最終章 死体漁りの死体漁り

第1話 珍しさ




「ふわぁぁあぁ……ふぅ」


「大きな欠伸だねアル……」



 どんよりとした曇り空の下。

 本日、魔法書店は休みのため、奥でアルマーニとワイスは呑気にしていた。


 ソファで寝転がるアルマーニ。

 優雅に紅茶を飲みながら読書に耽るワイス。


 しかし、魔法書店の奥ということはワイスの家でもあるため、アルマーニが暇を潰せるような娯楽はない。

 つまりは、欠伸が出てしまうほど暇なのだ。



「暇なら一仕事してしてきたらどうだい?」


「やる気なんて出ねぇよ。金をおまえのババア猫に取られちまったんだぜぇ? 装備も新調出来ねぇよ」



 遠回しに邪魔だと言うワイスに対し、アルマーニはソファで仰向けに変えて腕を上げる。


 先のゴブリン退治を達成したとして、大いに喜ばれ、表協会の冒険者たちの歓声を浴びることとなった。

 依頼の受注者であるガルダが金貨を受け取り、アルマーニは確かに七枚頂いた。


 しかし、裏協会のボスであるシャーロットとの約束では、金貨十枚を借金返済にあてると言っていたために、アルマーニの持ち金は全て奪われたのだ。



「メロン女の支払いも俺がすることになっちまったしよぉ。愛用の武器も錆だらけだしよぉ。どうにもならねぇ」



 勢いよく起き上がり、テーブルに用意されたコーヒーカップを持ち、アルマーニは肩を竦めて深い溜め息をつく。


 ワイスも別の意味で深い溜め息をつくと、読んでいた本を下ろす。



「……門番の彼には花を手向けたのかい?」


「あぁ、アイツか。野草だけどな、一応祈りをしてやったさぁ」


「へえ、君にしては珍しいね」



 自ら話を振って頬杖をつくワイスは適当に相槌を打ち、アルマーニの話を聞き流す。


 そこで、ふと何かを思い出したのか、ワイスは本に栞を滑り込ませ閉じた。



「そういえば、君が不在の時にソルシェが来ていてね。残念そうに帰って行ったよ」


「んぁ? ソルシェが、一人で来たのか?」


「ああ、珍しいね。プレゼントの一つでも持って会いに行ってあげれば喜ぶんじゃないかい?」



 ワイスの話に食いついたアルマーニは、一瞬考え込む仕草をした後、よし!と一声掛けて立ち上がった。



「……あー悪ぃワイス。銀一枚、貸してくれねぇか」



 頬を掻いて苦笑するアルマーニ。

 呆れて何も言えないワイスは、自分の言ったことを後悔しながら、スーツの懐を探り財布を取り出した。


 そして、テーブルに黙って銀貨一枚を置いた。


 アルマーニは彼の気が変わらないうちに、すかさず銀貨を頂戴する。



「まあ、返すつもりはないんだろう?」


「はは、そう思ってくれりゃあ有り難いねぇ」



 二人は違う笑みで頷く。



「人の金で贈り物とはね。真実は彼女に伝えないでおくよ」



 嫌味を言うワイスは、しかし優しさを含めているためアルマーニは何も言わず苦笑いを続ける。


 ようやく出て行ってくれると、ワイスは再び本を開き下を俯く。



「俺がアイツにしてやれることなんて、一つしかねぇからなぁ」



 それだけを言い残し、アルマーニは軽く手を上げてワイスに別れを告げると、早々と魔法書店から出て行った。


 アルマーニが出て行ってから、ワイスは暫く冷めた紅茶が入ったカップを持ち、水面を眺めていた。



「……君の過去なんて知らないけど、無理はしないでくれよ」



 アルマーニがいたソファを一瞥し、ワイスは独り言を呟いて紅茶を啜った。



「君が死んだら、悲しむのは彼女なんだから……」



 


          ‡



 昼下がりを過ぎた頃。

 今にも泣き出しそうな空の下で、アルマーニは赤線地区にいた。


 ソルシェが働く館は、入り口入ってすぐの場所に位置し、その近くに大きな木が植えられている。


 そこから一番上まで登ると、ソルシェの部屋に繋がるベランダへと侵入することが出来るのだ。


 正面から入ろうものなら、店のオーナーに金を請求されるのがオチというもので、会うことすら出来ないだろう。



 猿のように、とはいかないものの、歳を感じさせない身体能力で木を登り、さらにゆっくり枝の方へ移動していく。



「ソルシェ……仕事してんなら見たくねぇなぁ」



 ベランダまでスルスルと到着したアルマーニは、中を覗くことを躊躇った。

 自分の好きな女性が、仕事とはいえ他の男に抱かれている姿は、出来れば見たくない。


 しかし、覗かなければ状況は分からないため、アルマーニは薄目でそっと中を見た。



「……? 寝てるのか」



 ベランダと部屋を隔てる薄いガラス戸を叩き、背中を向けているソルシェに気づいてもらおうとするが、反応はない。


 疲れているのか?

 それとも体調が悪いのだろうか?



「……ソルシェ」



 小声で呼び掛け、アルマーニは少し強めに叩いてみる。しかし、気付いてはもらえない。



「しゃあねぇ、気付いてくれりゃあいいが……」



 プレゼントである茶包装された包みを懐から取り出し、アルマーニは肩を落としながら背を向けた。


 雨に濡れないようにと、屋根のギリギリにプレゼントを置こうとした時、ふと人影が見えて、アルマーニは顔を上げた。



「アル……?」



 弱々しい声音が聞こえたと同時に、ベランダの扉がカラカラと音を立てて開かれる。


 ずっと寝ていたのか、髪が跳ねており、薄手の寝間着も崩れている。それでも──否、そこがまた艶めかしい雰囲気を膨らませている。



「おぅ、悪ぃな。あれから礼も言ってねぇなと思ってよぉ」


「ううん……嬉しい」



 頬を掻いて苦笑しながら、アルマーニはソルシェの頬に触れた。身体が熱い。風邪を引いているのかと不安になってしまう。



「……いつもみてぇにしねぇのか?」


「キス、する?」



 儚げな表情で誘われるアルマーニは、照れながらも吸い込まれるようにソルシェと唇を重ねる。


 軽く一度触れ、ソルシェは弱々しく微笑み、アルマーニもフッと笑って見せる。



「……体調、悪ぃのか?」



 アルマーニは心配そうにソルシェを抱き締めようと腰に触れたところ、拒否をされた。


 強く胸を押し返され、アルマーニは眉間に深いしわを寄せる。



「ちょっと、その……胸が痛くて、ね。ごめんなさい……」



 肩を竦めて、ソルシェは言葉を選びながら頭を下げた。何か隠し事でもしているのか。


 二人の間に微妙な空気が流れる。


 ふと、アルマーニはプレゼントのことを思い出し、まだ手に持っていた茶包装の包みをソルシェに差し出した。



「あぁ、これよ。その、似合うと思って買ったんだがぁ」



 首を傾げるソルシェに、アルマーニは茶包装を破り捨てる。中から取り出したのは……ネックレスだった。



 小さな鎖が繋がった先に、ハートの形に模した赤い宝石が付けられたネックレス。



「ワタシに? アルがアクセサリーだなんて、珍しい」


「んだよぉ、いらねぇか?」


「ううん、凄く嬉しい! 今、着けてもいい?」


「おぅ、そりゃあ勿論! 俺が着けてやるよ」



 ようやくソルシェが笑顔を見せたことに、アルマーニは深く安堵する。


 彼女に背を向けさせ、器用にネックレスを着けてあげると、アルマーニは「いいぞ」と、声を掛けた。


 ソルシェはネックレスに触れると、嬉しそうに振り返り柔らかく微笑んだ。



「とても素敵、ありがとうアル」


「元気になったみてぇで良かったぜぇ」



 ソルシェの髪を掬い、頭を撫でるアルマーニ。彼女が笑えば、アルマーニも安堵出来る。



「今、珈琲切らしてて。紅茶でも、大丈夫?」



 胸を押さえながら、痛みを堪えるソルシェに対して、アルマーニはゆっくり首を左右に振った。



「辛そうだからなぁ。また出直すとするぜぇ。今度はちゃんと抱き締めてやりてぇしなぁ」


「……ごめんなさい、ありがとう」



 ソルシェの表情が再び暗く沈む。

 ぎこちない雰囲気が再び二人を襲い、アルマーニは息をついた。


 帰るタイミングを逃してしまったアルマーニは、頭を掻きながら部屋の方へと視線を流し、何かに目を奪われた。



「……鼠か」



 埃だらけでもないこの部屋のなか、綺麗好きなソルシェが住むここで鼠など、本当に珍しいことだった。


 しかも、その鼠はジッとアルマーニと目を合わせている。気持ち悪くなり、アルマーニは顔を歪ませた。



「どうかした?」


「ん? あぁいや、何でもねぇよ。それじゃあなソルシェ」



 不意に現実に引き戻されたアルマーニは、ベランダの塀に手を掛けながら、ソルシェに軽く手を振った。


 途中、オーナーにでも見つかってしまっては適わない。


 雨が降り始めたのか、アルマーニは滑らないように木を降りていき、辺りを見回して、見送るソルシェにもう一度手を振った。



「……また会えるかしら、会って、くれるかしら」



 ネックレスを強く握りしめながら、アルマーニの姿が見えなくなるまで、ソルシェは手を振り続けた。


 

「う……っ」



 刹那、鋭い胸の痛みがソルシェに襲い掛かり、溢れてくる涙を拭うことなくベッドに倒れ込んだ。


 

「こんな、身体……見られたら、アルは、絶対──」



 呼吸すら危うい状況で、ソルシェは自らの谷間を寝間着の隙間から覗く。


 そこに見えたのは、真っ黒に染まった痣らしき跡だった。誰かに殴られた訳でもない。原因不明のドス黒い痣。


 日に日にそれは大きく広がり、今や下半身の近くまでその黒い痣は侵蝕している。



「……助けて……」



 ソルシェは涙を流しながら、救いを求め、静かに目を閉じた。きっと夢なのだと、そう、信じて。



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