第3話 神殿攻略



「さすが神殿って呼ばれることだけはあるねぇ。城よりはるかに立派だ」



 明朝。城の門が開く前に、一足先に潜入していたアルマーニは、暗視ゴーグルを手に神殿を見上げていた。


 廃神殿と巷では呼ばれていた姿などなく、何本もの柱で築かれた美しく、気高い雰囲気を醸し出している。

 白亜石で造られており、レンガ造りとは違ってツルツルしているため、アルマーニは不思議そうに叩いたり蹴ったりして、感触を確かめていた。


 しかしながら、全体的に鬱蒼とした茂みに囲まれており、至る所に苔やヒビ、崩れた外観が不気味さを醸し出している。魔物の住処としては十分だ。

 城が用意している巨大な鉄門と、辺りを照らす松明が多く設置されているため、魔物の侵入を防いでいる。

 

 アルマーニのように侵入するためのルートはあり、子供なら易々と入れる穴もある。逆に侵入すると殺されてしまうということだ。



「裏ルートがもう少しありゃあなぁ……」



 一番乗りに辿り着いたのはいいが、結局神殿の正面に着いてしまったので、裏目になってしまうことが辛いが、仕方ない。


 アルマーニは気怠そうに神殿内部に踏み込んだ。


 大理石で仕上げられた内部の崩壊度は酷く、下手をすれば床を踏み抜いて落下してしまう可能性が高い。

 慎重に摺り足で歩み、罠や魔物がいないことを確認すると、アルマーニは静かに呼吸を整える。

 

 

「血なまぐせぇ臭いがすんな……」



 外見とは裏腹に、ゴブリンやウルフの獣臭さが鼻腔を突き、生暖かい風が通り抜けていく。それが不気味さと気持ち悪さをより一層増している。



「神殿ってより城の中に似てるな……」



 あちらこちら破れ朽ちた赤絨毯を一瞥し、足元に散らばったガラス破片を手に取る。

 一部に装飾が施されており、それはいつかワイスに見せられた魔法の文字に似ていた。魔法文明が確かにここにあったのだと改めて理解した。



「……っ!」



 辺りを散策していたその時、後ろからガラス破片を踏み抜く足音が聞こえ、アルマーニは素早く身構え振り返った。

 腰に下げた片手剣の鞘に手をかけ、逆行により姿が見えない敵をジッと見据える。


 すると、敵は友好的に話し始めた。



「ほう、私より先に到着しているとはな」


「うわ……マジかよ」



 逆光に照らされていたのは、先日隣にいた重装戦士だった。

 アルマーニは思わず嫌そうな顔をして、大きく肩の力を抜き、鞘から手を離す。



「貴殿は──乞食者か」


「その呼び方は止めてくれねぇか?」


「そうだな。失礼した。これも何かの縁であろう、貴殿の名を聞いておこうか」



 格下を見る重装戦士の言葉に、アルマーニはため息をついて黙り込む。ここで腹を立てても仕方がない。

 よくよく顔を見てみれば、ダークパープルのツンツン頭に渋い表情が特徴の男には、シワが所々に見られた。

 もしかしたら、歳はそう変わらないのかも知れない。


 そう思うと親近感が沸いてくる──などということはなく、アルマーニは鼻で笑い背中を向けた。



「ふむ。名乗るつもりはないか。まぁ構わん。人それぞれ事情があるものだが、そのような者が上級者とはな」


「じゃあ乞食じゃなくて、おっさんって呼んでくれよ。そっちの方がまだいい」


「なるほど。ならば伝えておこうかおっさん」


「……マジで呼ぶのかよ」



 重装戦士に振り回されながらも、アルマーニは背中を向けたまま腕を組んで話し出すのを待つ。



「私の名はガルダ。悪いが貴殿におっさんなどと呼ばれたくないのでな。覚えておくがいい」



 そう伝えると、重装戦士──ガルダは広間の真ん中を陣取ると、そのまま座り込んだ。銀鉱石で仕上げられた鎧がガチャガチャと音を鳴らし、背中に背負われた大剣の鞘が床を擦る。


 斥候や偵察などをする気はないらしい。

 アルマーニは不審に思いながらも、広間を歩いていく。

 広間は松明や光が少し漏れているため、そこまで暗くはない。だが、二階の奥からはどうなるか分からない。


 魔物の気配がしないのはそのせいだろう。いるとすれば二階からか、三階からか。



「それほど警戒する必要はないだろう」



 辺りを見回すアルマーニに対して、ガルダが火をおこしながら呟いた。



「元々ここは王国が管理している。最深部以外はほとんど攻略されているのだろう。松明がその証拠になる」



 ガルダが松明を指差し、わざわざ火打ち石を使って火を起こす。

 アルマーニは裏ルートを通ってダンジョン通いをしているために、冒険者としての知識は皆無だ。

 

 

「松明は踏破の証になるのは駆け出しでも知っているだろうがな」



 ガルダは嫌みを交えて、鼻で笑いながら武器や雑嚢を床に下ろしていく。

 


「なるほどねぇ、魔物はいないが代わりに宝もねぇってことか」


「その通りだ。宝の横取りを考えていたのなら、残念だったな」


「なぁに、土産が減っただけさ。問題ねぇよ」



 嫌みや皮肉はワイスとの会話で鍛えられている。おかげで些細なことで喧嘩にならず、流し方を覚えられた。

 対してガルダは面白くなさそうに目をそらし、眉をひそめて鼻を鳴らす。



「……早めに隠れ拠点を探さねぇとな」



 一人考え事をしブツブツと呟くアルマーニ。辺りを見回し、先へ進むことにした。

 ガルダと別行動しなければ、仕事するのが面倒になる。


 ガルダは先を急ぐことはないらしい。

 パーティーを待っているのか。そもそも神殿のボスを攻略する気がないのか。


 どちらしても、アルマーニには邪魔な存在であることに代わりはない。



「じゃあ俺は先を急ぐぜ」


「ほう、一人でボスに挑むつもりか。その軽装で」


「俺はそこら辺の奴とは違うんでな。俺には俺のやり方ってもんがある」


「そうか悪かったな。せいぜい奥で無様な死体になっていないよう祈っておく」



 別れる最後の最後まで嫌みなガルダに、アルマーニは肩を竦めておどけて見せる。今すぐにでも武器を抜いて斬り掛かりたい気持ちをグッと堪えて先を急いだ。


 アルマーニが向かったのは、ひとまず二階の踊り場だった。二階から見下ろす景色は悪くない。

 研究書や魔法書が朽ちた本棚に収められており、貴重な文献として扱われるだろう関連する物が多い。だがこれを持って帰っても、ワイスは喜ばないだろう。


 それに、かさばる物は出来るだけ避けておきたい。



「そろそろ来るか……」



 神殿に入ってから半刻ほど時間が経ってしまっただろうか。小さな声が複数聞こえ、アルマーニは息をつく。

 王国兵が全て死体や宝を回収しているとなると、中間地点より奥へ向かっても仕事が出来るか怪しいところだ。


 踊り場の手すりから離れ、廊下へと歩いていく。無数に存在する扉はどこも松明が照らされており、唯一二つの部屋だけ松明が設置されていなかった。


 立て付けの悪い扉を少しだけ開き、アルマーニは中を確認する。



「かなり臭いな」



 思わず声に出してしまうアルマーニ。

 隙間から漂う腐敗した生き物の臭いが鼻腔を突き、顔を歪ませながらも、部屋の中に入っていく。


 中は暗闇に覆われ、暗視ゴーグルなしではまともに目の前すら見えない。

 暗視ゴーグル越しに見付けられたのは、臭いの原因らしき死体だった。



「ガキか」



 肉片が零れ落ち、鼠にかじられ、虫の巣されてしまった幼い子供らしき死体。

 死後経過など分からないほどに腐り朽ちていた。



「王国は一般市民の死体なんてどうでもいいってか? 冷たいねぇ」



 その場でしゃがみ込み、険しい表情で両手を組んで祈りを捧げる。神の御加護なんてものは信用していないが、死後の世界くらいは安らかに眠り幸せを願ってやる。

 柄でもないが、その祈りの後に漁るのだから帳消しにしてもらえるだろう。



「さぁてなんか持ってるかな……っと」



 両手をさすり、アルマーニは子供の死体を仰向けに変える。群がる蠅や鼠を払い、改めてしっかり手袋をはめ込む。



「なんだこれ、金か?」



 仰向けにした子供の口だったであろう箇所に、小さく丸い物が埋め込まれていた。

 アルマーニはそれを摘まむと、小さく驚いた。



「マジかよ。魔宝石じゃねぇか」



 へばりついていた蛆を払い、懐から布切れを取り出して丁寧に磨いていく。

 

 魔宝石は巻物や書物よりも高価であり、その力も絶大だといわれている。魔宝石は色によって効果が異なり、見た目だけで分かるらしいのだが、アルマーニが手に入れたものは無色のようだった。



「無色ってことは……もう使った後ってことか。まぁしゃねぇな。他になんか──」



 一応、魔宝石を雑嚢に入れ、死体漁りを続ける。腐敗が進み過ぎていたために、触ればドロドロとした液体となって垂れていく。

 結局それほど時間を掛けることなく、アルマーニが最後に手に入れたのはロケットペンダントであった。



「幸せなガキだったわけか……可哀想に」



 金のロケットペンダントの中身は血などに浸食されなかったのか、綺麗にて写真を見ることが出来た。幼い男の子と、穏やかな母親が並んで微笑んでいる。

 

 誘拐でもされてしまったのだろうか。兵の目をかいくぐって度胸試しでもしてしまったか。どちらにしろ、不運に間違いはない。



『さあ行くぞ皆の者! 遅れるなよ!』



 大きな声が神殿に響き渡り、アルマーニは焦って部屋を出た。扉は完全に閉めきり、早々と廊下を抜けると、素早く三階へ向かう階段へと上がっていく。

 

 上級冒険者たちの目的は最深部のボス。

 目星をつけて宝探しすることあっても、ほとんどの者が無視していくだろう。見つかってはいけない。冒険者としての仕事など、するつもりはないのだから。


 部屋や書庫を見回りながらも、アルマーニは軽い足取りで進んでいく。



「こりゃあかなり苦労しそうだな」



 アルマーニは身体に纏わりついた埃や蜘蛛の巣を手で払い、同じような構造の神殿を見据えた。

 死体漁りがしっかり出来るのは、まだまだ先のようだと、アルマーニは肩を落として息をついた。

 

 

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