第8話 城下炎上



 ソルシェの姿が報告されることなく、赤線地区に現れた化け物騒ぎが沈静化しつつある中。


 裏協会のボス シャーロットが新たな依頼を身内の冒険者たちに通達していた。

 内容は、シャーロットらしいものだった。



「王国の陰謀説が濃厚。首謀者の特定、或いは殺害、捕縛した者に相応の報酬を与える──だってさ」



 読み上げたのはワイスだ。

 ベッドに横たわるアルマーニは、微妙な表情を見せて顔を背けた。



「便乗しないのかい?」


「あの強欲ババアのことだぁ、相応の金貨なんて書き方してる段階で怪しさしかねぇぜ」


「……確かにね」



 ベッドの中で肩を竦めるアルマーニの答えに、ごもっともという風にワイスは苦笑する。


 しかし、長い付き合いをしてきたアルマーニにとって、この依頼内容には疑問があった。



「……しっかし、なんでわざわざ王国と敵対するような内容にしたんだぁ? 全員が全員口が固いわけじゃねぇだろ」


「さあね。僕の母だけど、考えていることはさっぱりだよ」



 頭を掻きながら欠伸を噛み殺し、アルマーニはのっそりと起き上がりながら言った。

 対して、ワイスは溜め息混じりで諦めている様子。



「ふぅん、じゃあ直接聞くかねぇ」



 アルマーニはそう言って、ベッドから出ると、テーブルに畳まれた服で身仕度をする。

 腹部の痛みはまだ自己主張が激しいようだが、自分で包帯を巻くことは出来そうだった。



「一応、これは僕からの贈り物だよ」



 ワイスが床に置いていた雑嚢をアルマーニに差し出す。


 受け取ったアルマーニは中身を確認すると、ニヤリと笑った。



「有り難くもらうぜぇ」



 準備が完了し、アルマーニは雑嚢を背負い部屋から出ようとした所で、魔法書店の入り口がドンッ! と、乱暴に開かれた。



「ワイス様!!」



 凄まじい早さで走ってくるとそのままアルマーニを突き飛ばし、ワイスの前で呼吸を荒げるのは、シャーロットの付き人である黒服だ。



「どうしたんだい?」



 冷静に水を差し出したワイス。

 しかし黒服は顎に流れてきた汗を拭い、窓の方へ指差した。



「火災です! 貧困層から火の手が回り、一般層まで火の粉が移っています! 急いで逃げてください!!」


「は? 火災?」



 黒服の慌てようは尋常ではないが、信じられないといった様子でアルマーニは魔法書店を出た。


 すると、火の手はすぐ側まで迫っており、黒煙が青い空を染め上げようとしていたのだ。

 思わず咳き込むアルマーニは、ワイスに目配せした後すぐに一般層へ続く階段を見据える。



 逃げ惑う市民たち。

 時折、金属音が響く。

 悲鳴が上がり、崩れていく看板。


 そして、例の奇声が町の中に響き渡っていた。



「ワイス! 先に逃げろ!」


「手ぶらで逃げられる訳がないだろう! 大事な魔法書もあるんだ!」


「馬鹿! もう火が……っ!」



 黒服と共に大事にしている魔法書や巻物を掻き集めているワイスに、アルマーニは舌を打った。


 火災だけならまだ逃げられるかも知れないが、奇声が徐々に近付いてきている。

 どこかに隠れていた人型の魔物が、この火災に乗じて暴れているのだ。



「くそ! あっちぃ……ワイス!!」


「分かっている! もう行くよ!」



 流石に置いていくわけにもいかず、アルマーニは走ってくるワイスに再び舌を打つ。

 ようやく外へ出て来た段階で、貧困層は火の海になりつつあった。



「何やってんだ! ここはもう駄目だ! 早く走れ!!」



 通りすがりの同僚に怒鳴られながらも階段の方へ誘導され、服の袖で口と鼻を塞いでアルマーニは走る。

 後ろからはワイスと黒服が大きな荷物を背負って、しっかりと付いてきていた。



 女子供が走り、怪我をした者は裏協会の冒険者が運んで走っている。

 

 一般層まで上がってきたアルマーニたちだが、こちらにも火の手は猛威を奮っていた。


 

「こちらです! 富裕層へ避難を、門は開けております!」



 王国の騎士が一般層の市民を誘導しているが、何故か阻まれている者もいた。



「どうして通してくれないんだ!」

「このままじゃ死んでしまうわ……!」

「どけ! 死にてぇのかー!」



 貧困層の住民だ。

 怒号や泣き落としでなんとか通ろうしているが、王国の騎士は押し返す。


 

「マジかよ……」


「服で判断しているようだね。全く、王国はどこまでいっても腐っているね」



 煙と火がすぐそばまで迫っている中、貧困層の住民たちは絶望している。


 アルマーニとワイスは呆れ半分で、先を急ぐために走った。


 瞬間だった。



「な、なんだコイツは!? 止めろ! 止まれ! 止まらないと──っ!!」



 突然、王国の騎士が焦り始めたのだ。

 

 貧困層の住民たちも悲鳴を上げて散っていくが、王国の騎士は逃げ遅れたのか、その場に倒れ込んでしまった。


 悲鳴と絶命の声が入り混じり、王国の騎士は何者かに無惨に殺された。



「人型の魔物か!」



 驚くワイスの声に反応し、王国の騎士を食っていた人型の魔物がゆったりと振り返った。


 住民の悲鳴や王国の騎士の声もあり、辺りからぞろぞろと歩いてくる人型の魔物。

 その数は軽く十人は越えている。



「な、なんだ……僕たちを狙っているのか……?」


「自我が残ってても、コイツらは容赦しねぇよ。逃げるぞ!」



 後退るワイスを促し、アルマーニは富裕層へと行くために地を蹴るが、人型の魔物は簡単に通すつもりはないらしい。


 髪すら抜け落ちた人型の魔物が、ゾンビのように血に染まった口を開き襲い掛かる。


 アルマーニは腰の手斧を手に取ると、躊躇なく顔面に叩き付けた。


 黒服が素手で人型の魔物と対峙しているが、いつまで保つか。



「隙がありゃあさっさと逃げろ! この数相手にしてられっかよ!」



 ワイスが巻物に手を伸ばそうとしたが、アルマーニの言葉に頷き地を蹴った。


 だが、その足は止められた。



「や、やめ……ぐあ、あがぁぁぁっ!!?」



 人型の魔物が一斉に黒服へ目掛けて襲い掛かったのだ。



「……! 『水の精が全てを包みこまん──』」



 ワイスが黒服を助けるために巻物の紐を解いた。馬鹿が、とアルマーニが呟きながら仕方なく加勢へ向かう。


 美しい女性の声と共に、凄まじい水流がどこからともなく現れ、人型の魔物を襲い流していく。


 倒れた黒服の足を掴み、ワイスはしっかりと引き寄せると背中に抱えて避難する。


 しかし、戦えば戦うほど騒音により人型の魔物が集まってくるのだ。

 走り抜けない限り、囲まれ続ける。



「人の命よりテメェの命だろうがよぉ!」



 ぐったりとした黒服は血塗れで、手遅れかも知れないが、アルマーニとワイスはまだ生きている。


 手斧を奮い、変形させ近寄らせないように奮闘するが、数が多いために隙が出来てしまう。



「アア、アァァ……」


「アア゛!!」



 身体に穴を開けた人型の魔物は、元は女性とは思えないほどの力でアルマーニを正面から組み掛かる。


 この中にソルシェが混じっている可能性など微々たるものだが、それでも確認しながらでしか戦えないアルマーニ。



「ちぃ、邪魔だぁ!」



 腹に膝蹴りを食らわせ、怯んだ相手をそのまま蹴り飛ばす。

 横から来た人型の魔物を斧槍で首を刎ね飛ばし、ワイスの背中を前に押す。


 同時に、躓きそうになったワイスは、背負っていた黒服を落としてしまい再び拾おうとした。


 それを、アルマーニがワイスを蹴り飛ばして制止する。



「この状況がわかんねぇのか。俺が死ぬか、テメェも死ぬか、死んじまってるかも知れねぇ野郎を助けるか! 選べ!!」



 何十と囲まれながらも戦い、血を飛び散らせ、腹を、肩を、足を噛まれながら全てを殺していくアルマーニの怒号は、ワイスを怯えさせた。



「……すまない」



 ワイスの口からようやく出た言葉が謝罪だった。そして、そのまま富裕層へと上がる階段へ走っていく。


 これでアルマーニも心置きなく逃げることに専念出来る。そう思った矢先、アルマーニは絶望した。



「が、ああ……っ」



 階段を上がり始めたワイスが、呻き声と共に転がり落ちてきたのだ。

 何が起きたのかとアルマーニが階段を見据えると、そこには人型の魔物がいた。


 たった一人だが、戦えないワイスにとっては致命的だ。



「アア、ア゛ァァ」



 にんまりと笑う人型の魔物は、まだ綺麗な金髪を手で掬いながらゆっくりとワイスに近付いていく。


 ワイスは足をやられたのか、膝辺りを押さえ痛みに呻いている。人に言ったばかりだが、アルマーニは助けようと動いた。


 だが、周りの人型の魔物がそれを阻む。


 腕を伸ばそうと、足を前に踏み出そうとした時。どこからか、軽快な声が空から降ってきた。



「ドーーーン!!!」



 自らの効果音と共に、富裕層へと続く階段の途中で着地した何かが、一瞬で金髪の人型の魔物を粉砕していたのだ。


 驚くワイスと、呆気に取られる周りの敵。チャンスとばかりにアルマーニは足を引きずりながらも、ワイスの下へと駆け寄り肩に手を回した。



「おじさん元気~? 死んでない~?」


「……その声、ガキんちょかぁ!」



 不穏な空気をぶち壊す元気で軽快な声の主──フィズは、顔を血で汚して笑顔で手を振っていた。


 ボロボロの状態で苦笑するアルマーニに、フィズは「よっ」という掛け声と共に、人型の魔物の前にジャンプし降り立った。



「走れそう? ボクこいつら嫌いなんだよね~。走れるなら退散したいんだけど?」


「俺は走れるがぁ、運ぶの手伝ってくれりゃあいけるかもなぁ」



 手を回して支えるワイスを一瞥し、アルマーニはフィズに首を左右に振って答える。


 フィズは拳を合わせながら、うーんと悩むと肩を竦めた。



「ボクの腕とか背中は女性限定なんだよね~」


「あぁ面倒くせぇなぁ! あとでメロン女に会わせてやる! それでどうだぁ!」


「え! マーヤお姉ちゃん!? 仕方ないな~デートプランも用意しておいてね!」



 フィズの現金さには毎度呆れるが、ちょろいと言えばちょろい。

 マーヤには悪いが、命には換えられないのだ。分かってくれるだろう。


 アルマーニは苦笑しながらワイスを託すと、這うようにして階段を上がっていった。



「富裕層の右奥に避難場所として、屋敷が解放されているはずだよ。ボクが居れば入れるから走っておじさん!」


「おぅおぅ、特等冒険者様は頼もしいねぇ!」



 ハッと我に返った人型の魔物が再び襲い掛かってこようとするなか、アルマーニは最後尾で斧槍を振り回す。

 

 逃げ遅れた貧困層の住民の悲鳴。

 咀嚼音、炎の轟音、奇声。

 様々に嫌な音がアルマーニの背後から響き渡る。


 耳を塞ぐことも、現実から目を背くことも出来ぬまま、アルマーニたちは必死に走り抜けていった──。





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