第二章 巻き込まれた死体漁り
第1話 罪な男
昼下がりのバッリスタ王国では、二日経った今でもお祭り騒ぎのままだった。
魔法文明時代に創り出されたと思われる神殿のボスは、王国の手によって捕獲され、研究者が小躍りしている様子だ。
参加した上級冒険者たちは、成果など無視して全員に金貨が配られ、各店や協会では祝宴をあげている頃。
アルマーニは貧困層のとある店にいた。
「こんなところで、遊んでいていいの……?」
「なんだよぉ、金ならあるぜ?」
大人二人入るだけで目一杯な狭い質素な部屋の中。
アルマーニはシャツを脱ぎ、筋肉質な身体を晒して一人の女性の前に立つ。
「そうじゃなくて、もう……」
艶めかしい口調で、呆れながらも優しく笑みを見せたのは、この店の看板娘だ。
淡い紫色のロングヘアーが、白い肌、鎖骨に流れ落ち、豊かな乳房を隠している。
身体に大きな傷や小さな傷が目立つが、その傷など美しい体には些細なことで。
粗末な布ベッドの上で足を組み、布一枚纏わぬ姿で、されどギリギリ秘部が見えないことが魅惑的だ。
赤線地区と呼ばれるここで娼婦のような仕事などせず、酒場の配給娘、いや協会の受付嬢でもしていれば、男ならば間違いなく彼女目的で冒険者が通うことだろう。
「遊んでいる最中に、あなたのボスが乗り込んでくるんですもの。かわいいけど、わたし、中途半端は嫌いよ?」
「奇遇だなぁソルシェ。俺も中途半端は嫌いだぜ」
アルマーニはソルシェと呼んだ彼女の肩を優しく掴み、固いベッドに押し倒した。
舌を絡ませ、柔肌に触れ、欲望のままにソルシェを貪る。
手慣れたアルマーニに、ソルシェもまた小さな喘ぎを漏らして反応した。
だが、その一時は一瞬で終わりを迎えた。
店の外がやけに騒がしいのだ。
身体を密着させていた二人はお互いに顔を合わせ、アルマーニは溜め息つき、ソルシェは困ったように笑った。
「ふふ、もう来ちゃったみたい」
「あーくそ。なんでバレるかねぇ」
ソルシェから惜しくも離れ、ベッドに座り頬杖をつくアルマーニ。
同時に、部屋の外から聞こえてきた声に、背筋を凍らせてしまった。
「アル! アルマーニ! いるのは分かってるニャ!! 出て来ないんならこっちからいくわニャ!」
何やら語尾がおかしい割に、しゃがれた婆さんのような怒鳴り声が店に響き渡り、二人は肩を震わせる。
ソルシェは薄い布切れで胸と股を隠し、見慣れた光景を待機する。
「アルマーニ!!」
狭い部屋の扉が勢いよく開け放たれ、しゃがれた声で再び叫び呼ばれた。
現れたのは、黒服に黒の帯で目を隠した厳つい男が二人。
そしてもう一人、しゃがみ込んで大事そうに小さな玉座を抱えて中央に立つ黒服の男。
その玉座でふんぞり返っていたのは──“猫”であった。
艶やかな黒の毛並みは美しく、鋭く強い眼差しはオッドアイのようで、右にはエメラルド、左にはルビーという珍しさ。
その左目には大きな傷が生々しく残っていた。
ペルシャ猫と呼ばれる種類で、首には真っ白な首輪がはめられていた。
しかし、誰かの飼い猫ではない。
彼女はあくまでも、猫ではなく、ボスなのだから。
「おいおい猫婆さん……なんで来たんだよぉ。金は払ったじゃねぇか」
「黙れ死体漁り。アンタから返されたのは利息の一部にもなりゃしないんだニャ!」
アルマーニの呆れ顔に、ペルシャ猫は鼻を鳴らし毛を逆立てる。
「それにあたしゃシャーロット様ニャ。婆さん呼ばわりするんじゃニャいよ!」
「よかったじゃねぇか。これで猫じゃなかったらただのババアだぜ?」
「アンタって奴ニャ……っ!!」
ペルシャ猫ことシャーロットが立ち上がり、軽口を叩くアルマーニを睨み付け、今にも飛びかかりそうな勢いだ。
「母さん、本題はどうしたのさ? そろそろ出ないとまた石を投げられるよ」
そこで抑えるために現れたのは、白スーツがよく似合うワイスであった。
次々と現れる客人に微笑み、アルマーニの背中に指を滑らせて遊ぶソルシェ。
「彼女にも悪いから、ひとまず裏協会に帰ろう」
「はんっ、いっちょ前なこと言うんじゃないニャ」
猫と、どこから生まれたのか分からない息子が会話している様子は、なんともおかしいものだ。
シャーロットの可愛らしい手がワイスの頭を叩き、また玉座にふんぞり返った。
舌を打つような音を立てて、黒服に指示を出すと、シャーロットたちは一足先に部屋から出て行く。
「さて、アルも帰るよ」
軽く説得を済ませたワイスは、呆れ半分で腕を組んでアルマーニを促す。
ソルシェは少し寂しそうに、けれど優しい笑みを見せてアルマーニの背中に額を当てた。
「アル、行ってらっしゃい。お金はいらないから、また会いに来て。ね?」
可愛らしい仕草と笑みは、愛しい者を想うそれと似ている。
アルマーニは「おう」と、小さく返事をして立ち上がった。
ソルシェの頭を撫で、艶のある唇に口付けすると、アルマーニは再び背を見せた。
手を振って見送るソルシェ。
アルマーニはそれに返すことはない。
代わりにワイスが困った表情で、手を振り返していた。
彼女が欲しいのは自分ではないと分かりつつも、返さないと可哀想な気がして。
ワイスは先に部屋を出たアルマーニを追った。
「君は本当に罪な男だね」
「……俺にはあいつを幸せには出来ねぇよ」
「そうかい。残念ながら、僕にも出来そうにないね」
ワイスとアルマーニが並んで店を出る。
店主に軽く手を上げて挨拶すると、アルマーニはシャツに首を通しながら溜め息をついた。
ワイスの言いたいことは嫌でも分かった。
ソルシェが娼婦になった時から、アルマーニは赤線地区に通っている。
決して安い金額ではない。
特にソルシェは見た目も腕もいい。
銀貨一枚、二枚は最低でも必要だ。
それでも彼女にご執心なのは、ワイスも理由を知っているだけに止めることは出来ない。
「……魔物に孕まされた女に価値はねぇ。隠しても事実は変えられねぇからな」
独特な香水と汗臭い赤線地区の入り口まで戻ってきたアルマーニは、一度振り返って呟いた。
ワイスは何も返すことが出来ないまま、同じく振り返った。
先程いた店はもう見えない。
「あーあ、どっかに金貨袋でも落ちてないもんかねぇ」
いつもの調子に戻ったアルマーニは、新調した暗視ゴーグルを目にかけ、鼻で笑いながら貧困層に戻っていった。
「全く、君は本当に罪な男だよ。アル」
先を歩いていったアルマーニの背中を一瞥しながら、ワイスは一度深い溜め息をついた。
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