間章
とある母の願い
お祭り騒ぎしていた王国も徐々に熱を冷まし、深夜の四刻を過ぎた頃。
明かりも灯さず真っ暗闇の中、玄関を一点見つめて、何をするわけでもなくただ呆然としていた。
愛しい息子が消えてから一体何日経った?
友達と遊んで、夕方には帰ってきて、夕飯を食べて普通に1日が過ぎるはずだったのに。
夕方どころか、夜になっても、深夜を過ぎても、それこそ朝を迎えてもあの子が帰って来なかった。
まだ十にもなっていない息子。
反抗期なんてなかったから、家出をするとは思えない。
王国や協会に捜索願いを出したものの、あの子の姿や噂すら報告書にはなかった。
魔物に誘拐されたのだろうか?
そもそも本当に行方不明なのか?
悪い大人に殺されてしまった?
ただの家出じゃかいのか?
何もわからない。
二週間ほど経つと、協会に張り出された依頼書は剥がされてしまう。王国からの依頼書も同様だ。
そのたびに高額のペリを支払い再び依頼書を出してもらうのだが、見慣れた内容は無視されてしまい、結局あの子は見つからない。
せめて、せめて一目見ることさえ出来るなら。死んでいない。死ぬわけがない。
抱き締めてあげたい。美味しいご飯を食べさせてあげたい。今はそれだけ、それだけなのに……。
「どこへ、どこへ行ってしまったの……」
絶望に打ちひしがれる時、コンコンと、玄関の扉がノックされた。
風のイタズラかと意気消沈していると、窓から一層黒い影が見えて、期待と不安を抱えて急いで外に飛び出した。
僅かな希望を持って、深い闇の中を見回す。夜に光などない。富裕層は眩虫の街灯があるらしいが、貧困層にそんなものはない。
そんな暗闇のなかで、微かに人影を見つけることができた。
くたびれたボロボロのジャケットを着た、男かも女かも分からない人影。
冒険者でも、王国の人間でもない。
浮浪者だったのだろうか……。
こんな夜更けに誰が来るというのか。
深い溜め息ついて、家に戻ろうとした時、ふとポストに目が向き、驚いた。
「これ、これって……」
ポストに引っ掛けられていたのは、金のペンダントであった。中に写真や絵を入れることができるロケットペンダント。
汚れはなく綺麗なままだ。
恐る恐る、中を覗くように開けてみる。
金髪の少年とその母親が微笑んでいる写真が、しっかりはめ込まれていた。
これは、紛れもなく息子の誕生日に贈ったプレゼントだ。間違いない。
間違えることなんてない。
自然と、涙が溢れてきた。
生きているか、死んでいるかは分からない。けれど、こうしてまた息子の顔を見られたのだ。
遺品かも知れない。
もう今はそれでもよかった。
「ああ、ああっ……!」
大切な思い出。あの子との思い出。
あの人はきっとこれを届けてくれたのだろう。どこで息子と出会ったのか。せめてそれを聞きたかった。
けれど今の私にそれは出来ない。
涙で前が見えない。崩れるように地面にへたり込んで、力強くペンダントを抱き締めることしか出来ない。
「ありがとう。本当に、ありがとうございます。ありがとうございます……!」
もう既に見えなくなった人影の背中に、深く深く頭を下げて、必死に礼を告げた。
私はこれからもずっと息子を探し続けるだろう。それでも構わない。今は少しだけ思い出に浸ることにする。
いつの間にか夜は明け、少しだけ朝が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます