第3話 意外な依頼人



 裏協会と呼ばれている銀行奥。

 

 ボスであるペルシャ猫のシャーロットが、キセルを口に咥えてふんぞり返っていた。


 横にはいつも通り黒服が立っており、客人が座る用の赤いソファには、ワイスとアルマーニが座らされていた。


 シャーロットの前に立つ依頼人のせいで駆り出されたアルマーニは、ソファに肘を立てて頭を支え、今の状況に眉をひそめる。



「で? 元騎士のアンタが、裏協会に依頼とは珍しいニャ。どういった依頼なのかニャ」



 鋭い眼差しでシャーロットが怪訝そうに、目の前の依頼人に問い掛けた。


 依頼人──元騎士であるマーヤは、長い赤髪を揺らし、パンツスタイルに鎧も着ておらずマント姿でいた。

 以前より一層分かり易い豊満な胸に手を当て、しっかりと頭を下げる。



「簡潔にお伝えします。どうか、王国の陰謀を阻止して頂くため、お力をお借し下さい」


「……は? 陰謀?」



 マーヤの依頼内容に一番反応したのは、アルマーニだった。

 腕と足を組んで黙って聞いていたワイスも、微妙な表情で彼女を一瞥している。



「なぁに言ってんだぁ?」と、肩を竦め半笑いするアルマーニを、マーヤは強く睨み付け小さく肩を落とす。



「現国王を良く思わない連中が、この王国に何らかの騒動を引き起こそうとしているのよ」


「反乱、みたいなものかい?」



 マーヤの説明に、ワイスは紅茶のカップを片手に首を傾げる。

 彼女は少し言葉を考え、頭を振った。



「反乱などという生易しいものじゃないわ。ゴブリン戦も、廃神殿の巨獣の戦いも、全て奴らが仕組んだ罠で──」


「ちょいと待ちニャ」



 怒涛に話すマーヤに割って入り、シャーロットは口元から煙を吹き出す。



「エラく壮大な話に出来上がってるようニャけど、その情報は確かニャんだろうねぇ?」


「それは、潜入して私が奴らから直接聞いた話です。間違いない情報だと思います」


「ほう、思います……ニャ」



 マーヤの言葉尻に反応したシャーロットは、嘲笑いながらキセルを口で器用に叩き、中身の灰を落とす。


 

「思うじゃアタシらは動かニャい。確かな情報、確信出来るニャにかがニャければ、組織ごと動かすニャんてことは出来ニャいのさ」



 勢いよく煙を吹き出し眉をつりあげ、シャーロットは尻尾をパタパタと揺らす。苛立っているのか、雰囲気だけでも恐ろしい。



「変な仁義だよなぁ」


「仁義じゃニャい。ルールさ」



 呆れるアルマーニの言葉を切り捨て、シャーロットは鼻を鳴らす。



「報酬は先払いします! ですから──」


「はぁん、アタシらも舐められたもんだニャ。金の話ってのは依頼人がするもんじゃニャい。依頼を受けるも受けニャいも、金の問題も人員の問題も、全部アタシが決めることニャ!」



 引き下がらないマーヤの言葉に対し、シャーロットの怒鳴り声が轟いた。


 これにはただ聞いていたアルマーニとワイスも驚き「おっかねぇ」と、肩を竦める。


 何も言い返せず竦むマーヤに、キセルを黒服に渡しながらシャーロットは大きく溜め息をつく。



「証拠か証言が確定したものニャら、金が安くてもアタシらは受けてやるニャ」



 尻尾を忙しなく揺らし、明らかに苛立ちを見せるシャーロット。黒服が急いで替えのキセルを用意する。



「まぁ、組織が動けニャくても、金さえ払えば動いてくれる奴は腐るほどいるニャ。ニャ? アルマーニ」


「……あ?」



 牙を見せニヤリと笑ったシャーロットが、アルマーニを一瞥する。


 眠気に誘われていたアルマーニは欠伸の途中で切り、情けない声を出す。



「俺はもう巻き込まれるのはゴメンだぜぇ?」



 首を左右に振って顔を歪めるアルマーニ。

 その横で、ワイスは関わらないでくれと言わんばかりに目をそらし、優雅に紅茶を飲んでいる。



「……いくらなら助けてくれるかしら?」


「いくらってお前、いくらでも受ける気は……っ」



 マーヤの言葉にアルマーニは鼻で笑い、改めて彼女を見た瞬間、思わず生唾を飲んでしまった。


 あざとい表情で腰に手を当て、前屈みになって微笑んでくるマーヤ。鎧を装備していないせいか、開いた胸元から谷間が見えてしまっている。



「全く年甲斐もなく……」



 と、谷間から目を離せないアルマーニに、ワイスは呆れて溜め息をついた。


 これには何も言い返せないアルマーニは、ようやくマーヤの谷間から目を離して空笑いする。



「……俺は面倒なことはしねぇ」


「さんざん人の胸見ておいてよく言うわね」


「ったくよぉ、見せてるに等しいだろぉそれ」



 あざとさからいつものマーヤに戻り、アルマーニは焦りながら息をついて安堵する。



「で? 金貨何枚なら引き受けてくれるの?」



 頑なに拒否するアルマーニに、意地でも食らいつくマーヤ。どう足掻いても押されてしまいそうな雰囲気に、ワイスは苦笑している。



「金貨二十枚、そうすりゃあ俺も動いてやるよぉ」



 嫌みったらしく笑うアルマーニに、マーヤは不敵な笑みを浮かべて、胸元に手を突っ込んだ。


 取り出したのは小さな布袋で、微かに金属音を立てている。



「この中に十枚入っているわ。前払いとしては満足かしら?」


「……マジかよ」



 舌を打って後悔するアルマーニに、ワイスは「良かったじゃないか」と、小声で呟く。



「これで問題はないわね」



 強く頷き、シャーロットに一礼してマーヤは部屋から早々と出て行ってしまった。



「借金返済の金が増えたニャ。良いことニャ、さあ。さっさと仕事してくるニャ!」



 シャーロットは丸い手で追い払うように振り、再び黒服からキセルを貰い咥える。


 ワイスは手を振るだけで動かない。

 半ば呆れた様子でアルマーニに微笑むだけだ。


 その表情がなんとも腹立たしい。

 アルマーニは隠すことなく舌を打ち、気怠くソファから立ち上がった。



「はぁ、死体漁りでもねぇじゃねぇかぁ」



 吐き捨てるようにぼやき、苛立ちながらも受け取った布袋の中身を覗いて、思わず表情を柔らかくしてしまう。


 部屋から出ると、すでにマーヤが腕を組んで待っており、憎たらしい微笑みで迎えてくれた。



「マジで面倒くせぇ。証拠集めとか俺の分野じゃねぇぞ」



 行き交う商人や客人を抜けながら、アルマーニは頭を掻いて言った。



「証拠集めは簡単よ。探すものは決まっているもの」



 軽く二の腕を持ち、マーヤは真面目な表情で頷く。



「じゃあ自分で探せばいいじゃねぇか」



 最もな答えを言うアルマーニ。

 マーヤは静かに頭を振り、事情を簡潔に話した。



「私だけじゃ入れない場所なのよ」


「おぃおぃ、まさか赤線に行くつもりかぁ?」



 彼女の言葉にアルマーニはすぐに反応した。


 赤線地区には一般市民である女性は入れない。たとえ用事があろうと、これは王国の騎士であっても許されていない女人禁制の場なのだ。


 しかし、入ろうと思えば簡単で、男性と共に入り、共に出れば良いだけの話。女人禁制とは何なのか? と思うが、シャーロットが決めたルールのためその真意は分からない。



「貴方なら、あの地区にも詳しいでしょう」


「ったく、また行くのかよぉ」


「また?」



 肩を竦めて眉をひそめるマーヤに対し、アルマーニは目をそらしながら壁にもたれた。



「あぁ、昨日ソルシェに会ったばっかだからなぁ。まぁ、体調が良くなってるかも知れねぇし、様子見て帰るかねぇ」



 後半になるにつれ独り言のように呟き、アルマーニは自己解決した。

 

 マーヤが怪訝そうに見つめるなか、アルマーニが本題に入る。



「……でだ、何を探すんだぁ?」



 ああ、と声を漏らしマーヤは腰のポーチから羊皮紙を取り出した。



「掴まえるのは鼠よ。何匹いるのか、どんな鼠なのかも分からないけれど……」



 内容をメモしていたのか、マーヤは羊皮紙の文字を指でなぞりながら言った。


 それを聞いたアルマーニは、鼠というワードに反応し、緩めていた顔を引き締める。


 ソルシェの部屋で見掛けた鼠。

 綺麗な部屋の中で鼠がいるとは、と不思議に思っていたが、関係があるのか?


 アルマーニは一人考え、顎髭を掴みながら難しい表情をして見せる。



「その鼠が王国の陰謀に関わってんのかは知らねぇが、それを捕まえれば金が貰えんだな。なら、さっさと行くぜぇ」


「え、ちょっと先に行かないで!?」



 思うことがあるアルマーニは早々と銀行から抜け、焦るマーヤは急いで彼を追い掛けていく。


 何かの間違いならば、それで構わない。

 


「くそ、嫌な予感しかしねぇぜ……」





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