第9話 覚悟、そして優しさ



「集まったか」



 南の裏通りから歩いて数分のところ。

 裏の地下洞窟に繋がる小屋の中で、アルマーニは呟いた。


 小屋の中で待機して集まっていたのは、大剣を手入れするガルダ。


 下世話な話で盛り上がるフィズ。

 その対応に苦笑いしながら眉間を寄せるマーヤ。


 何故か腕を組んで堂々と立っている、白スーツ姿の目立つワイス。



「なんでお前がいんだよ?」


「わざわざ君のために武器を用意したのに、そんな言い草はないんじゃない?」



 面倒そうに尋ねたアルマーニに、ワイスは肩を竦めた。用意したと言った彼の手には、使いやすさを重視した手斧だ。

 それが、アルマーニに手渡される。



「僕の母さんが君から取り上げた物さ。こういう変わり種の武器は高く売れるけれど、鋼の斧は君によく似合うよ」



 ワイスの言葉は皮肉めいていた。

 担保にでもされていたのか、皮肉の意味までをマーヤは理解出来ない。


 何を言うわけでもなく、アルマーニは舌打ちをして手斧を受け取った。

 装飾は地味だ。別段これといって特別なようには見えない。

 何度か空を切り、刃こぼれなどを確認した後、ワイスに一言「わりぃな」と、伝え背を向ける。



「ふむ、用意は済んだか」



 手入れを終えたガルダが立ち上がり、重い鉄扉の前に仁王立ちする。


 フィズはマーヤと話すほうが楽しいのか、全く振り返る気はない。が、一方的に下世話ばかりをされているマーヤは早々と振り返った。



「俺の準備は中で済ますからなぁ」


「まあそこは、アルの専売特許だからね」



 手斧を肩に乗せ笑うアルマーニに対して、呆れながらも理解しているワイスは腰に手を当てて微笑む。



「フィズ殿。そろそろ行くぞ」


「え~ボクお姉さんとお茶したいな~」


「こんな薄気味悪いところで茶など、マーヤ殿が良いならそれで良いが」



 ガルダに痛いところを突かれ、フィズは同意を得ようとマーヤに上目遣いで見つめる。



「え、っと。こんなところでお茶をしようと提案する男性には、ときめく方が難しいわね」


「あう、確かに……」



 困った様子でもしっかり断るマーヤに、フィズの頭を少しだけ撫でて歩き出した。



「なんだかんだで四人パーティーかよ。群れんのは嫌いなんだがなぁ」


「ならボクいらないじゃん」


「一度約束を交わしたのならば、果たすことが男というものだが」


「……このメンバーで勝てるのかしら」



 各々、鉄扉を前に呆れたり笑ったり、溜め息をついたりと忙しい面々だが、明らかに緊張感がない四人。


 黒服が黙って重い鉄扉を開いていく。



「生きて帰ったら祝杯をしよう。良いワインを押さえておくよ」


「それは、とても楽しみね」


「へ? あ、いや。僕も楽しみにしておくよ」



 ワイスの言葉に反応したのがマーヤだったことに驚いたが、微笑んで手を振り見送った。



「んじゃあ、行きますかね」



 完全に開いた鉄扉の奥。

 アルマーニの言葉を合図に、地下洞窟へと足を踏み入れていく。


 

「ご武運を──」



 黒服の声と、ワイスの声が重なり、アルマーニは最後尾で手を上げて返した。



 ズンッ、という鉄扉が閉まる音が遅れて聞こえ、地下洞窟は光を失った。



「ちゃんと見えてるか?」


「ん? ああ、おかげで良く見えているわ。携帯ランタンや暗視ゴーグルは便利ね」



 マーヤはアルマーニが用意していた暗視ゴーグルに触れ、空笑いして息をついた。


 マーヤの鎧は粉々にされたため、鎖帷子を下に装備し、上には冒険者用の軽い布装備だ。下半身は長い丈のスカートと足甲ブーツという間に合わせ。


 アルマーニが用意したので、高価なものではないが、軽い身のこなしが出来るならば彼女は大丈夫だろう。



「松明だと片手に持っていると、やはり上手く戦えないわね。呆気なくやられてしまったわ」



 歩きながら自らの腕を掴むマーヤ。

 心なしか震えている気がする。



「そういえば、お姉さんよく殺されなかったね~」



 空気の読めないフィズの言動に、当然ながらマーヤの表情は重い。

 距離が近ければ、頭に一発殴りたいところだ。



「ふむ。マーヤ殿が美人ゆえであろう。男は総じて美人は手元に置いておきたいものだ」


「魔物に好かれても嬉しくねぇだろうが……」



 顎髭を撫でながらクツクツと笑うガルダに、肩を落として呆れるアルマーニ。

 マーヤも苦笑いしてしまっている。



「そうこうしているうちに、着いたようだ」



 本気か冗談か分からないまま、ガルダが足を止めて背中から大剣を抜いた。

 緊張感がまるで欠けているせいで、穴までの道のりがより短く感じてしまう。



「よ~し! ボコボコにするぞ~!」



 反省の色などなく、フィズはやる気満々で黒手袋をはめてナックルダスターを装備した。軽くジャンプをするのは、身体を解すためのようだ。


 大剣を盾のように構えるガルダと、剣の柄を強く握り締めるマーヤ。


 各々、準備は万端だ。



「生きている者がいたら──」


「助けるなんて思うなよ。命がいくつあっても足りねぇぞぉ」



 甘い考えは遮られ、あからさまに不服を訴えるマーヤだが、アルマーニの言葉は厳しいものだった。



「お前はもう王国の人間でも、お偉い騎士様でもねぇ。元は騎士でも、言っちまえば今は只の冒険者だ。助けるなら俺らを助けろ。巻き込まれんのはゴメンだぜ」



 アルマーニにとっては当たり前の話。

 マーヤにとっては邪の道というだけのこと。しかし、一度経験をして学んだからか、マーヤは苦悶の表情のまま何も反論をすることはなかった。



「……話は終わった?」



 重い空気の中、フィズが小さく呟いて確認する。


 マーヤは努めて笑顔を見せ、アルマーニも「おう」とだけ返事をした。



「ふむ。では、参ろうか」



 ガルダの言葉に、皆が揃って歩き出す。



「いつも通り気持ち悪いねここ。あの少し広い場所で戦うの?」



 フィズが疑問を唱え、アルマーニが最後尾で唸り始める。



「そうだなぁ。毒の煙で炙り出すかねぇ」



 雑嚢を漁り、アルマーニはすっぽり手に収まる大きさの玉を取り出した。



「逃げてきたところを、おっさんらが殺ってくれりゃあいいさ」


「そんな簡単にいくのかしら?」



 言うだけなら簡単だと、マーヤは疑いの目を向ける。はは、と空笑いしてアルマーニは少し前へと歩み出す。



「まぁ、言うよりはやってみる方が早ぇだろ」



 毒の煙玉と火打ち石を用意する頃には、例の広い場所へとたどり着いた。

 

 前にゴブリン共と殺りあったばかりだが、埋葬などすることなく、死体の山は放置されたままであった。

 

 マーヤは口と鼻を押さえ、眉間に深いしわを刻んでいく。



「ほらほらお姉さん。こっちに立って!」



 小声でも元気に手招きするフィズに、マーヤは黙って従い、アルマーニの後ろに立つ。


 さらに奥へと続く穴の横に、ガルダも大剣を肩に担ぎ、アルマーニは親指を立てて準備完了の合図をする。


 火打ち石を擦り合わせ、毒の煙玉に火花を散らせて着火させる。そしてすかさず、穴の奥へと放り込んだ。


 空気が抜けるような音と、小さな破裂音。後に、騒ぐような何かの鳴き声が響き渡る。



「ンギャッ!?」


「ギャギャ! ギャウワ!?」



 ゴブリンの焦る声。

 壁にぶつかったり、転んだり、金属の擦れ合う音がしたりと騒がしい。


 毒を吸えば速攻で効く、という訳ではない。王国近郊に根付く毒草は神経痛をもたらす。

 徐々に身体を蝕み、それは魔物にも効果はてきめんだ。頭痛を引き起こし、身体の奥が軋み、果てには吐き気と眩暈を引き起こす。

 

 ゴブリンのような小さな身体ならば、尚更効果は強いものだ。



「ギッ……ギュエ……」



 穴の奥から紫色の霧が漏れだし、アルマーニたちは身を引いて鼻と口元を押さえる。

 同時に、暗視ゴーグル越しからゴブリンの姿がうっすら見え始めた。



「ボクからやるよ~」



 数匹のゴブリンが何も持たず穴の奥から飛び出し、フィズはニヤリと笑った。


 逃げるのに必死で、横から現れたフィズの拳に気付くことが出来ず、ゴブリンの頬は抉れて吹っ飛んだ。



「グオェ……!?」



 低い呻き声を上げてマーヤの横を通り過ぎたゴブリンは、死体の山の一部と化した。次に現れたゴブリンは、まさかそんな状況とは知らず逃げ込んでくる。



「ふんっ、雑魚か」



 それを、ガルダが叩き切った。


 次々と逃げてくるゴブリンを、今度はマーヤの剣が華麗に切り捨てていく。



「ギャ……? ガァ、ギア?!」



 さすがに馬鹿なゴブリンでも異変に気付いたらしく、この場所に入ってこない。

 しかし、毒は状況など関係なしに広がっていく。



「……入ってこないわね」


「焦んなって。馬鹿にはどう足掻いても策なんて思いつきやしねぇよ。ただ逃げるだけよぉ」



 頬に付着した返り血を拭い、マーヤは不安を膨らませるが、アルマーニは余裕の様子だ。


 言葉通り、ゴブリンたちはやってきた。

 

 重い足音と共に……。



「ぬぅっ!?」


「わわっ、地震?」



 驚くガルダとフィズが体勢を崩し、アルマーニの腕をマーヤが掴んだ。



「ちっ、もうお出ましかよ」



 毒煙が薄れていくなか、アルマーニは舌を打った。


 黒緑の身体。その巨体に神経痛など無意味であったか。



「オーク……っ!」



 マーヤは生唾を飲み込んでしまった。


 太い棍棒を引きずって登場したオークは、既に怒りを爆発させていた。

 青白い血管を浮き上がらせ、オークは凄まじい気迫と声にならない雄叫びを上げる。



「え~こんな強そうな奴と戦うの? ボクのパンチ効くかな?」



 見上げなければ顔すら見えない巨体を前に、フィズの疑問はもっともだ。

 打撃が効くとは到底思えない。



「ふむ。それではフィズ殿には、あちらの客をもてなして頂きたい」



 苦笑するガルダの目線の先には、オークを壁として遠距離攻撃をしようと企むゴブリン部隊。その数数十は軽く超える。



「わ、私はどちらを相手にすれば……」


「逃した女を見つけりゃあ、ゴブリンは意地になるぜ。オークが怖いならそこで見てろ。なぁに、すぐに片付く」



 辺りを見回すマーヤの肩を叩き、アルマーニは鼻を鳴らし嫌みたらしく言い放つ。


 だが、怖いだけで何も出来ないなど、騎士とか誇りとか関係なく悔しい。



「私も微力ながら、オーク戦に加勢する。私の腕を、見せてやるわ」



 トラウマはあれど、ゴブリン戦よりはマシだ。オークは狩れる。狩ってみせる。


 マーヤの決意に、アルマーニは笑った。



「私の準備はいつでも構わん。むしろウズウズして堪らないのだ! 存分に殺り合おうではないか!!」



 雄叫びを上げるガルダの目は、嬉々としていた。



「グヌア! スリャン! フラムス!!」



 謎の言語を放ち、オークは真紅に染め上げた棍棒を振り回した。


 敵味方など関係なく、棍棒は凄まじい勢いで地面を抉り、ゴブリンの死体の山を蹴散らしていく。


 アルマーニたちはそれぞれ散ると、武器を構え様子を窺う。フィズは素早くオークの股を潜り抜け、弱々しいゴブリン共を前に笑顔で拳を振り上げていた。



「来るぜぇ。おっさん!」


「遅れは取らん。おっさんこそ気をつけろ」



 このおっさんの掛け合いは、マーヤにとって萎えてしまうものだが、本人たちは楽しそうだ。


 オークは棍棒を振り回し、ゴツゴツとした腕を振り上げてガルダに強烈なパンチをお見舞いする。



「ぐっ、なかなか良い拳ではないか」



 大剣で拳を弾き返し、ガルダは狂気的な笑みを見せた。


 手斧片手に、スリンガーナイフを装填したアルマーニは、素早く且つ勢い良く地を蹴り前進する。


 遅れぬように、マーヤは走り出した。



「グオオオアァァッ!!!」



 オークの雄叫びと共に棍棒が力強く振り下ろされ、ガルダはそれを真っ向から大剣で受け止めていく。去なすことはなく、避けることもなく受け止めた一撃。


 ガルダの身体は圧され、地面が徐々に沈んでいく。



「ふ、ぐ、ふふ……」



 圧倒的な力で圧され、ガルダの腕と足に脅威的な痺れとだ怠さが襲い掛かる。

 しかし、本人は至って楽し気だ。



「グオ……ッ」



 オークがほんの少しだけ呻き声をあげた。



「てあ! はぁぁっ!」



 マーヤの剣技が、巨体を支えるオークの野太い足を何度も切りつけていたのだ。

 

 それは只の鉄の剣でも、図体がデカい相手の弱点は、おおかた足首と決まっているもの。



「おう! その調子だぁ! 転んでくれりゃあ喉が突けるぜ!!」



 アルマーニの策であったか。

 手斧で右足を切りつけ、マーヤも続けて左足を切りつけていく。



「いいなあ。ボクも、オークっ、殴りたかったー!」



 途切れ途切れに発するフィズは、抵抗など殆どしないゴブリンの腹を、肩を、顔面を殴り飛ばして潰していた。

 

 背丈が変わらないおかげか、襲ってくるゴブリンを片っ端から蹂躙している。



「おっさん大丈夫かぁ? もうそろそろ押し返してもいいぜ」


「くっ、他人事のように、言ってくれるな!!」



 余裕綽々の態度が気に入らないのか、ガルダはアルマーニを睨むと全身に力を込め始めた。


 マーヤとアルマーニは体力が続く限り、オークの足を切り続ける。



「グオ……オオッ!!?」



 ガルダに気を取られ過ぎたオークは、人間二人を殴り飛ばそうと健闘するが、既に足は限界を越えていたようで。


 オークは大きくぐらついたのだ。



「ぬぅおおおらぁっ!!」



 その一瞬の隙を突き、ガルダは溜めていた力を最大限まで腕に込め、オークの棍棒を押し返した。


 押し返されたオークは情けない声を発しながら、体勢を大きく崩す。

 よろけてしまえば、もう後はない。


 屈強な足は、それでも切りつけられ削られ過ぎたために皮が剥がれ、肉片がぶら下がる程に弱くなっている。



「殺す……!」



 土埃と血が飛び散るなかで、オークがゴブリンの死体を下敷きに倒れ込んだ時、マーヤは太もものホルダーから短剣を引き抜いた。



「ゴグ、ゴゴゴ……グギャ!」



 オークは拳を振り回すが、当たらない。

 子供のようにジタバタさせて、死へのカウントダウンを制止させようとする。


 だが、カウントダウンを数えてやるほどマーヤは甘くない。むしろ憎悪の方が勝っているため、優しさなど微塵もない。



「はあっ!」



 マーヤはオークの身体に乗ると、短剣を喉笛に突き立てた。ドス黒い血がいっぺんに噴き出し、マーヤの身体半分が血の色に染まる。



「ゴ、ゴポァ……」



 棍棒をこぼしたオークが、マーヤの顔を掴もうと腕を伸ばす。



「汚らわしい……」



 短剣をさらに奥へと刺し込むと、マーヤは吐き捨てるように呟いた。オークは似合わない涙を流し、声にならない声を血と共に吐き出し、腕は重い地響きを鳴らして地面に落ちた。


 ようやく、絶命したようだ──。



「はぁ、はぁ……んっ、終わった……」



 肩で息をするマーヤを、ガルダは手を叩いて「素晴らしい」と絶讃した。



「まさか私の出番がこれだけとはな。いやしかし、マーヤ殿の致命は素晴らしい」



 血に染まったマーヤを尻目に、ガルダは大剣を一振りして鞘に納める。オークを倒せば、ゴブリンも自ずと退散すると知っての行動だ。



「おぅ、お疲れさん。ガキんちょの方はどうだぁ、終わったか?」



 アルマーニも手斧の血を拭き取り、ガルダとマーヤを軽く労うと、今度はフィズの方へと目を向けた。


 フィズの返事はなかった。

 代わりに聞こえたのは、ゴブリンを殴っているであろう打撃音。


 

「まるで血を得た獣のようだな」



 ガルダの発言に、人のことが言えるのか?と言わんばかりに一瞥するアルマーニだが、その例えはあながち間違いではなかった。


 懲りずに群がってくるゴブリン相手に、フィズの拳は休むことなく奮われる。



「特等冒険者は伊達じゃねぇってか」



 鼻を鳴らすアルマーニの横で、オークの胸から降りたマーヤはふらふらと辺りを歩き、ゴブリンの死体に躓いて転けた。


 さすがに心配したのか、アルマーニが駆け寄り雑嚢から水の入った筒を手渡してやる。

 まともに魔物と戦ったのは初めてだったのかも知れない。見慣れない大量の血を見たのも、原因の一つか。



「あ、ありがとう……」



 マーヤは息も絶え絶えに水をあおり、大きく深呼吸をして気持ちを整える。

 気絶していないだけ誉めてやるべきかもしれない。



「あ~逃げちゃった。ごめんね、おじさん」



 こちらも全身真っ赤の姿で、白い歯だけをちらつかせてフィズは残念そうに言った。



「おぅ、大丈夫だ。今回は奥まで根絶やしにするつもりだからなぁ」



 顎髭を撫で、アルマーニは腰に手を当てた。ようやく落ち着いたこの場で、辺りを見回してみるが、目星しい物は落ちていないようで。



「冒険者の持ち物も装備も、ゴブリンが全部かっさらってるみてぇだなぁ。頭が賢い奴がいるってことかねぇ」


「ふむ、それは難儀なことだな。早々に頭を潰してしまえば士気は下がるであろうが」


「でも、そんな簡単にいくかな? 凄く警戒されちゃってるだろうし」



 血塗れで今後を語る三人。

 マーヤはそれを見据えるものの、会話に参加することが出来ず、尻餅をつくのも嫌なので片膝を突いて空になった筒を抱き締める。



「……気が狂いそうになるわね」



 戦闘が終わり改めて、臭いや目の前の惨劇に対して発狂しそうな自分を、必死に抑え込むマーヤ。


 

「見たくねぇもんは見なければいい。目を閉じて楽しいこと考えてりゃあ、気分も酷くはならねぇだろぅよ」



 そんな彼女の頭を一度だけ優しく撫でると、アルマーニはナッハッハ、と笑って息をついた。 


 アルマーニの言葉は軽いものだ。気持ちが分かったような素振り。それでも、今のマーヤにとってその言葉が救いになる。


 マーヤはゆっくり目を閉じ、緊張する身体を少しずつ解していった。



「奥にはまだまだいそう?」


「うむ。武装したゴブリンが一匹もこちらに来ていない。奥にはまだまだいるであろうな」



 フィズの問いに、ガルダは顎髭を触りながら答える。ずっと奥の方だが、微かに鳴き声が聞こえてきている……気がしないでもない。



「体力勝負ってことだね」


「あぁ、こっちの道具とか体力とか諸々尽きたら俺らの負けは確定だなぁ」



 拳を合わせてやる気を見せるフィズと、雑嚢の中身を整頓し頭を掻くアルマーニ。


 マーヤの様子は、先ほどより安定している。ガルダの状況は至って変わらない。



「そんじゃそろそろ、行きますかねぇ」



 手斧をしっかりと握り締め、未開の奥地を目指すためアルマーニはガルダの背中を叩く。



「次は楽しみたいところだが」


「くはは、おっさんの見せ場は最後かねぇ」


「……おっさんの見せ場は最後までないであろうな」



 おっさん二人が互いに指を差して軽口を叩く姿に、フィズが肩を竦めて歩いていく。


 マーヤも遅れずに、血にまみれた剣の柄を握ったまま立ち上がり、アルマーニの後を引き摺るようにして付いていった……。





 

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