第2話 金色鎧の男
「なんだこりゃ……」
身体の汚れをなけなしの財産から100ペリ程で綺麗に落としたアルマーニは、声を出して驚いた。
表協会の依頼書を手にアルマーニがたどり着いたのは、王城であった。
雲を突き抜けんとする城壁に守られた王城の外見は、まるで魔物が住み着いていてもおかしくない暗さと、不穏な空気、想像していた煌びやかさとは無縁だ。
太陽の明るさを拒絶するバッリスタ城に一歩踏み入れば、全身黒ずくめの鎧兵に冒険者たちが検問されていた。
鎧兵は三人。厳重な検査を行っているようだ。
「これは、怖えぇな」
苦笑いするアルマーニ。
偽物とバレないように堂々としなければならない。そんなことを考えている間に、自分の番がきてしまった。
「腕輪を見せろ」
言い方は気に食わないが、指示通りアルマーニは腕輪を鎧兵に差し出す。
鎧兵は頭から足先まで鉄に覆われているため、表情すら分からない。それが余計にアルマーニの心音を早くさせる。
「……許可する。神殿攻略のため尽力するように」
鎧兵からお言葉を頂き、アルマーニは一安心しながら「ありがとさん」と、軽く会話を済ませて中に踏み込んだ。
やはり鎧兵といえどもただの人間。だが、この検問を突破できるほどの代物を作りあげたワイスの腕も、流石と言うべきか。
城門を潜り抜けたアルマーニは、レンガ造りの広場に出た。中は外と違い、真ん中には噴水。白のテーブルには酒や果物が用意されており、稀に食べることもない希少な肉がステーキとなって並べられている。
アルマーニは思わず生唾を飲んだが、目立ってはいけないと自制した。
「おお、こりゃいい冒険者が揃ってんなぁ」
広場には、五十を超える上級冒険者が集まっており、その誰もが煌びやかな装備に身を包んでいた。
剣士、戦士、弓戦士、自我を持ったリザードマンやエルフなど人外まで様々な者が、各々思うように過ごしている。
アルマーニは麦酒が淹れられたグラスをテーブルから取ると、目立たないように人混みに紛れ込む。
近くにいた重装戦士に睨まれた。
「……臭くねぇよな。大丈夫だよな?」
ここに来る前にわざわざ有り金をはたいて、風呂と洗濯は済ませたのだ。大丈夫だと自分に言い聞かせて、ジッとそのときを待つ。
だが、服装や装備が初心者程度のものしかないために、周りからの視線は嫌でも刺さってしまう。
アルマーニの身体が嫌でも縮こまった。
「皆様。大変お待たせ致しました」
アルマーニを助けたのは、ようやく現れたお偉いさんであった。
広場は一気に静まり返り、その場にいた全員が、城の入り口に視線を向ける。
「神殿攻略に集まって頂き、誠に感謝致します。残念ながら百人集めることは出来ませんでしたが、皆様には今から依頼の詳しい内容をお伝え致します」
横に鎧兵を二人従え、金髪に端正な顔立ちに金色の鎧に身を包んだ男が書類を持ち、内容を話始めた。
金色鎧の男の表情は、いやな笑顔だった。
「皆様には明朝から五日間で、最深部に門番として守る魔物の討伐をして頂きたい」
「……マジかよ!?」
金色鎧の男の依頼内容に、広場にいた者はどよめいた。アルマーニも思わず声に出して驚いてしまう。
「最深部にいる魔物の情報は何もない。だが、上級冒険者の方々が力を合わせれば、必ず攻略出来ると信じている。と、我が王は仰っていました」
金色鎧の男は柔らかく笑みを見せて話を続けている。
だがそんな話をよそに、ある者は昂ぶり、ある者は絶望し、ある者は帰り支度を整い始めていた。
そんな状況の中で、アルマーニは微かに笑みを浮かべていた。
まさか攻略という意味がそのままの意味だったとは。攻略人数はこれ以上に減ってしまうだろう。弱い人間が減ってしまうのは残念だが、死人は当たり前に出るはずだ。
稼げる──アルマーニはにやりと笑った。
「今から帰られる方はどうぞそのままお帰りください。ただし、あなた方の名誉は今後ないと思っていて下さい。及び腰な上級冒険者など、我らの王は必要としない」
金色鎧の男の放った冷たい言葉に、城門を抜けようとしていた彼らの足をピタリと止めた。
「確かに、ダンジョンボスの討伐と伝えられ逃げるならば、ついてきたところで邪魔なだけだ」
アルマーニの隣にいた重装戦士である男は、腕を組んで厳しい顔つきで頷いていた。
「貴殿もそうは思わんか」
「え? 俺?」
突然、重装戦士に同意を求められたアルマーニは、あからさまに焦りを見せて「そ、そうだな」と、適当に相槌を打つ。
しかし、その対応は怪しさを膨らませてしまったようで、重装戦士の鋭い眼孔に睨まれ、アルマーニは無理矢理に笑顔を作ってやり過ごす。
その間に、一部の者は依頼を蹴り、一部の者はその場で渋々留まることを決意したようだ。
命あってのとはよく言うが、名誉を失うことは痛手になることだろう。
上級冒険者まで上り詰めたのに、協会側からの信用が無ければ仕事は受けられない。王国側に協会へその伝達がいけば、信用はガタ落ち。また中級辺りの雑魚狩りをするところから再スタートだ。
それでも生きていれば良いこともある、ということか。
「では皆様には前金として金貨一枚をお渡しします。各々準備を整え、神殿に向かって頂きたい。私も後で部隊を引き連れて向かいます」
金色鎧の男の指示により、鎧兵たちが残った冒険者たちに金貨を配っていく。
金に飢えたアルマーニは年甲斐もなく、引ったくるようにして金貨を頂き、すぐさま懐にしまい込むと、にやついた表情で金貨を眺めていた。
そんな貧乏人そのものの反応に、隣にいる重装戦士は汚いものを見る目で溜め息をつく。
「本当に上級者か貴殿……?」
「あ? ああ……おう上級者だぜ、なーに言ってんだよぉ! ははは」
重装戦士の言葉に、アルマーニはハッと我に返り空笑いをしてやり過ごすが、どうも怪しまれてしまったらしい。
だが、金貨一枚あれば節約して半月は暮らせる程の大金なのだ。中級装備が買えるし、安い魔法の巻物ならば五枚は軽く買えてしまう。
前金だけでトンズラしてしまうのもアリだが、折角なら便乗してさらに金貨を頂いていきたい。
「うむ。よし行くぞ。薬と巻物、罠とナイフも調達してパーティーと合流だ」
金貨を受け取った者は早々に動き始め、城を出て行く。
「これで無事ボスをやれば金が手に入る。結婚資金が一気に貯められるな!」
「私は新しい装備が欲しいわね」
「僕は夢にまで見た魔法の書を手に入れてさ!」
様々な夢を語り合う冒険者たち。
まだ神殿に着いてもいないのに、気の早い奴らだ、とアルマーニは肩を竦めて苦笑いする。
「何をしている。金貨を受け取ったなら早く準備に向かえ」
鎧兵に急かされたアルマーニは笑みを漏らし、手を気怠く振って別れを告げた。
「俺ものんびり酒でも飲んで待つかね」
前金で軽く贅沢をしてからでも遅くない。
アルマーニは、そんな軽はずみな行動を考えながら鼻歌混じりで出て行った。
その後ろ姿を静かに、金色鎧の男は見ていた。
今まで穏やかな雰囲気とは比べ物にならない程の、憎悪を膨らませた鋭い眼で──。
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