第4話 メロン女
どれほど駆け上がっただろうか。
感覚では六回ほど踊り場を見た気がする。
砕かれた窓からチラリと外を見てみると、相当な高さに驚き思わず股に力を入れてしまう。
神殿内部の装飾がやけに派手さを増していた。
この階は、城でいう玉座に向かうための廊下か。
その近い位置なのかも知れない。
しかし、一点に留まって悠長に風景を観察している暇など、アルマーニにはなかった。
「マジで死体どころか魔物すら見当たんねぇな」
行けどもそこには松明の明かりに照らされた狭い廊下。部屋。
血痕。唾液。散乱した兵らしき綺麗な兜が転がる。
アルマーニはそれらを見ては溜め息をつくことしか出来なかった。上に登るにつれて道は狭くなり、部屋の数も減っている。
神殿の奥は大理石ではなく、徐々に岩肌となり洞窟のような場所へと繋がっているのが見て取れる。
どうやらボスに近付いているらしい。
「ここまで来ちまったか……引き返すかねぇ」
期待した収穫はなく、アルマーニはふてくされた様子で兜を蹴って髪を掻き毟る。
兜がコロコロと思いの外転がり、カラン、と何かに当たって止まった。
それは、人であった。
「……!?」
単純にアルマーニは驚いた。
鎧を貫かれ、腹から血を流して倒れている冒険者がいたのだ。
すぐさま周りに人がいないことを確認したアルマーニは、素早く冒険者に近寄ると、首筋に手を当てて生死を確かめる。
温もりが微かに感じられるが、脈はない。
虫や鼠が群がっている様子もないため、死後一時間以内といったところか。
「背中から致命の一撃か……」
辺りに血の溜まりや雫が落ちている様子もなく、アルマーニの表情が曇る。
魔物ではなく、罠の可能性が高いか。
どちらにしても警戒しないわけにはいかない。
それよりもだ。
「にしても、いい装備だなこいつ。上級者にしてはマヌケな死に方だが」
アルマーニはその場でしゃがみ込み、冒険者の死体を眺めた。
鋼の鎧に竜を象った兜。
銀の大槌が虚しくも背中から落ちている。体型からしてもかなりの大男だったと推測される。
アルマーニはすぐさま頭で計算を始める。鎧の上に羽織っている外套や、ブーツ、籠手も合わせれば金貨七枚──いやそれ以上かも知れない。
思わずニンマリと笑みをこぼし、両手を摺り合わせた。悪い癖だとは分かっていても、蠅のように摺り合わせる癖は止められない。
これを止める時は、死体漁りを卒業した時か。もしくは自分が死んだ時か。
アルマーニがまず手を出したのは、少し大きめの雑嚢だ。
「ポーションに活力増強剤。煙玉もあるのか。さっすが上級者様、いい収穫だぜ」
終始笑顔で冒険者から死体を漁る。
こんなところで死んだしまった者には不運だが、使える物は頂かないと勿体ない。
死んだ冒険者の魂もそうだと願っているはずだ。
装備も頂きたいところだが、この冒険者の知り合いやパーティーに出会ってしまうと面倒になってしまう。
上級者は特に、特注品を頼むことが多く、盗んでしまった日にはすぐに発覚し、衛兵に追いかけられてしまう恐ろしいものだ。
「金貨二枚に銀貨七枚。魔法の巻物が三つか。ブーツくらい貰っておくか」
冒険者の革ブーツを取り、手慣れた様子で履き替える。少しばかりブカブカだが、ツル縄で締めれば動けるだろう。
小型の道具や金は全て雑嚢にしまい、新品同然のブーツも手に入れた。腰や太ももに差していたホルダーから短剣も貰う。売ればさらに金になるはずだ。
今回の収穫だけでアルマーニの仕事は達成されたというべきか。これだけでここまで来た甲斐があるというもの。
「さてさて、んじゃあちょこっとボスに顔出して帰るかね!」
軽く手を叩いて埃を払うと、膝に手をついて満足気に立ち上がる。
だが、アルマーニは立ち上がることが出来なかった。
首にヒヤリとした感触と固い感触が同時に襲い、それが刃だと気付いた時にはもう遅かった。
「貴様、ここで何をしている?」
女性の声が降ってきた。
喋り方は堅苦しく、ガルダに似ているような気はしたが、そもそもの圧が違った。
「貴様まさか、冒険者から装備を剥いでいた訳ではないでしょうね?」
「いやいやまさか。そんなことしないって」
女性からは発せられているのは、決して殺気ではない。アルマーニは怒りを買わないように話していく。
「身体はやけに汚れている割に、靴は新品同然のようだけど。普通は足元から汚れるものじゃないかしら?」
女性の目は節穴ではないらしい。
確かに、身体も腕も血や泥やで汚れているのに、冒険者から剥ぎ取ったブーツは血が付着した程度で目立った汚れはない。
しかも、アルマーニが履いていた靴はそこら辺に捨てたのだ。一目瞭然だろう。
「素直に話せば手荒にはしないわよ」
女性の声音は優しい。
だがアルマーニは何も言えない。
必死に言い訳を考える最中、アルマーニは首から固いものが離れたことに違和感を感じ、素早く冒険者から頂いた短剣を構えて振り返った。
刹那、女性の剣が横凪ぎに一閃し、構えていた短剣とぶつかり合って弾けた。
重い一撃はアルマーニの腕を痺れさせる。
あのままの体勢でいれば、身体から首が一生の別れをしていたと思うと、身震いしてしまう。
「よく避けたわね。流石、上級冒険者」
「てんめぇ人を殺す気かよっ!」
女性はセミロングの紅髪を揺らし、厳しい表情と鋭い眼差しでアルマーニを睨み付ける。
「なんだよ、低い声の割にいい女じゃねぇか」
アルマーニは腕を振って痺れを溶かしながら苦笑いして見せた。
背は女性にしては高く、白銀の鎧と不死鳥の装飾が騎士だということを明白にしていた。
プレストプレート、もとい重さの関係で胸甲だけ取り除かれた鎧は、彼女にとって羞恥心を煽るものではないかと疑う。
胸元が大きいために主張が激しく、しかし、サラシか何かで抑え込んでいるのか、揺れは少ない。
アルマーニは顎髭を撫でながら、つい胸元に目線が向かってしまう自分を恨んだ。
「人の身体をじろじろ見るな!」
「おお怖え。メロン女でもこう怖いと勿体ねぇな」
「なっ……!?」
アルマーニは軽口を言ってしまった後に、しまったと呟く。
女性は見る見るうちに怒りを膨れ上がらせた。それは恥ずかしさなのか、怒りのせいか顔を赤く染めて剣を構えたのだ。
「私はマーヤ=ブリングス! 王国騎士の親衛隊だ!! よく覚えておきなさいこの変態!!!」
王国騎士のマーヤは大きく剣を振りかぶって、アルマーニに突っ込んだ。
「やべぇ!」と、翻して一気に逃走を図ったアルマーニだったが、奥に行けば完全に洞窟に踏み込んでしまうことになる。
しかして、四の五の言っていられない状況だ。
アルマーニが全力で逃げるため走り出す。マーヤは絶対に逃がすつもりはない。剣を構えて追いかけるマーヤが走り出した時、アルマーニは息を呑んだ。
「ぬおっ!? なんだ!?」
何かが勢いよくアルマーニの頬を掠めた。後ろにいたマーヤも気付かないうちに避けたようで、アルマーニは再び身震いした。
チラリと後ろを見ると、マーヤが踏んだであろう床が少しばかり沈んでいる。
その床は点々と沈んでおり、アルマーニの顔色は一気に青く染まった。
どうやら上級者である冒険者を致命的な一撃を与えたのは、この罠なのだと気付くことができた。だが、今はそれどころではない。
「待て! 止まれ! メロン女!!」
「まだその呼び方をするか変態っ!」
全力で逃げる中、アルマーニはスリンガーを盾代わりに、短剣で飛んでくる矢や槍を弾く。突然現れる剣山を必死に飛び越え、死に物狂いで走る。
こいつはとんだ天然トラップだ。
マーヤも止まる気配はない。
アルマーニが止まらなければ、止まることはないだろうが……。
しかし、そうなれば取る手は一つに限られる。
「ああもう面倒くせぇ!」
アルマーニは急停止した。
そこそこ距離を離していたこともあり、安全に振り返ると、驚きながらも笑うマーヤの表情を見ることが出来た。
「ようやく諦めたわね! でももう手加減なんてしないわよ!!」
剣を下から振り上げるため前足に重心を掛けたマーヤ。
そのタイミングと同時に、アルマーニは一気に距離を詰める。
明らかにおかしい行動をしてくるアルマーニに対して、マーヤはたじろいでしまう。けれども、前足に掛かった重心はどうにも抗えない。
そんな彼女の腰に飛び込み、無理矢理押し倒す形になりながらも、剣山からはそれるように地を蹴って倒れ込んだ。
「このっ、変態! 離れ、ろ!」
「殴るんじゃねぇよ! いってぇ!?」
倒れ込んだマーヤから剣を取り上げ、予備の短剣もついでに回収しておく。雑嚢はあれど、他に武器を持っているようには見えない。
暴れるマーヤの鼻先に短剣を向けた。
それからマーヤは動かない。
アルマーニはようやく一息ついて、それでも気は抜かないように睨み合いを続ける。
苦悶の表情を見せ、唇を噛みしめていたマーヤは諦めたのか、大きく溜め息をついて少しずつ後ろに下がっていく。
罠はおかげで止まったらしく、隣の剣山も大人しく床に収まっていった。
「くそ……みっともない。せっかく親衛隊に入れたのに」
悲しみに暮れるマーヤは、もう抵抗する気もないらしい。それでもアルマーニは油断せず、剣先を向けたままゆっくりと立ち上がる。
立ち上がったアルマーニは、天井から土埃が舞い落ちるのを見て──何かを感じ取った。
「なんだ……っ」
アルマーニが察した瞬間、轟音と共に神殿が大きく揺れ始めたのだ。
冷戦状態だった二人は驚き、辺りを見回す。
「地震……?」
「いや、違う。こりゃ、大物だぜ」
アルマーニの意味深な言葉に、マーヤは不安を膨らませる。
「グオォォァアアアッ!!!」
地響きを起こす程の壮絶な咆哮が神殿をさらに揺らす。背筋が凍るような、全身が痺れるような圧力が二人を襲う。
「なに、この咆哮……本当に魔物なの?」
マーヤは悲鳴混じりで言葉を絞り出した。
アルマーニも眉をひそめて答えあぐねていた。
ゴブリンやウルフなどの雑魚とは桁外れの圧力。上級者が挑む相手にはうってつけかも知れないが、アルマーニにとっては計算外だ。
そうおもっていたのも束の間。
『逃げろ! こんな化け物相手に出来ん!』
『喰われるのはごめんだよ!!』
アルマーニがいた階よりも上。そこから逃走音と焦燥感がひしひしと伝わってきてしまう。
『逃げ遅れた者が!』
『放っておきなさい、でないとワタシたちが死ぬわ!』
パーティー内での会話だろうか。なんとも悲しいものだ。
上級者は昔からの一党と共に成長していったはずなのだが、結局最後は赤の他人なのだ。
命を掛けて仲間を守る一党など少ない。
そういうのは、冒険お伽話だけしか見ない。
「助けなければ!」
隙をついてアルマーニの持つ剣を取り返し、マーヤは素早く立ち上がって走り出した。そのせいで再び罠が発動し、剣山が現れるが、マーヤは飛び越えていく。
「馬鹿か!? 死ぬだけだぞ!」
「私の命で誰かが助かるなら構わないわ! それが王国騎士親衛隊の使命よ!!」
アルマーニの静止を聞くこともなく、マーヤは俄然と言い放ち洞窟を走り抜けて消えていった。
まさか命を犠牲にしてまで誰かを助けるような奴がいるとは──アルマーニは舌打ちをしてしまった。
未だ悲鳴と轟音が鳴り響き、天井から土がこぼれ落ちている。下手をすれば上階のボスが踏み抜いて落ちてくるかも知れない。
だが……ああ確かに。
「命なんていつでも捨てられるもんだしなぁ」
アルマーニは鼻で笑って踵を返した。
愛より金。命より金だ。
金があれば何もいらない。金があれば命は買える。
単純に、マーヤは命の見返りを命で払うということ。それは、金の見返りを命で払う覚悟があるアルマーニと、なんら変わりないではないか。
「ははっ! 行くかねぇ……金貨を頂きに」
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