第5話 特等冒険者



「それで無様に帰って来たってかニャ」



 裏協会の銀行奥。

 

 シャーロットは鋭い眼孔を光らせて、報告にきたワイスを睨みつけていた。


 白いスーツは土色に変わり、たった一日で頬が痩けてしまったワイスの姿は、憐れみを覚えてしまう程情けない。



「で? アルマーニはどこにいったニャ」


「ああ、彼は仕事をしているよ……」



 ワイスの表情は重い。

 シャーロットは紫煙を吐き出し、キセルを黒服に手渡した。


 わざわざ“仕事をしている”という言い方をしたのは何故か。

 ワイスは頬を掻いて目を逸らす。



「何を隠してるのニャ。アタシが誰だか知っての嘘かニャ」


「…………」



 シャーロットの指摘に、ワイスは何も言わない。


 

「ふん、まぁいいニャ。アイツにはアイツのやり方がある。男はやらニャきゃいけニャい時があるさ」



 ニャハハハ、と猫らしく笑ったシャーロットは、新しいキセルを口に付けて鋭利な牙を見せた。


 目を逸らしたまま特に何も言わず、ワイスは母親の話を黙って聞く。

 どうせ何を言ったって彼女は信じてくれないと、知っているから。



(昔からそうだ。あなたは僕の話なんて聞いていない。聞いてるフリをしているだけ)



 小さく溜め息をついて、シャーロットの言葉を待つ。


 すると、今度は先程よりも強い威圧を持って話が始まった。


「それより、例の助っ人。勝手に突っ込んで奴らに捕まっちまったようだニャ」


「どういうこと……?」



 眉間をひそめて腰に手を当てたワイス。


 横にいた黒服が動き出し、シャーロットが見えるように伝書を机の上に置いた。


 それに目を通して、シャーロットは深い溜め息をついてゆっくりと瞬きをする。



「名前はマーヤ。王国親衛隊を追放されて路頭に迷ってたから、アタシが拾ったのニャ」



 伝書に描かれた赤髪の女性。

 シャーロットの説明を聞いて、ワイスはようやく引っかかっていた謎が解けた。


 使い物にならない壊れた禁書を売りに来た時、アルマーニから多少聞いていた。


 そうか。穴から逃げる際に、アルマーニは見てしまったのか。

 コレクションのように壁に飾られた裸体の中にいた、マーヤの姿を──。



「相手はゴブリンの団体と聞いたニャ。孕み者にされてニャければいいが、万が一助けることが出来ても、孕み者ニャら、赤線に送る他ニャい」


 

 同じ女としてか、シャーロットの言葉には深い同情と後悔が含まれていた。

 

 孕み者となった女は、人間として扱われない。

 どれだけ美しくても、どれだけ平静を装っていても、最強の英雄や子々孫々でもない限り、赤線地区に送られるのだ。


 それを、アルマーニが一番よく知っていると、シャーロットは言葉を足した。



「あの子と同じ運命を、辿らせたくないってことか」



 ワイスの脳裏に過ぎったのは、ソルシェの姿だ。


 アルマーニが裏協会に来る前から知り合いということは、なんとなしに聞いていた。


 彼は多くは語らない。

 五年の付き合いが経った今でも、ワイスはアルマーニの過去を深く知らない。


 だが、今のこの状況は、アルマーニにとって最悪なのだろう。



「母さん。お願いがある」



 ワイスは机を挟んだシャーロットに近付き、真剣な眼差しで彼女を見据えた。


 シャーロットも何かを察し、息をついてニヤリと笑う。



「ああ、分かってるニャ」




          ‡



 アルマーニは表協会の正門通りにいた。


 お祭り騒ぎもそろそろ収まったのか、大通りに並ぶ武具や料理店も、いつもの落ち着きを取り戻している。


 しかし、アルマーニの異様な姿に一般市民や冒険者までもが一歩身を引いてざわついていた。


 

「なによアレ……」


「王国をあんな姿でよく歩けるな」


「誰か助けてやれよ」



 気味悪がる者。

 嘲笑う者。

 何も言わず傍観する者。


 反応は様々だが、誰も彼を助けようとする者はいない。


 頭から足先まで血に染まり、肩には銀であっただろう鎧を担ぎ、背中と腰には槍、剣、斧など多種多様な武器を下げていた。


 その顔つきはまるで亡者のようで、狂気に満ちた殺人者に見えてしまうのも、無理はない。


 そのような者がズルズルと血を垂らして歩いているのだ。誰が彼に触れようとするものか。



「貴様! 止まれ!」



 誰が呼んだのだろうか。

 アルマーニに制止を命じたのは、王国の衛兵二人であった。


 槍を構え、前と後ろで挟むように尋問しようとする衛兵。


 しかし、当然ながらアルマーニは答えない。



「ク、クラスは!? そもそも冒険者なのか貴様はっ!」



 怯えながらも尋問をする気弱な衛兵。

 アルマーニは静かに睨み付けて、重い銀鎧を地面に置いて溜め息をついた。


 血を滴らせ、衛兵を静かな気迫で睨みつけるアルマーニに対し、小さく悲鳴をあげて後退りをしてしまう。



「と、捕らえろ! ぶぶ、武器はぬ、抜くなよ!!」



 小心者の衛兵が、アルマーニに恐る恐る近付き腕を取ろうとする。

 ここで捕まれば、王国の牢から出られるのは三日後か、それとも一週間後か。


 それでは困るのだ。


 アルマーニは懐にしまっていた短剣に手をかける。



 しかし、衛兵がアルマーニを捕らえることはなかった。代わりに衛兵の腕を掴んだのは、小さな手だった。



「ヒイッ!!?」


「落ち着きなよ~お兄さん」



 とうとう恐怖で声をあげてしまった衛兵を諭したのは、金の短い髪をした少年だ。


 舌っ足らずで生意気そうな目つき。

 見た目は十を越したばかりの年齢に相違なさそうで、鎧などは身に纏っていない。



「な、なんだ子供か……」



 衛兵は安心したのも束の間、すぐにアルマーニの方を睨むとまた捕らえるために手を伸ばす。

 それを再び少年が制止した。



「このおじさんね、ボクの連れなんだよ~。だから許してよ」


「子供が何を──」



 少年の言葉に、衛兵の態度は当然といえた。


 だが、その態度は一瞬にして改められる。



「これは……っ!」


「特等冒険者! まさか貴方が、フィズというのか!」



 竜が描かれた金の腕輪を見せた少年──フィズに、衛兵二人は戸惑い、或いは姿勢を正した。


 アルマーニは事態が飲み込めず、ただ呆然としていただけであったが、フィズはウインクをしている。


 子供とはいえ、男にウインクされるのは流石に寒気がしたアルマーニは、この隙に逃げようと算段したものの、すぐに腕をフィズに掴まれてしまった。



「大変失礼致しました!」



 敬礼する衛兵に対し、鼻を擦ってフィズは笑い、元気よく手を振って見送ったのだ。

 

 何か面倒事に巻き込まれそうな、悪い予感しかしないアルマーニ。


 対して、フィズは一般市民や冒険者に手を振って快く握手を交わしている。

 一体何者なのだろうか、この少年。



「──ガキンチョが、俺に用でもあんのかよぉ」



 散っていく野次馬共を尻目に、アルマーニは気怠そうに問うた。



「ん~面白そうだったから、かな」



 と、なんとも安直な答え。



「ボクはね~面白い事が好きなんだ」



 イタズラが好きな子供のように、歯を見せて笑うフィズの言葉に、偽りなど一片もない。


 特等冒険者という肩書きはよく知らないが、相当強いのか、はたまた怖いもの知らずなのか。


 血だらけのアルマーニを助けようとしたのだから、後者が正確か。



「血だらけで装備背負って運んでるおじさんなんて、面白くない訳がない! ってね」


「……目的は。俺はガキンチョと遊ぶ優しいおじさん、じゃあねぇぞ」


「そんなこと分かってるよ」



 顔を歪めるアルマーニに、フィズは純粋な笑顔を持って対応する。


 腹立たしさもあり、舌を打ってアルマーニは先を急ぐために歩き出した。



「おじさんってさ、有名な死体漁りだよね?」



 今までとは違う、低い声音。


 アルマーニは驚き、しかし振り返ることなくフィズの言葉を待った。



「どうして知ってるのか? 面倒なガキンチョだなぁ~とか思ってるでしょう」

 

「ははっ! 大正解だ」



 肩を竦めて困った顔をしてみせるフィズは、なんとも生意気だ。


 ようやくアルマーニは振り向き、しっかりとフィズを見据えた。



「で、その死体漁りのおじさんに何のよぉだぁ」


「いいね~やっと話を聞いてもらえる」



 お互いにようやく話をする態勢に入ったのか、フィズは軽く腕を組んで本題へと入った。



「おじさんが王国親衛隊のお姉さんと仲良さげにしてるのを見ちゃってさ、あのお姉さん親衛隊をクビにされちゃったから、ボク探してるんだよね~」



 この情報は初耳だった。

 まさかマーヤが親衛隊をクビにされていたとは。


 あの金色鎧の男のせいか。

 

 

「あのお姉さん、ボクの好みでさ~。同じ男なら分かるだろう? どこに居るか、おじさんなら知ってると思って」


「俺があの女を抱いてたらどうするよぉ?」


「それならボクはおじさんを殺してでも奪うかな~。欲しいものは、絶対手に入れたいんだよね、ボク」



 二人の間が和やかな雰囲気から、一気に張り詰めた空気へと変わった。


 少年と見くびっていたが、やけにマセているらしい。


 アルマーニはふっと笑みを零し、企みを含んだ表情でフィズを見下ろした。



「……居場所は知ってる。だがぁ、簡単には教えられねぇ。俺を手伝え。そしたらまぁ、教えてやるよ」



 アルマーニは提案した。


 教えてやるといっても、あの穴で捕まっていたのがマーヤだという確信はないが、それならそれで良い話だ。


 捕まっているのならば、居場所を教えてやった。それだけのこと。


 あのオークがいるゴブリン共の巣に入れば、今度こそ地上へ帰っては来れないだろう。ならば、特等冒険者と呼ばれるフィズを同行すれば、生存率は必然的に上がる。


 ゴブリンが好きなものは、女と子供の肉なのだから──。



「ん~。まぁいいよ。裏協会とのパイプも欲しいし」



 自分の思惑を口にするフィズは正直すぎるほど馬鹿で、清々しいものだ。


 メリットが無ければ動かないのは、子供ながら流石といったところか。



「おじさんは何を手伝ってほしいの? 王国の宝物庫でも潜入する?」


「潜入できんのかよ……。それもいいかもなぁって、俺はケチな盗人じゃねぇんだよ」



 顎髭を撫で、つい興味を示してしまったアルマーニだが、首を左右に振ってこちらも本題に入った。



「俺がやりてぇのは、お宝でも、女でもねぇ。オークだ」



 血濡れの男が汚い笑みを見せて言った。


 フィズは少し驚いたが、肩を竦めて苦笑しただけであった。



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