第15話 金貨を頂きに



 ガルダは気が狂っていた。

 気が狂うほどの危機を迎え、気が狂うほど血の臭いに酔っていたのだ。



「ふんっ!!」



 正面からオークの拳を大剣で弾き、背後から奇襲してくるゴブリンを左手で殴り飛ばす。


 時にはオークの拳を避け、飛んできた馬鹿なゴブリンに顔面を殴らせる。


 グギャ、と武装したゴブリンが呆気なく鼻血を噴き出しながら、小石のように飛んでいく様は鼻で笑ってしまいそうになった。


 だが、仲間の死を悲しむことがないゴブリンは、次々と最奥から溢れてきていた。余裕は、決してない。しかし。



「ふははははっ! 腐るほど出てくるではないか!! 心が躍るぞ! 血が騒ぐとはまさにこのことかぁぁ!!!」



 限界を越えても尚、狂いながら戦闘を楽しむガルダ。


 彼の筋肉は笑っていた。

 オークの拳とぶつかる度に腕が痺れ、ゴブリンに噛まれた太股の筋肉が、引きちぎれてしまいそうな程に、激痛が襲うのだ。


 その痛みですら快楽らしく、ガルダは目を光らせ大剣を下から振り上げた。



「グオアアッ!」


「ぬぅおあぁっ!!」



 オークとガルダのぶつかり合いが凄まじいものになり、洞窟内が常に揺れ始める。

 流石のゴブリン共も、戦々恐々といったようで戦いてしまい加勢出来ない様子。


 壁が削れ、天井から土岩が落ち、彼らが立つ地面が徐々に抉れている。



「おじさん元気!?」



 そこへフィズが軽快に手を上げ、ゴブリンに飛び蹴りを食らわせながら登場した。



「アギャ!?」


「ギャギャス!!」



 突然の奇襲に混乱するゴブリン共。

 蹴りを食らったゴブリンは軽々と吹っ飛び、二、三匹巻き込んで壁へと衝突した。



「あれ、おじさん白熱バトルの真っ只中かな。じゃあボクはこいつらだね」



 オークとガルダの戦いを一瞥するだけで済まし、フィズは両拳を合わせ、ゴブリン共に襲い掛かる。


 武装していようと関係ない。

 たかが革鎧など、フィズの拳には何の役にも立たないのだ。一撃で革鎧が破壊され、綺麗な円の穴がゴブリンの腹に開いていく。


 三匹のゴブリンが漸くフィズに四方から飛び掛かるが、その前にその場から離脱し、子供らしくちょこまかと動き回る。



「今度はヘマしないさ」



 特等冒険者としての屈辱は充分ゴブリンに頂いた。今度はその雪辱を果たす時。


 一匹のゴブリンの顔面を殴り、奮われた石鎚を足で弾き飛ばすと、そのままの勢いで奴の頭に踵落としをお見舞いしてやる。


 残っていた一匹のゴブリンは恐れをなし、最奥へと逃げようとしたところで、今度は頭に鋭いナイフが刺さり、血を噴き出して力無く倒れた。



「おぅおぅ、やってるねぇ。バカみてぇに戦いが好きな奴らだぜ」



 スリンガーナイフを発射したアルマーニが、息を切らすこともなく枝道の穴から帰還し、肩を竦めていた。


 マーヤは顔を引きつらしながら、咳き込んで合流する。後ろからやってくるゴブリンは全て殺すことが出来たようで、追っては来ない。



「よぉ、おっさん。元気そうじゃねえか。張り切りすぎて血管切らすんじゃねぇ──」


「ぬおぉぉっ! ぬぅあっ! はぁぁっ!!」



 アルマーニが呆れながら軽口でも言ってやろうと声を掛けていたが、ガルダには一切聞こえていないようだ。


 むしろ強い雄叫びに全て掻き消され、アルマーニは頬を掻いて再び肩を竦める。



「このまま行くの……?!」



 オーク戦に加勢するか、ゴブリンの長を叩くか。という意味で言ったマーヤの選択だろう。


 フィズも戦闘が終わり少し息を整えて、隠していた干し肉を囓り始める。



「作戦と全く違ってくるからなぁ、出来ればオークを待ちたいところだがなぁ」



 アルマーニが待つのはガルダではなく、オークの方だ。


 本来、オークに敵意を向けさせ、ゴブリンがいる奥まで走る算段だったのだが、このままではいつ終わるかも分からない。


 それどころか、ガルダがオーク全員を殺してしまう勢いなのだ。それでは帰り道さえ確保出来ない。



「……しゃあねぇ。何とかなるって信じるしかねぇな」


「本当にこのまま行くのね……」



 苦渋の決断をしたアルマーニに、マーヤはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 フィズの準備は万端のようだが、マーヤの心を待っている時間もない。



「今度こそ作戦決めようよ~。もうおじさん失敗ばっかりだよ?」


「そりゃあガキんちょ、作戦ってのは失敗するもんだ。緻密に計算してる訳じゃねぇからなぁ」



 呆れるフィズに対して、アルマーニは鼻で笑って言い切った。

 それが余計にマーヤを不安にさせるのだが、そこまでアルマーニは気を使っていられない。



「よし、名誉挽回してぇだろ。メロン女、魔術書を壊す役は任せたぜ」


「な、ほ、本気で言ってるの!? そういうのはこの子の方がいいじゃない!」


「駄目だ。一撃でアイツらを殺せる要員は必要だからなぁ。訓練で鍛えてんだろぉ?」



 今までの戦いを見ていたうえで、アルマーニの言葉はマーヤを焦らせた。

 当然、断るだろうと分かっているが、アルマーニの言うことにも一理ある。


 男と女とでは、腕力や逆らう力がそもそも違い過ぎる。さらに、一撃でゴブリンを殺さなければ反撃を食らうことになるのだ。


 一撃で殺すことが出来ないのは、マーヤ一人であり、こちらは囲まれてもどうにかはなるだろう。



「つまり、失敗しなければいいわけだぁ」


「それさ、失敗するっていうことじゃないの~」



 アルマーニの言葉に水を差すフィズ。

 思わず少年の頭を叩いてしまうアルマーニだが、マーヤの表情は思ったより暗くはなかった。



「……失敗しても、助けてくれる?」



 マーヤがか細く問うたのは、意外なものだった。


 首を擦り、アルマーニはフィズと顔を見合わせ、苦笑いをして頷く。



「あぁ、作戦ってのは失敗するもんだぁ。気負いせず行け。成功すりゃあ儲けもんだ」


「……不安しかないけれど、やってやるわ」



 アルマーニが差し出した拳に、マーヤは戸惑いながら微笑み拳を軽くぶつけた。


 同時に、凄まじい轟音が背後から聞こえ、三人は一斉に振り向いた。



「はあ、はあ……く、私も必ず合流するぞ! うむ、すぐ終わらせてやる」



 オークに吹っ飛ばされたのか、壁にぶつかる前に体勢を立て直したガルダが、アルマーニにニヤリと笑って見せ、再び挑みに向かったのだ。



「……期待はしなくていいかな?」



 フィズの冷たい言葉に、フッと笑ってしまうマーヤ。

 アルマーニも期待していないのか、冷たい視線をガルダに送りながら最奥へと身体を向けた。



「とりあえず俺の言うとおりに動け、それで無理なら俺がなんとかするさぁ。死なない程度に頑張ろうぜぇ」



 狭い最奥の穴へ、フィズを先に入らせ、後にマーヤ、アルマーニと続いていく。



「……さぁて、行くかね。金貨を頂きによぉ」





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