第6話 男臭さ
「で? いつから君は引率のお父さんになったんだい?」
貧困層の裏路地にある魔法書店。
その中で、ワイスは呆れ半分、興味半分で目の前の二人を見据えていた。
地下洞窟の穴を発見してから早くも一日経ったが、彼に一体何があったのだろうか。
助けに行きたいという気持ちが逸り、戦えもしない囮用の子供でも連れてきたか。
金髪の少年は飴玉などで揺るぐような歳ではなさそうだが、雰囲気は普通の子供と大差なさそうに見える。
「……特等冒険者なんて、初めて聞いたね」
「あぁ、俺もだぁ」
嫌みもそこそこにして、ワイスは本題に移った。
本の頁を捲りながら、知識の引き出しを開けていくが、全く覚えがないようだ。
アルマーニも同じく聞き覚えがないようで、お互いに顔を見合わせて肩を竦めてしまう。
「裏協会側のお店ってすごいね~。あくどい商売してるのかと思ったら割と良心的だし」
「……そりゃあどうも」
生意気な少年フィズは、口笛を吹いて色々見て回るが、ワイスの対応は冷たい。
露骨に嫌悪感を丸出しにするワイスに、首を左右に振って止めろと伝える。
「ん~ボクは歓迎されてないのかな」
「そうだね。君の肩書きは聞いたことないし、正体も不明。これじゃあ歓迎する気は起こらないね」
フィズは悩ましく腕を組んで考えるが、ワイスの厳しい表情は厳しい。
こういう面倒事は本人に任せることにしたアルマーニだが、ワイスにキッと睨まれてしまった。
「君も気になるだろう?!」
「あーまぁなぁ」
鬼気迫る勢いで顔を近付けてくるワイスに、アルマーニも頷くことしか出来ない。
二人の様子を見たフィズは眉をひそめ、一度息をつくと、近場にあった椅子を持って座った。
「特等冒険者ってね、王国直属の騎士と似ててさ~。王国からの依頼を受けて働くんだ。逆に、それしか受けられない」
簡単な説明をしたフィズ。
別段、ワイスの嫌みを気に留めることなく、フィズは適当に魔法の巻物を散らかして遊んでいる。
しかしそれだけでは、ワイスは納得出来ない。
「だが君は──」
「もう~! おじさんさ、細かいこと気にしすぎ!」
追求しようとする言葉を遮り、フィズは不機嫌そうに口元を歪めた。
「お、お、おじさん……っ!?」
「コイツからすりゃあお前もいい歳したおじさんだろうよぉ」
今までの鬼気迫る勢いはどこへ行ったのやら。ワイスは青ざめた表情で愕然と肩を落とし、アルマーニの追撃にすら反論出来ないでいる。
「でだよ! この白いおじさんは付いて来るの? そもそも戦えるの?」
フィズのおじさん呼びに、ワイスは徐々に腰を曲げて苦しんでいく。
「まだ29だぞ……僕は」などと小さな声で反論するが、「もう十分おじさんだよ」とフィズに追撃され、為す術なくとうとう撃沈してしまった。
「いや、全く武器が使えねぇんじゃあ話にもならねぇ」
アルマーニの言葉は尤もだ。
魔法主体で援護をするにしろ、魔法書を大量に持って行くことは出来ない。何より荷物になってしまう。
魔法の巻物にしろ、回数が限られており、使い終わればゴミクズ同然と化してしまうのだ。
武器を使い、頭で考え、次の一手を考えられる。それだけのことが出来なければ、あのような強敵を相手にワイスは足手まといとなるだろう。
「ああ、僕は遠慮したいね。あんな汚くて気持ち悪い所、二度とゴメンだ」
復活したワイスはハンカチで口元を押さえて、手を横に振り拒否を示す。
椅子にしっかりと座り込み、小さく声を漏らして店の品物を指差した。
「その代わり、巻物くらいなら持って行っても構わない。ああでも、高い物は止めてくれ。なかなか手に入らない代物なんだよ」
顔はまだ青ざめているが、協力はしてくれるようで。それでもキッチリ釘を打つワイスは流石と言うべきか。
「んだよぉケチくせぇ。瞬間移動とかそういうのはねぇのか?」
「アル、そんな良いものがあったら、とっくに僕のコレクション入りだよ」
舌を打つアルマーニに対して、ワイスはげんなりした様子で深い溜め息をついた。
「まぁ冗談はこれくらいにしてだなぁ、三……いや四本は貰っていくぜぇ」
品物を散らかすフィズの横で、アルマーニはしっかり魔法の内容を見て巻物を雑嚢にしまい込んだ。
何を貰っていったのか、フィズには分からない。しかし、この男が無作為に持って行くとは思えないので、何も聞かず遊びを続ける。
「活力剤と投擲ナイフはある。あとは、火薬粉か毒草が欲しいとこだなぁ。適当にビンは盗んでくるかぁ」
先日死体漁りをしに向かったのはこのためか。
しかし、新しい武器や盾ではなく、まさか小道具を揃えに行っただけとは。
「アルはいっつも武器や防具より小道具だね。まぁ、そっちの方が高いからね」
「おうよ。お高い小道具は、戦闘慣れして調子に乗り始める中級者が一番持ってることだしなぁ」
死体から集めた小道具を眺めながら、アルマーニは鼻で笑う。
小道具である投擲ナイフは一本で銅貨五枚。
ビンだけでも銅貨は一枚必要だ。
活力剤となれば銀貨一枚必要であり、初心者には全く手が出せない代物となっている。
だからこそ、戦闘にも慣れ、群れを成すやり方を覚えた中級者は金を持ち、小道具を買い始める。
だが、戦闘は慣れた頃が一番危ないのだ。慢心や油断が冒険者の心に住み着き、雑魚であるはずのゴブリンやゾンビに囲まれて死ぬ。
そんな奴らを目の前で、アルマーニは散々見てきた。見てきたからこそ、これが稼げると判断したのだ。
「普通なら、王国の外にいるウルフ一匹狩っただけで銅貨一枚にもならねぇ。んなもん、めんどくせぇからなぁ」
それならば、毎日そうやって稼いでくれればこんな羽目にならなかったものを……。
内心で深い溜め息をついたワイスだが、そんなことは露知らずフィズが話を進めた。
「どれくらい強いオークかボクは知らないけどさ、いくらボクが強いって言っても、物があっても二人で乗り込んで勝算はあるの?」
椅子をガッタンガッタン揺らしながら、フィズは気怠げに疑問をぶつけた。
「あぁその問題はあるが、まぁアテがねぇわけじゃない」
顎髭を撫でて、アルマーニは鼻を鳴らす。
「君を助けてくれる知り合いなんていたのかい?」
「んあぁ、知り合いの数で言えばお前よりは多いぜ?」
「それは、借金している数の間違いじゃないかい?」
「ッチ、大正解だ」
アルマーニはワイスの腕を小突き、面倒そうに欠伸をかます。
貶しあいながら笑う二人の関係は、フィズから見れば仲がいいのか悪いのか分からないが、先日出逢った時より断然明るくなっている。
……気がする。
「ん~で? そのアテとやらはどこにいるのさ」
話が逸れていくのをいちいちフィズは正していく。
アルマーニもようやく夫婦漫才のような絡みを止め、フィズと向かい合って頬を掻いた。
「あー表協会にでもいるんじゃねぇか?」
まさに適当な答え。
子供ながら何かを悟ったフィズは、とうとう苦笑いを浮かべて頬杖をついた。
「冒険者? それとも王国?」
「いんや、ただのおっさんだ」
アルマーニのまさかな解答に、フィズは少し驚いて椅子の背に顎を乗せて溜め息をついたのだった。
──表協会の酒場は昼間でもある程度繁盛している。
特に群れを嫌い、一匹狼を気取る冒険者には打ってつけの時間帯であり、若人が少なく穏やかに飲めるのだ。
そんな酒と汗と男臭い協会の酒場に、アルマーニのお目当てはいた。
「よぉ、おっさん」
「……ふん、おっさんか」
お互いに顔を見たと同時に、お互いをおっさん呼びする二人のおじさん。
知り合いと呼べるのか怪しい関係だが、そんな相手に手を振ったアルマーニは、おっさんの横に立ち止まった。
重装鎧を身に纏わせ、背中に大剣を背負った大男──ガルダ。
アルマーニのアテとやらに興味が湧いたこともあり、付いてきていたフィズの表情は何故か嫌そうだ。
「もしかして、アテってあのおじさん?」
「おう、大正解」
アルマーニの答えは想像通りだったが、それでも否定してほしかった。
おじさんばかりのパーティーだなんて、酒しか置いていない酒場と同じようなものだ。おつまみが無ければ楽しみなどないというのに。
「貴殿は裏の人間だろう。私に用でここまで来るということは、どれほど火急の用というのか」
飲みかけの手持ち酒樽をテーブルに置き、ガルダは周りの目を気にしながら話を進めた。
気になっているのは視線もそうだが、アルマーニよりもフィズの存在だろうか。
他のテーブル席で飲んでいる一匹狼が数人、珍しく群れを成して噂話に花を咲かせている。
「おっさんも見たことあるだろう? 金貨十枚の雑魚狩り依頼」
「ふむ。あれは裏があると踏んでいたが……それに加われと」
「あぁ、話が早ぇなぁ」
ガルダは酒のつまみである固形チーズを少しずつかじり、アルマーニの話に頷いた。
「なるほど、悪くはない。しかし、報酬金は山分けとなるぞ。それでは不都合が生じるのだろう」
ガルダの口元が緩んだ。
なるほど、それを口実に出せば引き下がると確信してのことか。
フィズは特に事情を知らないが、ガルダはアルマーニの正体を多少なりとも知っている。
「おっさん、上級冒険者だろ。金いんのかよぉ?」
「ふむ、まさかタダで協力しろと言うまい。他に報酬に見合う物があると?」
質問を質問で返したガルダ。
アルマーニはそれ以上何も言えなかった。
やはり一匹狼とて、所詮はただの冒険者。金や女が無ければ、こんな胡散臭い依頼を誰が好き好んで受けるものか。
「その少年もパーティーの一人か。ならば最低でも、金貨三枚は貰いたいところだが、貴殿はどうか」
「じゃあボクの分け前は要らないよ。ボクは他に報酬を貰える予定だしね~」
ガルダの策からアルマーニを救ったのは、まさかのフィズだった。
屈託のない笑顔をアルマーニに向け、報酬という約束をちらつかせる。
この特等冒険者様の欲は金ではなく、女だったことが今のアルマーニにとって、最高の条件だ。
この報酬が支払われるかは、今のところ分からないが……。
「ったくこのガキンチョは一端のこと言ってくれるぜぇ。ってことで、おっさんは三枚でいいんだな」
フィズの頭を強く撫で回し、アルマーニはガルダと向かい合うように椅子に腰を下ろした。
通りかかった配膳娘に麦酒を注文し、フィズもついでにビーフサラダと酒を追加する。
「自分で払えるんだろうな」
「マジかよ。おっさん上級だろぉ?」
「私は倹約家でね」
頬杖をついて舌を打つアルマーニに、手持ち酒樽の中身をあおり、ガルダはしたたかに微笑した。
「あー……んじゃあ」
「ボクに払えなんて言わないよね~」
視線が流れてくる前に先手を打ったフィズに、アルマーニの表情が一気に曇っていく。
数秒程悩んだ後、布袋の財布を開き、払えるかどうか眉をひそめてしまった。
そんなことをしている間に、配膳娘がトレイに酒や食べ物を乗せてやってきたのだ。手際良くテーブルに置き、愛想良く手を振って去っていく。
フィズやガルダは頬を緩めて手を振って見送るが、アルマーニはそれどころではない。
「ふむ、さて。金の話は終いだ。私に何をしてほしいのだ? 壁か、囮か」
ガルダは腕を組んで本題へと入った。
自分の役割をよく分かっているようだ。
重装鎧を好む者は、壁役と呼ばれるガードを得意としている。大抵は大盾を持ち、槍を構えているものだが、彼は大剣だ。
ガルダの場合、強靱度の高さを利用した戦法で、寄ってきた雑魚を一網打尽にするというもの。
アルマーニが一番必要な立ち位置だ。
「邪魔なゴブリン共を叩き潰してくれりゃあそれでいい。オークは俺らが殺す」
「ほう。内容は簡単だな。それだけで金貨三枚とは」
互いに顎髭を撫で、腹の中をさぐり合う。
「えーっと、ボクは適当に戦っておけばいいのかな?」
「ん、あぁ。ガキンチョは俺とオーク狩りがメインだがなぁ」
サラダを頬張り酒を飲むフィズに、アルマーニも麦酒を喉に流しながら肯定した。
実力が分からない以上どうにも答えにくいが、強いということを信じるしかない。
「まぁ、おっさんが協力してくれんならこれだけで十分だろうよぉ。あとは死体から漁るまでよ」
銅貨三枚をテーブルに置き、酒を一気に飲み干したアルマーニは立ち上がった。
「準備が出来たら南口の小屋に来いよぉ。俺は一足お先に待ってるぜ」
口元を拭い、アルマーニは表協会の酒場を抜けた先の出口へと向かって歩き出す。
「アルマーニ」
真剣な眼差しで、ガルダは彼を呼び止めた。
アルマーニは振り返り、ガルダを見返す。
「……貴殿、銅貨一枚足りんぞ」
「…………」
アルマーニとガルダは睨み合う。
その間にフィズはサラダを食べきり、酒を一気に喉へ流し込んでいく。
「……逃げるが勝ちだぁ!」
「あっ! 逃げた! 待て待て~!」
苦笑いをして全力で逃げていったアルマーニを、フィズは捕まえるために追いかけていく。
出遅れたガルダは、テーブルに置かれた空の皿と銅貨三枚を一瞥し、深い深い溜め息をついた。
「ふぅ、してやられたな。私もまだまだ未熟だ」
遅れて状況を理解したガルダは、鼻で笑い酒をあおり、アルマーニよりもフィズを恨んだのだった。
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