第3話 小さな侵入者
表協会と裏協会とでは、そもそもダンジョンと呼ばれる地下洞窟への入り口が異なる。
裏協会に所属している者は、冒険者の腕輪がないため、地下から潜入出来るようになっているのだ。
偽物の腕輪は、有益をもたらす裏の者にしか配布されていないため、全員が全員表協会から堂々と入ることは出来ない。
どこから出入りするのか、というのはアルマーニが一番よく知っていた。
貧困層から南へ下りた先、小さな小屋が建てられており、中は門番一人と埃が積もったテーブルや棚が置かれており、巨大な鉄扉が設置されていた。
「ここから入るのかい? 冗談だと言ってくれないかな?」
下準備を済ませた二人は、地下洞窟へと繋がる小屋の中で肩を落としていた。
ワイスはあからさまに溜め息をつき、ハンカチで鼻を押さえている。アルマーニには慣れた臭いだが、血と汗と泥臭さがどうにも気持ち悪いらしい。
「おっ、アルマーニ。いらっしゃい。っとワイス様もいらっしゃるのですね」
「ああ、この馬鹿のせいでね」
旧友と軽く挨拶を交わした門番は、顔を引き締めてワイスに敬礼をした。隣では苦笑いをしてアルマーニが、自らの装備をチェックしていた。
「母さんが助っ人を用意したって言ってたけど、君は何か知っているかい?」
シャーロットが言っていた助っ人は、本来ならばここで合流するはずだというのに、その姿はどこを見回してもそれらしき人物はいない。
興味がないアルマーニは、門番の言葉を待ちつつ棚に置かれた安酒に手を出そうとして、ワイスに手を叩かれていた。
「いや、聞いていませんね……おらぁはシャーロット様の命令があればちゃんと起きてますから」
カッカッカ、と笑う門番の言動は呆れるものだが、それを鵜呑みにするのは馬鹿というもの。
息をついて怒りを露わにしようとするワイスを宥め、アルマーニは椅子に腰掛けてようやく声を発した。
「居眠りしてる間に来たんじゃねぇのかぁ?」
「そう言われると、その可能性の方が大だな!」
「君、この仕事を舐めているのか?」
門番の確信的で反省していない言動に、今度こそ怒りを露わにしたワイス。
今度ばかりは庇いきれないと判断したアルマーニは、空笑いをしながら頬杖をついて見捨てることを決意した。
ワイスが門番を問いつめようと一歩踏み出した時、トントントン、と突然ノックが小屋に響いた。
「伝令である」
機械的な冷たい声と共に現れたのは、シャーロットの従者である黒服だった。
「こちらで合流するはずだった者が、手違いで先行してしまったようです」
「んぁ? どういうことだよ」
黒服の言葉は簡潔であったが、説明不足は否めないようで。
アルマーニが問うたのは、黒服でもなくワイスでもなく、門番だ。
居眠りしていたとしても、彼はこの門番の仕事に就いて早三年となる。仮に寝ていても、人の出入りなどは分かるものだろう。
「さっきまで起きてたんだろうが。すれ違ったとしてもよぉ、数十分くらいの差じゃねぇのか?」
「あーはは、すまない。おらぁが起きたのはついさっきで、実は居眠りを始めたのが数時間前ってオチさ。はっはっは」
「おいおい……」
門番は深く詫びれる様子もなく、頬を掻いて盛大に笑い始めた。
これには流石にアルマーニも笑えない。
隣では呆れを通り越して、冷たい眼差しを向けるワイスの姿が……。
もう門番を咎める気にもならないらしい。内心はホッとして、アルマーニは暗視ゴーグルを下ろした。
「まぁ、どっかで合流するだろ」
単独でこんな所に入るということは、よほど腕に自信があるのやも知れない。
やる気を見せて、アルマーニは立ち上がると、ようやく鉄扉に手をついて笑みを浮かべた。
「あ、そういえばワイス様。暗視ゴーグルはお持ちで?」
「ああ、そういえば。持ってきていないね」
「んだよぉ、持ってねぇのかよ。ありえねぇぞ」
門番とアルマーニが揃って有り得ない!と、いった様子でワイスの悪口を小さい声で言い合う。まるで子供だ。
「じゃあ先に言ってくれればいいだろう」
肩を竦めて小さく怒りを見せるワイスだが、こちらの反抗も子供と変わりない。
やる気が台無しだ、と言わんばかりにこちらも肩を竦めて振り返ると、アルマーニはワイスに手を差し出した。
「それじゃあワイス様。お手を繋いで行きましょうか」
「……アル、僕はそういうおふざけに付き合うつもりはないぞ」
紳士的に差し出された手を叩き、ワイスは呆れて首を左右に振る。
そんな二人に苦笑いしてから、門番はテーブルの備え付けされている引き出しから、ゴーグルを取り出した。
「これをお貸ししますので、お使いください」
手渡された暗視ゴーグルは、血や汗が染み込んでいる物だったが、我が儘は言えない。
不服そうに、黙ってワイスはそれを額に装着した。
「たっく……やっと出発かよ。もう疲れたぜ」
茶番は終わり。
アルマーニは気怠い口調で嘆きながらも、しっかりと重い鉄扉を一人で押し開いた。
「行ってらっしゃいませ! ご武運を!」
門番の見送りに二人は特に返す言葉もなく、闇の中へと吸い込まれるようにして消えていった。中に入れば、こんな茶番は出来ない。それを、アルマーニは分かっている。
二人の姿が消えるまで見届けた黒服は、深々と頭を下げて、綺麗に振り返って小屋を後にしていった。
一人残された門番は、大あくびを噛み殺しながら鉄扉を閉めるため、鉄扉を力強く引っ張っていく。
「……ひゅおっ!?」
突然足元に何かがぶつかり、門番は素っ頓狂な声を出して槍を構えてしまった。
槍が捉えたのは魔物──ではなく、何の変哲もない鼠だ。
「なんだ、脅かすなよ……しっし、あっち行けって」
ホッと胸を撫で下ろした門番に足で蹴り払われ、鼠は急いで逃げる。それを見た門番は、鼓動が激しい胸を押さえながらも重い鉄扉を閉め切った。
鼠は、暫く情けない門番の姿を目に焼き付けると、鳴き声一つ漏らすことなく、小屋の隙間から逃げていった。
その鼠が、一体どこから現れたのかも知らず、門番は棚の奥に隠していたお高い酒を取り出し、ご満悦の様子で鉄扉を一瞥したのであった。
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