第17話 されどゴブリンは傲る(後編)
「ふうんっ!」
「うらぁっ!!」
ガルダの大剣とアルマーニの斧槍が、混乱状態で襲い掛かってくるゴブリン共を薙ぎ払っていた。
フィズは鎮痛液を片手に飲み干しながらも、無理矢理ゴブリン共の猛攻を回避している。
マーヤも協力しようと合流を試みるが、負けを悟り足掻くゴブリンはクセが悪い。手当たり次第に逃げようと、でたらめに武器を奮っているのだ。
「グエア……ッ!」
まだ数十はいるゴブリンが標的にしたのは、深手を負っているフィズのようで。
人質を取ろうと囲むように、摺り足で近付いていくゴブリン共を相手に、フィズはまだ動けないでいる。
「ウギャァア──ァッ!?」
一匹のゴブリンがフィズを頭を狙って飛びかかる。思わずしゃがみ込み身を庇うフィズを助けたのは、オークの太い腕だった。
豪腕を持つオークの拳一発で地面と同化したゴブリン。鼻息を鳴らし、フィズを守るように二本の腕を構えたオークに対し、ゴブリンは顔を歪ませる。
そこにようやくマーヤがアルマーニたちと合流を果たし、状況は優勢となった。
「何故……何故、我ガ、人間ナドニ……」
分厚い唇を噛み締め、ローブを強く、強く前に引っ張り、黒ローブのゴブリンは嘆く。
「負ケルハズナドナイ。同ジ、人間ノハズダ……!?」
謎の疑問。
それから絶叫。
出口はオークによって塞がれ、地面には同胞の死体が無惨にも転がっている状況に、残ったゴブリン共は縋るように黒ローブのゴブリンの下へ走っていく。
「ふむ、諦めたようだな」
足首や肩口から血を流すガルダは、大剣を地面に擦りながら歩んでいく。
その後ろから、数匹のオークが無理矢理入ってくると、力強い眼差しで黒ローブのゴブリンを睨みつけた。
「我ラノ後ロ盾ガ誰カ……貴様ラ人間共ハ知ラナイノダナ……ッ!」
「あ゛? 魔物が後ろ盾だぁ?」
尻餅をついたまま、黒ローブのゴブリンが意味深な言葉を放った。
対して、アルマーニは鼻で笑いながら歩く。下半身から腹に掛けて新しく浴びた返り血により、まるで化け物と相違ない。
「はぁ、はぁ。もしかして……魔術書はその後ろ盾に渡されたもの?」
立て続けの戦闘により疲労困憊ながら、マーヤは抱えられた魔術書を指差す。
ふむ、とガルダは頷く。その後ろ盾について、心当たりがあるのか。
何も状況を知らないフィズは、肩を竦めていた。
睨み合うアルマーニと、黒ローブのゴブリン。
「……グェア……」
その隙を突いて、雑魚のゴブリンがアルマーニの足に噛み付こうとした。
だが、それは呆気なく阻止された。
「邪魔するんじゃねぇよ」
噛み付かれる前に蹴り飛ばしたアルマーニ。ゴブリンは情けない声を発し転がっていった。
ゴブリンは再び黒ローブのゴブリンに縋ると、涙を流しながら嗚咽を漏らす。
「で? 後ろ盾ってのはぁ誰だ?」
「答エル訳ガナイダロウ! 薄汚イ人間風情ガ……!!」
「まっ、そんなところだろうなぁ」
黒ローブのゴブリンが威勢良く吠えてみせるが、アルマーニはクツクツと笑って大きく舌を打った。
「それじゃあ、殺して終いだぁ」
「マ、待テ! 安易ニ殺シテイイト思ウノカ!? 後ロ盾ガ黙ッテイナイゾ!!」
手斧を振り上げたアルマーニに、黒ローブのゴブリンは怒りを露わにしながらも焦りを見せる。
「ソウダ! 宝ヲヤロウ。アノ者ニ言エバ、イクラデモ金ガ手ニハ入ル! 人間ハ金ガ好キナ生キ物ダロウ!?」
金で命乞いを謀る黒ローブのゴブリン。
そんなものに反応する者など、本来はいないはずなのだが──アルマーニは違った。
「なんだ、金くれんのかぁ?」
「ア、アア! ソノ通リダ! 今見逃セバ後ノ利益トナル……!」
金という言葉に弱いアルマーニは、振り上げた手斧を下ろしニヤリと笑みを漏らした。
黒ローブのゴブリンは、微かな希望に縋り言葉を続けようとする。そして、密かに部下のゴブリンから刃を受け取っていた。
「なら俺はそれに乗ってやろうかねぇ。金で許せる悪行もある」
「ちょっと貴方……まさか……っ」
アルマーニは笑って、大胆にも背中を向けた。驚くマーヤに対して、ガルダとフィズは呆れた様子だ。
オークは怒りに震え、黒ローブのゴブリンを睨みつけている。しかし、それを奴は気付いていない。
「ソウ、ソウダ……貴様ラ人間ニハ、相応ノハシタ金ヲ用意シテヤロウッ!!?」
黒ローブのゴブリンが満面の笑みで、油断したアルマーニの背中に刃物を突き立てようと前進した。
手を伸ばし庇おうとしたマーヤだが、それよりも早く黒ローブのゴブリンがぶっ飛ばされた。
何事かと思ったマーヤは、アルマーニの頭上からオークの豪腕が飛び出していたのだ。
「ナッ、ガハッ……」
黒ローブのゴブリンは折れた歯や鼻血を撒き散らしながら、盛大に吹っ飛び土壁に背中から衝突した。
他のゴブリン共も慌てて逃げようと地を這う。それを、ガルダとフィズが容赦なく微笑みながら叩き潰していく。
「え、ど、どうなって……」
この状況に追い付いていないマーヤは、ただ一人取り残され、アルマーニを見据えていた。
「まぁ、こいつらに花を持たせてやんのも粋なもんだろう? 正直、俺はもう疲れて動けねぇんだよぉ」
アルマーニがそう言っているが、本心が全く分からない。本当に疲れているようにも見えるが、オークが恨みを晴らす場面を作ってあげたとも見える。
しかし、マーヤは大きく溜め息をついて安堵していた。周りは残党退治で忙しそうにしている。オークも加勢し、マーヤが参加するまでもない。
「奴ラト、同ジ、人間トハ……思エナ……」
黒ローブのゴブリンは訳の分からない負け惜しみの言葉を残し、暴れる力もなく穏やかに地面に倒れ込んだ。
死んだのか。
アルマーニは肩を竦めてゆっくりと、黒ローブのゴブリンに近付いていく。
「……悪党……悪党メ……ッ」
「悪ぃなぁ、俺は小悪党だ。テメェも小悪党なんだろうがよぉ、おかげで根元が見えてきたぜぇ」
黒ローブがボロボロになり、醜い顔を晒すゴブリンが、涙を流しギリギリと歯軋りする。
たかがゴブリンに手を差し伸べた根元。
アルマーニはそれを理解した上で微笑み、手斧を黒ローブのゴブリンの首に当てた。
ニヒルな笑みを漏らし、どんっ、と鈍い音を鳴らしたアルマーニの手斧。
容赦も躊躇いもなく、黒ローブのゴブリンの首を胴体から切り離し、足元にジワリと血の溜まりが広がっていく。
「よぉし! 金貨貰えるぜぇ!」
いつもの飄々とした雰囲気に戻ったアルマーニは、黒ローブのゴブリンの首を腰に下げ、マーヤに笑って見せた。
「うむ、こちらも済んだぞ」
「う~血生臭い。湯浴びたい~!」
まるで無差別な殺人的のように、身体中を返り血で染めたガルダとフィズが、気の抜けた声音で集まってくる。
オークも疲れたようで、その場に座り込んだり自慢気にしていたり、欠伸をしている者もいるようだ。
「アア、オワッタ。アリガトウ、ニンゲン、ツヨイ」
「あ、長老さん」
老オークが嬉しそうに微笑み、アルマーニたちに駆け寄ってくる。
フィズがどうだ! と、言わんばかりにガッツポーズして見せ、老オークは人間の真似事のようにお辞儀をしていた。
なんとも不思議な光景だ。
「スグ、カエル? ウタゲ、スル?」
「ほう、宴を開いてくれるのか。オークの宴とは、それは興味深いな」
「いえ、もう正直帰りたいです」
老オークが首を傾げ、ガルダが顎髭を撫でて深く頷く。しかし、早く風呂へ入りたいマーヤは即答で拒否してしまう。
「そうだなぁ、ワイスの奴が待ってるだろうし、俺もさっさと帰って金頂きてぇなぁ。あと旨い酒だな」
「ボクも飲みたい~!」
こちらも顎髭を撫で、金と酒と女までワンセットで頂きたいアルマーニの妄想に、フィズが手を上げて割り込んでいく。
「ザンネン、カタヅケル」
老オークが分かりやすくしょんぼりとしたところで、他のオークたちが一斉に動き出した。自分たちが崩した瓦礫の山を撤去していく作業に入る。
これが終わるまで、恋しい地上には帰ることが出来ないということで、マーヤは脱力してその場に座り込んだ。
血で尻が濡れることも厭わず、血生臭さもすっかり慣れてしまい、汚れることなど気にしない。
「大丈夫かぁ? お疲れさんよぉ」
アルマーニが労いの言葉を掛け、すぐにガルダの下へ向かっていく。
女一人残されたマーヤは、今さら痛み出した傷を押さえ、ふと横に落ちていた魔術書に視線を移した。
「これは……」
呼吸を整えながら、マーヤが目を見開く。
黒ローブのゴブリンが大事そうに抱えていた赤い魔術書。貫かれたナイフを抜き、表紙に描かれた紋章を見つめる。
「一体どういうこと……? まさか……」
誰にも聞こえない程度に呟いたマーヤは、魔術書の紋章に眉をひそめた。
マーヤが憧れた王国の印。
王国の機関が管理しているはずの、禁忌とまではいかないが強力な魔術書。
それが、只のゴブリンの手に渡っている。
誰かが、王国の誰かが魔物に魔術書を渡しているのだ。これは由々しき事態といえる。
しかし、マーヤはもう騎士ではない。
だが、黒ローブのゴブリンが言っていた話を信用するならば、王国転覆を謀る不届き者がいることになる。
「確かめなきゃ……」
一人固い決心をしたマーヤは、密かに魔術書を布袋の中に入れると、ゆっくりと立ち上がった。
「考え事は終わったか?」
「ええ、終わったわ」
含みのあるアルマーニの言い方に、マーヤも含みのある言い方で返す。
お互いに何を考えているかなど、全くもって分からないが、二人の間に変な空気が流れていく。
「あ! 見てみて! もう道が開きそうだよ~!」
片付けをするオークたちを指差し、嬉しそうに飛び跳ねながら走り出すフィズ。
「ふむ。フィズ殿は元気があって良いな」
「ガキの専売特許だからなぁ。まぁどうせ、薬の効き目が切れりゃあ嫌でも大人しくなるだろうよぉ」
ゆっくり動き出すおっさん二人。
その背中を追いかけるマーヤ。
各々、別の考えを巡らせながら、それでも今は勝利したことを素直に喜び、仲間として地上へと帰還しよう。
「さぁて、帰るかねぇ」
腰に手を当て、アルマーニが気怠く呟く。
それに深く賛同した三人は、お互いに軽口を叩き合いながら、ゴブリンの巣窟を後にした──。
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