第2話 異変の利用者



「ここ数日、城下で魔物の目撃情報が上がってきておる」



 酷い雨粒が城の窓を叩き付ける中。


 ろくに灯りも点けていない王国の会議室では円卓を囲み、赤、黄、青のフードを被った三名の老人が髭を撫で、報告書に目を通していた。


 進行役の若い声音をした黒フードの男が、報告書のページを捲りながら口を開いた。



「魔物が各地から侵入しているのか、それとも──」


「いいや、侵入ではない」



 金糸を施した赤フードで目元を隠す老人が、ゆったりとした動作で首を左右に振る。



「我らの計画によって産み出された魔物といって良いだろう」



 クツクツと笑う赤フードの老人。

 それを追うように、黄と青フードの老人もほくそ笑んだ。



「それにしても、たかが鼠一匹でここまで計画が進むとは」


「最初こそ失敗したが、やはりゴブリンを利用したのは正解じゃったな」



 黄と青フードの老人が感心し、尊敬の眼差しで赤フードの老人を見据え何度も頷く。


 

「しかし……」



 赤フードの老人は鼻を鳴らし、言葉を濁す。

 雷が鳴り響き、雨音が酷くなりつつある天候を気にしつつ、赤フードの老人は続けた。



「裏協会に属する死体漁り。今回の計画に全て奴が絡んできておる」


「我らの計画は秘密裏に動いているはずじゃ。まさか、騎士の連中が漏らしたか」


「否、この計画はたとえ広報部隊であっても知らぬ故……それはない」



 老人たちが歯軋りをして嘆く。

 漏れた情報でもなければ、死体漁りの男は偶然にも巻き込まれていることとなる。

 それには、明らかにおかしな点があるが。



「鼠が見つかれば我らの計画は破綻に等しいぞ。どうするつもりですじゃ」


「奴は赤線地区にも近い。早めに始末せねば」



 黄と青フードの老人が急かす。


 決定権はあくまで赤フードの老人のようで、他は意見を出すだけ。



「今さら鼠の処理をしたとて、既に手遅れであろう。それに、奴を簡単には止められん。そこで奴を阻む者を此方で用意した」


「ほう」


「これは、頼もしい」



 誰のことを差しているのかは分からない。だが、老人たちは満足げにニヤリと笑っている。


 進行役は一度溜め息をつき、肩を竦みながら窓からの景色を眺めた。



「明日の夜。鼠は破裂し、卵が産まれる。その時、我らの計画は完遂する。この大陸全土を覆い尽くす者が産まれる」


「その時は是非とも宴を開きましょうぞ」




 赤フードの老人が裂ける寸前まで口元を歪ませ、他の者が嬉しそうに拍手を送る。


 そこで会議は終了したのか、皆ゆっくりと立ち上がり解散の準備をしていく。



「待て! 貴様そこで何をしている!」



 皆が会議室から出ようとした直後、外から見張りの兵の大声が聞こえ、進行役は急いで扉を開ける。



「何事か」


「申し訳ありません! 侵入者です。聞き耳を立てられていた可能性が……」


「今すぐ捕らえ殺せ。どこからの刺客か聞く必要もない」



 「かしこまりました!」と見張り兵は仲間を数人連れ、派手に金属音を慣らしながら侵入者とやらを追いかけていった。



「これはこれは、厄介なことになりましたね」


「……そうだな」



 進行役は他人事のように言い、赤フードの老人は唇を噛み締めて呟いた。


 不穏な空気のなか、忙しなく動く見張り兵たちを横目に、赤フードの老人は黄フードの老人に何かを耳打ちする。



「御意」



 短く呟き頭を下げた黄フードの老人。

 

 殺意のオーラを纏う赤フードの老人に、他の者は何かを意見したりすることはなかった。ただ黙って彼に従う。



「……さて皆様、酒を用意している。付き合ってくれますかな」


「も、勿論じゃ」



 二人の老人が赤フードの老人に付いていく。反論は出来ない。しようものならこの場で殺されてしまうという恐怖。


 三名の老人は微笑みながら会議室を後にした。


 それを、進行役は黙って見据える。

 計画成功を願って見送る──その表情は、決して柔らかいものではなかった。


 殺意。憎しみ。憎悪。企み。


 そのどれもに当てはまる。



「さあ、どうなることやら」



 進行役は苦笑し、窓から見える街並みに視線を落とした。仄かに明るい夜の城下町。


 そして、その景色を見る進行役の手には、王国の紋章が描かれた黒い魔術書が握られていた。



「────」



 進行役は何かを呟いたが、それは運悪く雷雨によって掻き消された。

 





 

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