答えに怒りを露わにするアルマーニは、腰の手斧を握り締める。
だが、ガルダは動くことなく鼻で笑う。
「その傷で挑もうというか。貴殿、あまりにも私を舐めすぎではないか」
「……っ」
ガルダの言葉は尤もだった。
身体は負傷したままのアルマーニ。
昨日に負った腹部の傷もまだ癒えていない状態で、無傷の上級冒険者に挑めば、たちまち返り討ちにされるだけ。
小さく舌を打ち、アルマーニは手斧を元に戻す。状況が分からぬ若造でもない。この場で戦っても、迷惑を掛けるだけだ。
「賢明な判断だ」
尚も煽ってくるガルダに苛立ちを覚えながら、アルマーニは腕を組み目を閉じて静かに呼吸を整える。
「勝機は確かに王国側にあるだろう。しかし、悪事というものは壮大であればあるほど失敗するリスクは大きい。そこでだ」
気持ち悪い笑顔で、ガルダは手のひらを前に突き出した。
「ある程度の金貨を頂けるならば、寝返ろうではないか。貴殿が大事にしている女性の下へも案内しよう」
「……ソルシェに!」
ガルダの提案は、卑怯なものだった。
驚愕する一同に対し、ガルダは肩を竦めつまらなさそうに手を引っ込める。
「私は金貨が欲しい。貴殿らは情報が欲しい。真っ当な取引ではないか」
「汚いやり方ニャ。アタシの子の方がよっぽど丸いニャ」
「ほう。人間というものは汚い生き物だ。裏協会の人間は人間味がある、それだけのことであろう」
面倒臭そうに、ガルダはシャーロットに答える。そして、次に視線を向けたのはアルマーニだ。
一か月ほど前のアルマーニなら、ガルダと同じことを言っていたかも知れない。
だが、今は違う。色々なことが重なった結果、この状況では舌を打つことさえ出来ない。
「おじさん怖いなあ」
フィズは他人事のように苦笑する。
「……金貨の枚数は」
懐を探りながら、マーヤが問うた。
ガルダは顎髭を撫で、ふむ、と小さく呟く。
「五十は欲しいところだが、二十五でどうだ」
「足元見過ぎじゃねぇのか」
微笑むガルダに、噛み付くアルマーニ。
それほどの大金を用意出来る者など、ここでは一人しかいないではないか。
「……アタシに払えっていうかニャ。いい度胸ニャ」
フィズの腕からスルリと抜け出たシャーロットが、ゆったりと歩み寄っていく。
ガルダの目の前で止まったシャーロットは、殺気を漂わせる鋭い視線を送り、圧力を掛ける。
不安気に見つめるマーヤとフィズ。
また戦い始めるのでは? と思う二人に対して、アルマーニは静かに事を見据える。
「ああ、金貨はくれてやる。代わりに、知っている情報を全て吐いてもらうニャ。その後、監視をつける。嘘を一つでも吐いてみニャ。アンタは床とキスすることにニャる」
ドスの利いた声音。
凄まじい殺気と威圧。
シャーロットは尻尾をゆっくり揺らし、ニヤリと笑って牙を見せる。
しかし、その威圧をもろともせず、ガルダも笑って「いいだろう」と、答えた。
「監視はアルマーニにしてもらうニャ」
「俺かよ……」
シャーロットは振り向き様にアルマーニを一瞥すると、身体を犬のように左右に身体を震わせて会議室から出て行った。
ガルダは腕を組んだまま立ち上がり、アルマーニの方へと歩いていく。
「ふむ、信頼されているのだな」
「あぁ、俺はおっさんを信用してねぇがなぁ」
食い違った互いの意見。
お互いにフッと笑って見せるが、目は笑っていない。
「うむ。貴殿の傷が治り次第、王国へ向かうとしよう。それまで私はシャーロット殿とデートだな」
「せいぜい寝首を掛かれないようになぁ」
ガルダの皮肉に対して、アルマーニも皮肉で対抗する。それを傍目で見ていたマーヤとフィズは呆れながら、肩を竦めていた。
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