第5話 仲間の定義



 金属と金属がぶつかり合う音が、狭い路地に響き渡る。

 アルマーニの手斧とガルダの大剣が激しくぶつかり、弾き、再びぶつかる。


 

「ちょっと! 二人とも戦う必要なんてないじゃない!?」



 蚊帳の外であるマーヤが焦りを見せながら、二人の間に割って入ろうとするが、そんな隙などまるでない。


 二人の戦いは壮絶なもので、互いの熱を冷めさせる方法もないのだ。



「おっさんが負けりゃあ理由を話してもらうぜぇ?」


「ほう。私が勝てば、何がもらえるのか」



 互いに接近し、それぞれの得物をぶつけ力と力を震わせる両者の会話は、まるで久しく出会った友のようで──敵であることは間違いなかった。


 困惑するマーヤは剣を握るが、助けに入るべきか悩んでいるようだ。



「そうだなぁ、俺が美味い酒を一杯奢ってやるよぉ!」



 アルマーニの手斧が変形し、斧槍がガルダの大剣を押し返す。瞬間、ガルダはバランスを崩したと思わせて足蹴りを繰り出した。


 その足蹴りは油断していたアルマーニの鳩尾に入り込み、抗えない吐き気に襲われる。微かに胃液を吐き出し、踏み込んでくるガルダと距離を取っていく。



「くっそがぁ……やるじゃねぇかぁ」


「ふん、中級程度の実力で私に勝てるわけがないであろう」



 口元を拭うアルマーニに、ガルダが隙を与えることなくさらに距離を詰めてくる。

 大剣の重さなど感じさせず、怒涛のように上から下からと奮い、拳や足蹴りがアルマーニを苦しめていく。


 捌ききれない攻撃。

 致命傷を食らうことはないが、突然に飛んでくる拳と足蹴りに対応出来ないアルマーニ。



「残念ながら貴殿の案は受けられない。私が欲しいものは酒ではない。金だ」


「ははぁ、上級冒険者様は金さえ払えりゃあなんでもするってかぁ……!」



 ガルダは狂気の笑みを浮かべ、大剣を地面に削り上げ、そのまま土石をアルマーニにぶつける。


 斧槍でそれを払うアルマーニは、接近してくるガルダの横をすり抜け背中を押して背後へと回り込む。


 だが、背中を押した手をガルダに取られたアルマーニ、そのまま勢いよく投げられ元の位置に戻された。


 態勢を立て直すアルマーニだが、路地の奥は行き止まり。壁に踵を当て、逃げ場がなくなったことを確認する。



「いくらなんでも見ていられないわ! 止めなさい!」



 戦いが遊びではないと改めて理解したマーヤは、ようやくガルダの背中に斬り掛かった。


 しかし、一瞬で吹き飛ばされてしまう。



「ぐ、かはっ!」



 何が起きたのか分からないマーヤは、横の壁に身体をぶつけ崩れ落ちた。

 脇腹を押さえ、詰まる肺へ必死に酸素を送り込んでいく。


 星が飛んでいく目の前をしっかりと見据えると、ガルダが大剣を横薙ぎに奮ったことが分かった。あの一瞬でだ。歯が立つわけない。



「邪魔される覚えはないのだがな」



 斧槍を手斧に戻すアルマーニは、なんとか反対側へと行く策を練る。

 スリンガーにナイフをセットし、ガルダを鋭く睨み付けた。殺気を放ち、本気で殺すためにアルマーニは構える。



「うむ、良い眼だ。私も本気で殺り合いたいのでな。滾る死闘をしようではないか」



 大剣を肩に乗せ、ガルダは殺人鬼と相違ない表情で圧力を放つ。


 マーヤはよろめきながら立ち上がり、なんとか逃げる隙を作れないかと口を開いた。



「仲間でしょう……? どうして戦うの? 誰に雇われたの?」


「ふむ、質問が多いな。いや一つだけ答えられるか」



 マーヤの問い掛けに、ガルダは振り返りもせずほくそ笑んで腰に手を当てた。



「私はいつから、貴殿らの仲間とやらに加わったのだろうか」


「……え」



 アルマーニににじり寄りながら、ガルダは笑って答えた。対して、マーヤは絶望的な表情だ。



「マーヤ殿。人は皆、酒を酌み交わせば仲間ではないのだよ。共に死線を潜り抜ければ、仲間になるのではないのだよ。仲間というものは、ただの言葉に過ぎん」



 ガルダは淡々と言い放った。

 仲間の定義とはどのようにして成るものなのか。彼にとって利害が一致し、共に戦ったまでのことなのだ。


 マーヤは眉に深いしわを刻み、様々な感情が湧き出たところで、ガルダの背中を睨み付ける。



「……最低ね、貴方」


「……ふう。それで良い」



 全ての思いをその一言に込め、マーヤは地を蹴った。

 ガルダは微笑み頷くと、振り返ることなく大剣を前に構える。あくまで狙いはアルマーニのようだ。



「あぁ、おっさん。あんたの言ってることは正解だぁ。仲間なんてもんは飾りでしかねぇよ。でもなぁ、誰かと戦うってのは悪くねぇもんだぜぇ?」



 アルマーニは微笑んだ。

 

 ガルダの大剣が横薙ぎに奮われる。

 前方と背後からの攻撃に対して、ガルダが取れる行動は限られているのだ。


 それを咄嗟にアルマーニはしゃがみ込み避けると、腰を低く屈めガルダの懐に飛び込む。


 マーヤがガルダの大剣を去なし、次の一手を塞ぐように剣を下に向けた。

 上へ向けての攻撃に移行させないためだ。力強く構えるマーヤに、ガルダは舌を打ち、アルマーニの頭を手で押さえ込む。


 しかし、アルマーニの手斧がガルダの腹部を斬りつけた。頑丈な鎧がそれを阻むが、怯ませることは出来た。


 その隙に反対側へと走り込むアルマーニ。だが、上級冒険者の腕は伊達ではない。マーヤの剣を弾き飛ばし、アルマーニの背中に向けて大きく振りかぶったのだ。



「だめ!」



 体勢を変えられないアルマーニに手を伸ばそうとするが、弾かれたマーヤは届かない。


 最悪の状況を想像したマーヤは思わず目を瞑ってしまった。



「止めて!!」



 ガルダが大剣を振り下ろす方が早いか、アルマーニが逃げおおせた方が早かったかという状況で、何者かの叫び声が聞こえた。


 瞬間、ガルダの身体は大きく体勢を崩し、思わず大剣を零し落としてしまったのだ。



「むっ!?」



 突然、突き飛ばされたことに驚き、ガルダは情けなく地面に転がってしまう。

 突き飛ばしてきた何者かを確認するため顔を上げると、そこには淡い紫の髪をした華奢な女性が乗っかっていた。



「…………! ソルシェ!?」



 急に方向転換したアルマーニは、ガルダの上からいるはずのない彼女の腕を引き、強く抱き締めた。


 急展開した状況にマーヤは目を大きく見開き、少ししてすぐさまに大剣を蹴り飛ばし、ガルダの首に剣先を向ける。



「ふむ……これは想定外であるな」



 形勢逆転されたガルダは冷静に、転んだままの鼻で笑った。



「おいまだこんなとこにいんのかよ! 早く逃げろ!」


「はあ、はあ……だって……」



 礼を言う余裕もなく、アルマーニは肩で息をするソルシェに怒りを見せる。

 しかし、ソルシェはすぐにアルマーニと距離を取り、戸惑いがちに首を左右に振った。


 そこでようやくアルマーニは気付いた。



「ソルシェ……その身体……」


「!? 見ないで、見ないで!!」



 思わず息を飲むアルマーニは、半狂乱になるソルシェに眉をひそめた。


 薄い布がはだけ、見えた胸元が黒く染まっていたのだ。股先まで染められた黒い肌に、何かうっすらと紋様が見える。


 薄くて今まで気にも留めていなかったが、奇妙な紋様だった。

 そして何よりアルマーニを驚かせたのは、先程遭遇した人型の魔物によく似ていることだ。



「うう、あぁぁ……っ!」


「……! ソルシェ!」



 不意に、苦しそうに首元を押さえ身体を震わせたソルシェは、髪を振り乱して全力で逃げていってしまった。


 アルマーニはすぐさま追い掛けようとしたが、それを別の者が防ぐ。


 大剣を持ったガルダだ。

 いつの間にかマーヤは地面に伏しており、頭から血を流し倒れていた。



「テメェ、どけぇ!!」


「退いてどうする? 彼女はもう手遅れであろう」


「手遅れだぁ? どうでもいいんだ、んなことはよぉ!」



 ガルダの言葉に、凄まじい剣幕で怒鳴り散らし、乱暴に手斧を振り回すアルマーニ。


 眉をひそめ、ガルダはその攻撃を全て受け流す。

 刹那、二人の間を何かが遮り、互いに武器を奮うのを止めた。



「アンタたち、まさかこんな所で戦っているとはニャ」



 黒のペルシャ猫のシャーロットだ。


 優雅に着地するとガルダを鋭い猫目で睨み、倒れるマーヤを一瞥する。



「表の冒険者が裏の庭で暴れるニャんて、いい度胸じゃニャいか。そのまま戦うニャら、容赦はしニャいよ?」



 シャーロットが唾を吐き捨て、毛を逆立てる。集まってくる足音を耳にしたガルダは、一度溜め息をつくと大剣を収め、鼻を鳴らした。



「ふむ。仕方ない……死ぬのは御免であるからな。退かせてもらう」


「いいや、テメェはここで殺す」


「アルマーニ!」



 笑って逃げようとするガルダの首に手斧を当て、アルマーニは憎悪を丸出しにして殺気を放つ。

 だが、シャーロットがそれを止める。



「死にたくニャいニャら引きニャ。アンタには勝てニャい」


「黙れクソ婆」


「そんニャに死にてぇニャら、アタシがここで殺してやろうか」



 圧力を掛け合うシャーロットとアルマーニ。ガルダは少しずつ後退していく。


 強く強く手斧を握り締め、アルマーニは歯軋りをして口の端なら血を漏らす。

 

 どうやらシャーロットの言葉に従うようだと理解したガルダは、背中を向けて走り去っていった。


 怒りでどうにかなりそうなアルマーニはすぐさまにソルシェを追おうと、手斧を収めて走ろうとしたが、黒服にそれを制された。



「頭を冷やしニャ。そのまま行っても、下手すりゃああの子を殺しちまうよ」



 シャーロットの言う意味が分からないアルマーニは、力任せに黒服を殴りつけ、どうにも出来ない怒りをさらにぶつけようとした。



「……がっ」



 不意に、頭に強い衝撃を受けたアルマーニは、呆れたシャーロットの顔を横目に気を失い倒れ込んでしまった。



「全く、面倒ニャ男だこと。撤退するニャ、運べ」



 シャーロットが新しい黒服からキセルを受け取ると、呆れると同時に煙を吹き出し、次々と現れる黒服に指示を出す。


 

「さあ、どうしたもんかニャ……」



 人型の魔物の死体を一瞥し、シャーロットは目を閉じた。運ばれていくマーヤとアルマーニを見据え、大きく溜め息をついた。


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