第2話 裏通りの黒ペルシャ



「アルマーニ=フォルブレット」



 黒ペルシャのシャーロットが、静かに名を呼んだ。


 赤線地区から貧困層の第二画を抜けた先、人通りの多い第四画に“彼女”の根城がある。

 

 表協会や王国には頼めない依頼を受諾したり、浮浪者に金を貸す、もしくは汚い仕事で金品を巻き上げる──裏協会。


 表面は銀行を装っているのだが、その実態は悪の道を一本突き進んだ集団。

 合い言葉さえ伝えれば、裏の客間に通される。


 そこには、黒服が並び、世にも珍しい喋る黒ペルシャが小さな玉座にふんぞり返っている姿が拝めるのだ。


 そんな場所に、今まさにアルマーニとワイスが立たされていた。



「アンタ、まともに金を返す気はあるのかニャ?」



 人間用のキセルを口に咥え、威厳など微塵も感じさせない口調なのだが、そこから発せられる殺気は間違いなく本物だ。

 昔はかなり汚い仕事もこなす美人な女ボスと聞いているが、それは本当だったのだと、アルマーニは改めて理解した。



「ちゃんと金貨三枚も納めたじゃねぇか。何が不満だよ?」


「ハッ! 笑わせるニャよ小童。たった三枚? ふざけるのも大概にしときニャ!」



 アルマーニの言葉が引き金となり、シャーロットの殺気は一層強く増した。

 客間全体の空気が一気に冷えていく。



「アルマーニ。アンタの借金の額じゃあ利息にもなりゃあしニャいんだよ? 今すぐ金貨十枚! 今すぐに納めニャ!!」



 シャーロットの怒号が黒服までもを震わせ、アルマーニは息を飲んで顔を歪ませる。

 キセルから紫煙を漂わせながら、シャーロットはそれを一気に吸い上げると、アルマーニにも届く程に息を吹いた。



「出来ニャいわねぇ? 出来るわけがニャい! だからね、アタシはアンタの為を思ってある依頼を持ってきたのニャ」


「依頼……?」



 シャーロットがニヤリと笑い──しかし目は全く笑っていなかった。

 雲行きが怪しくなる話に、ワイスは眉をひそめる。



「ほら、持ってきニャ」



 シャーロットの命令でしか動かない黒服は、ある紙を一枚スーツの懐から取り出すと、それをアルマーニに手渡した。



「なんだこれ? 表協会の依頼書じゃねぇか。猫婆はついに頭が悪くなったか?」


「馬鹿を言うのも大概にしニャ。ただの依頼書なら持ってこさせニャしないよ」



 頭を掻くアルマーニに対して、シャーロットは睨みを利かせて鼻を鳴らした。


 その言葉に疑問を抱きながら、アルマーニとワイスは依頼書を上から順に読み進めていく。



「普通の、至って普通の魔物退治だね」


「ああそうニャ。けども、よーく見てみニャ」



 不思議そうに首を傾げてしまうワイス。

 それを見越していたように、シャーロットはさらに促していく。



「おぉっ!? ただの雑魚狩りにしちゃ羽振りがいいじゃねぇか!」



 依頼書の最後に書かれた報酬に、アルマーニは目に見えて喜んでいた。

 よく見れば、報酬は金貨十枚に、魔法の巻物が数本と大盤振る舞いの内容だ。


 先日の廃神殿のボスでさえ金貨は五枚だった。それよりもさらに、五枚も多いということは……。



「裏があるね」



 ワイスが確信して頷いた。



「表協会からこれだけの報酬が出るなんて、稀にないことニャ。裏があるのは間違いない。だからこそ、アンタに打って付けな訳ニャ」



 猫の可愛さなど、そこには微塵もない。

 悪そのものの顔をして、シャーロットはアルマーニに言い切ったのだ。



「魔物が強いというパターンニャら、死体は山ほどあるニャ。王国が糸を引いてるニャら、後で脅せる物が増えるってもんニャ」


「相変わらず、母さんは恐ろしいよ」


「ふん、今さら思い知ったのかニャ。世の中正義だけで食っていけるほど甘くはニャいんだよワイス」



 ねっとりとした口調で、シャーロットはワイスに煙を吹きかける。

 軽く咳をしてから手で煙を払うと、ワイスは溜め息混じりで肩を竦めた。



「それと、ワイス。アンタも行くんだニャ」


「なっ、僕も!? 僕は戦えないよ」


「コイツの借金返済が遅れてるのは、アンタのせいでもあるのニャ」


「はあ、勘弁してくれよ母さん」



 親子の会話に、クツクツと笑うアルマーニ。そんな彼の脇腹を、ワイスは思い切り肘で突いた。

 痛みで一気に笑いなど飛んだアルマーニは、苦悶の表情で脇腹を抑えている。



「いってぇ……」


「笑い事じゃないんだよアル。君のせいで、僕まで巻き込まれるなんて……厄日だ」



 こめかみを押さえてワイスは、大きく溜め息をついてアルマーニを睨みつけた。

 しかし、反省という言葉は彼の辞書にない。従ってアルマーニはすぐにまた笑いだした。



「勿論、表協会の依頼だからニャ。初心者から受けられる低ランク、死体は山ほど出るニャ」



 器用に頬杖をついてキセルを黒服に渡すと、最後の煙を吐き出してシャーロットも笑みを浮かべる。


 対して二人の表情は、見事に嫌悪感丸出しで肩を落としていた。



「さぁ、さっさと行って来るニャ!」


「マジかよ……」



 犬を払うようにシッシッと手を振ったシャーロット。

 後頭部に両手を回して舌を打つアルマーニと、腰に手を当てて首を左右に振るワイス。


 相棒かも知れないが、戦闘はからきしのワイスと共にこんな依頼を達成出来るのか?

 そもそも、表協会の報酬をどうやって受け取りに行くんだ? などの疑問を抱えながら、二人は肩を落として客間を出ようとした。



「ああそうニャ。一人助っ人を呼んでるニャ。ちゃんと連れて行くんだニャ」


「助っ人なんて猫婆には珍しいじゃねぇか。これもなんか裏があんのかぁ?」


「猫婆じゃニャい! シャーロット様! って、まぁ裏があるといえばあるニャ……けどもアンタには関係ないことニャ」



 シャーロットとアルマーニのいつもの掛け合いを済ませたところで、渋るような表情を見せて鼻を鳴らした。

 どうやら裏があるということは認めるらしい。



「ふぅん、まぁ期待せずに連れてくことにするぜぇ」



 手をプラプラと振って先に出て行ったアルマーニに、ワイスも急ぎ追おうとしたところで、シャーロットが「ニャー」と、猫の鳴き声を発した。



「今回は例の件が絡んでるニャ。分かってるニャ?」



 シャーロットの意味深な言葉を、ワイスは一瞬驚きを見せ、すぐに平常心で小さく頷いた。



「なーにやってんだよ相棒ー」


「あ、あぁ悪い」



 先に出たはずのアルマーニが客間の扉にもたれて待っており、ワイスは急いで客間を出た。


 静かに扉が閉まり、アルマーニとワイスが客間から少し離れて苦笑していた。



「やっぱ猫婆には勝てねぇな。無理だわ」


「それ、息子である僕の前で言うかい?」



 再び揃って肩を竦めた時、客間越しに「さっさと行けニャ!!」と、怒鳴り声が二人の耳をつんざき、急いで裏協会を出ることを固く決意したのだった。



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